ならずもの

グリム Grimm

矢崎源九郎訳




 オンドリがメンドリにいいました。
「もうクルミがうれる時期じきになったよ。どうだい、いっしょに山へいって、思いきり食べてこようじゃないか。まごまごしていると、リスのやつにみんなもっていかれちまうからね。」
「けっこうね。」
と、メンドリがこたえました。
「いきましょうよ。ふたりでたのしんできましょうね。」
 そこで、ふたりはいっしょに山へでかけました。とてもいいお天気でしたので、ふたりは夕がたまで山にいました。
 ところがですよ、ふたりがあんまりはらいっぱい食べすぎたせいか、それとも、高慢こうまんちきになってしまったためか、そのへんのところはよくわかりませんけど、とにかく、ふたりとも歩いてかえるのがいやになってしまったのです。
 そこで、オンドリがクルミのからで小さな車をこしらえることになりました。車ができあがりますと、メンドリはそのなかにすわりこんで、オンドリにむかっていいました。
「おまえさん、車のまえにいって、馬がわりにひっぱったらどうなのよ。」
「ふん、ありがたいこった。」
と、オンドリがいいました。
「馬のかわりをするくらいなら、歩いてかえるほうがよっぽどいいや。いやなこった、それじゃ、まるで話がちがうもの。御者ぎょしゃになって、御者台にすわるんならべつだけど、じぶんでひっぱるなんてのはごめんだぜ。」
 こんなふうに、ふたりがいいあらそっているところへ、カモがガアガアなきながらやってきました。
「やい、どろぼうども。だれがきさまたちに、おれさまのクルミ山へはいれっていったんだ。ってろ。いまひどいめにあわしてやるからな。」
 こういうがはやいか、カモはくちばしを大きくあけて、オンドリにつっかかっていきました。けれども、オンドリもまけてはいません。すばやく、カモのからだの上にぐんとのしかかって、そのあげく、けづめでカモをむちゃくちゃにひっかいたものですから、とうとうカモもこうさんしてしまいました。ですから、そのばつとして、カモは車のまえにつながれて、車をひっぱることを承知しょうちさせられました。
 そこで、オンドリは御者台ぎょしゃだいにすわって、御者になりすましました。さてそれから、オンドリはものすごいいきおいで、車をすっとばしていきました。
「カモこう、力いっぱい走るんだぞ。」
 こうして、しばらく走っていきますと、歩いているふたりのものにであいました。それはとめばりとぬいばりでした。ふたりは、
ってくれえ、待ってくれえ。」
と、どなりました。そして、
「もうすぐくらくなるだろう。そうすると、ぼくたちにはひと足も歩けないし、それに道もとってもきたないんだ。ほんのすみっこでけっこうだから、車にのせてはもらえないかい。じつは、ふたりとも町の門のまえの仕立屋したてや宿やどにいたんだけど、ビールをのんでいて、おそくなっちまったんだよ。」
と、いいました。
 このやせこけたひとたちなら、たいして場所ばしょもとりません。で、オンドリはふたりをのせてやりました。もっとも、そのまえに、ふたりとも、オンドリとメンドリの足をふまないという約束やくそくをさせられましたがね。
 夜おそくなって、みんなは、とある宿屋やどやにつきました。今夜はもうこれいじょうさきへいく気はありませんし、それに、カモの足つきもあぶなくなって、あっちへよろよろ、こっちへよろよろするありさまでしたから、みんなはここにとまることにしました。
 宿屋やどや主人しゅじんは、さいしょのうちは、
「てまえどもは、もういっぱいでして。」
などといって、ことわろうとしました。それに、このれんちゅうが、たいしたおきゃくではなさそうにも思われたのです。けれども、そのうちにみんなが、
「くるとちゅうで、メンドリさんがたまごをうんだんだけど、そのたまごをあげますよ。」
「このカモは、まい日ひとつずつたまごをうむんですが、このカモもさしあげましょう。」
などと、さかんにうまいことをならべたてたものですから、とうとうしまいには、主人も、
「それじゃ、今夜はおとまりなさい。」
と、いいました。
 そこで、みんなはどんどんごちそうをはこばせて、大さわぎをしました。
 あくる朝はやく、のあけがた、まだみんながぐっすりねむっているうちに、オンドリはメンドリをおこしました。そして、まずたまごをとりだして、からをつついてあなをあけ、その中身なかみをふたりですっかりのんでしまいました。それから、からはかまどの上にほうりあげておきました。
 つぎに、ふたりは、まだねむっているぬいばりのところへいって、その頭をつまんで、主人しゅじんのいすのクッションにつきさしました。それから、とめばりのほうは、主人の手ぬぐいにさしておきました。こうしておいて、あとはどうにでもなれとばかり、ふたりは野原をとぶようにしてにげていってしまいました。
 カモは野天のてんでねるほうがすきだったものですから、にわでねむっていたのですが、ニワトリたちがバタバタにげていく音に目をさましました。そして、すぐに小川を見つけて、川下へおよいでいきました。そのほうが、車なんかをひっぱるよりもずっとはやくいけました。
 それから二、三時間たったとき、宿屋やどや主人しゅじんはようやく羽根はねぶとんからおきだして、顔をあらいました。さて、手ぬぐいで顔をふこうとしますと、とめばりがすうっと顔をこすって、おかげで右の耳から左の耳まで、赤いミミズばれができてしまいました。それから、こんどは、台所だいどころへいって、タバコのパイプに火をつけようと思いました。それでかまどのそばまできますと、たまごのからがパチンとはねて、目のなかにとびこみました。
「けさは、いやに顔にたたるな。」
 主人はこういって、むしゃくしゃして大きな安楽あんらくいすにこしをおろしました。ところがこしをおろしたとたん、いきなりとびあがって、
「うう、いたい。」
と、さけびました。
 こんどは、ぬいばりが、さっきよりももっとひどく、おまけに頭でないところを、つきさしたのです。
 主人はかんかんにおこって、ゆうべあんなにおそくきたおきゃくたちがあやしいぞ、と思いました。そこで、すぐさま立っていって、さがしてみました。ところが、そのお客たちは、みんなもうでかけてしまったあとだったのです。
 そこで、主人しゅじんは、ああいうならずものは、もうこれからは、けっしてとめてはやらないぞ、と、かたく心に思ったのでした。なにしろ、あいつらときたら、さんざんいしたあげく、一文いちもんもはらわず、おまけにそのおれいとして、とんでもないいたずらをやらかすんですからね。





底本:「グリム童話集(1)」偕成社文庫、偕成社
   1980(昭和55)年6月1刷
   2009(平成21)年6月49刷
入力:sogo
校正:チエコ
2019年12月27日作成
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