おいしいおかゆ

ヤーコップ、ウィルヘルム・グリム Jacob u. Wilhelm Grimm

金田鬼一訳




 むかし昔、あるところにびんぼうな信心しんじんぶかい少女むすめがありました。少女はおかあさんと二人ふたりぎりでくらしていましたが、食べるものがもうなんにもありません。それで、少女は、(野いちごでもさがすつもりでしょうか、)郊外まちのそとの森へ行きました。森の中で少女にであったのは、見たことのないおばあさんです。このおばあさんは少女の心配をちゃんと承知していて、少女に、つぼふかいおなべを一つやりました。このお鍋は、少女が、「おなべや、ぐつぐつ!」と言うと、上等のおいしいきびのおかゆをぐつぐつこしらえます、それから、「おなべや、おしまい!」と言うと、おかゆをこしらえるのをやめるのです。
 少女はこのお鍋をおかあさんのとこへ持ってかえりました。それからは、親子ふたりとも、貧乏やひもじいこととえんきりになり、食べたい時には、いつなんどきでも、おいしいおかゆを食べていました。
 ある日、少女の留守るすに、おかあさんが、
「おなべや、ぐつぐつ!」と言ってみると、お鍋は、おかゆをこしらえてくれました。おかあさんは、おなかいっぱいべたので、こんどは、お鍋にぐつぐつをやめてもらおうと思いました。けれども、なんと言ったらいいのか、わかりません。
 それですから、お鍋は、いつまでもいつまでも、ぐつぐつ、ぐつぐつえています。おかゆがお鍋のふちからあふれてきても、お鍋は、やっぱり、ぐつぐつ、ぐつぐついっています。そのうちに台所だいどころじゅうがおかゆでいっぱいになり、うちじゅうがおかゆでいっぱいになり、おとなりのうちがおかゆでいっぱいになり、それから、往来おうらいがおかゆでうずまり、まるで、世界じゅうの人たちにおなかいっぱい食べさせなくては承知できないとでもいうふうでした。
 どうもたいへんなことになったものですが、さてどうしたらいいか、どこのだれにもわからないのです。やっとのことで、それでもまだ、おかゆのおしこんでこないうちが、たった一軒のこっていたときに、少女がもどってきて、たった一言ひとこと
「おなべや、おしまい!」と言いましたら、お鍋はぐつぐついわなくなりました。でも、この町へかえってこようとするものは、ぱくぱく、ぱくぱく、自分のとおみちを食べあけなければなりませんでした。





底本:「完訳 グリム童話集(三)〔全五冊〕」岩波文庫、岩波書店
   1979(昭和54)年9月17日改版第1刷発行
   1989(平成元)年5月16日第13刷発行
※表題は底本では、「一一六 おいしいおかゆ〈KHM 103〉」となっています。
入力:かな とよみ
校正:noriko saito
2024年9月23日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。




●表記について


●図書カード