お鼻をかじられたお猫さん

村山籌子




 あるところに、おねこさんがありました。だれもつきあつてくれません。このお猫さんは、大へんきむづかしやで、年中おこつてばかりゐるからです。
 或日あるひ椅子いすに腰かけて新聞をよんでゐましたが、眠くなつて寝こんでしまひました。
 そこへ、この間生れたばかりで、もうチヨコ/\走りまはつてゐるネズミさんがやつてきました。お猫さんがきむづかしやだなんてことは、まだ知りません。お猫さんの椅子いすにはひあがつて、お猫さんのお鼻を一かじりかじりました。そこには、あまいおいしいゼリーのかけらがくつついてゐたからです。
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 その時、お猫さんは、いやといふ程、お鼻をかじられた夢を見ました。よく見ると、近所の動物園のおりの中にゐるとらさんが、つめをとんがらかして、お鼻の先にくひついてゐました。お猫さんは、びつくりして目がさめました。お猫さんは腰をぬかして「わあ、虎にかまれた。虎だ、虎だ、助けてくれ――」と、大きな声を出しました。
 近所のお猫さんや、うさぎさん、犬さん、あひるさん、羊さん、牛さんたちは、腹が立つてはゐましたが、虎さんにかみころされては、あんまりかあいさうだと思つて、ピストルや、てつぱうをさげて、とんできました。消防自動車は火事かと思つて、ピユーピユー四方から走つてきました。
 ところが、虎さんなどはどこにもをりません。ベツトの下や、敷物までハガシて見ましたが、足跡もありません。みんなとてもおこりました。そしてお猫さんの家中うちぢゆうを泥足でふんづけて帰つて行きました。
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 ところが、お猫さんのうちのお隣りはネズミさんのおうちです。ネズミさんの赤ちやんは、お猫さんのおうちの大さわぎが、自分のせいだといふことは知りません。夕方になつて、ノコ/\おうちへ帰つて来て、お母さんにいひました。
ぼく、さつき、お猫さんのおぢさんの鼻の先をかじつたの。だつて、先ツチヨに、ゼリーがついてたんだもの。あんなゼリー、うちでもこさへてね」
 ネズミさんのお母さんはびつくりいたしました。けれども、おしまひにはおかしくなつて、うちにぢつとしてゐられません。早速近所の家へこのことをおしやべりしてあるきました。
 街中は大さわぎです。みんな、窓から首を出して「アハハハハハ」と、大笑ひいたしました。
 お猫さんは、その時牛乳を飲んでゐましたが、恥かしくなつて、のどにつかえて、飲むことができません。新聞社の写真がかりの犬さんが、窓からソツとこのシカメツ面のお猫さんを写真にとつて、あくる日の新聞にのせました。お猫さんはこの写真を見て、自分ながらそのシカメツ面がおかしくなつたので、大笑ひいたしました。あんまり笑つたので、その時からお猫さんはおこるといふことをわすれてしまつて、とてもニコ/\したいいお猫さんになつて、お仕舞には街のニコ/\クラブの会長さんになりましたさうです。





底本:「日本児童文学大系 第二六巻」ほるぷ出版
   1978(昭和53)年11月30日初刷発行
底本の親本:「子供之友」婦人之友社
   1931(昭和6)年11月
初出:「子供之友」婦人之友社
   1931(昭和6)年11月
入力:菅野朋子
校正:noriko saito
2011年10月7日作成
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