みつばちの 女王
グリム兄弟
矢崎源九郎訳
むかし むかしのことです。ふたりの王子が、ぼうけんのたびに でかけました。
ところが、王子たちは、すきかってなくらしを はじめてしまって、家へかえろうとはしませんでした。
そこで、おばかさん という名前の、いちばん下のおとうとが、兄さんたちをさがしにでかけました。おばかさんは、やっとのことで 兄さんたちをみつけました。
ところが、兄さんたちは、おとうとをばかにして、
「おまえみたいなまぬけが、世の中でくらしていくのは たいへんなことだぞ。おれたちは、おまえよりも ずっと りこうだが、そのおれたちでさえ、うまく やっていくことが できないんだからなあ。」と、いいました。
それから、三人で そろって でかけました。
やがて、ありのとうの あるところへ、やってきました。
「どうだい、この ありのとうを、ほじくりかえしてやろうじゃないか。そうすりゃ、ちっちゃい ありのやつらは、びっくりして、はいまわったり、たまごをはこびだしたりするぞ。そいつをけんぶつしてやろうぜ。」と、兄さんたちがいいました。
ところが、おばかさんはいいました。
「生きものは、そっと しておいてやってよ。兄さんたちが、ありをいじめたりするのを、ぼく みちゃいられないよ。」
それから、三人は、また さきへあるいていきました。やがて、みずうみにでました。みると、みずうみには、それはそれは たくさんのかもがおよいでいます。
「ようし、あいつらを二、三羽 つかまえて、やき鳥にしてやろう。」
と、兄さんたちが、また いいだしました。
けれども、おばかさんは しょうちしません。
「生きものは、そっと しておいてやってよ。兄さんたちが かもをころすのを、ぼく みちゃいられないよ。」と、いいました。
とうとう 三人は、みつばちの巣のあるところへ、やってきました。みれば、巣のなかには みつがいっぱいあって、それが、木のみきをつたわって ながれています。
「そうだ、あの木の下で 火をたこう。そうすりゃ、はちのやつは、いきがつまって 死んでしまうから、みつがとれるぞ。」
と、兄さんたちは、しきりに いいました。
けれども、おばかさんが、またまた 兄さんたちをとめて、いいました。
「生きものは、そっと しておいてやってよ。兄さんたちが、はちをやきころしたりするのを、ぼく みちゃいられないよ。」
とうとう しまいに、三人のきょうだいは、しらないおしろへ やってきました。
ところが、このおしろには、馬やにも 石の馬しかおりません。それに、人間のすがたも、どこにもみえないのです。
三人は、広間を、つきつぎと とおりぬけて、いちばんおくの とびらのまえにきました。とびらには、じょうが三つ さがっていました。とびらのまんなかには、小さなよろい戸があって、そのよろい戸から、へやのなかがみえました。
みると、灰いろの小人がひとり、テーブルについています。
三人は、小人をよんでみました。一ど、二ど。でも、小人にはきこえません。もう一ぺん、よんでみました。すると ようやく、小人はたちあがって、じょうをあけて でてきました。
しかし、小人は、ひとことも 口をききません。だまって 三人を、ごちそうのたくさんならんでいる テーブルのところへ、つれていきました。三人は、たべたりのんだりしました。
すると 小人は、こんどは、ひとりずつ、べつべつのしんしつに つれていきました。
あくる朝、灰いろの小人が、いちばん上の王子のところへ やってきました。小人は手まねきして、王子を、石の板のあるところへ つれていきました。
その石の板には、三つのもんだいがかいてありました。そのもんだいを うまくとくと、このおしろにかかっているまほうが、とけることになっていたのです。
さて、一ばんめのもんだいは、
「森のなかのこけの下に、王さまのおひめさまのしんじゅが、千 かくしてある。それをさがしだしなさい。ただし、お日さまがしずむときになって、まだ、ひとつぶでもたらなければ、それをさがしたものは 石になってしまう。」と、いうのでした。
いちばん上の王子は、森にでかけていって、一日じゅう さがしました。けれども、日がしずむときまでに みつけたのは、たった百つぶきりでした。そのため、石の板に かいてあったとおり、王子は石にされてしまいました。
あくる日には、二ばんめの兄さんが、このぼうけんをやってみました。
けれども、この兄さんも、いちばん上の兄さんより、そんなに うまくやることはできませんでした。一日かかって みつけたしんじゅは、二百つぶだけだったのです。それで、この兄さんも 石にされてしまいました。
いよいよ、おばかさんの番です。おばかさんは、こけのなかをさがしました。しかし、しんじゅをみつけるのは、とてもとても むずかしい仕事です。なかなか、おもうようにはいきません。とうとう おばかさんは、石にこしかけて なきだしました。
こうして、なきながら すわっていると、まえに、おばかさんが いのちをたすけてやった ありの王さまが、ありを五千びきもつれて、やってきました。この小さなありたちは、しばらくするうちに、みんなで しんじゅをみつけだして、その場へ 山のようにつみあげてくれました。
これで、おばかさんは、だい一のもんだいをときました。
そのつぎのもんだい というのは、
「王さまのおひめさまの しんしつのかぎを、海のなかからとってきなさい。」
と、いうことでした。
おばかさんが 海へいきますと、まえに、いのちをたすけてやったかもが、いく羽もいく羽も およいできました。かもたちは 水のなかへもぐっていって、海のそこから、かぎをとってきてくれました。
さいごにのこったもんだいが、いちばん むずかしいもんだいでした。
「ねむっている三人のおひめさまのなかから、いちばん下の、いちばん かわいいおひめさまを、さがしだしなさい。」と、いうのです。
ところが、このおひめさまたちは、なにからなにまで そっくりなのです。ただ、ちがっているところは、ねるまえに、めいめいが、べつべつの あまいものをたべる、ということでした。
いちばん上のおひめさまは、おさとうをひとかたまり たべます。そのつぎのおひめさまは、シロップをすこしばかり たべます。そして、いちばん下のおひめさまは、はちみつをさじに一ぱい たべるのです。
さて、そこへ、まえに、やきころされそうに なっているところを、おばかさんにたすけてもらった、みつばちの女王がとんできました。みつばちの女王は、三にんのおひめさまたちの口を、つぎつぎと なめてみました。
いちばんさいごに、はちみつをたべた口の上にとまると、そのまま、じっと していました。それで、王子には、その人が、じぶんのさがしている おひめさまだということが、わかりました。
これで、まほうはとけたのです。いろいろなものが、みんな ながいながい ねむりから さめました。石にされていたのは、もとの人間のすがたに もどりました。
おばかさんは、いちばん下の いちばん かわいらしいおひめさまを、およめさんにもらいました。そして、おひめさまのお父さまが なくなったあとは、王さまになりました。
それから、ふたりの兄さんたちは、あとのふたりのねえさんを、およめさんにもらいました。
底本:「グリムの昔話(1)野の道編」童話館出版
2000(平成12)年10月20日第1刷発行
2014(平成26)年8月20日第14刷発行
底本の親本:「グリム童話全集 3 おおかみと七ひきの子やぎ」実業之日本社
1963(昭和38)年
※表題は底本では、「みつばちの 女王」となっています。
入力:sogo
校正:木下聡
2024年1月22日作成
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