子どもたちが屠殺ごっこをした話

ヤーコップ、ウィルヘルム・グリム Jacob u. Wilhelm Grimm

金田鬼一訳




(一)第一話


 西部フリースランド(オランダ)にあるフラネッケルという名まえの小都会で、五歳いつつ六歳むっつぐらいの女の子と男の子、まあそういったようなとしのいかない子どもたちが遊んでいました。
 やがて、子どもたちはやくわりをきめて、一人ひとりの男の子に、おまえは牛やぶたをつぶす人だよと言い、もう一人の男の子には、おまえはお料理番だよと言い、またもう一人の男の子には、おまえは豚だよと言いました。それから、女の子にも役をこしらえて、一人は女のお料理番になり、もう一人はお料理番の下ばたらきの女になることにしました。この下ばたらきの女は、ちょうづめをこしらえる用意よういとして、豚のを小さい容器いれものける役目やくめなのです。
 役割やくわりがすっかりきまると、豚をつぶす人は、豚になるはずの男の子へつかみかかって、ねじたおし、小刀こがたなでその子の咽喉のどを切りひらき、それから、お料理番の下ばたらきの女は、じぶんの小さないれもので、その血をうけました。
 そこへ、まち議員ぎいんがはからずとおりかかって、このむごたらしいようすが目にはいったので、すぐさまその豚をつぶす人をひったてて、市長さんの家へつれて行きました。市長さんは、さっそく議員をのこらず集めました。
 議員さんがたは、この事件ことをいっしょけんめいに相談しましたが、さて、男の子をどう処置しまつしていいか、見当けんとうがつきません。これが、ほんの子どもごころでやったことであるのは、わかりきっていたからです。ところが、議員さんのなかにかしこい老人が一人あって、それなら、裁判長さいばんちょうが、片手かたてにみごとな赤いりんごを、片手にライン地方で通用する一グルデン銀貨をつかんで、子どもを呼びよせて、両手を子どものほうへ一度いちどにつきだしてみせるがよい。もし、子どもが、りんごを取れば、無罪むざいにしてやるし、銀貨のほうを取ったら、死刑しけいにするがよいと、うまいちえをだしました。
 そのとおりにすることになりました。すると、子どもは、笑いながら林檎りんごをつかみました。それで、子どもは、なんにもばつをうけないですみました。

(二)第二話


 あるとき、おとうさんが豚を屠殺つぶすところを、その子どもたちが見ました。やがて、おひるすぎになって、子どもたちが遊戯ゆうぎをしたくなると、ひとりが、もうひとりの小さい子どもに、
「おまえ、豚におなり。ぼくは、ぶたをつぶす人になる」と言って、抜き身の小刀ナイフを手にとるなり、弟の咽喉のどを、ぐさりと突きました。
 おかあさんは、上のおへやで、赤ちゃんをたらいに入れて、お湯をつかわせていましたが、その子どものけたたましい声をききつけて、すぐかけおりてきました。そして、このできごとを見ると、子どもののどから小刀を抜き取るが早いか、腹たちまぎれに、それを、豚のつぶしてであったもうひとりの子の心臓しんぞうへ突きたてたものです。
 それから、たらいのなかの子どもはどうしているかと思って、その足でおへやへかけつけてみましたら、赤ちゃんは、そのあいだに、おのなかでおぼれ死んでいました。
 これが原因もとで、つまは心配がこうじて、やぶれかぶれになり、めしつかいの者たちがいろいろなぐさめてくれるのも耳に入らず、首をくくってしまいました。
 おっとがはたけからかえってきました。そして、このありさまをのこらず見ると、すっかり陰気いんきになって、それからもなく、この人も死んでしまいました。





底本:「完訳 グリム童話集(一)〔全五冊〕」岩波文庫、岩波書店
   1979(昭和54)年7月16日改版第1刷発行
   1989(平成元)年5月16日第17刷発行
※「小刀」に対するルビの「こがたな」と「ナイフ」の混在は、底本通りです。
※表題は底本では、「二五 子どもたちが屠殺ごっこをした話」となっています。
入力:かな とよみ
校正:山本洋一
2021年11月27日作成
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