ひつじさんと あひるさん

村山籌子




 あひるさんのうちの きんじよに、ひつじのやうふくやさんがありました。あひるさんは、がくかうからかへると、まいにち、ひつじさんのおみせへいって、ひつじさんが、ミシンでやうふくをぬふのを、みてゐました。
 ひつじさんは、あひるさんが、まいにちきてうるさいので、おしまひには、あひるさんが、はなしかけても、へんじをしなくなりました。
「をぢさん、このきれ、なんていふの。」ときいても、
「をぢさん、ぬひめがまがってるよ。」といっても、ひつじさんは、だまってミシンをかけてゐました。
 あひるさんは、はらがたってたまりません。みちばたから、こいしをひろってきて、ミシンの上にそっとおきました。
 ひつじさんは、あひるさんの方もみないで、そのこいしを、ぽんと、そとへすてました。
 あひるさんはすぐ、木のはを、ひろってきて、ぬってゐるやうふくのうへへ、ばらまきました。ひつじさんはだまって、やうふくブラッシで、はらひおとしました。
 あひるさんは、こんどは、木のきれをもってきて、ひつじさんのおひげや、せなかや、あしをつつきはじめました。
 すると、みるみるうちに、ひつじさんのかほのいろがかはって、
「いたづらあひるめ、もうゆるさないぞ。」
といふと、ぬひかけのやうふくをはふりだして、あひるさんをおっかけてきました。
 あひるさんは、どんにげました。そしてやっと、おうちへ、かけこみました。
「おかあさん、ぼく、いま、へんなひつじさんにおっかけられたの。そこで、つかまりさうになったの。」とあひるさんは、いきをきらしていひました。
「さうかい、よくきをつけないと、わるいやつがゐるから。」とおかあさんは、あたまをなでてくださいましたが、あひるさんのむねは、いつまでもどき/\してゐて、
「これおやつだからおあがり。」と、くださったおくわしも、のどにとほりませんでした。
 やうふくやのひつじさんは、やっぱり、まいにち、ミシンをかけてゐましたが、もう、あひるさんはこなくなりました。しかし「やれ、やれ、せい/\した。」とおもったのは二三にちのあひだで、なんだかやっぱり、あひるさんがこないと、さびしくなってきました。
 あひるさんは、がくかうのゆきかへりに、ひつじさんのおうちのまへをとほりますが、ちひさくなって、わきをむいて、こそ/\とほりますので、よびとめることもできません。
「あひるさんや、あひるさんや。」と、おほきなこゑでよびますと、あひるさんは、カバンをかかへて、どん/\にげていってしまひました。
 ひつじさんは、がっかりしましたが、そのうちにとてもきれいなやうふくを一まいぬって、あひるさんのうちへとどけて、またあそびにくるやうに、おかあさんにたのみました。そして、
「そんなに、ミシンがすきなら、おでしにして、あげよう。」といひました。
 それから、あひるさんは、ひつじさんのおでしになって、じやうずなやうふくやさんになりました。





底本:「日本児童文学大系 第二六巻」ほるぷ出版
   1978(昭和53)年11月30日初刷発行
底本の親本:「幼年倶楽部」講談社
   1930(昭和5)年9月
初出:「幼年倶楽部」講談社
   1930(昭和5)年9月
入力:菅野朋子
校正:noriko saito
2011年5月3日作成
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