お姫さまは朝から、大変ごきげんがわるうございました。そして、ぷりぷり、おこつてゐらつしやつたので、いつものかはいゝお姫さまではなくて、年をとつた、おばあさんのやうに、こはいお顔をしてゐらつしやいました。そこへ、お姫さまの大好きな、猟師が山から帰つて参りました。そして、
「お姫さま、今日は何にも、えものがございませんでした。」と猟師が申しました。
「えものがなかつたの?」と、お姫さまはおつしやいました。そして、お泣きになりました。そこで、猟師が申しました。
「それがです。
仕方がないので、谷へおりて行つて水をのまうと致しますと、目の前に、わに程もあるお魚が泳いでゐるのでございます。私はすつかりおなかがへつて、ぺこぺこでした。急いでそれをつかんで、口の中へ、はふりこみました。まあ、何て、かたい肉でせう。私の前歯が四本ともぼこぼことをれてしまひました。お姫さま、それは、五寸位の、鉄のおもちやのお魚でした。私は、なさけなくなつて、ぐつたりと大きい木にからだをもたせかけましたら、どしんと、私はひつくりかへりました。何にも、木なんぞありませんでした。よくよく足もとを見ると、おもちやの松の木がころがつてゐました。」
この猟師は[#「 この猟師は」は底本では「この猟師は」]、かう言ひながら、泣きさうになりました。大変年寄りでしたから無理もありません。
「まあ、お前は馬鹿ねえ。なぜ、そのおもちやを、私にもつてかへつてくれなかつたの。」とお姫さまがおつしやいました。
猟師は、さも困つたやうに胸をどきどきさせて涙をこぼしました。
「お姫さま。私はさう思ひました。そして、それをひろひあげて、この網のなかへ入れようと致しますと、みんな、網のなかへははひらず、外へこぼれてしまひました。お姫さま、それは、たしかに夢だつたんでございます。」
お姫さまは大きい声でお笑ひになりました。美くしいお姫さまが、ごきげんを直したので、猟師はやつと安心して、胸をなでおろしました。そして、二人で、いつまでも笑ひました。