懸賞小説に寄せて
岸田國士
従来の新聞小説を見ると、一定の型があると思ふ、この型は数々の経験者が、意識的に、或は無意識的に、創りあげた型である、この型の跡を踏むことは新聞小説を執筆する上で、読者受けもよし、新聞社の側にも満足のゆく型である、もしくはそれに近い。そこで、今仮りにある作家が新聞社から長篇を依頼されたとする。その際該作家は、必ずやその型をまづ顧ることになる。新聞社の側から指命されて、長篇の執筆を任されるといふことは、作家として光栄である。光栄であるよりも以上にさうした新聞社の嘱望をむなしくせざらんことを欲するのは人情である。とすれば、注文のあると否とに拘はらず、当然新聞社の歓迎するこの安全型に背かざらんとする。結果は、大なり小なり該作家の、真に書きたいものから離反することにならう、と考へるのは、私だけのへき見であらうか?
懸賞小説は、さうした作家としての、当然のではあるが、悲しむべき顧慮を、一切放擲していゝ、書きたいだけを書くもつとも好い機会である。少し大げさな表現に過ぎたかも知れぬが、自分はさう思つてゐる。作家たる者、この覚悟で奮つて応募すべきである。
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