ある大きな森のはずれに、ひとりの
「これからさき、おれたちはどうなるんだ。かわいそうな、あの子らを、どうやってくわせていったもんだろう。おれたちだけでも、くうものがないんだからなあ。」
「じゃ、おまえさん、こうしたらどう。」
と、おかみさんがこたえました。
「あしたの朝、うんとはやく、子どもたちを森のなかへつれだして、いちばん木のたてこんでいるとこまでつれていくんだよ。そしたら、そこで、たき火をおこして、ふたりにパンをひときれずつやっておいてさ、わたしたちゃしごとにでかけて、ふたりはそのままおいてきぼりにしちまうんだよ。そうすりゃ、かえり道なんかわかりっこないんだから、それでやっかいばらいというわけさ。」
「そいつあ、いけねえよ、おめえ。」
と、木こりはいいました。
「そんなこたあ、おれにゃあできねえ。子どもらを森のなかにすててくるなんて、とてもそんな気にゃあなれねえ。そんなことをしようもんなら、すぐに森のけだものがとびだしてきて、あのふたりをずたずたにひきさいちまわあな。」
「おまえさんは、なんてばかなんだい。」
と、おかみさんはいいました。
「そんなことをいってりゃ、わたしたちゃ四人とも、ひぼしになって、
おかみさんはこういって、それからも、なんのかんのとうるさくいいたてますので、とうとう、木こりも
「だが、やっぱり子どもらがかわいそうだなあ。」
と、木こりはいいました。
ふたりの子どもたちは、おなかがすいてねむれませんので、いま、まま母がおとうさんに話していたことを、のこらずきいてしまいました。グレーテルはしくしく
「あたしたち、もうだめね。」
と、ヘンゼルにむかっていいました。
「しっ、だまって、グレーテル。」
と、ヘンゼルはいいました。
「だいじょうぶだよ。ぼくがきっとうまくやってみせるから。」
やがて、おとうさんとおかあさんがねてしまいますと、ヘンゼルはそっとおきあがり、じぶんの
「もうだいじょうぶだよ。ゆっくりおやすみ。ぼくたちには、
と、いいました。そして、じぶんも、また
「さあ、おきるんだよ。なんてなまけものなんだい、おまえたちは。みんなで森へいって、たきぎをひろうんだよ。」
こういって、おかみさんはふたりにパンをひときれずつやりながら、
「これはお昼のおべんとうだよ。だから、お昼にならないうちに、食べるんじゃないよ。あとは、もうなんにもないんだからね。」
と、いいきかせました。
パンは、ふたつともグレーテルがまえかけの下にしまいました。だって、ヘンゼルはポケットにいっぱい小石をつめこんでいましたからね。それから、みんなで森にでかけました。すこしいくと、ヘンゼルは立ちどまって、うちのほうをふりかえってみました。それからも、なんべんもなんべんも立ちどまっては、ふりかえってみました。それを見て、おとうさんがいいました。
「ヘンゼル、なにをそんなに立ちどまって、ながめているんだ。ぼんやりしないで、足もとに気をつけろよ。」
「ああ、おとうさん。」
と、ヘンゼルはいいました。
「ぼくの白ネコを見てるんですよ。あいつ、
すると、おかみさんが、
「ばかだね、あれはおまえのネコなんかじゃないよ。えんとつに朝日があたってるんじゃないか。」
と、いいました。
けれども、ヘンゼルは小ネコなんかを見ていたのではありません。立ちどまるたびに、あのぴかぴかひかる小石を、ポケットからとりだしては、道みちおとしていたのでした。
みんなが、森のまんなかまできたとき、おとうさんは、
「おい、ヘンゼルにグレーテル、おまえたちはたきぎをあつめておいで。寒くないように、おとうさんが火をたいてやるからな。」
と、いいました。
そこで、ヘンゼルとグレーテルは、
「じゃ、おまえたちはこのたき火のそばにすわって、やすんでおいで。わたしたちはもっとおくへはいっていって、木を切ってくるからね。しごとがおわったら、もどってきて、いっしょにつれてかえってやるよ。」
ヘンゼルとグレーテルはたき火のそばにすわって、あたたまっていました。お昼になると、めいめい、もらった小さなパンを食べました。そのあいだじゅう、ずうっと、木を切るおのの音がきこえていましたので、おとうさんはすぐ近くにいるものとばかり思っていました。ところがそれは、おので木を切る音ではなくて、おとうさんが
こうしてふたりは、いつまでもおとなしくすわっているうちに、だんだんくたびれてきて、いまにもまぶたがくっつきそうになりました。そして、とうとう、ぐっすりとねむりこんでしまいました。やっと目がさめたときには、もう、まっくらな夜になっていました。グレーテルはしくしく
「どうしたら、あたしたち、森からでられる?」
と、いいました。
けれども、ヘンゼルは小さい妹をなぐさめて、
「もうちょっとお
と、いいました。
そのうちに、まんまるいお月さまがのぼりました。それで、ヘンゼルは妹の手をとって、おとしておいた小石をたよりに、歩いていきました。小石は、あたらしい
「しょうのない子どもたちだねえ。いつまで森のなかでねこんでいるんだい。おまえたちは、もう、うちにかえってくるのがいやになったのかと思ってたとこさ。」
と、いいました。
けれども、おとうさんのほうは、ふたりをおきざりにしてきたのが、気になって気になってしかたがありませんでしたので、ふたりがかえってきたのを心からよろこびました。
それからまもなく、またくらしがこまって、どうにもならなくなりました。子どもたちは、ある
「また、なにもかも食べつくしちまって、あとはパンが半きれのこってるだけだよ。それを食べちまえば、もうおしまいさ。どうしたって、子どもたちを
おとうさんのほうはひどく
(それなら、おれのさいごのぶんは、子どもたちとわけて食べるほうがましだ。)
と、思いました。
ところが、おかみさんは木こりのいうことなどは、まるで耳にもいれません。ただ、がみがみどなったり、ののしったりするばかりでした。いったんやりだしたことは、どうしてもあとをつづけなければならないものです。この木こりも、さいしょにおかみさんのいうことをきいてしまったものですから、こんども、おかみさんのいうなりにしなければならなくなりました。
ところで、子どもたちはまだ目がさめていて、この話をぜんぶきいていました。おとうさんとおかあさんがねてしまいますと、ヘンゼルはそっとおきあがりました。また、このまえのときのように、おもてへいって、小石をひろおうと思ったのです。ところが、こんどは、おかみさんが戸にかぎをかけてしまったものですから、ヘンゼルはおもてへでることができませんでした。それでも、ヘンゼルは小さい妹をなぐさめて、いいました。
「
あくる朝はやく、おかみさんがやってきて、子どもたちを
「ヘンゼル、おまえは、なんだってそう立ちどまっちゃ、うしろをふりむいてばかりいるんだ。」
と、おとうさんがいいました。
「さっさと歩きな。」
「ぼくのハトを見ているんですよ。ほら、あいつ、
と、ヘンゼルはこたえました。
「ばかだね。」
と、おかみさんがいいました。
「あれはハトなんかじゃないよ。朝日がえんとつにあたって、ひかってるんじゃないか。」
それでも、ヘンゼルは、すこしずつパンくずをおとしていって、とうとうすっかりおとしきってしまいました。
おかみさんは子どもたちを、もっともっと森のおくへ、生まれてからまだきたこともないほど森のおくまで、つれていきました。そこで、こんども、どんどん火をおこしました。そして、おかみさんは、
「おまえたちはここにおいで。くたびれたら、すこしねてもいいよ。わたしたちはおくへいって、木を切ってるからね。夕がた、しごとがおわったら、ここへもどってきて、いっしょにつれてかえってやるよ。」
と、いいました。
お昼になると、グレーテルはじぶんのパンをヘンゼルにもわけてやって、ふたりで食べました。だって、ヘンゼルはじぶんのパンを道にまいてきてしまいましたからね。食べおわると、ふたりはねむりました。
やがて、
「グレーテル、お月さまがでるまで
と、いいました。
お月さまがのぼると、ふたりはでかけました。けれど、いくらさがしても、パンくずはどこにも見あたりません。それもそのはずです。森や野原をとびまわっている、何千ともしれない鳥たちが、きれいにひろってしまったんですからね。ヘンゼルはグレーテルに、
「道はきっと見つかるよ。」
と、いいましたが、どうしても見つかりませんでした。
ふたりはひと
こうして、ふたりがおとうさんの家をでてから、もう三日めの朝になりました。ふたりはまた歩きだしましたが、ますます森のおくへまよいこむばかりでした。このようすでは、もしだれかが、たすけにきてくれなければ、ふたりはつかれはてて、
ちょうどお昼ごろのことでした。雪のようにまっ白な、美しい一
「さあ、食べようよ。」
と、ヘンゼルはいいました。
「ごちそうになるんだ。ぼくは屋根をすこし食べるぜ。グレーテル、おまえは窓を食べるといいよ。あれはあまいから。」
ヘンゼルは手をぐっと高くのばして、屋根をすこしかきとり、どんな
ポリポリ モリモリ かじるぞかじる
わたしのうちをかじるな だれだ
子どもたちは、わたしのうちをかじるな だれだ
風だよ 風だよ
天の子だよ
と、こたえておいて、おかまいなしに、どんどん食べました。ヘンゼルは、天の子だよ
そのとき、ふいに戸があいて、なかからよぼよぼに年をとった、ばあさんが、つえにすがって、よちよちでてきました。ヘンゼルとグレーテルは、びっくりして、両手にかかえていたごちそうを、思わずとりおとしてしまいました。ばあさんは頭をゆすりながら、
「おお、かわいい子どもたちだ。ここまでだれにつれてきてもらったんだね。さあ、さあ、なかへおはいり。いつまでもここにおいで。そうすりゃ、
と、いいました。
ばあさんはふたりの手をとって、小さいうちのなかへつれていきました。へやのなかへはいると、ばあさんは、ミルクだの、さとうのついたおかしだの、リンゴだの、クルミだの、おいしそうなごちそうを、テーブルの上にいっぱいならべました。ごちそうを食べおわると、かわいい、きれいなふたつのベッドに白い
このばあさんは、見たところは、いかにもしんせつそうでしたが、ほんとうはわるい
「あのふたりはつかまえたぞ。にげようったって、にがすもんか。」
と、あざけるようにいったのでした。
つぎの朝はやく、まだ子どもたちが目をさまさないうちに、ばあさんはもうおきだしました。そして、ふたりが、まんまるの、赤いほっぺたをして、かわいらしく、すやすやとねむっているすがたを見ますと、
「こいつは、いいごちそうにならあね。」
と、つぶやきました。
それから、ばあさんはやせこけた手でヘンゼルをつかまえると、小さい
「さっさとおきるんだ、なまけものめ。水をくんできて、おまえのにいさんに、なんかうまいものでもこしらえてやんな。あいつは、そとの
と、どなりつけました。
グレーテルは、わあっとはげしく
こうして、かわいそうなヘンゼルは、いちばんじょうとうのごちそうをもらいましたが、それにひきかえ、グレーテルのほうは、ザリガニのこうらをもらったきりでした。まい朝まい朝、ばあさんは
「ヘンゼル、指をだしな。ぼつぼつ、ふとってきたかどうか、さわってみるんじゃ。」
と、わめきました。
いわれて、ヘンゼルは、食べのこしの
それから、四週間たちましたが、ヘンゼルはあいかわらずちっともふとりません。それで、ばあさんもかんしゃくをおこして、もうこれいじょう、がまんができなくなりました。
「やい、グレーテル。」
と、ばあさんは小さい妹にむかってどなりつけました。
「とんでって、水をくんできな。ヘンゼルのやつめ、やせていようと、ふとっていようと、あしたは、あいつをぶち
ああ、かわいそうに、小さい妹は、水をくみにやらされたとき、どんなになげきかなしんだことでしょう。そして、ほおの上を、どんなにたくさんの
「ああ、
と、グレーテルは大声にさけびました。
「こんなことなら、いっそのこと、森のなかでけものに食べられるほうがよかったわ。だって、そんなら、おにいさんといっしょに
「うるさい。さわぐんじゃない。いくらわめいたって、なんにもなりゃしないんだぞ。」
と、ばあさんはいいました。
つぎの朝はやく、グレーテルはおもてへでて、水をいっぱいいれたおかまをつるし、火をたきつけさせられました。
「さきにパンを
と、ばあさんはいいました。
「かまどには、もう火がはいっているし、それに、パン
ばあさんは、かわいそうなグレーテルを、パン焼きかまどのほうへつきとばしました。かまどからは、もう、ほのおがめらめらともえでています。
「なかにはいこんで、火がよくまわっているかどうか、見るんだ。よかったら、パンをいれるからな。」
と、
もしグレーテルがなかにはいったら、ばあさんはかまどのふたをしめてしまうつもりでした。そうすれば、グレーテルはなかで
「どうやってなかにはいるんですか。」
と、グレーテルはいいました。
「ばかやろう。かまどの口は、こんなに大きいじゃないか。ほれみろ、このわしだってはいれるくらいだ。」
ばあさんは、こういいながら、よちよち歩いていって、かまどのなかに頭をつっこみました。このときとばかり、グレーテルは、どんとばあさんをつきとばしましたから、ばあさんはかまどのずっとおくのほうへとびこんでしまいました。グレーテルはすばやく、
グレーテルはすぐにヘンゼルのところへとんでいって、小屋の戸をあけるなり、
「にいちゃん、あたしたち、たすかったわ。
と、さけびました。
戸があいたとたんに、ヘンゼルは、鳥がかごからとびだすように、ぱっととびだしてきました。そのとき、ふたりは、どんなにうれしかったことでしょう。たがいに
いまはもう、こわいものはなんにもありません。ふたりは、
「これは、小石なんかよりずっといいや。」
と、ヘンゼルはいいながら、ポケットというポケットに、つまるだけつめこみました。すると、グレーテルも、
「あたしもすこし、おみやげにもっていこうっと。」
と、いって、まえかけにいっぱいいれました。
「だけど、もういこうよ。」
と、ヘンゼルはいいました。
「ぼくたち、はやく
ふたりが二、三時間歩いていきますと、大きな川のほとりにでました。
「これじゃ、むこうへいけやしない。」
と、ヘンゼルがいいました。
「
「このへんは、
と、グレーテルはこたえました。
「でも、あそこに、白いカモが一
そこで、グレーテルはカモにむかってよびかけました。
かわいい かわいい小ガモさん
ここにきたのは ヘンゼルにグレーテル
だけどわたれる橋がありません
あなたの白いお背中 に
のせてわたしてちょうだいな
小ガモはすぐにきてくれました。そこで、ヘンゼルがまずその背中にのって、それから、小さい妹にもいっしょにのるようにいいました。けれども、グレーテルは、ここにきたのは ヘンゼルにグレーテル
だけどわたれる橋がありません
あなたの白いお
のせてわたしてちょうだいな
「いいえ、そんなにのっちゃ、この小ガモさんにはおもすぎるわ。ひとりずつ、つれてってもらいましょうよ。」
と、いいました。
しんせつな小ガモは、そのとおり、ひとりずつはこんでくれました。こうして、ふたりがぶじにむこう岸にわたって、それから、すこし歩いていきますと、だんだん、見おぼえのある森にきたような気がしてきました。そして、とうとう遠くのほうに、おとうさんのうちが見えはじめました。そのとたんに、ふたりはいっさんにかけだしました。へやのなかへとびこんで、いきなりおとうさんの
この木こりは、子どもたちを森のなかにすててきてからというものは、ただのいっときも、たのしい気持ちになったことはありませんでした。おかみさんのほうは、すでに
グレーテルがまえかけをふるいますと、
こうして、
これで、わたしのお話はおしまいです。ほら、ほら、そこをハツカネズミが一ぴき走っていきますよ。だれでもあのハツカネズミをつかまえた人は、あれで大きな、大きな