きりぎりす の かひもの

村山籌子




 ある八百屋さんの店に きうりが山のやうに 積んでありました。その山のてつぺんで 一本の 大きなきうりが ぐうぐう眠つてゐました。初めは 一番下にゐたのですけれども、どんどん仲間を押しのけて、いつの間にかてつぺんによママ上り、いゝ場所をとつて お昼寝してゐたのです。かういふきうりを、横着きうりと言ひます。
 そこへ 一匹のきりぎりすが きうりを買ひに来ました。

 きりぎりすが、きうりを 大好きな事を 知つてゐる八百屋さんは
「一本四銭よりやすいきうりは 一本もありません。」と倍位も高く 言ひました。
 きりぎりすは 困つてしまひました。何故なぜといつて、きりぎりすは 壱銭銅貨を二枚きりしか 持つてゐませんでしたから。そこで きりぎりすは 八百屋さんに
「どうか二銭に 負けて下さいませんか。」と たのみました。八百屋さんは
「いーや、どうしても 四銭より 負けられませんわい。」と プリプリして、ことわりました。
 それから、きりぎりすと、八百屋の主人は口々に
「どうぞ、負けて下さいませんか。」
「いーや、負けられませんわい。」
「どうぞ、どうぞ、負けて下さいませんか。」
「いーや、いーや負けられませんわい。」
と 言ひ争ひました。

 八百屋さんは もともと 大さう気の短い人でしたから、とう/\、かんしやくを起して、いきなり足の先で、
「えいツ この面倒くさいきりぎりすめ!」
と きりぎりすを 力まかせに けつとばしました。けれども、風のやうに 身の軽いきりぎりすは その時
「えいツ」と身をかはしたので、八百屋さんの足は、きうりの山の てつぺんで、気持よささうに さつきから お昼寝してゐたあの横着きうりの 横ツ腹に ドカンとぶつつかりました。

「あ、いたた、いたた、いたた。」びつくりした横着きうりは 目をさまして、大きな声をはり上げました。気の毒な事に、横着きうりは 真中から ポツキンと二つに 折れてしまひました。
 きりぎりすは 二つに折れたきうりの 半分をひろつて、八百屋さんに言ひました。
「一本が四銭なら、半分は二銭でせう。ですから、二銭お払ひして、この半分を頂いて参ります。私は生れつき 少ししか食べられませんから、これだけでも 多すぎる位です。」
 そして、きりぎりすは 八百屋さんに 銅貨を二枚 チンチンとわたして、横着きうりの半分を 買物籠の 中へ入れて、帰つて行きました。
 八百屋さんは、腹が立つて わめきたくなりましたけれども、いくら 指を折つてかぞへて見ても、四銭の半分は 二銭ですから、おこるわけには 行きませんでした。仲々りかうな きりぎりすですね。さう思ひませんか?





底本:「日本児童文学大系 第二六巻」ほるぷ出版
   1978(昭和53)年11月30日初刷発行
底本の親本:「コドモノクニ」東京社
   1937(昭和12)年11月
初出:「コドモノクニ」東京社
   1937(昭和12)年11月
入力:菅野朋子
校正:noriko saito
2011年7月14日作成
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