おくさま狐の御婚礼

ヤーコップ、ウィルヘルム・グリム Jacob u. Wilhelm Grimm

金田鬼一訳




一番めの話


 むかしむかし、あるところに尻尾しっぽの九本ある古狐ふるぎつねがいました。古狐は、じぶんのおくさまが心がわりしたのではないかとうたぐって、おくさまをためしてみることにしました。ふるぎつねは、腰かけ台の下へだいなりになって、ぴくりとも動かず、まるでぶち殺されたねずみのように、死んだふりをしていたのです。
 おくさまぎつねは、じぶんのおへやへ行って、とじこもりました。おくさま狐のお女中じょちゅうのおじょうさん猫は、おへっついの上にすわって、ぐつぐつ、煮ものをしていました。
 やがて、ふる狐の死んだことが知れわたると、おくさま狐をおよめさんにほしいという者が、いくたりもいにきました。お女中は、だれだか、戸口に立って、こつこつと戸をたたいているのを聞きつけました。立って行って、戸をあけてみると、としの若いきつねが一ぴきいて、こう言いました、

「なにしてらっしゃるの? おじょうさん猫ちゃん、
ねてらっしゃるの? おきてらっしゃるの?」

 おじょうさん猫が、へんじをしました、

「あたしなら、ねてやしないわ、おきてるわ。
なにしているのか、知りたいの?
ビールをぐつぐつ煮えたてて、バタを、なかへ入れてるの、
あなた、あたしのお客になって?」

「いや、ありがとう、おじょうさん」と、狐が言いました、「おくさまぎつねは、どうしていらっしゃるの?」
 お女中はへんじをしました、

「おくさま狐は、おへやにおいで、
かなしかなしと泣きはらす
かわいいお紅絹もみのようにあかい、
お狐のふるとのさまがお逝去かくれじゃもの」

「おじょうさん、どうかおくさまにおっしゃってください、わかい狐がまいりましたってね、その狐が、おくさまに、およめさんになっていただきたいのですってね」
「おわかさま、かしこまりました」

ぴたり、ぱたりと猫が行く、
とたん、ぱたんと戸があいた、
「おきつねおくさま、いらしって?」
「いるわよ、ねこちゃん、いることよ」
「おくさまを、およめにほしいというかたが」
「あらまあ、そうお、どんなごようす?」

「そのかたもね、おかくれになった殿とのさまぎつねみたように、いろいような青いようなみごとなしっぽが、九本あること?」
「どういたしまして」と、猫がへんじをしました、「しっぽは、たった一本でございます」
「では、そのかたは御免ごめんだわ」
 おじょうさん猫はおへやを出て、おむこさんになりたい狐をかえしました。
 それからもなく、また戸をたたくものがありました。出てみると、別の狐が戸口にいて、おくさま狐をおよめさんにほしいと言うのです。これは、しっぽが二本でしたけれども、まえのとたりよったりの目にあいました。それからも、つづいてほかのが来て、尻尾しっぽも一本ずつふえていましたが、どれもこれも、追っぱらわれました。ただ、いちばんおしまいに来たのだけは、ふるとのさまのおきつねとそっくり、九尾きゅうびきつねでした。やもめさんはこれを聞くと大喜びで、猫に言いました、

「さあ、門をあけて、戸をあけて!
おっぽりだすのよ、ふるとのさまのおきつねを」

 ところが、いざ御婚礼のお式が挙げられるという時になって、ふるとのさまのお狐が、腰かけ台の下で、もぞもぞ動きだして、めしつかいのものどもを、一ぴきのこらず、ぴしぴしひっぱたき、おくさま狐といっしょにうちからんだしてしまいました。

二番めの話


 ふるとのさまのおきつねが死んでから、おくさま狐をおよめさんにほしいと言って、狼がやってきて、こつこつと、戸をたたきました。おくさま狐にお女中奉公じょちゅうぼうこうをしている猫が戸をあけました。狼は猫に挨拶して、口をきりました、

「こんにちは! ケーレウィッツのおねこさま、
なんとして、ひとりぼっちでござるぞえ?
ごちそうは、なあに?」

 猫が、へんじをしました、

「上等のこむぎのパンをこなにして、おちちのなかへ入れてるの、
あなた、あたしのお客になる?」

「ありがとう、おねこさま」と、狼がこたえました、「おくさまぎつねは、お在宅うちじゃないの?」
 猫が言いました、

「おくさまぎつねは二階のおへや、
かなしかなしと、おいおい泣いて、
どしたらよかろと泣いてござる、
おきつねのふるとのさまがおかくれじゃもの」

 狼がこたえました、

「おくさまぎつねが、も一だんながほしいなら、
ここまでおりて来やしゃんせ」
 猫は階段かけあがり、
なれた小廊下ころうかいくまがり、
やがて行きつく長ひろま、
五つの黄金きんのゆびわで、とんとんとんと、戸をたたく。
「狐のおくさま、いらしって?
おくさまが、も一度だんながほしいなら、
下までおりて行かしゃんせ」

 おくさま狐がたずねました、
「そのかたは、赤いズボンをはいてらっしゃるの? とがったお口をしてらっしゃるの?」
「いいえ」と、猫がへんじをしました。
「それでは、わたしのやくにはたたないわ」
 狼が肘鉄砲ひじでっぽうをくわされてから、犬だの、鹿だの、兎だの、熊だの、獅子ライオンだの、あとからあとから、森のけだものが一つのこらずやってきました。けれども、どれもこれも、お狐のふるとのさまがもっていたいろいろのい性質のうち、一つだけはきまって持ちあわせていなかったので、猫は、そのたんびに、おむこさんになりたいものに帰ってもらわなければなりませんでした。
 やっとのことで、わかい狐が一ぴきやってきました。おくさま狐が言うことには、
「そのかた、赤いズボンをはいてらっしゃること? とんがったお口をしてらっしゃる?」
「そのとおりでございます」と、猫が言いました。おくさま狐は、
「そんなら、そのかたを、上へおとおししてね」と言って、女中に御婚礼のしたくをいいつけました、

「ねこちゃん、おへやをそうじして、
じじいぎつねは、窓からすてておしまいな。
脂肪あぶらの乗ったふとった鼠を、ときどきもってきたけれど、
じじいときたら、いつでも、ひとりでたべちゃって、
あたしにゃひとつもくれなんだ」

 それから、わかとのぎつねとの御婚礼のお式が挙げられて、めでたいめでたいと言いながら、おどりをおどりました。やめていなければ、今でもおどっていますよ。





底本:「完訳 グリム童話集(二)〔全五冊〕」岩波文庫、岩波書店
   1979(昭和54)年8月16日改版第1刷発行
   1989(平成元)年5月16日第15刷発行
※表題は底本では、「四三 おくさま狐の御婚礼〈KHM 38〉」となっています。
入力:かな とよみ
校正:山本洋一
2021年10月27日作成
2022年3月6日修正
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