歌をうたう骨

グリム Grimm

矢崎源九郎訳




 むかし、ある国で、イノシシがお百姓ひゃくしょうさんの畑をあらしたり、家畜かちくころしたり、人間をきばで八つざきにしたりするので、たいへんこまったことがありました。
 王さまは、だれでもこのわざわいから国をすくってくれるものには、たくさんのほうびをつかわす、と約束やくそくしました。ところが、そのけものはものすごく大きくて、力が強いので、だれひとりそのけもののすんでいる森に近づこうとするものはありませんでした。
 とうとうしまいに、王さまは、このイノシシをつかまえるか、殺すかしたものには、じぶんのひとりむすめをつまにやろう、というおふれをだしました。
 さて、この国にふたりの兄弟きょうだいが住んでおりました。あるまずしい男のむすこたちでしたが、このふたりが名のってでて、このたいへんな冒険ぼうけんをやってみよう、ともうしでました。にいさんのほうは、ずるがしこい男で、思いあがった気持ちからこの冒険をやろうとしたのです。しかし、弟のほうはむじゃきな、おめでたい男なので、すなおな気持ちからやろうとしたのでした。
 王さまは、ふたりにいいました。
「おまえたちは、それぞれ反対はんたいのがわから森にはいっていくがよい。そのほうが、いっそうたしかにけものを見つけることができよう。」
 そこで、にいさんは西のほうから、弟は東のほうから森のなかへはいっていきました。弟がしばらく歩いていきますと、むこうからひとりの小人こびとがやってきました。小人は手に一本の黒いやりをもっていましたが、弟にむかって、
「おまえは、つみのない、いい人間だから、この槍をあげよう。この槍をもって、安心あんしんしてイノシシにむかっていきなさい。イノシシはおまえにわるいことをなんにもしやしないよ。」
と、いいました。
 弟は小人こびとにおれいをいいました。そして、そのやりかたにかついで、なにものもおそれずに、ずんずん森のおくへはいっていきました。まもなく、弟はそのけものを見つけました。イノシシは弟めがけて、まっしぐらにとびかかってきました。弟はイノシシにむかってやりをつきだしました。と、イノシシはやみくもにそれにつっかかり、ぐさりとつきささって、心臓しんぞうがまっぷたつになってしまいました。
 そこで、弟はこの怪物かいぶつかたにかついで、こいつを王さまのところへもっていこうと思いながら、かえり道につきました。
 弟が森の反対はんたいがわからでてきますと、森のはいり口のところに一けんのうちがあって、そこでおおぜいの人たちが、おどったり、おさけをのんだりして、大さわぎをしていました。
 ところで、にいさんのほうは、イノシシはにげっこないんだから、まず酒でものんで元気をつけてやれ、と考えて、このうちにはいりこんでいたのでした。
 ところがそのとき、弟がえものをかついで森からでてきたのです。それを見ますと、にいさんは弟がねたましくなって、むねのうちによくない気持ちがむらむらとわきおこってきました。そこで、にいさんは弟によびかけました。
「おい、まあ、はいれよ。ひとやすみして、いっぱいのんで、元気をつけていけよ。」
 弟は、わるだくみがあろうとは、ゆめにも知りません。それで、うちのなかにはいっていって、しんせつな小人こびとやりをくれて、その槍でイノシシを退治たいじしたことを、すっかりにいさんに話しました。
 にいさんは、日がくれるまで弟をひきとめておいて、それから、ふたりでいっしょにでかけました。
 ところが、ふたりがくらやみのなかを、とある小川にかかっているはしのところまできたときです。にいさんは弟をさきにいかせて、弟がちょうど川のまんなかにさしかかったところを見はからって、ガンとひとつ、うしろから弟をなぐりつけました。弟は川のなかへおっこちて、んでしまいました。
 にいさんは弟の死がいを橋の下にうめました。それから、イノシシをかついで、じぶんがころしてきたような顔をして、すまして王さまのところにもってでました。そしてそのほうびとして、にいさんはおひめさまをつまにもらいました。
 弟は、いつまでたってもかえってきませんでしたが、にいさんは、
「弟は、イノシシのために八つざきにされたのでしょう。」
と、もうしました。それをきいて、だれもかれもがそうとばかり思いこみました。
 けれども、かみさまのまえには、どんなことでもかくしておくことはできないものです。ですから、このひどいおこないも、いつかは明るみにでないはずはありません。
 それから、何年もたってからのことでした。あるとき、ひとりのヒツジいがヒツジのむれをって、このはしの上をとおりかかりました。ヒツジ飼いは、橋の下のすなのなかに、雪のように白いほねがひとつあるのを見つけて、これはいいふえの口になるぞ、と思いました。そこで、ヒツジ飼いはおりていって、その骨をひろいました。そうして、その骨をけずって、じぶんの角笛つのぶえの口にしました。
 ところが、その笛をヒツジいがはじめてふいてみますと、どうでしょう。おどろいたことに、小さな骨がひとりでに歌をうたいだしたではありませんか。
ああ もし ヒツジいさん
あなたがふくのはわたしのほね
わたしはあにきにころされて
はしの下にうめられた
あにきは わたしのイノシシと
ひめさまがほしかった
「ひとりでに歌をうたうなんて、まったくもって、ふしぎなふえだなあ。」
と、ヒツジいはいいました。
「こいつは、王さまにお目にかけなくっちゃ。」
 ヒツジ飼いがそれをもって、王さまのまえにでますと、角笛つのぶえはまたまた歌をうたいはじめました。王さまには、その歌の意味がよくわかりました。そこで、さっそく、はしの下の地面じめんをほりかえさせてみますと、殺された弟のがいこつがのこらずでてきました。
 こうなっては、わるもののにいさんも、じぶんのやったことをみとめないわけにはいきません。にいさんは、ふくろのなかにぬいこまれて、生きたまま水のなかにしずめられてしまいました。
 いっぽう、殺された弟のほね墓地ぼちへはこばれて、りっぱなおはかのなかにうめられました。





底本:「グリム童話集(1)」偕成社文庫、偕成社
   1980(昭和55)年6月1刷
   2009(平成21)年6月49刷
※表題は底本では、「歌をうたうほね」となっています。
入力:sogo
校正:チエコ
2022年1月28日作成
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