麦の ほ
グリム兄弟
矢崎源九郎訳
むかし むかし、神さまが、まだ じぶんで、この世の中を、あるきまわっていらっしゃったころの おはなしです。
そのころは、こくもつが、今よりも ずっとずっと よく みのりました。麦のほも、五十や六十 ばかりではありません。四百も五百も ついていました。なにしろ、くきには、麦のつぶが、上から下まで びっしり ついていたのです。くきが ながければながいほど、それだけ、麦のほも ながかったのです。
ところが、人間というものは、あんまり ものがたくさんあると、神さまが おめぐみをくださることも、つい わすれてしまいます。ありがたいとも おもわなくなって、いいかげんな かるはずみなことをしてしまいます。
ある日のことです。女の人が、子どもをつれて、麦ばたけのそばを とおりかかりました。子どもは、とんだり はねたりしていましたが、そのうちに、水たまりにおちて、ふくをよごしてしまいました。
すると、お母さんは、よく みのっている うつくしい麦のほを、ひとつかみ むしりとって、それで、子どものふくをふいてやりました。
ちょうど、神さまが、そこをとおりかかりました。このようすをごらんになると、
「これからは、もう、麦のくきには、ほがつかないようにしてやろう。人間どもは、もうこれからさき、天のおくりものを もらうねうちがない。」
と、おっしゃいました。
まわりで、これをきいていた人たちは、びっくりしました。あわてて、ひざをついて、
「どうか、いくらかでも、麦のくきに、ほをのこしておいてくださいませ。
人間どもは、そうしていただく ねうちはないかもしれませんが、せめて、つみのないにわとりたちのために、おねがいします。さもないと、にわとりたちは、おなかをすかして 死んでしまいますから。」
と、おねがいしました。
神さまは、人間たちが、今に くるしむようになるのを かんがえて、かわいそうにおもいました。そこで、人間たちのねがいを おききいれになりました。
そんなわけで、麦のほは、今のように、くきの上のほうにだけ のこっているのです。
底本:「グリムの昔話(1)野の道編」童話館出版
2000(平成12)年10月20日第1刷発行
2014(平成26)年8月20日第14刷発行
底本の親本:「グリム童話全集 9 いばらひめ」実業之日本社
1964(昭和39)年
※表題は底本では、「麦の ほ」となっています。
入力:sogo
校正:木下聡
2024年1月27日作成
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