古書の呪い

THE BLAST OF THE BOOK

G・K・チェスタートン G. K. Chesterton

村崎敏郎訳




 オープンショウ教授は、もしだれかに心霊主義者だとか心霊主義の信者だとか言われると、ガタンと卓を叩いて、いつもかんしやくをおこすのであつた。しかし、これだけで持前の爆発がおさまるわけではなかつた。というのはもしだれかに心霊主義の否認者だと言われても、やはりかんしやくをおこしたからである。自分の一生をささげて心霊現象を研究してきたのは彼の誇りであつた。そういう心霊現象はほんとうに心霊の現われなのかそれとも単に自然現象の現われなのかそれを自分がどう思つているかについて絶対にヒントをあたえたことがないのも彼の誇りであつた。彼にとつて何よりも楽しかつたのは、熱心な心霊主義者の輪の中に坐つて、自分がどういう風にして霊媒の正体を次々とあばき立て、インチキを次々と見つけ出したかという話を徹底的にくわしく話してきかせることであつた。というのは実際彼は、一度目的物に目をつけたら最後、ひじような探偵能力と洞察力を発揮したし、いつも霊媒には、大いに怪しい目的物として、目をつけたからである。同じ心霊主義のペテン師が三つの違つた変装をしているのを見つけたときの話がある……女になつたり真白な顎ひげの老人になつたり、濃いチョコレート色のバラモン教徒になつたりしていたのであつた。こういう話をくわしく聞かされると、ほんとうの信者たちはかなりおちつかなくなつたが、実はそれが教授のねらいであつた。しかし心霊主義者だつてインチキな霊媒の存在を否定するわけではないから、別に文句は言えなかつた。ただ、なるほど教授のなめらかな話しぶりが、霊媒はみんなインチキだといわんばかりにきこえるのかもしれなかつた。
 しかし頭の単純な無邪気な唯物論者には災あれ(しかも唯物論者は全体的にかなり無邪気で頭が単純である)……連中は、こういう話の傾向から勝手に想像して、幽霊は自然の法則にそむくとか、そんな物は古い迷信にすぎないとか、すべてがたわ言か、さもなかつたらでたらめだとかいうふうに議論を進めるのである。こういう相手には教授は、ふいにすべての科学の砲火をあべこべに向けかえて、みじめな合理主義者が一度も聞いたことがないような、疑う余地のない事件や説明のつかない現象を一斉にならべ立てて、相手をなぎはらうのであつた……あらゆるこまかい事実や日付を数えあげ、自然の説明を企てたがどうにもならなかつた実例をいくつも弁じ立てた……実際何もかも弁じ立てたが、ただ彼ジョン・オリバー・オープンショウが霊を信じているのかいないのかという問題だけにはふれなかつた。そしてそれはいまだに心霊主義者も唯物論者も見つけ出したといつて自慢するわけにはいかないのであつた。
 オープンショウ教授は、淡黄色のライオンのような髪の毛と、催眠術をかけているような青い眼をした痩せた姿で、ホテルの表の階段の上で、友人のブラウン神父と二言三言とりかわしていた。このホテルに二人は前の晩泊つて、朝の食事をすませたところであつた。教授は例の大仕掛けな実験の一つから、いつものようにひどく腹を立てながら、かなりおそくなつて帰つてきた。そしていつものように心霊主義者と唯物論者の双方を相手にして孤軍奮闘してきた戦いでいまだにやつきになつていた。
「ああ、あなたのことは気にしていませんよ」教授は笑いながら言つた。「あなたは、たとえほんとだとしても、こんなことは信じないでしようからね。だがあの連中は、わたしが何を証明するつもりなのかと、年中尋ねまわるんです。わたしが科学者だということがわからないらしい。科学者は証明しようとしているのではありません。ひとりでに証明される物を見つけ出そうとしているのです」
「したがまだ見つけ出さないのですな」とブラウン神父。
「いや、多少は自分の考えを持つてます……それはたいていの人が考えるほど消極的なものではありません」教授は、顔をしかめてしばらく沈黙していてから、答えた。「ともかくどうもわたしは、何か見つけ出せる物があるとしても、みんながさがしているようなやり方では見当違いだという気がしはじめました。あのやり方はすべてがお芝居すぎる……ピカピカ光る心霊体やラッパや人声やそのほかすべてが見世物だ。すべてが家族内の幽霊についての古い通俗劇やかびのはえた歴史小説をお手本にしている。もし歴史小説でなくせめて歴史まで行けば、あの連中だつてほんとに何か見つけ出せるだろうと思うんですがね。しかし超自然的な出現物ではだめですよ」
「けつきよく、超自然的な出現物は出現現象にすぎません」とブラウン神父。「どうやらあなたは、家族内の幽霊が出現し続けているだけだと言われるのでしような」
 教授の視線は、ふだんは申し分のない放心状態でいるのにふいに、ジッと動かなくなつて焦点を合わせた……怪しい霊媒に目をつけたときのようであつた。どうやら強い拡大鏡を片目にはめこんだ人のようなかつこうであつた。これは坊さんが多少とも怪しい霊媒に似ていると思つたからではなかつた。しかしこの友達の考えが自分の考えにあまりぴつたりついてきているのにびつくりして、注目したのであつた。
「出現!」と教授はつぶやいた。「いやはやどうも……だがあなたがちようどいまそう言われるのは妙ですな。わたしは研究すればするほど、なおさらあの連中は出現現象ばかりさがしているので損をしてるような気がしてきたのです。いまもし連中が少しでも消滅現象をしらべてみたら……」
「さよう。けつきよく、ほんとうの妖精伝説には有名な妖精の出現する話はそれほどたくさんありませんわい……月の光でチターニアを呼び出したり、オーベロンを現わしたりする話はそれほど多くありません。したが人間が消滅する伝説はきりがないくらいです。これは妖精にさらわれるからです。あなたはキルムニーや詩人トマス(十三世紀のスコットランドの詩人)の跡を追つておいでになるのですか?」
「わたしはあなたが新聞でお読みになる平凡な現代人の跡を追つているんです。いや、あなたが目をみはるのは無理もありません。しかしいまのところそれがわたしのねらつている獲物です。それもずいぶん前から追つかけているんです。率直に言つて、わたしは心霊的な出現現象の多くはすつかり説明できると思います。わたしに説明がつかないのは、それが心霊でない場合の、消滅現象です。新聞によく出る、姿を消して二度と発見されない連中は――もしあなたがわたしと同じにくわしい事情をご承知になつたら……。それに、ついさつきわたしは確証を得ました。或る老宣教師からの異常な手紙です……ごく立派な老人です。その人が今朝事務所にわたしを訪ねてきます。どうでしよう、ご一緒に昼飯でもやりましよう。そうしてこの結果をお話したいんです――ごく内密に」
「ありがとう、うかがいます……もしそれまでに妖精がわしをさらいにこないようでしたらな」とブラウン神父はつつましく言つた。
 それで二人は別れて、オープンショウは角を曲ると、この近所に借りてある小さな事務所へ歩いて行つた。主としてここは、最も無味乾燥で最も不可知論的な心霊学や心理学の原稿を集めた小さな定期刊行物を発行するために使つていた。一人だけ事務員を雇つてあつたが、この男は外の事務室のデスクに腰かけて、印刷した報告の材料にする数字や事実をよせ集めていた。教授は足を止めて、プリングルさんが訪ねてきたかときいた。事務員は、まだ来ませんと機械的に返事して、機械的に数字の計算をはじめた。そこで教授は自分の書斎にしている奥の部屋に向かおうとした。
「ああ、ときにね、ベリッジ君」教授は、ふり向きもしないで、言いそえた。「もしプリングルさんが見えたら、まつすぐにわたしの所へ通してくれたまえ。きみは仕事の手を休めなくてもいい。その記録はできれば今日中に仕上げてほしいんだ。もしわたしがおそくなつたら、デスクの上へ置いといてくれればいい」
 そう言つて教授は自分の専用室にはいつて行つたが、プリングルという名前から思い出した……いや、むしろそれでどうやら自分の心に是認し、確信したらしい……例の問題をまだ考えこんでいた。最も完全に冷静な不可知論者でさえ或る程度は人間である。だから宣教師の手紙のほうが教授の内密にしているまだ試験的な仮説を支持してくれるものとして大へん重要らしい気がしたのは無理のないことである。教授はモンテーニュの彫像に向かい合つて、大きな気持のいい椅子に腰をおろすと、ルーク・プリングル師から来た、午前中にお会いしたいという短かい手紙をもう一度読みかえした。オープンショウ教授ほど変人の手紙の特徴をよく知つている人はいなかつた……こまごましたことをゴタゴタつめこみ、蜘蛛の糸のような筆跡で、不必要に長くてクドクドしいのがそれである。この場合そういう所は一つもなかつた。しかもタイプで打つた簡潔で事務的な文句であつた……手紙の筆者は妙な消滅現象の事件にいくつか出合つたが、これは心霊問題の学徒としての教授の領域内のものらしく思いますという内容であつた。教授はいい印象を受けた。そこで、ふと目を上げると、ルーク・プリングル師がいつの間にか部屋にはいつてきていたのを見たときも、かすかにハッとしたくせに、やはり悪い印象は受けなかつた。
「事務員の方が、まつすぐはいつて行くようにと言われました」プリングルさんはいいわけするように言つたが、かなり愉快そうにニヤニヤ笑つていた。その笑顔は白髪まじりのフサフサした赤い顎ひげと頬ひげのために半ば隠れていた。ジャングルの中に住んでいる白人がはやしているような、まつたくジャングルそつくりの顎ひげであつたが、しし鼻の上の目には野蛮だとか異国風だとかいう感じは全然なかつた。オープンショウはすぐさまそのほうにあの集中的なスポットライトすなわち凸レンズを向けて、疑い深く吟味した……それはいままでにも多勢の相手に向けて、こいつはペテン師か気違いではないかと見とどけた眼光であるが、この場合は、教授としてはかなり珍しく、再確認する意味であつた。乱れた顎ひげは変り者のはやしそうなものであつたが、目はまつたく顎ひげと相反していた……その目には、危険なペテン師や危険な狂人の顔には絶対見られない、あのごく率直で親しげな笑いがあふれていた。こういう目をしている男は、ひどく疑い深いペリシテびと実利主義の俗物)にありがちで、幽霊や心霊に対して浅薄だが心からの軽蔑を大声で叫び出す男かもしれなかつた。しかしともかく、職業的なペテン師にはこんな軽々しい顔つきを見せる余裕はないものである。男はみすぼらしい古いマントのボタンを喉元までかけていた。僧職を思わせるものは幅の広いしなやかな帽子だけであつたが、未開の土地から来た宣教師はかならずしもめんどうな僧職らしい服装をしているとはかぎらないものである。
「おそらくあなたはこれもまたデタラメの一つだとお考えでしような、先生」プリングルさんは、なんだかポカンとして楽しんでるような口調で、言つた。「ですからあなたがごく自然に否認なさるような態度を見てわたくしが笑つたりした失礼をお許し願います。それにしても、わたくしはどなたかこういうことをよく知つている方にこの話をしなければなりません。なぜかというと、こりやほんとうの話だからです。それに、冗談を抜きにして、これはほんとうであると同時に悲劇なのです。さて、てつとりばやく申しあげると、わたくしは西アフリカのニアニアという森のまつただなかで布教していました。そこにいたほとんど唯一の白人はその地方を支配するお役人、ウエールズ大尉でした。そこで彼とわたくしはかなり親しくなりました。彼が布教の仕事を喜んでくれたからではありません。遠慮なく言えば、彼は万事にぶいほうでした。信仰はさておいて、ほとんど考えることのないほど行動的な、あの角ばつた頭と角ばつた肩をした仲間の一人でした。それだけにこの話がなおさらおかしいのです。或る日大尉はしばらく外出していてから、森の中のテントに帰つてきました。そして、おそろしく変てこな目に会つてきたが、どうしていいかわからないのだ、と言いました。皮装釘の色のあせた古本を一冊手に持つていましたが、それをテーブルの上の拳銃とおそらく骨董品として持つていた古いアラビア風の剣のそばに置きました。彼の話によると、その本は、たつたいま降りてきた船に乗つていた或る男の物だつたそうです。その男は、だれもこの本を開けたり中をのぞいて見たりしてはいけない……そんな事をしたら悪魔にさらわれるか、姿を消してしまうか、どうかするぞ、と断言したのです。もちろんウエールズ大尉は、そんな事はナンセンスにすぎないと言いました。そこで二人の口論になりましたが、とどのつまりその男は、卑怯だとか迷信だとか罵られたので、実際に本をのぞいて見るようなはめになつたらしいんです。するととたんに本を手から落して、船べりへ歩いて行くと……」
「ちよつと」一つ二つメモを取つていた教授が言つた……「ほかの話をうかがわないうちにな。その男は、どこでその本を手に入れたとか、または元来だれの物だつたとかいうことをウエールズ大尉に話したんですか?」
「ええ」プリングルはもうすつかりまじめになつて答えた。
「その男は、元来の持主だつたハンキー博士という、いまイギリスにいる東洋旅行家の所へ持つて帰るつもりだと、言つたらしいんです……本の不思議な性質について警告したのもその博士です。ところでハンキーは有能な人物で、かなり気むずかしくて、人を冷笑するようなタイプですから、なおさら話がおかしいのです。しかしウエールズの話の要点はもつと単純です。つまり本をのぞきこんだその男はまつすぐに船べりを乗り越えたまま二度と姿を見せなかつたのです」
「あなた自身はそれを信じるんですか?」オープンショウはちよつと間をおいてから言つた。
「フム、信じますね。わたくしが信じるのは二つの理由があるからです。第一に、ウエールズはまつたく想像力のない人間でした……それがよほど想像力に富んだ人間でなければ思いつきそうもないような一言を言いそえたからです。彼は、その男がまつすぐに船べりを乗り越えたのは静かでおだやかな日だつたが水しぶき一つ立たなかつた、と言いました」
 教授はしばらく黙つてメモを見ていたが、やがて言つた――「ではあなたがそれを信じるもう一つの理由は?」
「もう一つの理由は、わたくしが自分で見たことです」とルーク・プリングル師は答えた。
 また沈黙が続いたが、やつとプリングル師が相変らず実際的な口調で話を続けた。何にしても、この男には、変人や信者などが他人を説きふせようとするときの熱心ぶりは、まるで見られなかつた。
「さつき申しあげたように、ウエールズはその本をテーブルの上の剣のそばに置きました。テントにはたつた一つ出入口があるだけでした。たまたまわたくしはテントの中に立つて相手の大尉に背中を向けたまま、遠い森の中を見ていました。大尉はテーブルのそばに立つて全部のでき事にブツブツ文句を言つたりうなつたりしていました……二十世紀の世界で本を開けてみるのをこわがつたりするのは愚劣きわまる……なぜおれが開けてみてはいけないのかと言つていました。その時わたくしはなんだか本能的にビクッとしたので、そんなことはしないでハンキー博士に返すほうがよかろう、と言いました。『どんな危険があるというんだ?』と大尉はおちつかないようすで言いました。『どんな危険がありましたか?』とわたくしは頑固に言つてやりました。『船の中のお友達はどうなつたんですか?』大尉は返事をしませんでした。実際なんとも答えようがないのはわかつていました。ところがわたくしはホンの虚栄心から自分の理屈が優勢なのを強調しました。『そうなると、船の中で現に起つた事をあなたはどう解釈するのですか?』と言つてやりました。やはり彼は返事をしませんでした。そこであたりを見まわすと、わたくしは彼がいなくなつているのに気がつきました。
「テントはからつぽでした。例の本はテーブルの上にのつていました。開いていましたが、まるで彼が下に向けて置いたように、伏せてありました。しかしあの剣がテントの反対側に近い地上にころがつていて、テントのカンバスに大きな穴が開いていました……まるでだれかが剣で切り裂いて出て行つたようなかつこうでした。テントの深い裂け目がアングリ口を開けていましたが、外の森の暗い微光が見えるだけでした。そこでわたくしは飛んで行つて割れ目からのぞいて見ると、はつきりわかりませんでしたが、もつれ合つている高い木々や下藪の茂みが折れているか踏みつけられているかしていました……少なくとも一二フィート先きは何とも見当がつきませんでした。わたくしはその日からウエールズ大尉の姿も見ていないし、噂も聞いていないのです。
「わたくしはその本を、中を見ないように十分注意しながら茶色の紙ですつかり包みました。そしてそれをイギリスに持つて帰つて、最初はハンキー博士に返すつもりでいました。その時わたくしは、こういう問題について或る仮説を暗示しておいでになるあなたの文章を拝見しました。そこでわたくしは途中で足を止めて、あなたに事件を聞いていただこうと決心しました。あなたは冷静で自由な考え方をなさるという評判ですからね」
 オープンショウ教授はペンを下に置いて、テーブルの向こう側の男をジッと見た……たつた一目ではあるがその視線にこもつていたのは、多勢のまつたく違つたタイプのペテン師や、時には風変りで並はずれたタイプの正直者さえ扱つてきた長いあいだの経験であつた。ふつうなら、教授はまず第一に、そんな話は嘘のかたまりだという健全な仮説を元にしてとりかかつたであろう。全体としては、嘘のかたまりだと考えたかつた。それにしても教授はこの男がそんな嘘の話をするとは思えなかつた……もちろん、こんな嘘を話すこんな嘘つきをいままでに見たことがないというだけのことかもしれなかつた……。この男は、たいていのほらふきや詐欺師とは違つて、表面正直そうに見せかけようとしていなかつた。ともかく、その点まるで反対らしかつた……つまりこの男は、単に表面だけでは正直と言えそうもないのに、実は正直者だという感じであつた。教授は、こいつは一つだけ無邪気な妄想をいだいている善良な人間ではないかとも考えた。しかしそれでもやはり徴候が違つていた……なんとなく男らしい無関心な所さえ感じられたからである。まるで本人は、もしそれが妄想であるにしても、そんな妄想をあまり気にしていないようであつた。
「プリングルさん」教授は、弁護士が証人をハッとさせるような勢いで、鋭く言つた。「あなたのその本はいまどこにあるんですか?」
 くわしい話のあいだ厳粛になつていた顎ひげにあのニヤニヤ笑いがまたうかんだ。
「わたくしは外に置いてきました。つまり外の事務室の中です。危険だつたでしようかな。ですが二つの中では危険の少ないほうでしよう」
「何を言われるんですか?」と教授は詰問した。「なぜここへまつすぐに持つてこなかつたのですか?」
「なぜかと申しますと、わたくしは、あなたがあの本をごらんになつたらすぐに――話もお聞きにならないうちに、開けてごらんになるだろうと、知つていたからです。話をお聞きになつたあとなら――本を開けてみるのを考え直してくださることもあろうと思いました」
 それからちよつと沈黙してから、プリングル師はつけくわえた――「あすこにはあなたの事務員さんのほかにはだれもいませんでした。それにあの方は鈍感と着実のお手本みたいな顔をして、事務的な計算に夢中でした」
 オープンショウは飾りけもなく笑つた。「ああ、バベッジか……あなたの魔法の一巻はあの男なら大丈夫、まちがいなしです。あれはベリッジという名前です――ですがわたしはよくバベッジと呼んでやるんです。だつてあの男はまつたく計算器そつくりですからな。あれも人間の仲間だとすれば、ほかのだれとくらべても、およそあの男なら他人さまの茶色の紙包を開けてみるようなことはしそうもありません。ではもう本を取りに行つてくるほうがいいでしよう……尤もどう扱つたらいいか、そいつはたしかに真剣に考えてみましよう。実際、率直に申しあげると」そこで教授はまた相手を見つめた……「いまここでそれを開けてみるべきか、それともそのハンキー博士に送るべきか、どつちともわたしにははつきりしません」
 二人は一緒に奥の部屋を出て外の事務室にはいつて行つた。するとそのとたんに、プリングル師は一声高く叫んで、事務員のデスクのほうへ駆けよつた。というのは事務員のデスクはそこにあつたが、事務員がいなかつたからである。事務員のデスクの上には色のあせた古い皮表紙の本が、茶色の包紙から引き出されて、閉じたまま置いてあつたが、たつたいままでひらかれていたようなかつこうであつた。事務員のデスクは往来を見晴らす窓の前に置いてあつた。そしてその窓ガラスに大きなギザギザの丸い穴が開いていて、まるで人間の体がその穴から外の世界へ射ち出されたようであつた。ほかにはベリッジ氏の跡方もなかつた。
 事務室に取り残された二人はどつちも木像のようにジッと立つていたが、やがてゆつくり生命がかよつてきたのは教授であつた。ゆつくりふり向いて片手を宣教師にさしだしたときのようすは、いままでに見せたことのないほど批判的なようすであつた。
「プリングルさん、お許しを願います。お許しを願うのは、わたしがいままで考えていたことや、考えかけていたことがまちがつていたからです。しかし自ら科学者と名乗る以上はこういう事実にぶつかつてみるつもりです」
「どうでしよう」プリングルは疑わしそうに言つた……「なんとか問い合わせてみなきやなりますまい。この人の家に電話をかけて、帰つているかどうかたしかめてごらんになりませんか?」
「あの男が電話を引いてるかどうか、わたしは知りません」オープンショウはかなり放心状態で答えた。「どこかハムステッドあたりに住んでいると思います。だが友人や家族の連中があの男のいなくなつたのに気がついたら、だれかここへききにくるでしよう」
「もし警察が入用だと言つたら、くわしい人相を知らせてやれましようか?」
「警察!」教授は、空想からハッと目をさまして、言つた。
「くわしい人相……フム、残念ながら、あの男はひどくありふれた顔でした……ただ眼鏡をかけていたな。きれいに顔を剃つている連中の一人だ。だが警察は……ねえ、この気違いめいた問題をわれわれはどうすればいいのかな?」
「わたくしはどうすべきか知つています」とプリングル師はキッパリと言つた。「わたくしはこの本を唯一の元来の所有者ハンキー博士の所へまつすぐ持つて行つて、いつたいどういうわけかきいてみるつもりです。ここのすぐ近くに住んでいますから、わたくしはまつすぐに引き返してきて、博士の話をあなたに報告しましよう」
「ああ、そりやけつこうです」教授はやつと言いながら、かなりウンザリしたように腰をおろした。たぶんさしあたつて責任をのがれたのにホッとしたのであろう。しかし小がらな宣教師のキビキビした足音の響きが往来の向こうに消えてしまつてからも、いつまでも教授は同じ姿勢のまま幻を見ているように空間を見つめていた。
 教授は、同じキビキビした足音が表の鋪道にきこえて宣教師が、こんどは一目でわかるとおり、空手ではいつてきたときも、やはり同じ椅子にほとんど同じような態度で坐つていた。
 プリングルは厳粛に言つた――「ハンキー博士はあの本を一時間のあいだ預かつておいて要点を熟考してみたいということです。それからわれわれ二人が訪ねて行けば、博士の決断を話してくださるそうです。特に希望されていたのは、先生、こんど訪ねるときはぜひあなたが同行してくださるようにということでした」
 オープンショウは黙つたままやはり見つめていた……それからふいに言つた――
「畜生……いつたいハンキー博士というのは何者ですか?」
「あなたの言い方ですと、まるで博士が畜生だと言われたようにきこえます」プリングルはほほえみながら言つた。「それにどうも人によるとそう思つている方もあるようです。博士はあなたと同じ方向の研究で大へん名声を挙げましたが、それは大部分インドで土地の魔法や何かを研究した結果ですから、たぶん本国ではあまり知られていないのでしよう。黄色い顔の、やせこけた小男で、片脚びつこを引いていて、疑い深い性質です。しかしここではふつうの開業医として尊敬されているようです。そしてわたくしにはあの人のどこが悪いのかよくわかりません――尤もこの気違いのような事件についておそらく何か知つているらしい唯一の人間であることが悪いとすれば別ですが」
 オープンショウ教授は重々しく立ちあがつて電話の所へ行つた。ブラウン神父を呼び出して、昼飯の約束を晩飯に変えたのは、インド生活をしてきたイギリス人の医者の家へ遠征する暇を作るためであつた。それがすむと、また腰をおろして、葉巻に火をつけ、またしても底知れない深い思いに考え沈んだ。

 ブラウン神父は、晩飯の約束をしたレストランへ行つてから、鏡や植木鉢のシュロの木をいつぱい飾つてある玄関のホールでしばらくジリジリしながら待つていた。オープンショウの午後の用件を聞いていたので、荒れ模様の暗い夕闇が鏡や緑色の植木の周囲に立ちこめてくると、その用件から何か思いがけないことがあつてひどく長びいているのだなと想像した。いつたい教授が現われるのかしらとちよつと怪しみさえした。しかし教授がやつと現われると、ブラウンの大まかな想像が当つていたことは明らかであつた。というのはロンドン北部の郊外からプリングル師と一緒にやつと急いで帰つてきた教授は、大へん荒々しい目つきになつて、髪の毛までボサボサにしていたからである……あのあたりはいまだに灌木の多い荒れ地や共有地にとりかこまれていて、どうやら夕立でも来そうな日暮れ時にはなおさら陰気に見える所であつた。それでも、教授とプリングル師は明らかに当の家を見つけ出した……ほかの家々から声のとどく範囲内ではあるが一軒だけ少し離れて立つていた。真鍮の表札には「医学博士、王立外科大学会員、J・I・ハンキー」とキチンと彫つてあるのを確認した。ただ二人には医学博士、王立外科大学会員J・I・ハンキーが見つけ出せなかつた。二人が見つけ出したのは、いつの間にか悪夢のように心の底でひそかに予期していたものだけであつた――ありふれた診察室のテーブルの上に問題の書物がのつていて、いま読んだばかりのようであつた。そしてその先きに、裏口のドアが大きく開いていて、かすかな足跡が、びつこの男にはそう軽々と駆け登れそうもないほど急な庭の細道を少し駆けあがつていた。しかし駆けたのはびつこの男であつた。というのはそのわずか二三歩の中に、かつこうの悪い平均していない外科医用の靴跡が片方だけあつたからである。それから(まるでその男が片足で飛んだかのように)その片方の靴だけの跡が二つあつて、その先きは何もなかつた。J・I・ハンキー博士からは、例の決断をしたらしいという事実以外、それ以上何も得られるものがなかつた。博士はあの神託を読んで運命の宣託を受けたのであつた。
 二人はシュロの木の下の入口をはいつてくると、プリングルが、まるで指に燃えつきでもしたかのように、あわててその本を小さなテーブルの上に置いた。坊さんは物珍しそうにチラリと本を見た。表紙に荒つぽい筆蹟で二行の詩が書いてあるだけだつた――

この書をのぞき見る者は
飛行の恐怖に襲わるる者

 そしてその下には、あとで坊さんが発見したことだが、同じ警告がギリシャ語とラテン語とフランス語で書いてあつた。帰つてきた二人は、頭を悩ました上に疲れきつていただけに自然の衝動から飲物がほしかつたのでそつちは見ようともしなかつた。そしてオープンショウがボーイに声をかけると、ボーイはカクテルをお盆にのせてはこんできた。
「あなたはわれわれと一緒にお食事をなさつてくださるでしような」と教授は宣教師に言つたが、プリングル師は愛想よく首を振つた。
「おさしつかえなかつたら、わたくしはどこかでひとりになつてこの本やこの事件と取り組むつもりです。あなたの事務所を一二時間使わせていただけないでしようか?」
「どうも――残念ながら錠がおろしてあります」オープンショウはややびつくりして言つた。
「あなたは窓に穴が開いているのをお忘れですね」ルーク・プリングル師は例のニヤニヤ笑いの中でも最もはでにニヤリと笑つて、表の暗闇に消えてしまつた。
「かなり妙な男だな、けつきよく」教授は顔をしかめながら言つた。
 教授がちよつと驚かされたのは、ブラウン神父がカクテルを持つてきたボーイに、どうやらその男のごく内輪の問題について、話しかけていたことであつた……もう赤ん坊が危険をのがれたというような話が出ていた。教授は、どうして坊さんがこのボーイを知つているのかしらと不思議に思いながら、ややびつくりしたようにそのわけをきいた。しかし坊さんはこう言つただけであつた……「ああ、わしは二三カ月ごとにここで食事をしますし、ときどきあの男に話しかけることがあります」
 教授は、自分はここで一週間に五回ほど食事をしているのに、その男に話しかけようなどとは夢にも考えたことがないのに気がついた。しかしこの考えは、けたたましくベルが鳴つて電話に呼ばれたので、中断された。電話の声はプリングルです、と言つた――どうやら何かに包まれたような声であつたが、あのボウボウと茂つた顎ひげに包まれているとすれば無理はなかつたろう。話の内容はプリングルだということを証明するのに十分であつた。
「先生」とその声は言つた……「わたくしはもうがまんができません。自分で見るつもりです。いまあなたの事務所から電話をかけているところで、本は目の前にあります。もしわたくしの身に何か起るとすれば、これがお別れの言葉になります。いや――お止めになつてもむだです。ともかく、もう間に合いますまい。わたくしはいま本をひらくところです。わたくしは……」
 オープンショウはなんだかゾッとするような、身ぶるいの出る、そのくせほとんど音もなく倒れる音を聞いたような気がした。そこで何度もくりかえしてプリングルの名前をどなつたが、もう何もきこえなかつた。彼は受話器をかけると、どうやら絶望のおちつきとでもいうのか、堂々とした学者らしいおちつきを取り戻して、食卓の自分の席へ引き返して静かに腰をおろした。それから、まるで降神術の席上での小さなばかげた手品の失敗を話してきかせるときのように冷静な態度で、この恐るべき秘密のいちぶしじゆうを残らず坊さんに話した。
「これで五人の男がこの不可能な方法で消えてしまいました。どの場合も尋常ではありません。それにしてもわたしがどうにも見当のつかない一つの場合は、わたしの事務員のベリッジです。あれが一番おかしな事件だと思うのは、あの男が一番静かな存在だつたからです」
「さよう、ともかく、ベリッジの仕業としてはおかしな事です」とブラウン神父は答えた。「あの男はひどく良心的でした。いつも事務所の仕事と自分の冗談をキチンと切り離しておくほどバカに気をつけていました。だつて、あの男が家では大へんなユーモリストだということはほとんどだれも知らなかつたでしようし……」
「ベリッジが!」と教授は叫んだ。「いつたいあなたは何の話をしているんです? あなたはあの男を知つていたんですか?」
「いや、いや」とブラウン神父はノンビリ言つた。「ただおつしやるとおり、わしはあのボーイを知つています。わしはあなたが姿を現わすまで、事務所でお待ちしなければならないことがありました。そしてもちろんそういう時は、きのどくなベリッジと一緒にそのあいだを過していました。あれはかなり変り者でした。わしは覚えていますが、いつかあの男は、世の中の蒐集家は高価な物だというだけでばかげた物ばかり集めているから、自分は値打のないものばかり集めてみたいと、言つたことがあります。値打のないものばかり集めていた女の昔話はあなたもご存じでしよう」
「どうもわたしにはあなたが何の話をしているのかサッパリわからん。だがたとえあの事務員が風変りだつたとしても(それにわたしの考えではあのくらい平凡きわまる男はいないと思います)それだけではあの男の身の上にどんなことがあつたか説明がつかないでしようし、ほかの連中のことはなおさら説明がつかないでしよう」
「ほかの連中とは?」と坊さんはきいた。
 教授は目をみはつてから、まるで子供に言いきかせるように、はつきり言つた。
「ねえ、ブラウン神父、五人の男が消滅したのですぞ」
「ねえ、オープンショウ先生、消滅した者などは一人もありはしませんのじや」
 ブラウン神父は同じようにジッと相手を見つめ返して、同じようにはつきり言つた。それでも、教授にはその言葉をくりかえしてもらう必要があつたので、やはり同じようにはつきりそれをくりかえした。
「まつたく消滅した者などは一人もありませんのじや」
 ちよつと沈黙してから、ブラウンはつけくわえた……「どうも一番骨の折れるのは、0+0+0=0だということを人に納得させることでしような。人はどんなに妙なことでも、それが連続して現われると、本気で信じます。だからマクベスは三人の魔女の三つの言葉を信じたのです……尤も第一のはマクベス自身が知つていることでしたし、最後のは自分の手で実現できることにすぎませんでした。したがこの場合は、真中の所がとりわけ最も弱い所ですわい」
「どういう意味ですか?」
「あなたはだれも姿を消すところを見ていないのです。ボートから消えた男を見たわけではありません。テントから消えた男を見たわけではありません。そこはみんなプリングルさんの話だけですが、その点はいまは論じないでおきます。したがこの点はあなたも認められるでしよう……あなたは、ご自分の事務員が姿を消してこの話が証明されるのをごらんにならなかつたら、決してプリングルさんの言葉を受け入れなかつたでしよう……ちようどマクベスにしても、コーダーの領主になるという予言が証明されなかつたら、決して信じなかつたでしようからな」
「そいつはほんとかもしれない」教授は、ゆつくりうなずいて、言つた。「しかしそれが証明されたので、わたしは事実だと知つたのです。あなたは、わたしは何も見ていないと、おつしやる。だがわたしは見ました……自分の事務員が消滅するのを見ました。ベリッジは消滅しました」
「ベリッジは消滅したのではありません」とブラウン神父。
「アベコベです」
「いつたい『アベコベ』というのはどういう意味ですか?」
「つまり、決して消滅したのではないという意味です。あの男は出現したのです」
 オープンショウはむこう側の坊さんに目をみはつたが、その目つきは、新しく提供された問題に集中するとき変るのと同じに、いつの間にかすつかり変つていた。坊さんは話を進めた――
「あの男は、ボウボウとした赤い顎ひげで変装した上きたないマントのボタンをすつかりかけて、あなたの書斎に出現しました。そしてルーク・プリングル師だと名乗りました。それなのにあなたはご自分の事務員をよく気をつけてみたことがないので、そんなお粗末な即席の変装でさえ見破れなかつたのです」
「だが、きつと……」と教授は言いかけた。
「あなたはあの男の人相を警察へ知らせてやれましたか? だめだつたでしよう? おそらくあなたが知つていたのは、あの男がきれいに顔を剃つて色のついた眼鏡をかけていることだけでしよう。だからあの眼鏡をはずしただけで、何かほかの物を身につける以上の立派な変装でした。あなたは、あの男の心の底と同じに、目を見たこともなかつたのです……陽気に笑つている目です。あの男は例のバカバカしい本やすべての小道具類を仕掛けておいたのです。それから静かにガラスを割つて、顎ひげとマントを身につけると、あなたの書斎にはいつて行きました……あなたがいままでに一度もあの男の顔をよく見たことがないのを承知していたのです」
「だが、どうしてあいつはわたしにそんな芸当をしてみせたんですか?」とオープンショウは詰問した。
「なぜつて、そりやあなたがいままで一度もあの男の顔をごらんになつたことがないからですわい」とブラウン神父は言つた。そして、もし身振りをする気があつたら、テーブルを叩きつけでもしそうに、片手がかすかにゆがんだ。「あなたはあの男を計算機だと言われたが、それはいままでそれだけにしか使わなかつたからです。あなたは気がつかなかつたでしようが、初めてあの事務所へ来てブラブラしていたお客でも、五分間おしやべりしているうちに、気のつくことがあるのです……つまりあの男はしつかりした人物で、なかなかおどけた所があるし、あなたの人物やあなたの理論やあなたの人を『見分ける』という評判の才能についてなかなかいろんな意見を持つていました。あの男は、あなたには自分の事務員が見分けられないのを証明したくてウズウズしていたのがおわかりになりませんか? あの男には何でもナンセンスにしてしまう傾向があります。たとえば無用の物の蒐集です。あなたはおよそ無用の二つの物――お医者の古い真鍮の名札と一本の木製の義足――を買いこんだ婦人の話をご存じありませんか? それを使つて、あの器用な事務員さんは特長のあるハンキー博士の性格を作り上げたのです……架空の人物ウエールズ大尉と同様に苦もなく作り上げました。それを自分の家に仕掛けてから――」
「ではわれわれがハムステッドの先きで訪ねた所はベリッジの自宅だつたというわけですか?」
「あなたはあの人の家をご存じでしたか――いや、番地さえどうでしようかな?」と坊さんはやり返した。「いやいや、わしがあなたのお仕事やあなたを軽蔑して言つているのだとは思わんでください。あなたは真理に奉仕する偉大な人ですから、わしがそれを軽蔑するはずはありませんのじや。あなたは心に留めて見たときは、山ほど嘘つきを見抜いたことがおありです。したが嘘つきだけ見ていてはいけません。どうぞ、ホンのたまにでも、正直者を見てください――あのボーイのような男を」
「ベリッジはいまどこにいるんですか?」教授は、長いあいだ黙りこんでいてから、尋ねた。
「そりやもうたしかにあなたの事務所に帰つてますわい。実は、ルーク・プリングル師があの恐ろしい本を読んで空中に消えてなくなつたその瞬間に、あの男は事務所に帰つていたわけです」
 また長い沈黙が続いたが、やがてオープンショウ教授は笑い声を挙げた……偉大過ぎて小さく見えるほど偉大な人の笑いであつた。それからだしぬけに言つた――
「どうもこりや当然の報いでしような……わしは一番手近の助手に気がつかなかつたのですからな。しかし、あんなふうに事件が積みかさなつてくると、なかなか恐ろしいものだということは認めていただかねばなりますまい。あなたはあの恐るべき本にホンの瞬間でも畏怖を感じた覚えが絶対になかつたのですか?」
「ああ、それじや」とブラウン神父は言つた。「わしは事務所に置いてあるのを見たとき、すぐ開けてみました。全部真白でした。ホレ、わしは迷信家ではありませんからな」





底本:「〔ブラウン神父の醜聞〕」HAYAKAWA POCKET MYSTERY BOOKS、早川書房
   1957(昭和32)年3月15日発行
※底本は新字新仮名づかいです。なお平仮名の拗音、促音が並につくられているのは、底本通りです。
※表題は底本では、「※(ローマ数字3、1-13-23) 古書の呪い」となっています。
入力:時雨
校正:sogo
2021年5月27日作成
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