おおかみと きつね

グリム兄弟

矢崎源九郎訳




 むかし むかし、おおかみが、きつねを、じぶんのうちにおいていました。
 きつねは、動物どうぶつのなかでも、たいへんよわい けものでした。ですから、おおかみのいうことは、なんでも、きかなければなりませんでした。きつねは、なんとかして、このしゅじんのところから にげだしたいと、おもっていました。

 ある日のこと、きつねとおおかみは、ふたりで もりのなかをあるいていました。
 そのとき、おおかみがいいだしました。
「おい、あかぎつね。なにか たべるものをもってこい。さもないと、おまえを ガリガリ たべちまうぞ。」
 すると、きつねがこたえました。
「わたしは、子ひつじが二、三びきいる ひゃくしょうやをしっています。もし、おのぞみでしたら、そいつを一ぴき、とったらどうでしょう。」
 おおかみはにいりました。そこで、ふたりででかけていきました。
 きつねは、子ひつじを こっそり ぬすみだして、おおかみのところへもってきました。そして、じぶんは、そのまま さっさと、いってしまいました。おおかみは、ぺろりとごちそうをたいらげました。でも、まだまだ たりません。ほかのも ほしくなりました。そこで、ほかのもちょうだいしに、のこのこ でかけていきました。
 ところが、おおかみのやりかたは、へたくそです。たちまち、子ひつじのお母さんに、みつかってしまいました。子ひつじのお母さんは、大声おおごえをはりあげて なきわめきました。それを おひゃくしょうさんたちがききつけて、とんできました。
 みんなは、おおかみをみつけると、さんざんに ぶったたきました。おかげで、おおかみは あしをひきずり、ヒーヒー なきながら、きつねのところへもどってきました。
「やい、きさま、よくも おれをだましたな。おれは、ほかの子ひつじも さらってこようと、おもったんだ。そしたら、ひゃくしょうどもにとっつかまってな。このとおり、からだがぐにゃぐにゃになるまで、ぶちのめされたぞ。」
と、おおかみはいいました。
「あんたは、どうして、そう、くいしんぼうなんでしょうねえ。」
と、きつねはこたえました。

 あくる日、ふたりは、また 野原のはらへでかけました。
くいしんぼうのおおかみが、またもや いいだしました。
「おい、あかぎつね。なにか たべるものをもってこい。さもないと、おまえを ガリガリ たべちまうぞ。」
 すると、きつねはこたえました。
「わたしは、あるひゃくしょうやをしってるんですがね。そこのおかみさんが、こんや、たまごパンをやきます。そいつを とってやりましょうよ。」
 ふたりはでかけていきました。きつねは、いえのまわりを、こそこそ あるきまわりました。ながいこと、のぞいてみたり くんくん かいでみたりしてから、ようやく おさらのあるところを、みつけました。きつねは、そのおさらから、たまごパンを むっつだけひきずりおろして、おおかみのところへもってきました。
「さあ、ごちそうをもってきましたよ。」
と、きつねは、おおかみにいって、じぶんは、さっさと いってしまいました。
 おおかみは、たまごパンを むっつとも、あっというまに のみこんでしまいました。
「もっと、くいたいなあ。」
 おおかみは そう いうと、こんどは、ひとりででかけていきました。
 ところが、おおかみときたら、たまごパンを、おさらにはいったまま ひきずりおろしたのです。さあ、たまりません。おさらは下におっこちて、こなごなに われてしまいました。
 ガラガラ ピシャン という すさまじいおとに、おかみさんがとびだしてきました。
 おかみさんは、おおかみのすがたをみると、大声おおごえで、男たちをよびました。男たちはすっとんできて、おもいっきり、おおかみをたたきのめしました。で、おおかみは、あしをひきずり ワーワー なきながら、もりのなかの きつねのところへ、もどってきました。
「やい、きさまは、おれをひどいめにあわしたな。ひゃくしょうどもが、おれをとっつかまえて、さんざっぱら なぐったんだぞ。」
と、おおかみはどなりました。
「あんたは、なんて、くいしんぼうなんでしょうねえ。」
とだけ、きつねはいいました。
 三日めです。ふたりは、また そろってでかけました。おおかみは、きょうは、あしをひきずりひきずり、やっと あるいているありさまです。
 それでいながら、また いいだしました。
「おい、あかぎつね。なにか たべるものをもってこい。さもないと、おまえを ガリガリ たべちまうぞ。」
 すると、きつねはこたえました。
「わたしは、ある男をしってるんですがね。その男は 動物どうぶつをころしましてね。しおづけにしたにくを たるにつめて、あなぐらにしまっているんですよ。そいつをとってきましょうよ。」
 けれども、おおかみは、こんどは こう いいました。
「それじゃ、おれも いっしょにいく。おれがにげられなくなったら おまえに たすけてもらえるようにな。」
「どうぞ、おすきなように。」
と、きつねはいって、おおかみに、ぬけみちやら ちかみちやらを、おしえました。
 ふたりは、そこをとおって、ようやく あなぐらのなかへ はいりこみました。みると、にくが うんとこさ あります。おおかみは、ものをもいわず かぶりつきました。
(こいつをかたづけるには、じかんがかかるな。)
と、おおかみはおもいました。
 きつねも、うまそうにたべました。けれども、しょっちゅう、あたりを きょろきょろみまわしていました。そのあいだには、ときどき、さっきとおってきた あなのところへいって、じぶんのからだが、まだ とおりぬけられるかどうかを、ためしていました。
 それをみて、おおかみがいいました。
「やい、きつね。いったい なんだって、そんなに、あっちへうろうろ こっちへうろうろ、とびだしてったり とびこんできたりしているんだ。」
「だれかきやしないか、よく みはってないと、いけませんからね。」
と、きつねはこたえました。そして、つけくわえて、いいました。
「それより、あんまり たべすぎないほうがいいですよ。」
 けれども、おおかみはいいました。
「このたるを からっぽにするまでは、ここを うごきやしないぞ。」
 そうしているうちに、おひゃくしょうさんが、きつねのとびはねるおとを ききつけて、あなぐらへやってきました。きつねは、おひゃくしょうさんをみると、ピョンと ひととび はねて、あなから にげていってしまいました。
 おおかみも、あわてて ついていこうとしました。ところが、あんまりたべすぎて、おなかが ぱんぱんにふくれています。はいってきたときのあなを、とおりぬけることができません。からだがひっかかって、ぬけなくなってしまいました。
 おひゃくしょうさんは、まるたんぼうをつかんできて、おおかみを、なぐってなぐって なぐりころしてしまいました。
 きつねは、もりのなかへ とんでかえりました。こちらは、くいしんぼうの じいさんおおかみから、うまく にげだすことができて、おおよろこびでした。





底本:「グリムの昔話(1)野の道編」童話館出版
   2000(平成12)年10月20日第1刷発行
   2014(平成26)年8月20日第14刷発行
底本の親本:「グリム童話全集 6 ブレーメンのおんがくたい」実業之日本社
   1964(昭和39)年
入力:sogo
校正:木下聡
2024年12月27日作成
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