おりこうハンス

グリム Grimm

矢崎源九郎訳




 ハンスのおかあさんが、
「ハンスや、どこへいく。」
と、たずねます。
 すると、ハンスがこたえます。
「グレーテルんとこさ。」
「うまくやるんだよ、ハンス。」
「ああ、うまくやるとも。あばよ、おっかあ。」
「あばよ、ハンス。」
 ハンスはグレーテルのところへきます。
「こんちわあ、グレーテルさん。」
「こんちは、ハンスさん。なにかいいものもってきてくれて。」
「なんにももってきやしないよ。なんかくれるものない。」
 グレーテルはハンスにはりを一本やります。ハンスは、
「さよならっ、グレーテルさん。」
と、いいます。
「さよなら、ハンスさん。」
 ハンスはその針をとって、ほし草の車へつきさして、じぶんはその車のあとからかえっていきます。
「ただいまあ、おっかあ。」
「おかえり、ハンス。どこへいってたの。」
「グレーテルんとこへいってた。」
「おまえ、なにをもってってやったの。」
「なんにももってきゃしない。むこうでくれたよ。」
「グレーテルがおまえになにをくれたの。」
はりをくれたよ。」
「その針はどこにあるの、ハンス。」
「ほし草の車へさしといた。」
「ばかなことをしたねえ。ハンスや、針はそでにさしとくもんだよ。」
「どっちだっていいや。こんだあ、うまくやるよ。」
「ハンスや、どこへいく。」
「グレーテルんとこさ、おっかあ。」
「うまくやるんだよ、ハンス。」
「ああ、うまくやるとも。あばよ、おっかあ。」
「あばよ、ハンス。」
 ハンスはグレーテルのところへきます。
「こんちわあ、グレーテルさん。」
「こんちは、ハンスさん。なにかいいものもってきてくれて。」
「なんにももってきやしないよ。なんかくれるものない。」
 グレーテルはハンスにナイフを一ちょうやります。
「さよならっ、グレーテルさん。」
「さよなら、ハンスさん。」
 ハンスはナイフをそでにさして、うちへかえっていきます。
「ただいまあ、おっかあ。」
「おかえり、ハンス。どこへいってたの。」
「グレーテルんとこへいってた。」
「おまえ、なにをもってってやったの。」
「なんにももってきゃしない。むこうでくれたよ。」
「グレーテルがおまえになにをくれたの。」
「ナイフをくれたよ。」
「そのナイフはどこにあるの、ハンス。」
「そでにさしといた。」
「ばかなことをしたねえ。ナイフはふくろにいれとくもんだよ。」
「どっちだっていいや。こんだあ、うまくやるよ。」

「ハンスや、どこへいく。」
「グレーテルんとこさ、おっかあ。」
「うまくやるんだよ、ハンス。」
「ああ、うまくやるとも。あばよ、おっかあ。」
「あばよ、ハンス。」
 ハンスはグレーテルのところへきます。
「こんちわあ、グレーテルさん。」
「こんちは、ハンスさん。なにかいいものもってきてくれて。」
「なんにももってきやしないよ。なんかくれるものない。」
 グレーテルはハンスに子ヤギを一ぴきやります。
「さよならっ、グレーテルさん。」
「さよなら、ハンスさん。」
 ハンスはそのヤギをうけとって、足をしばって、ふくろのなかにおしこみます。うちへかえったときには、ヤギはいきがつまってんでいました。
「ただいまあ、おっかあ。」
「おかえり、ハンス。どこへいってたの。」
「グレーテルんとこへいってた。」
「おまえ、なにをもってってやったの。」
「なんにももってきゃしない。むこうでくれたよ。」
「グレーテルがおまえになにをくれたの。」
「ヤギをくれた。」
「そのヤギはどこにいるの、ハンス。」
「ふくろんなかへおしこんどいた。」
「ばかなことをしたねえ。ヤギはつなへつなぐもんだよ。」
「どっちだっていいや。こんだあ、うまくやるよ。」

「ハンスや、どこへいく。」
「グレーテルんとこさ、おっかあ。」
「うまくやるんだよ、ハンス。」
「ああ、うまくやるとも。あばよ、おっかあ。」
「あばよ、ハンス。」
 ハンスはグレーテルのところへきます。
「こんちわあ、グレーテルさん。」
「こんちは、ハンスさん。なにかいいものもってきてくれて。」
「なんにももってきやしないよ。なんかくれるものない。」
 グレーテルはハンスにベーコンをひときれやります。
「さよならっ、グレーテルさん。」
「さよなら、ハンスさん。」
 ハンスはそのベーコンをうけとって、つなにしばりつけ、それをじぶんのうしろからずるずるひきずっていきます。犬があつまってきて、それをきれいにたいらげてしまいます。ハンスがうちにかえってきたときには手につなだけもっています。つなには、もうなんにもくっついていません。
挿絵
「ただいまあ、おっかあ。」
「おかえり、ハンス。どこへいってたの。」
「グレーテルんとこへいってた。」
「おまえ、なにをもってってやったの。」
「なんにももってきゃしない。むこうでくれたよ。」
「グレーテルがおまえになにをくれたの。」
「ベーコンをひときれくれた。」
「そのベーコンはどこにあるの、ハンス。」
「つなにしばって、もってきたら、犬にとられちゃった。」
「ばかなことをしたねえ、ハンス。ベーコンは頭にのっけてもってくるもんだよ。」
「どっちだっていいや。こんだあ、うまくやるよ。」

「ハンスや、どこへいく。」
「グレーテルんとこさ、おっかあ。」
「うまくやるんだよ、ハンス。」
「ああ、うまくやるとも。あばよ、おっかあ。」
「あばよ、ハンス。」
 ハンスはグレーテルのところへきます。
「こんちわあ、グレーテルさん。」
「こんちは、ハンスさん。なにかいいものもってきてくれて。」
「なんにももってきやしないよ。なんかくれるものない。」
 グレーテルはハンスに子牛を一とうやります。
「さよならっ、グレーテルさん。」
「さよなら、ハンスさん。」
 ハンスはその子牛をうけとって、頭にのせます。子牛はハンスの顔をふみにじります。
「ただいまあ、おっかあ。」
「おかえり、ハンス。どこへいってたの。」
「グレーテルんとこへいってた。」
「おまえ、なにをもってってやったの。」
「なんにももってきゃしない。むこうでくれたよ。」
「グレーテルがおまえになにをくれたの。」
「子牛をくれた。」
「その子牛はどこにいるの、ハンス。」
「頭にのっけたら、顔をふみにじった。」
「ばかなことをしたねえ。ハンスや、子牛はひっぱってきて、かいばかけのとこへ立たせておくもんだよ。」
「どっちだっていいや。こんだあ、うまくやるよ。」

「ハンスや、どこへいく。」
「グレーテルんとこさ、おっかあ。」
「うまくやるんだよ、ハンス。」
「ああ、うまくやるとも。あばよ、おっかあ。」
「あばよ、ハンス。」
 ハンスはグレーテルのところへきます。
「こんちわあ、グレーテルさん。」
「こんちは、ハンスさん。なにかいいものもってきてくれて。」
「なんにももってきやしないよ。なんかくれるものない。」
 グレーテルはハンスにいいます。
「あたし、あんたといっしょにいくわ。」
 ハンスはグレーテルをつかまえて、つなにしばりつけて、グレーテルをひっぱっていきます。そして、かいばかけのまえにつれていって、そこにしっかりつないでしまいます。それから、ハンスはおかあさんのところにいきます。
「ただいまあ、おっかあ。」
「おかえり、ハンス。どこへいってたの。」
「グレーテルんとこへいってた。」
「おまえ、なにをもってってやったの。」
「なんにももってきゃしない。」
「グレーテルはなにをくれたの。」
「なんにもくれやしない。いっしょにきた。」
「おまえ、グレーテルをどこへおいてきたの。」
「つなでひっぱってきて、かいばかけのまえにつないで、草をやっといた。」
「ばかなことをしたねえ。ハンスや、グレーテルにゃやさしいをなげてやるもんだよ。」
「どっちだっていいや。こんだあ、うまくやるよ。」
 ハンスは家畜小屋かちくごやへいって、そこにいる子牛やヒツジの目玉という目玉をみんなほじくりだして、それをグレーテルの顔へなげつけます。グレーテルはぷんぷんはらをたてて、つなをひきちぎって、にげだします。せっかく、ハンスのおよめさんになるつもりでしたのにねえ。





底本:「グリム童話集(1)」偕成社文庫、偕成社
   1980(昭和55)年6月1刷
   2009(平成21)年6月49刷
※本文28行目の「どっちだっていいや。こんだあ、うまくやるよ。」と29行目の「ハンスや、どこへいく。」の間に空行がないのは、底本通りです。
入力:sogo
校正:チエコ
2022年1月28日作成
2023年9月12日修正
青空文庫作成ファイル:
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