天国へいった仕立屋さん
グリム Grimm
矢崎源九郎訳
ある晴れわたった日のことでした。神さまは天国のお庭を散歩なさろうとお思いになって、使徒や聖者たちをみんなおつれになりました。そのため、天国には聖ペテロさまがひとりしかのこっていませんでした。
神さまは、ごじぶんのるすのあいだは、だれもいれてはいけない、と、聖ペテロさまにおいいつけになりました。それで、聖ペテロさまは門のところに立って、番をしておりました。
すると、まもなく、だれかが門をトントンとたたきました。ペテロさまは、
「だれかね。なんの用事だね。」
と、たずねました。
「わたくしは、まずしい正直な仕立屋でございます。どうかおいれくださいまし。」
という、やさしい声がしました。
「なるほど、正直か。」
と、ペテロさまはいいました。
「首つり台にのぼったどろぼうのようにな。おまえは指を長くして、ひとの布地をはさみとったではないか。おまえは、天国にはいれはしない。神さまがそとにでかけていらっしゃるあいだは、だれもなかにいれてはいけないとお申しつけをうけているのだ。」
「どうかおなさけをおかけくださいまし。」
と、仕立屋さんが大きな声でもうしました。
「ひとりでに仕立台からおちるくずのつぎきれなぞは、ぬすむというほどのものではございません。ごらんくださいまし、わたくしは足がわるいのです。それに歩いてまいりましたので、足にまめができてしまって、もうひきかえすことができません。どうかなかにいれてくださいまし。どんなひどいしごとでもいたします。お子さんがたをだっこもいたしますし、おむつのせんたくもいたします。お子さんがたのあそんだこしかけをきれいにして、ぞうきんがけもいたしますし、お子さんがたのやぶけた着物のつくろいもいたします。」
聖ペテロさまはかわいそうになって、仕立屋さんのために、門をほんのすこしあけてやりました。仕立屋さんは、そのすきまから、やせほそったからだをすべりこませました。
仕立屋さんは門のうしろのすみっこにこしをおろして、そこでだまってじっとしているようにいいつかりました。だって、神さまがおかえりになったとき、仕立屋さんを見つけて、おいかりになるとこまりますからね。
仕立屋さんはそのとおりにいたします、といいましたが、聖ペテロさまがちょっと門のそとへでているあいだに、立ちあがりました。そして、ものめずらしさから、天国のすみずみを歩きまわって、あちこちを見物しました。
いちばんおしまいにやってきたところには、美しいりっぱないすがたくさんあって、そのまんなかには、ぴかぴかかがやく宝石をちりばめた、金の安楽いすがおいてありました。この安楽いすは、ほかのいすよりもずっとたけが高くて、そのまえには金の足台がおいてありました。
これは、神さまがうちにいらっしゃるとき、いつもおかけになるいすだったのです。そしてここから、神さまは地上におこるすべてのことを、ごらんになることができたのです。
仕立屋さんはそこにじっと立って、このいすをかなり長いことながめていました。だって、このいすがほかのどれよりも気にいったからです。とうとう、仕立屋さんはがまんができなくなって、上へあがって、その安楽いすにすっぽりこしをおろしました。すると、地上でおこっていることが、なんでも見えました。ちょうどそのとき、小川でせんたくをしていたみにくいばあさんが、ベールを二枚こっそりごまかしたのが、目にとまりました。
仕立屋さんはこれを見ますと、かんかんに腹をたてて、金の足台をひっつかむがはやいか、天国から地上のどろぼうばあさんめがけてなげつけました。けれども、仕立屋さんにはその足台をひろいあげることができません。そこで、仕立屋さんは、安楽いすからそっとすべりおりて、門のうしろのもとの場所にかえって、すました顔をしてすわっていました。
神さまは、天国の人びとをおともにつれてかえっていらっしゃいましたが、門のうしろにいる仕立屋さんにはお気づきになりませんでした。けれども、安楽いすにこしをおかけになりましたところ、足台が見えません。
神さまは聖ペテロさまに、足台はどこへいったのかと、おたずねになりました。しかし、もちろん、聖ペテロさまは知りません。
そこで、神さまはなおもことばをつづけて、ではだれかなかにいれたか、と、おたずねになりました。
「足のわるい仕立屋のほかは、だれもはいらなかったはずでございますが、その仕立屋は門のうしろにおります。」
と、聖ペテロさまはこたえました。
そこで、神さまは、仕立屋さんにでてくるようにおいいつけになりました。そして、
「おまえが足台をとりのけたのかね。そして、その足台をどこへやったね。」
と、おたずねになりました。
「ああ、神さま。」
と、仕立屋さんはうれしそうにこたえました。
「わたくしは、地上で、ばあさんがせんたくをしているとき、ベールをふたつこっそりぬすむのを見ましたものですから、かっとなって、そのばあさんめがけて、足台をぶっつけたのでございます。」
「おう、おまえはけしからん男だ。」
と、神さまはおっしゃいました。
「おまえがさばくように、わしがさばきをするとすれば、どうじゃ、おまえなどは、とっくに罰をうけていると思わんか。わしは、ここにあるいすも、こしかけも、安楽いすも、いや、暖炉の火かきさえも、つぎつぎと罪あるものになげつけて、ここにはとっくになにひとつなくなっておったろう。
こんご、おまえは天国にいることはならん。門のそとへでていきなさい。そのうえで、どっちへいくかよく考えてみなさい。この天国では、わしひとり、つまり、神のほかは、だれにも罰する権利はないのじゃ。」
聖ペテロさまは、仕立屋さんをもとのように、天国の門のそとにつれていかなければなりませんでした。
仕立屋さんはくつはやぶれ、足はまめだらけでしたから、つえを手にもって、むじゃきな兵隊さんたちが陽気にさわいでいる〈ちょい待ち屋〉へいきました。
底本:「グリム童話集(1)」偕成社文庫、偕成社
1980(昭和55)年6月1刷
2009(平成21)年6月49刷
※表題は底本では、「天国へいった仕立屋さん」となっています。
入力:sogo
校正:チエコ
2022年11月26日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
●表記について
- このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。