土をまるくもった おはか
グリム兄弟
矢崎源九郎訳
ある日、お金もちのお百しょうさんが 庭にでて、じぶんの麦ばたけや くだものばたけを、ながめていました。
麦は、すくすく のびています。くだものは、木に すずなりになっています。やねうらのものおきには、きょねん とりいれた麦が、山のようにつまれています。はりが、ささえきれないくらいです。
お百しょうは、こんどは かちく小屋にはいっていきました。なかには、よくふとったお牛もいます。あぶらののっため牛もいます。かがみのように つやつやした馬もいます。
おしまいに、お百しょうは、じぶんのへやにもどってきました。こんどは、そこに、いくつもおいてある 鉄のはこをながめました。そのはこのなかには、お金がはいっているのです。
お百しょうが、こうして そこにたって、じぶんのもっているものを、うれしそうにながめていたときです。きゅうに、とんとんと、はげしく 戸をたたく音がきこえました。
でも、それは、へやの戸を たたく音ではありません。お百しょうの心の戸を、たたく音だったのです。心の戸は、すぐに あきました。
おやっ、だれかが お百しょうによびかける声が、きこえます。
「おまえは、そんなに たくさんのものをもっていながら、それをつかって、うちのものに しんせつにしてやったことがあるかね。
まずしい人たちがこまっているときに、たすけてやったことがあるかね。おなかのへっている人に、じぶんのパンを わけてやったことがあるかね。
おまえは、じぶんのもっているものだけで、まんぞくしていたかね。それとも、もっともっと ほしいと、おもったかね。」
お金もちの心は、たちどころに、こう こたえました。
「わたしは、なさけしらずの ひどい男でした。うちのものにも、いちども よいことをしてやったことは、ありません。まずしい人がくると、そっぽをむいてしまいました。
神さまのことは、かんがえたこともありません。ただ、じぶんのものをふやそうとして、むがむちゅうでした。この世の中のものが、ぜんぶ、わたしのものだったとしても、まだまだ たりないような気もちだったでしょう。」
お百しょうは、この心のへんじをきくと、すっかり こわくなりました。ひざが、がたがた ふるえてきました。もう、たってはいられません。その場に、べったり すわりこんでしまいました。
そのとき、またもや、とんとんと 戸をたたく音がしました。
でも こんどは、へやの戸をたたく音でした。
おとなりの人がやってきたのです。その人はびんぼうでした。ところが、子どもがたくさんいるので、今は、その子どもたちに、ごはんも ろくろく たべさせてやることができない ありさまでした。
(おとなりは金もちだ。しかし、なさけをしらない男だ。それは、おれも ちゃんと しっている。たぶん、おれをたすけてはくれないだろう。しかし、うちの子どもたちは、パンをほしがって ないている。しかたがない。おもいきって たのんでみよう。)
びんぼうな人は、こう かんがえて、お金もちのところへ やってきたのです。
「あなたは、ごじぶんのものを、そうかんたんには くださらないかたです。しかし、わたしは、もう、どうにも ならなくなっているのです。子どもたちは はらぺこでいます。どうか、麦を六キログラムばかり、かしてください。」
と、びんぼうな人はたのみました。
お金もちは、ながいこと、まずしい男の顔をみつめていました。
そのうちに、お金もちの心のなかに、ようやく やさしいお日さまのひかりが、さしてきました。けちんぼでかたまっていた 心のこおりが、ひとしずくずつ とけはじめたのです。
「おまえに、たった 六キログラムばかりかすのは、ごめんだよ。十二キログラムなら、ただであげよう。そのかわり、ひとつ たのみがあるがね。」
と、お金もちはこたえました。
「どんなことをすれば いいんですか。」
と、まずしい男はたずねました。
「わたしが死んだら、わたしのおはかで、三ばんのあいだ 番をしてもらいたいんだよ。」
お金もちから、こう いわれると、びんぼうなお百しょうさんは、なんだか うすきみわるくなりました。でも、今は、こまりきっているのです。なんでも しょうちするよりほか、ありません。
びんぼうなお百しょうさんは、お金もちのいうとおりに やくそくをして、麦をもらって、家にかえりました。
お金もちは、まるで、さきにおこることを、ちゃんと しっていたみたいです。
三日たつと、ぽっくり 死んでしまったのです。どうして、そんなに きゅうに 死んだのかは、だれにもわかりませんでした。でも、お金もちのために かなしむ人は、ひとりもありませんでした。
お金もちが おはかにうめられたとき、びんぼうな男は、あのやくそくのことをおもいだしました。できれば、そんなやくそくは とりけしにしてもらいたいところです。
でも、まずしい男は、こう かんがえました。
(あの人は、わたしには しんせつにしてくれた。あの人が麦をくれたから、はらぺこの子どもたちも、おなかいっぱい たべられたんじゃないか。それに、そういうことがなくても、いったん やくそくしたことは、どこまでも まもらなくちゃいけない。)
日がくれると、びんぼうな男は、ぼちへでかけていきました。そして、土をまるくもった おはかの上に、こしをおろしました。あたりは、しーんと しずまりかえっています。ただ、お月さまが、おはかをてらしているばかりです。
ときどき、ふくろうが そばをとんでは、かなしそうな声でないています。
お日さまがのぼると、まずしい男は、なにごともなく ぶじに 家にかえってきました。
二日めのばんも、おなじように、おだやかにすみました。
三日めのばんは、おはかへいかないうちから、なんだか、気にかかってしかたがありません。どうも、なにか わるいことがおこりそうなのです。
おはかにいってみると、ぼちのへいのところに、みたこともない男が ひとり、たっていました。男は、もう わかくはありません。顔には、きずあとがいっぱいあります。目はするどく、火のようにもえていて、あたりを ぎろぎろ にらみまわしています。男は、ふるいマントを すっぽり かぶっています。足にはいている、馬にのるときの ながぐつだけしかみえません。
「おまえさん。そんなところで、なにをさがしているんだね。こんな さびしいぼちにいて、こわくはないのかい。」
と、びんぼうなお百しょうさんは、その男にはなしかけました。
「なにもさがしちゃいない。だが、なにもこわくもない。ほれ、わかい男が、ぞっとすることをおぼえたくて たびにでたが、けっきょくは むだだったって はなしがあるだろ。おれは、そのわかい男みたいなもんさ。
もっとも、そのわかいのは、王さまのおひめさまを およめさんにもらって、おまけに、ものすごくたくさんの金も 手にいれたが、おれのほうは、年から年じゅう びんぼうさ。じつをいや、おれは、これでも、もとは へいたいだった。こんやは、よそへいってもとまるところがないから、ここで 夜をあかそうってわけさ。」
と、その へいたいだったという男は、こたえました。
「おまえさん。こわくないんなら、おれは、これから あのおはかの番をするところだが、そばにいて 手つだってくれないかい。」
と、まずしいお百しょうさんはいいました。
「番をするのは へいたいのやくめだ。ようし、いいことだろうと わるいことだろうと、たとえ なにがおこっても、ふたりでいっしょに ひきうけようぜ。」
と、へいたいはこたえました。
「たのんだぜ。」
びんぼうなお百しょうさんは、こう いって、へいたいといっしょに、おはかの上にこしをおろしました。あたりは、しーんと しずまりかえっていました。
ところが、まよなかになると、きゅうに、ヒューヒュー という すさまじい音が、空になりひびきました。と、おもうまもなく、番をしているふたりの目のまえに、あくまが、すがたをあらわしました。
「やい。そこをどけ ごろつきども。そのはかのなかにいるやつは おれのものだ。おれは、そいつをつれにきたんだ。どかないと、きさまの首ったまを ねじるぞ。」
と、あくまは、ふたりに どなりつけました。
「おっと まった。赤い羽のだんなよ。あんたは、おれの隊長じゃあない。だから、あんたのいうことなんか きかなくってもいいのさ。いいか、おれはな、こわいってことをしらない男だ。さあ、とっとと かえんな。おれたちゃ、ここにすわったがさいご、うごかないんだからな。」
と、へいたいはいいました。
(こいつらみたいな くずどもには、金をやるのがいちばんいい。)
と、あくまはかんがえました。そこで、きゅうに、ことばをやさしくして、いかにもなれなれしそうに さそいかけました。
「おまえさんたち。さいふにいっぱい 金貨をいれてあげるから、それをもらって、うちへかえったら どうだい。」
「ふん、なるほど。だが、さいふにいっぱいの金貨くらいじゃ しようがない。おれのながぐつのかたっぽうに はいるだけの金貨を、くれるっていうんなら、おとなしく ひきあげてもいい。」
と、へいたいはこたえました。
「そんなに たくさんの金貨は、今、ここにもっていない。しかし、とってこよう。となりの町に、金をとりかえるのを しょうばいにしている男がいる。そいつは、おれの友だちで なかよしだから、きっと、それくらいの金貨なら だしてくれるだろう。」
と、あくまはいいました。
あくまが すがたをけすと、へいたいは、左のながぐつをぬいで、いいました。
「おい、あの炭やきやろうを うまく やっつけてやろうぜ。とっつぁん、おまえさんのナイフを かしてくれよ。」
へいたいは、ながぐつのそこを ナイフできりとりました。それから、ながぐつを、おはかのそばの、草ぼうぼうの みぞのふちにおきました。
「これで よしと。さあ、えんとつそうじやろうめ。いつでもこい。」
と、へいたいはいいました。
ふたりは、そこに こしをおろして、まっていました。まもなく、あくまがやってきました。みると、手に、金貨をいれた 小さなふくろをもっています。
「さあ、このなかに、ざーっと あけてくれよ。」
へいたいは、こう いいながら、ながぐつを、ちょっと もちあげました。そして、
「だがな、それだけじゃ たりないだろうぜ。」と、つけたしました。
あくまは、ふくろがからになるまで、金貨を ながぐつのなかにあけました。ところが、金貨は、ながぐつをするりとぬけて、どんどん 下におっこちてしまいます。ながぐつは、いつまでたっても からっぽです。
「まぬけあくまめ。そうれ たりない。たった今、おれがいったばかりじゃないか。もういっぺん ひきかえして、もっと たくさん とってきな。」
と、へいたいはどなりつけました。
あくまは、へんだなあ というように、頭をふりました。けれども、また、どこかへいきました。一じかんばかりして、あくまはもどってきました。みると、こんどは、さっきのよりも ずっと 大きなふくろを、うでにかかえています。
「さあ、いっぱいいれな。だが、それだけじゃ、ながぐつはいっぱいになるまいよ。」
と、へいたいはどなりました。
金貨は、チャリン チャリン 音をたてて、ながぐつのなかにながれこみました。ところが、ながぐつは、いつまでたっても からっぽです。あくまは、火のような目を ギョロギョロさせて、じぶんで、ながぐつのなかをのぞいてみました。
と、どうでしょう。ほんとうに からっぽです。
「おまえは、とんでもなく でかい足をしているんだなあ。」
と、さけんで、口をゆがめました。
「それじゃ おまえは、おれも、じぶんとおんなじに 馬の足をしている、とおもってるのか。いったい おまえは、いつから そんなに けちんぼになったんだ。さあ、もっと金貨をもってきな。でなきゃ、このとりひきはやめにするぞ。」
と、へいたいはいいました。
あくまは、またも、ちょこちょこ はしっていきました。こんどは、なかなか もどってきません。ようやく、すがたをあらわしました。おもそうなふくろを かたにかついで、はーはー いきをきらしています。
あくまは、ふくろのなかの金貨を、またまた ながぐつのなかにあけました。けれども、ながぐつは、やっぱり まえとおんなじで、ちっとも いっぱいにはなりません。あくまは、かんかんに おこりました。いきなり、へいたいの手から、ながぐつをひったくろうとしました。
ちょうど そのとき、朝のお日さまのひかりが、空に ぱっと さしました。と、あくまは、きゃっ とさけんだかとおもうと、いちもくさんに にげていってしまいました。おかげで、おはかのなかの お金もちのあわれなたましいは、あくまに とられないですんだのです。
まずしいお百しょうさんは、山のような金貨を へいたいとわけようとしました。ところが、へいたいは、こう いいました。
「おれのぶんは、びんぼうな人たちに やってくれ。おれは、おまえさんのうちへ いくよ。おれたちは、のこりの金で、神さまの きめてくださったあいだだけ、なかよく のんびり、くらそうじゃないか。」
底本:「グリムの昔話(1)野の道編」童話館出版
2000(平成12)年10月20日第1刷発行
2014(平成26)年8月20日第14刷発行
底本の親本:「グリム童話全集 6 ブレーメンのおんがくたい」実業之日本社
1964(昭和39)年
入力:sogo
校正:木下聡
2024年8月4日作成
青空文庫作成ファイル:
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