選後感〔第二十七回芥川賞選後評〕

坂口安吾




 今回は揃っていたが、特に秀でたものがなかった。三浦朱門「斧と馬丁」、安岡章太郎「宿題」、武田繁太郎「朝来川」、庄野誠一「この世のある限り」、小山清「小さな町」、それに候補作の二ツ。いずれもチャンとした作品であるが、積極的にどれか一ツ推したいというものはない。
「雲と植物の世界」は前半だけ感心した。馬を書いてるうちは目をうたれるものがあったが、人間が現れたり戦争になったりすると、年期の不足をバクロして目も当てられない。しかし、騎兵生活をした人は何十万人もいる筈だが、馬をこんな風に書いて見せてくれたのはこの人だけで、これは見上げた才能であろう。この人に不足なのは年期である。甚だ不足のようである。
「淵」はまとまった作品であるが、私はこういう悪玉の書けない、もしくは書く意志を持たない作家は好きではない。つまり、人の悪を許したり、目をそむけたり、見のがしたりすることで、自分の悪にも目をとじてしまう。そういう世俗的な処世法が思想の根柢となっているから、私はこういうものが本質的な通俗文学だと思うのである。
 委員の二三氏の意見に、この作家はシンが強いという賛辞があった。シンが強いという意味がよくのみこめないが、シンが強いということが文学の値打とは思われないし、たぶん本質的な通俗性をさしてシンが強いと云っているのではないかとも思った。
 三浦朱門、安岡章太郎、武田繁太郎、吉行淳之介の諸氏は将来性のある人々だと思った。多士済々の感があった。しかし、授賞は作品に対してなされるのであるから、今回授賞にもれたのは仕方がないと思う。





底本:「坂口安吾全集 12」筑摩書房
   1999(平成11)年1月20日初版第1刷発行
底本の親本:「文藝春秋 第三〇巻第九号(九月特別号)」
   1952(昭和27)年9月1日発行
初出:「文藝春秋 第三〇巻第九号(九月特別号)」
   1952(昭和27)年9月1日発行
入力:持田和踏
校正:円野
2022年7月27日作成
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