お鍋 と おやかん と フライパン の けんくわ

村山籌子




 よう子ちやんはお台所が大好きでした。なぜといつて、お料理のにほひはほんとにおいしさうなんですもの。それに、おさじや フオークや お茶碗や お皿などがカチン、カチン、チヤラ、チヤラと可愛いい音をたててゐます。それからもつと、色んな音がします。
 お鍋の中ではクツタ、クツタ、クツタとお湯のにたつ音がしますし、ジヤ、ジヤ、ジヤ、ジヤと水道がいきほひよくながれるし、バツタン、バツタンと戸棚をあける音もきこえます。よう子ちやんは色んな音をきくのも大好きです。
 或る日のことお台所ではお料理づくりにお母さんがいそがしく働いてゐました。そのうちにお母さんはお鍋と、おやかんと、フライパンを火にかけて、お庭へ出てゆきました。
 よう子ちやんはそのすきにソーツとお台所にはいりこみました。
 ガスの火はボウ、ボウ、ボウと妙な声を出して、もえて、その上にお鍋とおやかんがならんでゐます。
「よう子ちやん、もつとこつちへいらつしやいな。おもしろい歌をきかせてあげませう。」どこからかこんな声がしましたので、よう子ちやんはびつくりしてしまひました。
 すると、おやかんが、こんな歌をうたひ初めました。
「ブクツ、ブクツ、ブクツ、ブクツ。」それからその歌は段々大きくなつて、
「プー、プー、シユツ、シユツ、プー、プー、シユツ、シユツ、シユツ」
 それから、もつと、もつと大きく、
「ブク、ブク、シユ、シユ、ブク、シユ、シユ。」あまり大きな声を出して歌つたので、おやかんの上に乗つかつてゐた ふた までが、
「パクン、パクン、パクン、パクン」ととんだり、はねたりの大さわぎです。
「おやかんが、私に歌をきかせてゐるんだわ。だけどお湯がにたちすぎやしないかしらん、私、心配だわ、どうしませう。」よう子ちやんは心配になりました。
「グツ、グツ、グツ、グツ、グツ、グツ、グツ」今度はお鍋もおやかんの歌に合せて歌ひ初めました。
「グツタ、グツ、グツタ、グツ、グツタ、グツタ、グツタ。」段々大きな声を出しました。
「お鍋が私に歌をきかしてくれてゐるのね。だけどあんな声を出して、にたちすぎると困るわ。」
「ピチ、ピチ、ピチ、ピチ、ピチ、ピチ、ピチ。」出ない声をはり上げて、フライパンまでが歌ひ出しました。
「チリ、ピチ、チリ、ピチ、チリ、ピチ、チリ。私だつて歌はうと思ひや、歌へるのよ。チリ、チリ、ピチ、ピチ、チリ、ピチ、チリ。私の声はとてもいい声でせう?」
「ブク、ブク、グツ、グツ、ブク、グツ、ブク。私たちはこんなに大きな声が出せるのよ。大きな声をね。」とお鍋とおやかんは又、負けずにがなり立てました。
 ブク、ブク、シユツ、シユツ
 パク、パク、パク
 グツ、グツ、グタ、グタ
 チリ、ピチ、チリ
 お鍋とおやかんとフライパンはめいめい夢中になつて歌つてゐるうちに、さあ、大変、みんなガバンガバンと煮えくりかへつてしまひました。
 プク、パク、グツ、ピチ、プク、パク、グツ。ピチ、プク、パク、グツ、ピチ、プク、パク。
 その音をききつけて、お母さんは大あわてにあわてて、台所へかけこんで、お鍋とおやかんとフライパンを火から引きずり下しました。お鍋とおやかんとフライパンのけんかはこれでおしまひになりました。お母さんはおつしやいました。
「よう子ちやん、こんどから、お鍋や、おやかんやフライパンがブツブツ言ひ出したらお母さんにすぐ知らさなくちやいけませんよ。」
「私が悪いんぢやないのよ。お鍋とおやかんにけんかをしかけたフライパンが悪いのよ。さうでせう! お母さん?」お母さんは何にも御存じないのでおかしさうにお笑ひになりました。





底本:「日本児童文学大系 第二六巻」ほるぷ出版
   1978(昭和53)年11月30日初刷発行
底本の親本:「コドモノクニ」東京社
   1939(昭和14)年1月
初出:「コドモノクニ」東京社
   1939(昭和14)年1月
入力:菅野朋子
校正:noriko saito
2011年7月14日作成
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