父の死

久米正雄




     一

 私の父は私が八歳の春に死んだ。しかも自殺して死んだ。

     二

 その年の春は、いつもの信州に似げない暖かい早春であつた。私共の住んでゐた上田うへだの町裾を洗つてゐる千曲川ちくまがはの河原には、小石の間から河原蓬かはらよもぎがする/\と芽を出し初めて、町の空をおだやかな曲線でくぎつてゐる太郎山たらうやまは、もう紫に煙りかけてゐた。晴れた日が幾日いくにちも続いてかわいた春であつた。雪解時ゆきげどきにもかゝはらず清水は減つて、上田橋うへだばしたもとにある水量測定器の白く塗られた杭には、からびた冬のあくたがへばりついてゐた。ともすると浅間あさまの煙りが曲つてなびき、光つた風が地平を払つて、此小さい街々にあるかない春の塵をあげた。再び云ふがそれは乾いた春であつた。
 その一日あるひ、私はいつもと違つて早く遊びを切り上げてうちへ帰つた。私にはどこへ行つても友達の二三はあつた。そして其友達たちの多くはまつて年上の子であつた。それは一つには私がひどくませてゐて、まだ学校へ入らぬ前から読本とくほんなぞも自由に読め、つ同年位の子の無智を軽蔑したがる癖があつたのと、一つには父が土地の小学の校長をしてゐた為めに、到る所で私は『校長の子』といふハンディキャップの下に、特別に仲間入りをさせて呉れる尊敬を彼等の間にち得たからであつた。その校長の子は今日その遊び仲間を振り切つて帰つて来た。何となしに起るはかない気鬱きうつと、下腹に感ずる鈍い疼痛とうつうとがやむを得ずその決心に到らしめたのである。
「腹を下すと又叱られる。」
 と私は帰りながら小さい心のうちで思つた。そして、「家へ帰つて少しの間静かにしてゐればなほるだらう。さうすれば誰にも知られず、又叱られもしまい。さうだ。黙つてゐよう。黙つてゐる間に癒つてしまへば又厭な薬を飲まなくても済む。かうして早く帰れば腹の痛み位ゐ直ぐ癒るに定まつてゐる。戸外そとで底冷えのする夕方まで遊んでゐるのが、いつも病気の原因になるのだ。……」
 こんな考へを永い間胸の中で上下しながら来るうちに、いつの間にか家の前まで来てゐた。ふと気がついて顔を上げると、反対の方向から恰度ちやうど父が帰つて来て、門を這入はいる所であつた。父は振り返つて其小さい次男の白いどこか打沈うちしづんだ顔色と、其何かを軽く恐れてゐる二つの眼を見た。息子も亦、広い薄あばたのある、男親の暖かさと教育家の厳かさが、妙な混合をなしてゐる父の顔をぢつと見て立つた。二人の間には漠然とした愛と、漠然とした怖れが静かに横はつてゐるのだと、息子には感ぜられた。
「辰夫、おまへおなかが痛くはないかい。」
 と父は私に訊いた。私は呆然たる驚きの中に再び父の顔を見た。そして其慈愛を抑へた眼の中に、何かしら不思議な能力のあるのを見てとつたやうな気がした。何かの童話の主人公のやうに、父は私のしに秘してゐる事も瞬く間に見抜いて了ふのだ。それでこれはかくしてもとても駄目だと咄嗟の間に思ひ決めて、そつと答へた。
「えゝ少し……。」
「さうか。おまへも矢張り痛むかい。実は俺も痛いのだよ。それで帰つて来たのだ。」と父は云つた。
「昨日おまへと篠原しのはらへ行つたらう。あの鰻がきつといけなかつたのだ。」
 かう云ひ乍ら父は、叱責を予期してゐた私の手を引いて家の中へは入つて行つた。私は腹痛の原因に就いては何も考へてゐなかつた。考へてゐるにしても飽く迄自分一人の責任として思ひ悩んでゐたのみである。しかし今はそれが父の言葉ですつかり解つた。そしてそれが単に自分一人の問題ぢやなくて、すべての自分の信頼の的である父が、同じ悩みをわかつてゐるのだと思ふと、急に安心したやうな横着な気がきざして来た。それで出来るだけ自分の腹痛を誇張するのが今の場合一番得策なのだと、小さい心のうちで一生懸命に思ひついた。そして出て来た母を見ると一種の努力をして、急にその手にすがりつき、泣き声で腹痛を訴へ始めた。
「まあ此子はどうしたと云ふのだえ。」と母は云つた。母はこの無邪気の涙の陰に、幼ない乍らも精一杯の政策が潜んでゐるのを気附きもしなかつたのである。
「辰夫と俺とは昨夕ゆうべの篠原の鰻に中毒あたつたらしい。薬を飲まして寝かしてやれ。俺も寝る。」と父が答へた。
「まあ、鰻に中毒あたつたのですつて、あなたが独りでなんぞおいでなさる罰ですよ。辰夫。もうおまへもお父さんと二人きりで行くのはおよしよ。」
 かう暖かい叱責を父子おやこに加へ乍ら、母は私を連れて行つて奥の間に寝かした。太陽がまだ明るく障子をかすめてゐた。戸外そとには明るくて騒がしいおそい午後がつた。それは子供の嬉戯きぎに耽る最も深い時間であつた。
 私は座敷の中に一人残された。私は幾度か寝床に埋めた首をもたげて、戸外に照つてゐる日を思ひ、それと暗く陰つた座敷の奥とを見比べた。母が雨戸を二三枚引いたので、そこには昼乍らうすら寒い幽暗いうあんがあつた。暗い襖、すゝびた柱、くすんだ壁、それらの境界もはつきりしない処に、何だかぼんやりした大きな者が、眼を瞑つて待つてゐる。……
 私はふと此儘死ぬのではないかと思つた。向うの書斎に寝てゐる父と一緒に、この明るい世界から永久に離れて、その脂色やにいろの人の居る所へ、何かに導かれて行つて了ふのでは無いかと思つた。さう思ふと、暗い所にゐる眼を瞑つた人が益々自分の方へのしかゝつて来るやうに思はれた。私は思ひ切つて眼を見張つて、その暗がりをぢつと見て遣つた。初めはそこに在つた者は黒い所に薄白く見えたやうな気がした。がよく見ると黒い所に猶黒く影を作つてゐるやうにも思はれた。そして了ひにはつちだか解らなくなつた。しかし何かゞ居るのだと幼い心が感じた。さうだ。何かゞ息を潜めて、すべての暗い所に俺を見張つてゐるのだ。俺の隙、俺の死を!
 其時ふと細かい戦慄が足の方から込み上げて来た。
「お父さんと一緒なら怖くはない。」
 さう思ひ乍ら私は健気けなげにも、それを理智で抑へようとかゝつた。しかし乍ら其次に起つた小さな推理は、父は大人だから此儘死なないかも知れぬと云ふ事で私を脅した。そして自分一人が取残される。さうすると其先はどうなるであらう。私は祖母なぞのよく云ふ神に祈ると云ふのはかう云ふ時なのだと思つた。そして寝床の中に身を正して、一生懸命に祈つた。どうぞ神様、死ぬならお父さんと一緒に死なして下さい。生きるなら一緒に生かして下さい。いやお父さんは死んでも私は生かして下さい。さうぢやない。私は死んでもお父さんを生かして下さい。……
 かう祈り続けてゐるうちに、私は何だか言葉の理路を失つて了ひ、幾度か文句を間違へたり、転倒したりして、はつと中止した。そして其次の瞬間には自分の祈りの間違つた[#「間違つた」は底本では「間違った」]処を神様が聞き入れて、父ばかりが死んで自分が生残るか、自分だけが死んで父が生き伸びはしないかと思ひ到つた。もし父ばかり死んだら自分はどうなるだらう。あの広い薄あばたのある顔、沈んだ厳かな顔色、時とするとひどく柔和な姿にかへる眼。それらが今自分の周囲から急に消えたらどうなるだらう。自分は毎朝玄関へ出て「行つていらつしやい。」を云ふ必要がなくなる。お昼には紫の風呂敷に包んだ弁当を学校へ届けに行く必要もなくなる。そして小姓町こしやうまち懸山かけやまさんまで碁のお使ひにゆく必要もなくなる。そして、……そして、……そして。それから先はわからない。私は自分の推理がそんなつまらない事にしか及ばぬのを腹立たしく思つた。そんな事の外に、父が死んだらきつと何か悲しい大きなものがあるに違ひない。それが何だろう。自分が校長の子でなくなつて乞食になるのだらうか。そんなことではない。何か漠然とした悲愴な未知の世界があるのだ。……
 私は寝床の上でぢつと目を開いて考へた。併しいくら考へてもそれが解らなかつた。自分の死に対する恐怖はいつの間にか去つてゐた。併しその漠然たる不安が小さな胸を押しつけた。
「いや併し父は死にはしない。そして自分も死にはしないのだ。」
 暗い所にゐる者もいつの間にかゐなくなつてゐた。そして一条の黄色い線がすーつと其跡に走つてゐた。傾きかけた日が、雨戸の立て隙を通して、斜に光りを射込んだのである。
 此少年は今度は其日の線を見凝みつめ乍ら、先から先へ連なる不安と、其不安の究極いやはてにある暗く輝かしいものを、涙を溜めて思ひ続けた。
 いつの間にかうと/\して来た。小さい精神の疲れがくわうとした数分時の微睡びすゐに自分を誘ひ入れた。そこへ、
「家中病人だらけだ!」
 と云ひ乍ら兄が入つて来た。
 目をあけて見るともう巨人も一条の線も壁にはなかつた。只粉つぽい薄暗が一体に室中へやぢうめて、兄の顔が白くぼんやり見えた。兄は此弟とは異つた遊び場所の異つた遊び友達から、遊び疲れて帰つたのである。二人は不思議に一緒には遊ばなかつた。たまに一緒に遊んでも、弟の前で兄の権威を他人に示すのに急で、弟にはわざと辛らく当つた。そして其癖家にゐる時はひどくやさしかつた。
「どうだい辰夫。痛いのかい。」と兄は兄らしい同情を少年らしい瞳に輝かせ乍ら顔を寄せた。「お母さんはおまへ一人でいゝ思ひをした罰だと云つてるよ。」
「まだ少し痛いやうな気がするの。」自分はわざと心細げに云つた。さう云つた方が兄の同情に酬いる道であらうと思つたのである。「それよりかお父さんの方はどうしてゐるの。」自分はさつきの漠然たる恐怖と不安を遠い過去のやうに思ひ出し乍ら聞いた。
「うむ。お父さんはもう二度雪隠に行つたらすつかり癒つて了つたと云つてるよ。」
「ぢやもう起きてるの。」
「いや、まだ寝てゐるよ、寝て御本を読んでゐる。」
 自分はすべてが過ぎ、すべてが平静に帰したと思つた。それで安心して、心にもない姉の事を聞いた。
「では姉さんは。」
「姉さんかい。姉さんは相変らず静かに寝てゐるよ。お前が鰻[#「鰻」は底本では「饅」]に当つたと云つたら、姉さんは私も中毒あたつてもいゝから食べて見たいつて云つたさうだよ。」
 私の思ひはもう父を離れて寂しい静かな姉に移つて行つた。姉の死も遠くはない。姉は長野の高等女学校へ行つてゐたが、肺を悪くして帰つて来て、今自分の寝てゐる室から二間を隔てた、父の書斎の次の間に、静かに白く横はつてゐるのである。併し、その静かな死の予想は、此の小さい心に何の不安も残さなかつた。死は、やはり不意に来て、不意に奪ひ去る処に恐怖がある。私ははつきり白い姉の死顔を見たやうな気がした。併しそこには何ら私を脅かすものがなかつた。
「兄さん、姉さん処へ行つておやりよ。僕はもういゝんだから。」
 兄は其しもぶくれの顔に、何の感情をも浮べる事なくへやを出て行つた。後には只穏かな、紫つぽい暗が残つた。
「もう大丈夫だ。」
 と私は独語した。そして何となく熱と痛みの去つた後に来る恍惚状態の中に、眼を閉ぢた。その世界にはもう不安も恐怖もなかつた。やがては深い眠りが襲うて来た。……

     三

 夜中頃、その眠りから私はけたゝましい警鐘によつて起された。戸外そとには夜の風が出てゐた。絶えず連続した鐘の音がそれに交つて流れて、一時腹立たしい思ひで起きた自分の心を、すぐ不安に変へた。兄はもう起きてゐなかつた。咄嗟の間に火事だと云ふ事だけは解つた。街道の方を人が圧搾されたやうな声を出して行き過ぎた。
 私は急いで帯を絞め直した。そして二階へ上つた。上つてゆくと、そこには欄干にもたれて父と母を除いた家族中の者が皆黙つて火事を眺め入つてゐた。
「辰夫か。今やつと眼がさめたのかい。」と兄が私を見て云つた。「御覧、お父さんの女学校が火事になつたのだよ。」
 私は兄の指す儘にその赤くたゞれた空の下を見た。黒い屋根と樹木との幾輪廓かを隔てたその向うに、伸びたり縮んだりする一団の火があつた。そして其焔から数知れぬ紅の粉が或る所までは真直ぐに噴き上がつてそれから横になびいてゐた。そしてその火の粉の散ずる所、かつかとたゞれた雲の褪せていく処には、永久の空がぢつと息をひそめて拡がつてゐた。
 火の上がる処には何だか貝殻を吹き鳴らすやうな音と、ぱち/\とぜる音があつた。
 どうかすると火がぱつと光りを増して、その度に向うの屋根の上にゐる幾人かの人数にんずを明かに照らし出した。田舎から喞筒ぽんぷを曳いてくる鈴の音と、遠近をちこちに鳴り響く半鐘とが入り乱れて、誰の心にも、悲愴な感じをみなぎらした。併し各人は其音を聞いたとは思はなかつた。そして只音なく燃える眼前の赤いものを手をつかねて見てゐると云ふだけの気がした。
 私には激しい胴ぶるひが起つて来た。併しそれは恐怖ではないらしかつた。その中には異常なものを見る快感が妙な混合をなして入つてゐた。
 しばらくして私はやつと、只見てゐる状態から思考を動かしうる状態に帰つた。するとすぐ頭に浮んだのは女学校の中央にある六角の時計台であつた。それで訊ねた。
「兄さん。もう六角塔は焼けて了つたのかい。」
「どうだか解らないが、燃えたかも知れないよ。」と兄が答へた。
 今、私の心の中にはつきりとその六角塔が浮んだ。そしてそれが燃えて無くなるとはどうしても思へなかつた。あの上田の町を見下してゐる白堊の六角塔。それはこの学校を何よりも美しく見せ、此町のあらゆる家並やなみをべてゐる中心であつた。そして或意味でそこの校長である父の誇りでもあり、そこへ通ふ生徒の憧憬の的でもあつた。自分の幼ない心には、学校のすべてが父の所有物であるやうに確信してゐた。そして今其所有物である校舎、殊にその六角塔が焼け失せるとはどうして思ひ得よう。自分は父を思つた。そして父がまだ腹痛に悩んでゐてこの光景をすらずにゐるのではないかと思つた。
「お父さんはどうしたの。」私はきいた。
「お父さんはさつき急いでお出掛けなすつたよ。」と今度は傍にゐた叔母が何の雑作もなく答へた。
 自分は黙つて再び火に見入つた。そこには何物か崩れて再び火光に凄惨を増した。「よく燃える!」とどこか近処の屋根でいふ声が聞えた。「ほんとによく燃える!」
 いつの間にか母が上つて来て、私の小さい肩に手を置いた。さうして強ひてち着けた声音こわねで、
「さあ、風邪を引くからもうお寝。」と云つた。
 私は黙つて母の顔を見た。焔に薄紅く照らし出された其顔には、有り有りと抑へ切れぬ動揺が映つてゐた。母も、子と同じく、この時暗を衝いて心痛と危惧とに駆られ乍ら、火団くわだんを目がけて走つてゆく父の姿を思ひ浮べてゐるのであつた。

     四

 その明くる朝、私が起きた時父はまだ帰つてゐなかつた。私は心痛で蒼ざめてゐる母の顔を眺めて、無言の中にすべてを読んだ。そして台所で手水てうづを使つてゐる中に、そこにゐた人々の話から、火事の原因が小使の過失らしい噂と、六角塔が瞬く間に焼け落ちて、階上に収めた御真影と大切な書類がすつかり焼けて了つた事を知つた。自分には最初その御真影と云ふ言葉が解らなかつた。それで再び其男の説明によつて解つたけれども、依然として其焼失がそれ程重大なものであるとは考へもつかなかつたのである。(幼なき無智よ!)
 朝飯を済ますと、(下痢はしてゐたが、いつの間にか腹痛は止んでゐた)私はひそかに家を出て火事場を見に行つた。幼ない心で念じて行つたに係はらず、街角を曲つて行手を見ると、そこにはいつも日を受けて輝いてゐる六角塔が無かつた。そしていつも其風景の補ひをする街樹がいじゆがひどく寂しい梢で空をくぎつてゐた。
 火事場に近づくと妙な匂ひが先づ鼻を搏つた。そしてそれと覚しいほとりには、白い処々黄まだらな煙りが濛々とあがつた、その煙りの中を黒い人影が隠見してゐた。
 私は立並んでゐる幾人かの人に交つて、焼け残つた校門の傍に立つた。裾から立昇る煙りの上には、落ち残つた黒い壁と柱の数本が浅ましく立つてゐた。
「どうだい。よく燃えたもんぢやないか。」見物の一人が顧みて他の一人に云つた。
「うむ、何しろ乾いてると来た上、新校舎がペンキ塗りだらう。堪まりやしないよ。」と一人が答へた。
「またゝく間に本校舎の方へ移つたのだね。」
「うむ、あの六角塔だけは残して置きたかつた。」
「でも残り惜しさうに骸骨が残つてるぢやないか。」
 かう云つて二人は再び残骸を見た。併しその顔には明かに興味だけしか動いてゐなかつた。私にはその無関心な態度が心から憎らしかつた。
 他の一群では又こんな事を話し合つてゐた。そしてそこでは私は明かに父の噂を聞き知つた。
「何一つ出さなかつたつてね。」
「さうだとさ。御真影までせなかつたんだとよ。」
「宿直の人はどうしたんだらう。」
「それと気が附いて行かうとした時には、もう火が階段の処まで廻つてゐたんださうだ。」
「何しろ頓間とんまだね。」
「それでも校長先生が駆けつけて、火が廻つてる中へ飛び込んで出さうとしたけれども、皆んなでそれをとめたんだとさ。」
「ふうむ。」
「校長先生はまるで気狂ひのやうになつて、どうしても出すつて聞かなかつたが、たうとう押へられて了つたんだ。何しろ入れば死ぬに定まつてゐるからね。」
「併し御真影を燃やしちや校長の責任になるだらう。」
「さうかも知れないね。」
「一体命に代へても出さなくちやならないんぢや無いのか。」
「それはさうだ。」
 私は聞耳を立てゝ一言も洩らすまいとした。併し会話はそれ以上進まなかつた。要するに彼等もまた無関係の人であつたのである。が、彼等の間にも、御真影の焼失といふことが何かしらの問題になつてゐて、それが父にとつて重大なのだと云ふ事だけは感知された。
 そのうちに群集の中に「校長先生が来た。校長先生だ。」と云ふ声が起つた。
 其時、私は向うの煙りの中から、崩れた壁土を踏み乍ら、一人の役人と連れ立つて此方へやつてくる父の姿を見た。門のほとりにゐた群集は、自づと道を開いて二人の通路を作つた。平素いつも威望ゐぼうと、蒼白な其時の父の顔の厳粛さがひとりでに群集の同情に訴へたのである。二人は歩き進んだ。そして、私ははつきり父の顔を見る事が出来た。広い薄あばたのある顔が或る陰鬱な白味を帯びて、充血した眼が寧ろ黒ずんだ光りをつてゐた。そして口の右方に心持皺を寄せて、連れを顧みて何か云はうとしたが、止めた。
 私は進んで小さな声で「お父さん。」と呼んでみた。何か一言父に向つて云はなくちやならぬやうな悲痛なものを、父はうしろに脊負つてゐたのである。
 父は黙つて四辺あたりを見廻し、やつと其声の主なる私を見つけると寧ろ不審がつた顔附をした。そして何とも答へずに連れの人とそゝくさ去つて了つた。私は父が私だと認めたのかどうかを思ひ惑つた。併し再び呼びかける勇気はなかつた。それで一人父の後ろ姿を眺め乍ら、涙ぐましく指を噛んだ。
 古い群集は散つて、新らしい群集が、更に多くの数を以て其席を満たした。そしてそこでも新らしく御真影の噂と、父の話が聞かれた。或る人々らは此の小さな息子がそこに長い間佇立ちよりつしてゐるのを認めた。併し其眼が涙ぐんでゐるのを見出す程には、此少年に興味を持たなかつた。

     五

 暫らくして家へ帰ると、父も帰つてゐた。併し書斎に入つたきり、見舞ひの人が来ても不快だからと断つて出て来なかつた。私は兄から父が何か大変心痛してゐるのだと云ふ事を聞いた。そして母からは書斎に人の入るのを禁じて、何か一生懸命書き物を調べてゐる由を教へられた。
 息を潜めたやうな不安が家中に漲つた。誰も彼も爪尖つまさきで歩くやうな思ひで座敷を出入した。すべての緊迫した注意が書斎に向けられた。家中はしんとしてゐた。そして書斎から起る音は紙一枚剥くる音でも異常な響をもたらした。只時々、此の白らみ渡つた静寂に僅かな動揺を与へるものは、寝てゐる姉の空虚な咳であつた。
 お昼になると母が襖の前で、(中に入ることを禁じられてゐるので)
「お昼ですが、御飯を召上つてはいかゞです。」と父に呼びかけた。襖を隔てた書斎の中では、何か紙をぴり/\と裂く音がした。そして其次の瞬間には父の錆びた重みのある声が響いた。
「俺はまだ食べたくない。あとにする。」
 母は其声の中に明かに何物かに対する腹立たしさと、何物かに対する信念を読んだ。しかも其声が何となくつて老人のそれに彷彿してゐるのを悲しく感じた。
 母は黙つて襖の前で首を垂れた。
 父は三時になつても四時になつても出て来なかつた。そして書斎ではことりと云ふ音もさせなかつた。夕飯になつても出て来る様子がなかつた。家中の人は眼を見合はすのさへはゞかるやうになつた。お互ひの眼の中にうづいてゐる不安をお互ひに見たくなかつたのである。
 たうとうらへ切れなくなつた母は、母らしい智慧で父の様子を知る一策を案じ出した。母は私を隅の方に呼んで此方策を授けた。それは私が厳重にめられてゐる囲みを破つて、無邪気に書斎に侵入して、父の動静を見て来ると云ふのである。
「お前ならね。お父さんだつてきつと怒りはしないよ。いゝから知らない振りをして入つて行つて御覧。」
 と母は云つた。母に取つての父は、子にとつての父よりも或場合遥かに怖ろしいものであつた。私はかう云ふ母の眼の中にある弱きものゝ哀願をぼんやり心に沁みて聞いてゐた。そして私の心は先づ此の母に対して大任を果しうる嬉しさと、無邪気の仮面の下に隠れて行動する快感とに閃めいた。それで妙な雄々しさを感じ乍らその云ひ附けに従ふ事になつた。
 私は書斎の襖の前に立つて、暫らく躊躇した。自分の今行はうとする謀計ぼうけいに対する罪悪の意識が、ちらと頭に浮んだのである。併しそれはすぐ消えた。それより大きな感情上の勇気と好奇心とがそれを圧倒したのである。私は鳥渡ちよつと身じまひを直して、それから自分が飽く迄無邪気を装ひ得るといふ大なる自信の下に、襖の引手をするりと引いた。
 八畳の書斎の中央に、一かんりの机を前にして父は端然と坐つてゐた。そして其眼はぢつと前方遠くを見凝みつめてゐた。机の上には一冊の和本と、綴ぢた稿本かうほんとが載せてあつた。私はすぐに父が詩を作つてゐるのだなと思つた。そして父の姿に予期してゐた動揺の少しも現はれてゐないのに落胆をさへ感じた。父の体全体には平静があるのみであつた。併し其永遠を見凝めてゐる眼の中に、永遠に訴へてゐる懊悩のあるのを、どうして此の少年が見出し得よう。私は今朝の父と、今の父とに明かな変化を認めて了つた。けれども其変化が一つは動一つは静であるだけで、等しく同じ襖悩の表現であるのを知らなかつたのである。
「お父さん、どうして御飯をたべないの。」
 私は咄嗟の間にさう聞いた。父は静かに顔を私に向けた。広い白い薄あばたのある顔がしばらくぢつと私の方に疑ひ深く向けられてゐた。
「食ひたくなつたら食ひにゆく。」父は云つた。そして叱るよりは、願ふやうな軟かさを含して、「辰夫。おまへも此処へ入つて来ちやいけないぞ。」と云つた。
 私はその平穏な叱責を聞くと、もう二の句を次ぐ勇気はなく、逃げるやうにしてへやを出た。そして母には見えただけの平静を告げた。母はさすがに此息子の力説する程父の平静には安心しないで、却つて幾度か首を傾げた。

     六

 その明くる日父は突然自殺して了つた。
 こんな事も危惧されてゐたのだが、まさかと打消してゐた事が事実となつて家人の目前に現はれて了つた。家人は様子が変だと云ふので、出来るだけの注意もし、家の中の刀剣なぞは知らないやうに片づけて置いた。併し父が詩書類を積み重ねた書架の奥に吉光よしみつの短刀を秘して置いたのを誰一人知る者がなかつたのである。
 初めて父の自殺を見出したのは次の間に寝てゐた姉であつた。姉は或意味で父の動静を看視する役目を持つて、絶えず書斎の物音に注意してゐた。恰度その時は小用こようを足したくなつたので部屋を立つた。ところがふと廁の中で急な胸騒ぎに襲はれた。今自分がかうしてゐる間に父の書斎で何事かゞ起る。……といふぼんやりした考へがひよいと心に浮んで渦を巻いた。それで急いで帰つてみると、襖を隔てた書斎はいつもの通りの静けさを含蔵して、やがて軽い父の衣ずれの音が洩れた。それで姉はすつかり安堵して、軽い咳を二つ程し乍ら床に就いた。
 それから二三分すると姉は低い呻き声を聞いた。そしておやと思ふ間もなく突如として異様な獣のやうな叫び声が起つた。はつと思つた姉はふら/\と立上つて、あひの襖をあけて見ると、そこには黒紋附を著た父がうつ伏せに身をもがいて、今ほとばしつたばかりの血が首の処から斜めに一直線に三尺ほど走つてゐた。
 それで姉は語をなさない叫び声を挙げて、一瞬間呆然と立すくんだ。
 此二つの声を聞いて母が真先きに駆けつけた。――
 その時私は遠く戸外そとに出て遊んでゐた。家の下女が松平神社の前で私を見つける迄には、少しく時間が経つた。下女は、
「坊ちやん[#「坊ちやん」は底本では「坊ちゃん」]、大変です。」と云つて固く私の手を掴んだ。私はそれだけを云つた下女の顔に、異常なものゝあるのを読んだ。そして其異常の何であるかはすぐ解つた。二人はまつしぐらに家に急いだ。
 家へ着いて、書斎に入つて第一に私の眼を打つたものは、何よりも母の姿であつた。私はそれを見てぴつたりと足をとめて了つた。
「母は全身で泣いてゐる!」
 とさう幼い心が思つた。母は血にまみれた父の上半身を自分の膝の上に抱いて、その上に蔽ひ被ぶさるやうに身を曲げ、顔を寄せて父の顔を見入つてゐた。私も近よつて父の顔を見た。併し昨夜見たと同じい広い蒼い顔には、昨日の平静以外に、何かを誰人たれびとかに訴へてゐるあるものが明かに現はれてゐた。それは恰もかう云つてゐる。
「俺のせゐぢやない。俺のせゐぢやない!」
 私は顧みて周囲を見た。母の膝下しつかには所々光るやうな感じのする黒い血が、畳半畳ほど澱んで流れてゐた。そして其血の縁の処に、季節には珍らしい一匹の蠅が、まざ/\と血を嘗めてゐた。(私は、今でもなぜこんな場合にこんな物が目に止まつたかを不審でゐる。)
 私は父を見、又母を見た。そして泣けるなら泣きいと思つた。が眼には涙が干乾ひからびてゐた。私はぢつとしてゐられなくなつた。何かしなくちやならないが何もできなかつた。それで無意識に立上つて次の間へ行かうとした。私の足がしきゐを跨ぐとやつと今まで呆唖ぼかされてゐた意識が戻つて来て、初めて普通の悲しさがこみ上げて来た。それで大声を出して泣き喚いた。叔母がついて来て何か解らぬ事を云つて私をなだめた。併し続いてくる嗚咽はどうしても止まらなかつた。そして終ひには吾からその嗚咽を助長させ、吾れと吾が嗚咽に酔はうとすらした。
 その時書斎の方では急を聞いた人々が集まつて来た。そして父を母の膝から下ろして普通に臥させた。急いで駆けて来た父の碁友達の旧藩士の初老が、入つてくるといきなり父の肌をひろげて左腹部を見た。そこには割合に浅いが二寸ほどの切傷が血を含んで開いて居た。その人は泣かん許りの悦びの声でそれを指し乍ら叫んだ。
「さすがは武士の出だ。ちやんと作法を心得てる!」
 父は申訳ほど左腹部に刀を立て、そしてその返す刀を咽喉のどにあてゝ突つぷし、頸動脈を見事に断ち切つて了つたのであつた。人々は今その申訳ほどのものに嘆賞の声をあげてゐる。母すら涙の中に雄々しい思ひを凝めて幾度か初老の言葉にうなづいた。併し私にはどうしてそれが偉いのか解らなかつた。がえらいのには違ひないのだと自らを信じさせた。
 その夜の宿直の先生も来た。この人は母や私の前へ手をついて涙を流して詫びた。学校の小使は玄関で膝をついて了つて、「申訳がございません。申訳ございません。」と云つて、顔をあげ得なかつた。
 感動が到る処にあつた。
 やがて此報知しらせが上田の町家ちやうかから戸へ伝へられると、その夜の静かに燃える洋燈らんぷの下では、すべての人々がすべての理由を忘れて父の立派な行為を語り合つた。

     七

 葬式の日はうつすらと晴れ渡つた。
 葬列の先には楽隊がついた。私にはそれが非常に嬉しかつた。私は黒い紋附の羽織を著て、其の裏のしう/\鳴るのを聞き入り乍ら、香炉を持つて棺の後ろに従つた。前には四歳上の兄が位牌を捧げて子供らしい威厳で歩いてゐた。吾々のうしろには殆んど全町の知識階級を挙げた長い長い葬列がつづいた。男女の生徒が其半ばを占めた。女の先生、女の生徒の中には眼を赤めてゐる人もあつた。
 沿道では女の人などが自分らを指して何か云ひ合つてゐた。私にはその批評されてゐるといふ意識が何となく愉快であつた。それで自分も出来るだけ威儀をつくろつて歩いた。何と云ふ妙な幸福を父の死がもたらした事であらう! 私はもう偉大なるものゝの影が[#「ものゝの影が」はママ]伝ふる感動の中に、心から酔ひ浸つてゐたのだ。……
 葬列は町を出て田圃道にさしかゝつた。行手には大きな寺の屋根が見えた。そしてそこからは噪音さうおんうちに、寂びを含んだ鐘の音が静かに流れて来た。私は口の中で「ぢやらんぽうん」と真似をして見た。併し実際はさう鳴つてはゐなかつた。
 葬列がすつかり寺庭じていに着くと、かたの如く読経どきやうがあつた。そして私は母と一緒に焼香した。それから長い長い悼詞たうじが幾人もの人によつて読まれた。それらの多くには大概同じ事が書いてあつて、読む人々の態度が少しづゝ異つてゐるだけであつた。そしてどの人もどの人も「嗚呼哀しいかな」と感情をこめて折り返し折り返し読んだ。
 悼詞半ばにして私はふいに小用が足したくなつた。そして、こんな場合にこんな状態になる自分を自ら叱らうとした。けれども此の生理的の力に小さい少年の努力がどうして打克うちかてよう。悼詞ももう耳へは入らなかつた。私は危ふく父の葬式に出てゐる事も忘れて了ひそうになつた。それでたうとうそつと逃げ出してどこかへして来ようと決心した。
 その時やうやくある一人の人が読み終つた。私はそれをしほに何気なく後ろへ退き、皆の注視圏外へ出ると一散に寺の境の木立を目がけて走つた。そこにも誰かゞ見てゐるとは思つたが、思ひ切つて用を足した。
 蘇つたやうな思ひで元の所へ戻りかけ乍ら、自分は初めて寺庭全体を見渡した。そこには黒い黙つてゐる人の群がしんとして重なつてゐた。何となく無言の悲哀が人と人との間にあつた。私はしばらく指を唇にあてゝ、此黙つてゐ乍ら力み出す黒いかたまりに見入つた。何だが涙がそうつと込み上げて来た。
 その時一人の黒い洋服を着た人が私の肩を叩いた。其人は私がふり向く間もなく私の手を、しつかり握つて幾度か打振り打振りかう云つた。
「お父さんのやうにえらくなるんですよ。お父さんのやうに偉くなるんですよ。」
 私はぢつと其人の顔を見てやつた。眼のうちには明るい涙が浮んでゐた。それで私の方でも手をしつかり握り返して点頭うなづいた。
 傾きかゝつた夕日の黄ばんだ光りを浴びて、私とその見知らぬ人とは手を握り合つたまゝ、暫らく黙つてゐた。
 私は此時のかうした感激の下に永久に生きられゝばよかつたと思ふ。





底本:「ふるさと文学館 第二四巻 【長野】」ぎょうせい
   1993(平成5)10月15日初版発行
初出:「新思潮」
   1916(大正5)年2月号
入力:林 幸雄
校正:鈴木厚司
2009年1月22日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。




●表記について