森のなかの三人の小人

グリム Grimm

矢崎源九郎訳




 むかし、あるところに、おかみさんになれたひとりの男と、だんなさんに死なれたひとりの女とがおりました。この男には、ひとりのむすめがありました。女にもひとりのむすめがありました。むすめどうしはおたがいに知りあいでした。
 ある日、ふたりはいっしょに散歩さんぽにいったかえりに、女のほうの家へよりました。すると、女が男のほうのむすめにむかっていいました。
「いいかい、あんたのおとうさんにこういっておくれ。わたしが、おとうさんのおよめさんになりたいってね。そうすりゃ、あんたにはまい朝牛乳ぎゅうにゅうで顔をあらわせてあげるし、ブドウしゅものませてあげるよ。といっても、うちのむすめには水で顔をあらわせて水をのませておくけどね。」
 むすめはうちへかえって、女のいったことを、そのままおとうさんに話しました。すると、おとうさんはいいました。
「どうしたもんだろう。よめをもらうのはうれしいことだが、そのかわり、苦労くろうもあるからな。」
 おとうさんは、どっちとも心をきめかねましたので、とうとう、じぶんの長ぐつをぬいで、いいました。
「この長ぐつをもってくれ。こいつにはそこあながひとつあいている。こいつを屋根やねうらべやにもっていって、大きなくぎにかけて、なかに水をつぎこんでみてくれ。もし水がもらなかったら、もういちどよめさんをもらうことにしよう。だが、もしももったら、よめさんをもらうのはやめだ。」
 むすめは、いいつけられたとおりにしました。ところが、水のためにあながちぢまってしまって、長ぐつのなかは上まで水がいっぱいたまりました。
 むすめは、おとうさんにこのことを話しました。おとうさんがじぶんでそこへのぼっていってみますと、たしかにむすめのいうとおりです。そこで、さっそくその後家ごけさんのところへいって、よめになってくれ、ともうしました。
 こうして、結婚式けっこんしきがあげられました。
 つぎの朝、ふたりのむすめがおきてみますと、男のほうのむすめのまえには、顔をあらう牛乳ぎゅうにゅうと、のむブドウしゅがおいてありましたが、女のほうのむすめのまえには、顔をあらう水と、のむ水がおいてありました。二日めの朝には、男のほうのむすめのまえにも女のほうのむすめのまえにも、顔をあらう水と、のむ水がおいてありました。そして三日めの朝になりますと、男のほうのむすめのまえには、顔をあらう水と、のむ水がおいてありましたが、女のほうのむすめのまえには、顔をあらう牛乳と、のむブドウしゅとがおいてありました。そしてそれからは、ずっとそのままでした。
 女は、ままむすめが、ヘビかサソリのように、にくくてなりません。なんとかして日ましにひどくいじめてやろうと、そんなことばかり考えていました。それに、ままむすめは美しくてかわいらしいのに、じぶんのほんとうのむすめときたら、それこそみにくくて、ぞっとするほどでしたから、なおさらねたましくてならなかったのです。
 ある冬の日のことでした。地面じめんは石のようにかたくこおりついて、山にも谷にも、いちめんに雪がふりつもっていました。女は紙の着物きものをこしらえて、ままむすめをよんで、こういいました。
「さあ、この着物きものをきて、森へいって、かごにいっぱいイチゴをとってきておくれ。わたしは、イチゴが食べたいんだよ。」
「まあ、おかあさん。」
と、むすめはいいました。
「こんな冬に、イチゴなんかありゃしませんわ。地面はこおっていますし、おまけに雪がすっかりつもっていますもの。それに、どうしてこんな紙の着物をきていかなければいけないんですの。おもては、いきもこおってしまうくらい寒いんですよ。こんな着物じゃ、風もすうすうとおりますし、イバラにひっかかってちぎれてしまいますわ。」
「また口ごたえをする気かい。」
と、まま母がいいました。
「さっさといっといで。このかごにイチゴがいっぱいになるまでは、二度ともどってくるんじゃないよ。」
 それから、まま母はかたいパンをひときれわたして、
「これだけあれば、一日は食べられるよ。」
と、いいました。でも心のなかでは、
(そとへでれば、こごえて、うえにするだろうから、もう二度とわたしの目のまえにすがたをあらわすことはないだろうさ。)
と、思っていました。
 むすめはおとなしくいうことをきいて、紙の着物きものをき、かごをもってでていきました。おもては見わたすかぎり雪ばかりで、みどりの草などはどこにも見えません。
 むすめが森のなかにはいっていきますと、一けんの小さな小屋こやが見えました。そのなかから、三人の小人こびとがのぞいていました。むすめは、こんにちは、といって、おずおずと戸をたたきました。すると、小人たちは、おはいり、といいました。そこで、むすめはへやにはいって、暖炉だんろのそばのいすにこしをおろしました。そして、からだをあたためて、朝ごはんを食べようと思いました。
 それを見て、小人こびとたちがいいました。
「ぼくたちにもすこしくださいな。」
「あげますとも。」
 むすめはこういって、パンをふたつにわって、半分はんぶんをみんなにわけてやりました。
「この冬のまっさいちゅうに、きみはそんなうすい着物きものをきて、この森のなかでなにをするつもりなの。」
と、小人こびとたちがたずねました。
「それがねえ、このかごにいっぱいイチゴをさがさなけりゃならないのよ。」
と、むすめがこたえていいました。
「イチゴをもっていかなくっちゃ、うちへもかえれないのよ。」
 むすめがパンを食べおわりますと、小人たちはむすめにほうきをわたして、いいました。
「これでうら口のところの雪をはいておくれ。」
 むすめがそとへでてしまいますと、そのあとで、三人の小人こびとたちは相談そうだんをしました。
「あのむすめは、あんなにおとなしくして、しんせつで、それに、パンもぼくたちにわけてくれたんだ。なにをやったらいいだろうなあ。」
 すると、ひとりがいいました。
「ぼくは、あのむすめが日ましに美しくなるようにしてやろう。」
 二ばんめの小人がいいました。
「ぼくは、あのむすめが口をきくたびに、口から金貨きんかがとびだすようにしてやろう。」
 三ばんめの小人はこういいました。
「ぼくは、どこかの王さまがやってきて、あのむすめをおきさきさまにするようにしてやろう。」
 むすめは、小人こびとたちにいわれたとおり、ほうきで小さな家のうしろの雪をはきのけました。ところでみなさん、このとき、むすめはなにを見つけたと思います? それこそ、じゅくしたイチゴのばっかり、もうすっかり赤黒あかぐろくうれているのがいっぱい、雪のなかからあらわれてきたではありませんか。
挿絵
 むすめは大よろこびで、さっそくイチゴをかごにいっぱいつみとりました。そして、小人たちにおれいをいって、ひとりひとりに握手あくしゅをしました。それから、まま母にのぞみのものをもっていってあげようと、走ってかえりました。
 むすめがうちのなかにはいって、ただいま、といったとたんに、金貨きんかが一まい、口のなかからとびだしました。それから、むすめは森のなかでおこったできごとを話しましたが、むすめがひとこというたびに、口のなかから金貨がとびだして、たちまちのうちに、へやじゅうが金貨でいっぱいになってしまいました。
「見てやってよ、あの高慢こうまんちきを。」
と、まま母のつれてきたむすめが大きな声でいいました。
「あんなにおかねをまきちらしたりしてさ。」
 けれども、心のなかでは、ほんとうはそれがうらやましくてたまらず、じぶんも森へいって、イチゴをさがしてこようと思っていたのです。
「およしよ、おまえ。こんなに寒くっちゃ、こごえちまうよ。」
と、まま母はいいました。
 けれども、むすめがあんまりうるさくせめたてるものですから、とうとうまま母もまけてしまって、りっぱな毛皮けがわ着物きものをぬって、それをきせてやりました。それから、とちゅうで食べるように、バターパンとおかしももたせてやりました。
 むすめは森へはいって、まっすぐ、あの小さなうちをめざして歩いていきました。こんどもまた、三人の小人こびとたちがなかからのぞいていましたが、むすめはあいさつひとつしませんでした。そして、小人のほうなどは見むきもせず、ひとことのことばもかけないで、どんどんへやのなかにはいりこみました。そして、さっさと暖炉だんろのそばにこしかけて、バターパンとおかしを食べはじめました。
「ぼくたちにも、すこしくださいな。」
と、小人こびとたちがいいましたが、むすめは、
「あたしひとりでもたりないんだよ。ひとになんか、わけてやれるもんですか。」
と、こたえました。
 まもなく、むすめがパンを食べおわりますと、小人たちがまたいいました。
「そのほうきで、うら口のそとのところをきれいにはいておくれ。」
「なにいってんのよ、じぶんたちでおはき。あたしはおまえたちの女中じょちゅうじゃないんだよ。」
と、むすめはこたえました。
 むすめは、小人たちがなんにもくれそうにないと見てとりますと、戸口からそとへでていきました。すると、小人たちは相談そうだんしました。
「あのむすめはあんなにぎょうぎがわるいし、ひとにものもやらない根性こんじょうまがりのねたみやだから、なにをやったらいいだろう。」
 すると、ひとりがいいました。
「ぼくは、あのむすめが日ごとにみにくくなるようにしてやろう。」
 二ばんめの小人がいいました。
「ぼくは、あのむすめが口をきくたびに、口のなかからヒキガエルがとびだすようにしてやろう。」
 さいごの小人こびとはいいました。
「ぼくは、あのむすめがみじめなにかたをするようにしてやろう。」
 むすめはそとでイチゴをさがしましたが、ひとつも見つかりませんので、ぷんぷんおこって、うちにかえりました。そして、口をひらいて、森でおこったできごとをおかあさんに話そうとしました。ところが、ひとこというたびに、ヒキガエルが一ぴきずつ口のなかからとびだしてきました。そのため、みんなは、このむすめをたいそういやがるようになりました。
 こんなことがありますと、まま母はますますはらがたってきて、ただもうなんとかして、男のほうのむすめをひどいめにあわせてやりたいと、そのことばかり考えていました。ところが、このむすめの美しさは、日ごとにましてくるばかりです。
 とうとう、まま母はおかまをもちだして、火にかけました。そして、よりいとをぐつぐつました。糸が煮えますと、それをかわいそうなむすめのかたにかけて、それから一ちょうのおのをわたしました。そして、
「これをもってこおりのはった川へいってね、氷にあなをあけて、このより糸をすすいでおいで。」
と、いいつけました。
 むすめはおとなしくいわれたとおりに川へいって、氷に穴をあけました。こうして、むすめが氷をわっているさいちゅうに、王さまののっているりっぱな馬車ばしゃがとおりかかりました。王さまは馬車をとめて、むすめにたずねました。
「おまえはだれだね。そこでなにをしているのかね。」
「あたくしはあわれなむすめでございまして、より糸をすすいでいるところでございます。」
 これをきいて、王さまはむすめをかわいそうに思いました。しかも、見れば、たとえようもないほど美しいむすめです。
 そこで、王さまはいいました。
「わしといっしょにいく気はないかね。」
「ええ、よろこんでおともいたします。」
と、むすめはこたえました。むすめにとっては、まま母や義理ぎりの妹の顔を見ないですむだけでも、うれしかったのです。
 そこで、むすめは馬車にのって、王さまといっしょにいきました。やがて、おしろにつきますと、小人こびとたちがこのむすめにおくりものとしてきめてくれたように、ご婚礼こんれいの式が、それはそれはりっぱにおこなわれました。
 それから一年たって、わかいおきさきさまは男の子を生みました。まま母はこのむすめがたいそうしあわせになっていることをききますと、じぶんのほんとうのむすめをつれて、あいさつにたずねてきたような顔をして、おしろへいきました。
 ところが、ある日、王さまがよそへいって、ほかにはだれもいないときのことでした。このわるものの女は、おきさきさまの頭をつかみ、むすめには足をつかませて、ふたりがかりでお妃さまを寝台しんだいからひきずりだしました。そして、まどからそとをながれている川のなかへ、いきなりほうりこんでしまいました。
 そうしておいて、こんどは、みにくい顔のむすめが寝床ねどこのなかにもぐりこみました。まま母は、その頭まですっぽりとふとんをかぶせておきました。
 王さまがかえってきて、おきさきさまに話しかけようとしますと、まま母があわてていいました。
「おしずかに、おしずかに。ただいまは、お話しなさってはいけません。ひどい寝汗ねあせをかいていらっしゃいますから。きょうは、そっとやすませておいてあげなければいけません。」
 王さまは、わるだくみがあろうなどとはゆめにも考えてみませんでした。ですから、あくる朝になってからようやく、またお妃さまのところへやってきました。
 ところが、王さまがお妃さまと話をして、お妃さまがそれにこたえますと、ひとことこたえるごとに、まえには金貨きんかがとびだしましたのに、こんどは、ヒキガエルがとびだしました。そこで王さまは、
「これはどうしたことなのか。」
と、たずねました。
 するとまま母は、
「これはひどいあせのためですから、すぐおなおりになりましょう。」
と、もうしました。
 ところがそのばんのことです。料理番りょうりばんのわかいものが、台所だいどころながぐちから、一のカモがおよいではいってくるのを見ました。ところが、そのカモがこんなことをいいました。
王さま あなたはなにしていらっしゃる
おやすみですか おめざめですか
 わかいものがなんともへんじをしませんので、カモがまたいいました。
あたしのおきゃくはなにしているの?
 それをきいて、わかいものがこたえました。
お客はぐっすりねているよ
 すると、カモがなおもききました。
あたしのぼうやはなにしているの?
 わかいものはこたえていいました。
ゆりかごで すやすやねているよ
 すると、カモはおきさきさまのすがたになって、あがっていきました。そして、ぼうやにおちちをのませ、小さな寝台しんだいをゆすって、ふとんをよくかけてやりました。それから、またカモのすがたになって、もとのながぐちからきえていきました。
 こんなふうにして、カモはふたばんやってきましたが、三日めの晩に、料理番りょうりばんのわかいものにむかっていいました。
「王さまのところへいって、こういってくださいな。王さまがけんをぬいて、敷居しきいの上で三度ほど、あたしの頭の上でふってくださるようにって。」
 そこで、料理番のわかいものは王さまのところへ走っていって、このことを話しました。すると、王さまはけんをもってやってきて、このあやしげな鳥の上で三度ほどふりました。
 と、三度めをふりおわったとたんに、おきさきさまがすぐ目のまえにあらわれたではありませんか。しかも、まえとおなじように、いきいきとした元気なすがたをしているのです。
 王さまは、心のそこからよろこびました。けれども、赤ちゃんが洗礼せんれいをうけるはずになっている日曜日にちようびまで、お妃さまをひとへやにかくしておきました。そして、洗礼がすんだところで、王さまはいいました。
「ひとを寝台しんだいからひきずりおろして、川のなかへほうりこむような人間は、どんなめにあわせたらよかろう。」
「そんなわるいやつは――」
と、まま母がこたえていいました。
「たるのなかにおしこめて、それをくぎづけにして、山の上から川のなかにころがしおとすのがいちばんでございますよ。」
 それをきいて、王さまはいいました。
「おまえはじぶんをさばいたわけじゃ。」
 そうして、そういうたるをもってこさせて、まま母とむすめとをそのなかにいれさせてしまいました。それから、たるのふたをくぎづけにして、山の上からゴロゴロころがしおとしましたので、とうとうたるは川のなかへころがりこんでしまいました。





底本:「グリム童話集(1)」偕成社文庫、偕成社
   1980(昭和55)年6月1刷
   2009(平成21)年6月49刷
※表題は底本では、「森のなかの三人の小人こびと」となっています。
入力:sogo
校正:チエコ
2020年11月27日作成
2023年9月6日修正
青空文庫作成ファイル:
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