わらと炭と豆

グリム Grimm

矢崎源九郎訳




 ある村に、ひとりのまずしいおばあさんが住んでいました。おばあさんはまめをひとさらあつめて、ようと思いました。そこで、おばあさんはかまどに火をおこす用意よういをしました。そして、火がはやくもえつくように、ひとつかみのわらに火をつけました。
 おばあさんが豆をおなべにあけるとき、知らないまに、ひとつぶだけおばあさんの手からすべりおちました。その豆は、ゆかの上のわらのそばに、ころころところがっていきました。すると、すぐそのあとから、まっかにおこっているすみがかまどからはねだして、このふたりのところへやってきました。
 すると、わらが口をきいて、いいました。
「おまえさんたち、どこからきたんだね。」
 炭がこたえました。
「おれは、うまいぐあいに、火のなかからとびだしてきたんだよ。こうでもしなかったら、まちがいなしにおだぶつさ。もえて、はいになっちまうにきまってるもの。」
 こんどは、まめがいいました。
「あたしもぶじににげてきたわ。あのおばあさんにおなべのなかへいれられようものなら、ほかのお友だちとおんなじように、なさけようしゃもなく、どろどろにられてしまうところだったのよ。」
「おれだって、にたりよったりのめにあってるのさ。」
と、わらがいいました。
「おれの兄弟きょうだいたちは、みんなあのばあさんのおかげで、火をつけられて、けむりになっちまったんだ。ばあさんたら、いっぺんに六十もつかんで、みんなのいのちをとっちまったのさ。おれだけは、うんよくばあさんの指のあいだからすべりおちたからいいけどね。」
「ところで、おれたちはこれからどうしたらいいだろう。」
と、すみがいいました。
「あたし、こう思うのよ。」
と、まめがこたえました。
「あたしたちは運よくなずにすんだんですから、みんなでなかよしのお友だちになりましょうよ。そして、ここでもう二度とあんなひどいめにあわないように、いっしょにそとへでて、どこかよその国へでもいきましょう。」
 このもうは、ほかのふたりも気にいりました。そこで三人は、つれだってでかけました。
 やがて、三人は、とある小さなながれのところにやってきました。見ると、はしもなければ、わたし板もありません。三人は、どうしてわたったものか、とほうにくれてしまいました。
 わらがうまいことを思いついて、いいました。
「おれが横になって、ねころんでやろう。そうすれば、おまえさんたちは橋をわたるように、おれのからだの上をわたっていけるというもんだ。」
 こういって、わらはこっちの岸からむこうの岸まで、からだを長ながとのばしました。すると、すみは生まれつきせっかちだったものですから、このできたばかりの橋の上を、むてっぽうに、ちょこちょこかけだしました。ところが、まんなかまできて、足の下で水がざあざあながれる音をききますと、どうにもこわくなって、そこに立ちすくんでしまいました。もうひと足もすすむことができないのです。
 そのうちに、わらはもえだして、ふたつに切れて、ながれのなかへおっこちました。炭もあとから足をすべらせて、水のなかへおちました。そして、ジュウッといって、いのちをうしなってしまいました。
 まめは用心ぶかく、まだこっちの岸にのこっていましたが、このできごとを見ますと、おかしくって、わらわずにはいられませんでした。ところが、そのわらいがいつまでたってもとまりません。豆はあんまりひどくわらったものですから、とうとう、パチンとはじけてしまいました。
 ですから、もしもこのとき、たびまわりをしている仕立屋したてやさんが、うんよく、この流れの岸べでやすんでいなかったなら、まめもほかのふたりとおなじように、んでしまうところでした。
 仕立屋したてやさんは、なさけぶかい人でしたから、さっそくはりと糸とをとりだして、豆のからだをぬいあわせてやりました。豆は仕立屋さんに、あつくあつくおれいをいいました。けれども、仕立屋さんがつかったのは黒い糸でしたので、それからというものは、どの豆にも黒いぬいめがついているのです。





底本:「グリム童話集(1)」偕成社文庫、偕成社
   1980(昭和55)年6月1刷
   2009(平成21)年6月49刷
※表題は底本では、「わらとすみまめ」となっています。
入力:sogo
校正:チエコ
2020年7月27日作成
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