きつねと 馬
グリム兄弟
矢崎源九郎訳
あるお百しょうが、とても よくはたらく 一とうの馬をもっていました。
ところが、馬は、だんだん 年をとって、とうとう はたらくことができなくなりました。すると、しゅじんは、たべものをやるのが、いやになりました。
「おまえは、もう、やくにはたたなくなった。それは、わしにも よくわかっているが、しかし わしは、おまえを かわいくおもっている。だから もしも、おまえが、まだここへ ライオンをつれてくるだけの 力をもっているのなら、かっておいてやることにしよう。だが、ひとまず、この馬小屋からでていってくれ。」
こう いって、お百しょうは、馬を、ひろい野原へ おいだしてしまいました。
馬は、しょんぼりと、森のほうへあるいていきました。森へいけば、雨や風を、いくらかはふせげるだろう、とおもったのです。
とちゅうで、きつねにであいました。きつねは、馬にたずねました。
「おまえさん、なんだって、そんなにうなだれて、さびしそうに あるいてるんだね。」
「ああ、あ。よくばりこんじょうってものは、やりきれんよ。いくら、こっちが、ま心をこめて つくしてきても、どうしようもないんだからなあ。
おれは、なが年のあいだ、しゅじんのいうとおりに、いっしょうけんめい はたらいてきた。
そりゃあ 今は、はたけ仕事はできないさ。しかし、しゅじんときたら、おれを、さんざん はたらかせてきたくせに、そのこともわすれちまって、くいものをくれるのがいやで、おれをおいだしちまったんだ。」
と、馬ははなしました。
「なぐさめてもくれないでかね。」と、きつねがたずねました。
「いんや。そのなぐさめかたが、また ひどいんだ。なにしろ、おれが、しゅじんのところへ、ライオンをつれてくるぐらい つよければ、かっておいてやろうって いうんだからな。おれに、そんなことができっこないぐらい、わかりきってるくせになあ。」
と、馬はこたえました。
「ようし、おれが手だすけしてやるよ。おまえさんは、そこへねころがって 手足をのばしていたまえ。ぴくりとも うごくんじゃないよ。死んだようにしてるんだぜ。」
と、きつねがいいました。
馬は、きつねにいわれたとおり、ごろりと そこにねころびました。
きつねは、ちかくのほらあなにいる ライオンのところへいって、
「おもてに、死んだ馬がいますよ。でてごらんなさい。うまいごちそうにありつけますよ。」
と、いいました。
ライオンは、きつねといっしょに でていきました。
馬のそばまでくると、きつねは、ライオンにいいました。
「ここじゃ、気らくにたべられませんね。よかったら、わたしが、この馬のしっぽを、あなたの体に しばりつけてあげますよ。そうすりゃ、あなたは、この馬を ほらあなのなかへひきずりこんで、ゆっくり たべられるってわけですよ。」
ライオンは、たしかに いいかんがえだ、とおもいました。そこで、きつねが、じぶんに、馬を しっかり むすびつけることができるように、じっと たっていました。
ところが、きつねは、馬のしっぽで、ライオンの足を ぐるぐるまきにしてしまったのです。しかも、ライオンが、どんなに力をふりしぼっても ちぎれないように、ぎゅっとむすんでしまったのです。
この仕事をおえると、きつねは、馬のかたをたたいて、
「そうれ いけ。そうれ いけ。」と、いいました。
とたんに、馬ははねおきて、ライオンをひきずったまま はしりだしました。
ライオンは、ウオー ウオーと、すさまじい声で ほえたてました。森の鳥という鳥が、こわがって とびたちました。けれども、馬は、ライオンがほえたてても おかまいなしです。野原をこえて しゅじんの家の戸口まで、ライオンをひきずっていきました。
しゅじんも、それをみると、かんがえをかえて、
「おまえは、うちにおいて だいじにしてやろう。」と、いいました。
こうして、馬は、死ぬまで おなかいっぱい たべさせてもらいました。
底本:「グリムの昔話(1)野の道編」童話館出版
2000(平成12)年10月20日第1刷発行
2014(平成26)年8月20日第14刷発行
底本の親本:「グリム童話全集 3 おおかみと七ひきの子やぎ」実業之日本社
1963(昭和38)年
※表題は底本では、「きつねと 馬」となっています。
入力:sogo
校正:木下聡
2024年8月21日作成
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