三まいの 鳥のはね

グリム兄弟

矢崎源九郎訳




 むかし むかし、ひとりのおうさまがいました。おうさまには、三人の王子おうじがありました。
 ふたりの王子おうじはりこうで、がきいていました。ところが、三ばんめの王子おうじは、ろくに口もきかない ぼんやりでした。それで、みんなから、おばかさん、とよばれていました。
 おうさまは、としをとって からだもよわってきました。これでは、いつ ぬかもしれません。
(わしのんだあと、どの王子おうじに、くにをつがせたらよいのかな。)
と、かんがえてみました。でも、かんがえが はっきりときまりません。
 そこで、おうさまは、三人の王子おうじにむかって、いいました。
「おまえたち、たびにいっておいで。だれでも よい。いちばん みごとなじゅうたんをもってかえったものを、わしのんだあと、このくにおうさまにしよう。」
 王子おうじたちが、どっちへいくかで けんかをはじめてはいけません。そこで、おうさまは、三人を おしろのそとへつれていって、とりはねを三まい、そらへふきとばしました。
「いいかな。おまえたちは、それぞれ とりはねのとんでいくほうへ、いくのだぞ。」
と、おうさまはいいました。
 一まいのはねは、ひがしのほうへ とんでいきました。もう一まいは、西にしのほうへ とんでいきました。ところが、三まいめのはねだけは、まっすぐ 上にまいあがったのです。そのはねは、とおくへとばないで、すぐ 地面じめんにおちてきました。

 そこで、ひとりのにいさんは、みぎのほうへいきました。もうひとりのにいさんは、ひだりのほうへいきました。にいさんたちは、おばかさんをわらいました。なぜって、おばかさんは、三まいめのはねの おちてきたところに、いつまでも いなければならないんですからね。
 おばかさんは、そこにすわりこんで、しょんぼりしていました。ふと がつくと、はねのそばに、あげがあります。そのをあけてみると、かいだんがついています。
 おばかさんは、そのかいだんをおりていきました。すると こんどは、また べつのがありました。そのを、ドンドンと たたくと、なかで、こんなことをいっているのがきこえてきました。

「あおい ちっちゃな、むすめさん、
しわくちゃばあさん、
しわくちゃばあさんの いぬっころ、
あっちも こっちも、しわっくちゃ、
そとにいるのは だれだろ。はよ おみせ。」

 が、すーっと あきました。みると、でぶでぶの 大きなひきがえるが一ぴき、すわっています。そのまわりには、小さなひきがえるが、うじょうじょ います。
「おまえさん、なにがほしいんだね。」と、でぶのひきがえるがききました。
「いちばん きれいで、いちばん じょうとうのじゅうたんが、ほしいんだけど。」
と、おばかさんはこたえました。
 すると、でぶのひきがえるは、わかいひきがえるをよんで、いいました。

「あおい ちっちゃな、むすめさん、
しわくちゃばあさん、
しわくちゃばあさんの いぬっころ、
あっちも こっちも、しわっくちゃ、
大きなはこを もってきな。」

 わかいひきがえるは、はこをもってきました。でぶのひきがえるは、はこをあけました。なかから、一まいのじゅうたんをとりだして、おばかさんにくれました。
 なんともいえないほど うつくしい、みごとなじゅうたんです。このの中では、とうてい だれにも おることができないような、りっぱなじゅうたんです。おばかさんは、ひきがえるに おれいをいって、上にのぼっていきました。
 ところで、ふたりのにいさんは、まえから、いちばん下のおとうとを まぬけだ、とおもっていました。
(あいつなんかには、なんにも みつかりっこない。なんにも もってきやしないさ。)
と、きめこんでいました。しかも、ふたりは、
「そんなものをさがすのに、ほねをおるなんて ばかくさい。」
と、いうしまつ。ばったり であった ひつじかいのおかみさんから、ごわごわの毛布もうふをはぎとって、それを、おうさまのところへ もってかえってきました。
 ちょうど、そのとき、おばかさんもかえってきました。おばかさんは、おうさまのまえに、うつくしいじゅうたんを さしだしました。
 おうさまは、それをみると、びっくりしました。
「これほど みごとなじゅうたんを もってきたとは、かんしんだ。
 では、やくそくどおり、このくには、いちばん下の王子おうじのものとするぞ。」
と、いいました。ところが、ふたりのにいさんが、だまってはいません。
「いいですか。あのばかものは、なにをやらせても、どこか ぬけているんですよ。あんなのが、おうさまになれるもんですか。どうか、もうひとつ、あたらしいもんだいをだしてください。」と、お父さんに、うるさく たのみました。
 そこで、おうさまは、こう いいました。
「いちばん うつくしいゆびわを もってかえったものに、このくにをゆずるとしよう。」
 おうさまは、また 三人のきょうだいを、おしろのそとへつれていきました。
 そして、三まいのとりはねを、そらにふきとばしました。
 三人は、それぞれ、そのはねのとんでいくほうへ、でかけることにしました。

 ふたりのにいさんは、こんども、ひとりは ひがしへ、ひとりは 西にしへ、いきました。
 おばかさんのはねだけは、まっすぐ上に まいあがりました。それからまた、いつかののそばへ、おちてきました。おばかさんは、またもや、あの でぶのひきがえるのところへ、おりていきました。
「いちばん うつくしいゆびわが、ほしいんだけど。」と、ひきがえるにはなしました。
 でぶのひきがえるは、すぐに、大きなはこをもってこさせました。はこのなかから、ひとつのゆびわをとりだして、おばかさんにやりました。そのゆびわは宝石ほうせきで、きらきらひかっています。なんともいえない うつくしさです。このの中では、かざりものをつくる どんなしょくにんでも、とうてい つくれそうもない、うつくしいゆびわです。
 いっぽう、ふたりのにいさんは、おばかさんが、きんのゆびわを さがすつもりでいるのをみて、げらげら わらいました。そのくせ、じぶんたちは なんにもしません。ただ、くるまのふるいから、くぎをぬきとってきただけでした。
 そして、それを おうさまのまえに、もっていったのです。
 おばかさんのほうは、きんのゆびわを、おうさまにさしだしました。
 そこで、お父さんは、またまた、
くには、いちばん下の王子おうじのものとする。」と、いいました。
 ふたりのにいさんは、またしても しょうちしません。いつまでもいつまでも、おうさまに、うるさくせがみました。
 おうさまも、とうとう まけて、さいごに もういちど、三つめのもんだいをだしました。
「いちばん きれいなよめを、つれてかえってきたものに、くにをゆずろう。」
 おうさまは、こう いうと、こんどもまた、三まいのとりはねを、そらにふきとばしました。
 はねは、まえの二かいとおなじように、とびました。
 そこで、おばかさんは、すぐに、でぶのひきがえるのところへ おりていって、
「こんどは、いちばん きれいなおよめさんを、つれてかえるんだよ。」と、いいました。
「おやおや、いちばん きれいなおよめさんだって。それは、すぐには あげられないよ。でも、きっと あげるから、あんしんしておいで。」
 こう いうと、でぶのひきがえるは、ふしぎなものをくれました。なんと それは、なかをくりぬいたにんじんを ひっぱっている、六ぴきのはつかねずみです。
 おばかさんは、すっかり しょげてしまいました。
「こんなもの、なんにもなりゃしないよ。」と、いいました。
「まあまあ、そういわずに、わたしの 小さいひきがえるを、一ぴき そのなかへいれてごらんよ。」と、でぶのひきがえるはいいました。
 おばかさんは、まるくかたまっている 小さなひきがえるのなかから、いいかげんに、一ぴき つかみだしました。そして、それを、にんじんのなかにいれてみました。
 ところが、いれたとたんに、そのひきがえるが、びっくりするほど うつくしいおひめさまに、かわってしまったではありませんか。しかも、そればかりではありません。にんじんは馬車ばしゃになりました。六ぴきのはつかねずみは、六とうのうまにかわったのです。
 おばかさんは、おひめさまにキスをしました。それから、六とうのうまに 馬車ばしゃをひかせて、おひめさまを、おうさまのところへつれていきました。
 にいさんたちは、あとから もどってきました。ふたりとも、うつくしいおよめさんをさがすために、ほねをおったりは しませんでした。ただ、いきなりであった おひゃくしょうの女を、つれてきたのです。
 おうさまは、おひめさまを ひと目みただけで、
「わしのんだあと、このくには、いちばん下の王子おうじのものだ。」と、いいました。
 ところが、ふたりのにいさんは、またまた もんくをいいだしました。おうさまのみみが きこえなくなるくらいの大声おおごえで、わめきたてるのです。
「おばかさんが おうさまになるなんて、そんなこと しょうちできません。」
 そして、こんなことをいいだしました。
広間ひろまのまんなかに をぶらさげて、そのを、つれてきた女たちに とびぬけさせてください。うまくとびぬけた女を つれてきたものがかち、ということにしてください。」
 ふたりは、おなかのなかで、こう かんがえていたのです
ひゃくしょう女なら、うまく とぶだろう。からだがじょうぶだからな。しかし、あんな きゃしゃなおひめさまが とんだりしたら、いっぺんに んじまうだろう。)
 としとったおうさまは、このとびくらべも おゆるしになりました。
 まっさきに、ふたりのひゃくしょう女がとびました。ふたりとも、うまく をとびぬけました。ところが、からだが どたどた しています。で、とんだひょうしに、どたりと たおれて、ぶかっこうなうでとあしとを、おってしまいました。
 こんどは、おばかさんのつれてきた、うつくしいおひめさまがとびました。まるで、めじかのように、かるがると とびぬけました。これでは もう、もんくのつけようが ありません。こうして、おばかさんは、おうさまのかんむりをいただいて、ながいあいだ かしこく くにをおさめました。





底本:「グリムの昔話(1)野の道編」童話館出版
   2000(平成12)年10月20日第1刷発行
   2014(平成26)年8月20日第14刷発行
底本の親本:「グリム童話全集 6 ブレーメンのおんがくたい」実業之日本社
   1964(昭和39)年
※表題は底本では、「三まいの とりのはね」となっています。
入力:sogo
校正:木下聡
2023年12月20日作成
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