ある町にジヤガイモ・ホテルといふ宿屋がありました。主人といふのが、ジヤガイモだつたからです。
主人のジヤガイモさんは大変親切な人だつたので、このホテルにはお客様がいつも多すぎて、どうかすると、一晩に、二人や三人のお客様をことわらなければならぬこともありました。
ある夕方、もう、この上一人のお客様も泊めることが出来ない程、満員になりましたので、「満員になりましたから、お気の毒でも、今晩は、どなたもお泊め出来ません。」といふ大きな満員札をジヤガイモさんは、ホテルの入口にかけようとしました。すると、そこへ、立派な玉ねぎの紳士がやつて来て、ジヤガイモさんに言ひました。
「どうか、ジヤガイモさん、私を泊めて下さい。大変つかれてゐますから。」
ジヤガイモさんは、気の毒に思ひましたけれども、空いてゐる部屋がないので、
「お気の毒ですけれども、何分、もう満員になつてしまひましたから。」とことわりました。
けれども、玉ねぎさんは、朝から遠い道を歩きつゞけて、くたくたにつかれてゐるので、この上歩くことが出来ません。
「馬小屋でも、屋根裏でも、どこでもいゝから、どうぞ泊めて下さい。」とたのみました。
そこで、ジヤガイモさんは考へました。犬さんや、お猫さんならいざ知らず、玉ねぎさんを馬小屋になんぞ泊めたら、いやしんぼの馬が、玉ねぎさんを食べてしまふだらう。屋根裏に泊めたら、遠慮なしのくもが巣をかけるだらう。ジヤガイモさんは大変困りましたが、地下室のことを思ひ出して、
「では、地下室でも、よろしければお泊めします。」と申しました。
玉ねぎさんは大変よろこんで、泊めてもらふことにしました。そして、ジヤガイモさんに案内してもらつて、地下室に行きました。
そこは、真くらで、何にも見ることが出来ませんでしたので、玉ねぎさんは手さぐりで、小さいベツドを見付けて、そこへ横になるなり、ぐつすり寝込んでしまひました。
すると、不思議なことに、そのベツドが少しづゝ、コツトン、コツトンと窓の方へ動き初めました。そして、窓ぎはの所まで来ると一緒に、ベツドは、急に、パンとひつくりかへつて、そのはずみに、玉ねぎさんは、窓の外へ投げ出されてしまひました。
あ、あ、皆さん、窓の外には、何があつたかごぞんじですか。窓の外には、大きな川が流れてゐたのです。玉ねぎさんは、あつ、と言ふ間もなく、川のなかへ、ざぶんとおつこちて、見てゐるうちに、水のなかへ沈んで見えなくなつてしまひました。
かはいさうに、玉ねぎさんは、野菜の皮を外にすてるために、こしらへてあつた、電気仕かけの箱をベツドとまちがへて、そのなかにはいつて寝てゐたのです。
しかし――そのうちに、夜が明けました。
× ×
朝になつたので、ジヤガイモ・ホテルの主人のジヤガイモさんは、地下室へ、パンと紅茶を銀のおぼんにのつけて、来て見ますと、昨日の晩に、とまつた
ジヤガイモさんは、大変に心配して、早速新聞社へ行つて、次のやうな広告を出してもらひました。
「キノフノバン、私ノウチノ地下室ニトマツタ玉ネギサンガ、行方不明ニナリマシタ。オ心アタリノ方ハ私ノトコロマデオ知ラセ下サイ。知ラセテ下サツタ方ニハ、オ礼ヲ一円サシアゲマス。ジヤガイモ・ホテル。」
すると、その日の夕方、ひよつくり、昨日ゐなくなつた玉ねぎさんが帰つて来ました。
ジヤガイモさんは、
「まあ、よく帰つて下さいました。どんなに心配したか知れません。」と言ひましたので、玉ねぎさんは、どんなに、ベツドから川のなかへ落ちたか、そして、どんなに、あわてておよいで岸に
「それは、まことにお気の毒なことを致しました。その代り、今晩は、とても、すばらしいお部屋があいてゐますから、泊つて下さい。」と申しました。
玉ねぎさんは笑ひながら言ひました。
「あ、あ、僕がもう一日おそく、こゝへ来たら、昨日のやうな、ひどい目には会はなかつたよ。」と申しました。
けれども、不思議なことに、玉ねぎさんは、ひどく、このジヤガイモ・ホテルが気に入つてしまつて、一生涯、この、ジヤガイモ・ホテルの番頭さんになつて、ジヤガイモさんと一しよに住むことになりました。
それですから皆さん、あなた方のめしあがる洋食で、ジヤガイモのついてゐるお皿には、きつと、玉ねぎがついてゐるでせう。それは、こんなわけです。
その
「ジヤガイモ・玉ネギ・ホテル」と。