死神の名づけ親(第二話)

ヤーコップ、ウィルヘルム・グリム Jacob u. Wilhelm Grimm

金田鬼一訳




 あるまずしい男にむすこが生まれましたが、なにしろひどい貧乏なので、名づけ親になってやろうという人が、たれひとり見つかりません。一軒いっけん一軒いっけんあるいてみましたけれど、むだぼねおりでした。そこで、ことによると、だれかとおりがかりの人が気のどくに思って承知してくれるかもしれないと、そんなことを当てにして、大通おおどおりへ腰をおろしました。
 まもなくやってきたのは、けだかい服装なりをした美しい女です。びんぼうにんが用事をたのんでみると、そういう御用ならやってあげましょうと、はっきりうけあってくれました。
「お名まえをおっしゃっていただきたいのですが」と、男が言いました、「あたくしは、みじめなくらしをしてはおりますが、あなたがどなたかうかがわないうちは、名づけ親になっていたただく[#「いたただく」はママ]わけにいかないので」
 女は、金糸きんしで星がいくつもぬいとりしてあるかおぎぬを、ぱっとはらいのけて、
「わたしは聖母せいぼマリアです」と言いました。
「それでは、あなたには用がない」と、男がこたえました、「あなたのむすこさんは、ただしいことをしない、みんなを、えこひいきなく一様いちようにあつかうことをしない。さもなければ、わたしにしても、こんなに貧乏で、ふしあわせなはずはないのさ」
 聖母はとおりすぎました。それからもなく来たのは、また女で、せいたかの、おそろしいせっぽち、黒いかおぎぬにつつまれていました。びんぼうにんが例の用事をたのむと、女は、名づけ親になると約束しました。
「だが、あなたはどなたですか」と、男が言いました、「あたくしは他人ひとさまからさげすまれ、なさけないくらしはしておりますが、それだと言って、あなたがただしいことをなさるかたでなければ、名づけ親にはなっていただけませんので」
「あたしは、死神しにがみだよ」
 へんなかたちをしたものは、こう返事をするなり、黒いヴェールを、ぱっとうしろへはねて、かさかさにひからびた骸骨がいこつを見せました。
「あなたなら、大歓迎だいかんげいですよ」と、びんぼう人が言いました、「あなたは、だれにむかってもただしいかたで、だれかれの差別なく、おんなじに扱いなさるからね。是非いらしって、せがれの洗礼をやっていただきます」
 死神は頼まれたとおりのことをして、それから男に言いました、
「おまえのむすこが大きくなったら、あたしが医者にしてやる。むすこが病人のところへ呼ばれるたんびに、あたしも出かけていく。あたしが病人のあたまのそばに立っていたら、病人は死ぬしるし、あたしが寝台のあしのほうに立っていたら、病人はまだ死なないというなによりの証拠しょうこだから、むすこはそのつもりで手あてをすればいい」
 そのとおりでした。青年せいねんはお医者さまになりました。そして、名づけ親が枕もとに立っているのが見えると、もう手おくれです、御病人はもうたすかりませんと言って、たち去ります。名づけ親が足のほうに立っていると、思いつきのいいかげんな処法しょほうをして、それで病人は、けろけろとなおるのでした。お医者さんはそこいらじゅうの評判になって、名医めいいともてはやされ、お金も思う存分ぞんぶんとりこみました。
 ある日のこと、お医者さんは、お金を石ころのようにざくざくもってる人のところへ呼ばれました。行ってみると、死神が枕もとに立っていたので、あなたは助からないと、あからさまに病人に知らせました。お金もちはおとこのなかでうめきながらねがえりをうって、どうぞ助けていただきたいと言って、おいおい泣きました。それから、じぶんの命をすくってくださるなら、もってる財産をみんなさしあげます、家もあげます、地所じしょもあげますと言ってきかないので、お医者さんも、とうとう、では、とにかくやってみましょうと約束しました。ちょうど召使めしつかいがそこいらに多勢おおぜいいましたので、お医者さんはその人たちに言いつけて、できるだけ早く寝台をぐるりとまわして、死神が足のそばに立つようなきになおしました。死神は人さし指をぐいっとあげておどかしたまま消えてなくなりました。それから、お金もちはお医者さんに、ほしいだけ、お金やほかの財産をあげました。
 そのはながい間なにごともありませんでしたが、ある時、お医者さんは、どこかのおじいさんのところへ呼ばれたことがあります。はいるとすぐに、死神が病人のあたますれすれのところに立っているのが目についたので、これはもう手おくれですと、きっぱりことわって、戸口から出ようとしました。そうすると、おじいさんの娘が戸の外にひれ伏して、両手を高くお医者さんのほうへさしだして、後生一生ごしょういっしょうのおねがいでございますとたのみました。お医者さんは、娘のうつくしい青い目をじいっと見つめると、胸のうちがふるえたのですが、さすがに死神の顔をもう一つぶす気にはなりません。けれども、美しい娘のたのみはだんだんいじらしさをして、お医者さんの心にしみわたり、老人は老人で、じぶんの命をたすけてくだされば、娘をさしあげますと言ってきかないので、お医者さんもやむをえず、もう一度、おもいきって無理なことをやりました。手ばやく、寝台をぐるりとまわしてもらったのです。死神は、また人さし指をあげて、
「三度めを気をつけろよ」と言いました。
 お医者さんはうつくしい娘をおよめにもらって、なに不足ふそくなくしあわせな日をおくりむかえ、もうこれぎり死神をだしぬくことはよそうと、かたく心をきめました。
 ところが、王さまからお使が来ました。行ってみると、病人はむしいきで、死神は、あたますれすれに立っており、いまわりでは、ごけらいたちが声をあげて泣き悲しんでいます。お医者さんが、王さまはどのみちおかくれになるのだと、きっぱり言いきると、ごけらいたちは、とにかくお手あてをしてみてくれとしきりに頼むのですが、こちらは、なんと言われても、ききいれません。そうすると、死にかかってる王さまが、むっくり起きあがって、わしが目をねむったら、時をうつさずこのお医者のくびをはねろと、番兵ばんぺいに命令しました。
 ごけらいたちはお医者さんをおさえつけました。その目にうつったのは、けんを抜きはなって、いつなんどきでもお医者さんの首をちょんぎろうと身がまえているよろいをきた人の姿でした。お医者さんはきもをつぶしました。そして、これではどうしても死ぬことはさけられないと知って、どうせ死ぬときまっているなら、もう一名づけ親をためしてみようと腹をきめ、寝台をぐるりとまわしてもらいました。
〔ここで話はおしまいになっています。この話をした女の人は、王さまの命はすくわれた、お医者さんはいろいろずるいことを考えて死神の手からのがれた、それから王さまのあとつぎにすえられたというだけで、これからさきのくわしいことは知らないのです。――訳者記〕





底本:「完訳 グリム童話集(二)〔全五冊〕」岩波文庫、岩波書店
   1979(昭和54)年8月16日改版第1刷発行
   1989(平成元)年5月16日第15刷発行
※表題は底本では、「四九ィ 死神の名づけ親(第二話)」となっています。
入力:かな とよみ
校正:noriko saito
2020年11月27日作成
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