うさぎと はりねずみ

グリム兄弟

矢崎源九郎訳




 みなさん。このおはなしは、うそみたいですけどね、ほんとうのおはなしなんですよ。わたしは、このおはなしを おじいさんからききました。
 おじいさんは、はなしてくれるたびに、いつもいつも、こう いっていました。
「こりゃあな、ぼうや。まちがいなく、ほんとうのはなしなんだよ。こうよりほかには、はなしようがないんだからな。」

 ところで、その おはなしというのは、こうなんです。
 あきの、あるにちようの あさのことでした。ちょうど、そばの花がまっさかりでした。
 お日さまは、そらたかくのぼって、あかるく かがやいていました。朝風あさかぜは、きりかぶの上を あたたかく ふいていました。ひばりは、そらで うたをうたい、みつばちは、そばの花のあいだで、ブンブン うなっていました。
 むらの人たちは、よそゆきをきて、教会きょうかいへでかけました。
 こうして、きているものは、みんな いいぶんになっていました。はりねずみも、やっぱりいいもちでした。
 はりねずみは、じぶんのいえの、のまえにたって、うでぐみをしていました。朝風あさかぜにふかれながら、もちよさそうに、ちょいとしたうたを、口のなかで うたっていました。うたがうまくても まずくても、そんなことはかまいません。ともかく、はりねずみは、たのしいにちようあさには、いつも きまって、うたをうたうのです。
 こうやって、ぼんやり ひとりで、小声こごえでうたっていると、ふっと こんなことをおもいつきました。
(そうだ、いま、かみさんが 子どもたちを、おふろにいれてやっている。そのあいだに、ちょいと はたけへさんぽにいって、かぶのぐあいを みてくるとしよう。)
 そのかぶというのは、はりねずみのいえの、すぐそばに ありました。はりねずみは、おかみさんや 子どもたちといっしょに、いつも そのかぶをたべていました。
 それで、そのかぶはじぶんのものだ、とおもいこんでいたのです。
(いいことは、いそいでやるんだ。)
 はりねずみは、おもてのをしめて、はたけのほうへでかけました。

 ところが、まだ、いくらも いかないときです。はたけのてまえにある 木のしげみのところを、かぶばたけのほうへ まがろうとしました。すると、そこで ばったり、うさぎにであったのです。
 うさぎも、やっぱり、おなじようなようじで やってきたところでした。つまり、うさぎのほうは、じぶんのキャベツばたけを、みまわりにきたのです。
 はりねずみは、うさぎのすがたをみると、あいそよく、
「おはよう。」と、あいさつしました。
 ところが、うさぎときたら、いやに こうまんちきで、おえらいだんなのような つもりでいます。だから、はりねずみがあいさつしても、へんじもしません。
それどころか、ひどく ばかにしたようなかおつきで、
「おいおい。いったい どうしたわけで、こんなに あさはやくから、はたけのなかを、うろちょろしているんだね。」と、いいました。
「さんぽですよ。」と、はりねずみはこたえました。
「へえ、さんぽとはねえ。いくら、おまえのあしだって、もうすこしましなことに、つかえるだろうになあ。」
と、うさぎは、わらっていいました。
 こう いわれると、はりねずみは、ひどく おこりました。
 ほかのことなら、なにをいわれても がまんできます。けれども、あしのことをいわれては、がまんできません。というのも、はりねずみのあしは、まれつき よこっちょにまがっていたからです。
「なんだと。それじゃ きさまのあしなら、もっと ましなことにつかえるとでも、うぬぼれてるのか。」と、はりねずみはいいかえしました。
「あたりまえよ。」と、うさぎはこたえました。
「ようし。それじゃ、たしかめてみよう。かけっこをすりゃ、おれのかちに きまってら。」と、はりねずみはいいました。
「わらわせるない。その よこっちょにまがったあしで、かつってのかい。」
と、うさぎはいいました。でも、すぐ つづけて、いいました。
「だけどな、おまえが そんなにやりたいんなら、おれは やったっていいぞ。で、なにをかけるんだ。」
金貨きんかをひとつと、さけをひとびんだ。」と、はりねずみはこたえました。
「うん よかろう。じゃ、すぐ はじめるか。」
「いやいや、そう あわてなくてもいい。おれは、まだ あさめしをくってないんだ。ちょいと うちへかえって、くってくる。三十ぷんしたら もどってくるよ。」
と、はりねずみはいいました。
 うさぎはしょうちしました。そこで、はりねずみは、うちへもどりました。
 そして、かえるみちみち、ひとりでかんがえました。
(うさぎのやつめ。あのながいあしを たよりにしているな。なあに、あんなやつにまけるもんか。あいつは おえらいだんなかもしれんが、まぬけだからな。なんとか うまいとこ、だしぬいてやれ。)
 はりねずみは、いえへかえると おかみさんにむかって、
「おい、はやく したくをしろ。おれといっしょに、はたけへいくんだ。」
と、いいました。
「いったい、どうしたのさ。」と、おかみさんはたずねました。
「うさぎのやつと、かけをしたんだ。金貨きんかをひとつと さけをひとびんな。これから、あいつと かけっこをするんだ。だから、おまえも、いっしょにきていてくれ。」
 これをきくと、はりねずみのおかみさんは びっくりして、大きなこえをだしました。
「あきれたねえ おまえさんは。あたまがどうかしたんじゃないのかい。いくらなんでも、うさぎと、かけっこが できるはずがないじゃないの。」
「だまってろい。おれさまのすることだ。男の仕事しごとに 口をだすない。さあ、はやいとこ したくをして、いっしょについてくるんだ。」
と、はりねずみはいいました。
 はりねずみは、いったい、おかみさんを どうするつもりなんでしょうか。おかみさんは、いやでもおうでも、ついていくよりほか しかたがありませんでした。
 ふたりは、ならんで あるいていきました。すると、はりねずみが おかみさんにいいました。
「おれのいうことを、ようく きいていてくれよ。ほら、あそこに、ながいはたけがみえるだろ。あそこで、かけっこをするんだ。うさぎのやつが、ひとつの うねのなかをかけて、おれさまは、もうひとつの うねのなかをかける。どっちも、上のほうからかけだすんだ。
 ところで おまえは、こっちの 下のほうの うねのなかにたってくれ。それだけで、なんにもしなくていい。ただ、うさぎが むこうにやってきたら、やつにむかって、『おれは、もう きてるぞ。』と、どなってくれ。」
 そのうちに、ふたりは、はたけにつきました。はりねずみは、おかみさんに、たっているばしょを おしえてから、はたけの上のほうへ のぼっていきました。
 いってみると、うさぎは、もう ちゃんと きて、まっていました。
「どうだ、はじめるか。」と、うさぎがいいました。
「いいとも。」と、はりねずみもいいました。
「じゃ、いくぞ。」
 こう いって、ふたりは、それぞれ、じぶんがはしる うねのなかへはいりました。
 うさぎは、「一、二、三。」と、かぞえおわったとたん、あらしのように、はたけをかけおりていきました。
 ところが、はりねずみのほうは、ほんの三足みあしばかり はしったかとおもうと、うねのなかにうずくまって、そのまま じっとしていました。
 うさぎは、おもいきり はしっていきました。もうすこしで、下のほうへつきそうです。
 ところが そのとき、むこうから、はりねずみのおかみさんが、
「おれは、もう きているぞ。」と、どなったではありませんか。
 うさぎは びっくりぎょうてん。ふしぎでふしぎで なりません。もちろん、いまどなったのは、かけっこをしているあいての はりねずみだ、とばかりおもいました。
 なぜって、はりねずみというのは、だれでもしっているとおり、おかみさんも、だんなさんと そっくりなんですからね。
(こいつは、どうもおかしいな。)と、うさぎはおもいました。そこで、
「もういっぺん かけっこしよう。それっ まわれみぎだ。」
と、さけぶといっしょに、またもや、あらしのようにかけだしました。うさぎのみみは、あたまのところで、ビュウビュウ かぜになびきました。けれども、はりねずみのおかみさんのほうは、そのまま、そこに じっとしていました。
 うさぎは、はたけの上のほうへ、いっさんに はしっていきました。
 こんどは、はりねずみのだんなさんのほうが、
「おれは、もう きているぞ。」と、どなりました。
 うさぎは、かんかんに おこって、
「もういっぺん やろう。まわれみぎだ。」と、わめきました。
「ああ、いいとも。おまえのがすむまで、いくらでもやるぜ。」
と、はりねずみはこたえました。
 そこで、うさぎは、それから 七十三べんも、かけっこをしました。そのたびに、はりねずみがかちました。
 うさぎが、上へいったり 下へいったりするたびに、はりねずみか、はりねずみのおかみさんの どちらかが、「おれは、もう きているぞ。」と、どなりました。
 けれども、七十四へんめには、とうとう うさぎも、おしまいまで はしることができませんでした。はたけのまんなかで、ばったり たおれてしまったのです。そして、くびからは がながれでて、それきり うごけなくなってしまいました。
 はりねずみは、かけでかった 金貨きんかとおさけのびんを、とりました。そして、おかみさんを、うねのなかから よびだしました。それから、ふたりでいっしょに、おおよろこびで いえにかえりました。ふたりとも、まだ んでいなければ、きているはずですよ。

 ブクステフードのはらっぱで、はりねずみとうさぎは、こんなかけっこをしたんです。そして、このときからというもの、ブクステフードのはりねずみと、かけっこをしようなんて をおこすうさぎは、一ぴきもいませんでした。
 このはなしをきいて、ためになることがありますね。
 まず だい一に、たとえ じぶんが、どんなに えらいとおもっても、うぬぼれて、ほかのものを ばかにしてはいけない、ということです。あいてが、はりねずみみたいなものでもですよ。
 そのつぎには、およめさんをもらうなら、じぶんとおなじぶんで、みたところも、じぶんとそっくりの人を もらうといい、ということです。ですから、じぶんがはりねずみなら、およめさんも、やっぱり はりねずみがいい、といったようなことです。





底本:「グリムの昔話(1)野の道編」童話館出版
   2000(平成12)年10月20日第1刷発行
   2014(平成26)年8月20日第14刷発行
底本の親本:「グリム童話全集 10 かえるの王さま」実業之日本社
   1964(昭和39)年
入力:sogo
校正:木下聡
2024年2月21日作成
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