アカデミイの書取

岸田國士




 ナポレオン三世の宮中では、皇后ウージェニイを中心に、当時の錚々たる文学者を交へた特色のある集会が行はれたが、その席で、何時からともなく、「秘書役ごつこ」といふ遊戯がはじまつた。
 ある日のこと、プロスペエル・メリメが出題者になつて、有名な「アカデミイの書取」をやることになり、競技者を募つたところ、出題者が出題者だけに、多くの廷臣たちは、いろいろ口実を設けて、尻ごみをするばかりだつた。
 兎も角、勇敢な連中だけが、鉛筆を取り上げた。勇敢な連中とは、皇帝ナポレオン三世、皇后ウージェニイ、学問自慢の貴族と少数の大官連、それに、文学者側から、アレクサンドル・ヂュマ・フィス、オクタアヴ・フウイエ、その外、メッテルニッヒ公爵とその夫人ポオリイヌ、などであつた。
 メリメは、やがて、問題の文章を読み上げた。
 いよいよ答案を集める段になると、みんな不安げに顔を見合せた。
 集めた答案に誤りの個所をしるすメリメの口辺には、愉快げな微笑が浮んでゐる。
 結果が報告された。
皇帝陛下、お間違ひ、四十五……。
皇后陛下、お間違ひ、六十二……。
メッテルニッヒ公爵夫人、四十二……。
アレクサンドル・ヂュマ氏、二十四……。
オクタアヴ・フウイエ氏、十九……。
メッテルニッヒ公爵閣下、三……。

 二人のアカデミイ会員は、大に面目を潰して、小鼻を撫でまわしてゐる。それを見て、一同は、ドッと笑つた。
 すると、アレクサンドル・ヂュマは、つと起ち上つて、最も年少の外国貴賓メッテルニッヒ公爵の前に進み出で、恭しく、
「公爵、アカデミイで、綴字法の御講義を何時お願ひできませうか」
 と云つた。

 読者諸君、私は偶然、メリメの提出した此の書取の問題を手に入れました。左にそれを掲げます。諸君が仏蘭西語を習はれた先生に、試みに此の問題を出して御覧になつては如何です。

 Pour parler sans ambigu※(ダイエレシス付きI小文字)t※(アキュートアクセント付きE小文字), ce d※(サーカムフレックスアクセント付きI小文字)ner ※(グレーブアクセント付きA小文字) Sainte-Adresse, pr※(グレーブアクセント付きE小文字)s du Havre, malgr※(アキュートアクセント付きE小文字) les effluves, embaum※(アキュートアクセント付きE小文字)s de la mer, malgr※(アキュートアクセント付きE小文字) les vins, de tr※(グレーブアクセント付きE小文字)s bons crus, les cuisseaux de veau et les cuissots de chevreuil prodigu※(アキュートアクセント付きE小文字)s par l'amphitryon, fut un vrai gu※(サーカムフレックスアクセント付きE小文字)pier.
 Quelles que soient, quelq※(アキュートアクセント付きU小文字)exigu※(ダイエレシス付きE小文字)s q※(アキュートアクセント付きU小文字)aient pu para※(サーカムフレックスアクセント付きI小文字)tre, ※(グレーブアクセント付きA小文字) c※(サーカムフレックスアクセント付きO小文字)t※(アキュートアクセント付きE小文字) de la somme due, les arrhes q※(アキュートアクセント付きU小文字)※(アキュートアクセント付きE小文字)taient cens※(アキュートアクセント付きE小文字)s avoir donn※(アキュートアクセント付きE小文字)es la douairi※(グレーブアクセント付きE小文字)re et le marguillier, il ※(アキュートアクセント付きE小文字)tait inf※(サーカムフレックスアクセント付きA小文字)me d'en vouloir pour cela ※(グレーブアクセント付きA小文字) ces fusiliers jumeaux et malb※(サーカムフレックスアクセント付きA小文字)tis et de leur infliger une racl※(アキュートアクセント付きE小文字)e, alors q※(アキュートアクセント付きU小文字)ils ne songeaient q※(アキュートアクセント付きU小文字)※(グレーブアクセント付きA小文字) prendre des rafra※(サーカムフレックスアクセント付きI小文字)chissements avec leur coreligionnaire.
 Quoi qu'il en soit, c'est bien ※(グレーブアクセント付きA小文字) tort que la douairi※(グレーブアクセント付きE小文字)re, par un contre-sens exorbitant, s'est laiss※(アキュートアクセント付きE小文字) entra※(サーカムフレックスアクセント付きI小文字)ner ※(グレーブアクセント付きA小文字) prendre un r※(サーカムフレックスアクセント付きA小文字)teau et q※(アキュートアクセント付きU小文字)elle s'est cru oblig※(アキュートアクセント付きE小文字)e de frapper l'exigeant marguillier sur son omoplate vieillie.
 Deux alv※(アキュートアクセント付きE小文字)oles furent bris※(アキュートアクセント付きE小文字)s, une dysenterie se d※(アキュートアクセント付きE小文字)clara, suivie d'une phtisie.
 “Par Saint Martin, quelle h※(アキュートアクセント付きE小文字)morragie! s'※(アキュートアクセント付きE小文字)cria ce b※(アキュートアクセント付きE小文字)l※(サーカムフレックスアクセント付きI小文字)tre!”A cet ※(アキュートアクセント付きE小文字)v※(アキュートアクセント付きE小文字)nement, saisissant son goupillon, ridicule, exc※(アキュートアクセント付きE小文字)dant de bagage, il la poursuivit dans l'※(アキュートアクセント付きE小文字)glise tout enti※(グレーブアクセント付きE小文字)re.





底本:「岸田國士全集21」岩波書店
   1990(平成2)年7月9日発行
底本の親本:「ふらんす 第五巻第一号」
   1929(昭和4)年1月1日発行
初出:「ふらんす 第五巻第一号」
   1929(昭和4)年1月1日発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2007年5月1日作成
2016年5月12日修正
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