栗ひろひ週間

槇本楠郎




「おい/\、みんな、よう聞け。今日はもう三時まへだから、通草あけびをとつたり、野葡萄のぶだうをとつて食つてちや、あかんぞ。今日は、一番おしまひの日だからな。一人が四合以上ひろふんだから、ひろつたくりは、一つだつて食つちや、あかんぞ。」
 鎮守の裏山の雑木林にさしかゝると、もうあちこちに、栗の木が見えだしました。六人づれの先頭になつてゐた高一かういちは、坂道をわざと後向うしろむきに登りながら、ガヤ/\さわぐみんなに、かうひました。この六人の男の子たちは、「栗ひろひ週間」のためにつくられた、五年生の第四組の者で、高一はその組長だつたのです。
「だつて高ちやん、おれはこの前、だれよりも一番よけいにひろつたんだぞ。ちつとぐらゐ遊んだつて、がまんしてくれよウ。」
 さつきから野葡萄ばかりさがしてゐた金太きんたがさう云ふと、銀色の穂薄ほすすきで頭をたゝき合つてゐた勇治ゆうぢ庄吉しやうきちとが、すぐ口をそろへて云ひました。
「そんならぼくだつて、一番はじめの日は一升一合もひろつたんだから、がまんしてくれろ。いゝかア、高ちやん、組長?」
「よし、勇治、許してやる。ぼくだつてな、あのときは一升ぢかくひろつたぞ。それから二度ひろつたんだから、もう二升以上もぼくだけでひろつたい。よくひろつたなア、庄吉。よし、庄吉も許してやる。少しぐらゐ遊べエ。」
「ああ、ありがたい/\! ぼくにもお許しが出たアい!」
 さう云つて庄吉は、ドカ/\と坂道をかけ登つて、まだ後向うしろむきで歩いてゐる高一のまん前に行つて、クルリと向き直ると、ペロッと赤い舌を出して、後向きのまゝ歩きだしました。すると勇治も金太も多喜二も、一番小さい松雄も、みんなそのとほりの真似まねをしました。と思ふ間に、庄吉がすべつてころんだので、せつかく後向きになつて舌を出したばかりの四人も、バタ/\と尻餅しりもちをついて、将棋だほしにころげてしまひました。
「ほれ見ろ、罰があたらア。ハハア!」
 高一が上から見下して笑つたので、みんなムクムクと起き上りました。そして色のさめた服や着物の尻をさすりながら、とり落した栗むきのヘラ棒や、下へころんで行つた竹籠たけかごを素早くひろひ上げました。
「いてエ/\。だが、面白かつたなア。」
「うん、面白かつたい。」
「尻が痛くて、面白かつたなア!」
 みんなニヤ/\笑ひました。
 道の両側には薄の穂がゆれ、あちこちに女郎花をみなへしはぎの花が咲いてゐます。その間をくぐつて行くと、雑木林をもれる黄金色きんいろの秋のまぶしくキラ/\と、肩先や足下でゆれ動きます。てんでに栗の木をさがして空を仰ぐと、実のある栗のイガは見つからずに、高いところを白い雲が、しづかに舟のやうに流れて行くのが見えました。
「もう、あかんぞ。みんなのひろひかすだから、栗はないや。」
「よく見ろよ、あるぞ、あるぞ。ぼく、もう三つひろつたい。」
「ほんとかア? 早いなア。一つくれ。」
 すると高一が、林の向ふの方から呼びました。
「おうい、あるぞ/\。みんな、こつちへ来てひろへエ。こゝだ、こゝだア。」
 みんな、その方へ走つて行きました。
 そこはささの茂つたところでしたが、あたりに三本も大きな栗の木が枝をひろげてゐるので、足で笹を踏み分けてさがすと、イガに入つたまゝの瑞々みづみづしい栗や、まだ朝露にぬれてゐるやうなつやのいゝ栗が、そこら中にころがつてゐました。
 みんな尻を立てゝ、かけまはつてひろひました。誰かが、つづけさまにをたれると、みんながはやしたり、笑つたり、歌をうたひました。けれど誰も手を休めず、ドン/\、栗をひろひました。
 そこをひろひをはると、みんなは、もつと山奥へ入つて行きました。こんなところまでは、めつたに子供だけではひろひに来ないので、ずゐぶん栗がおちてゐました。
 みんなの籠は、すぐ重くなりました。
「おい高ちやん、もう、やめようよ。」
「そや/\。もうやめて、遊ばうよ。」
 みんな少し疲れて、退屈して来たのです。
「それより、ぼく、栗を食べたいな。腹ペコなんだよ。感心にも、今日はまだ一つも食べないんだぞ。」
「よし、食へ。よう高ちやん、みんな三つづつ食ふことにしようよ。今日は、ずゐぶん奮闘努力したんだから。なア、おい、食ふ権利があらア。」
「さうだア、権利があらア。」
「五つ食ふ権利がある!」
「さんせい! 五つの方に賛成!」
 みんな勝手にしやべつて、勝手にきめてしまふので、高一は可笑をかしくもあり、面白くもあり、だまつてニヤ/\笑つて見てゐました。
 みんなはになつてすわつて、自分の籠の中から、なるべく大きいのをり出して、その皮を前歯でむくと、中のしぶ拇指おやゆびつめや、前歯でとつて、とてもいゝ音をさせて、カリ/\と食べだしました。
「ほんとに五つだけだぞ。ごまかしては、あかんぞ。いゝかア?」
 さう云つて高一も、なるべく大きな栗を五つだけり出して、みんなのそばへ坐ると、その皮をむき、渋をとつて、カリ/\と食べはじめました。
 この村では、こんどの戦争で、ずゐぶん大勢の兄さんやお父さんたちが、遠いところへ戦争に出て行きました。そして、いつ帰つて来られるかわからないのです。だから学校へ上つてゐる子供たちの中には、鉛筆や紙や帳面や、クレヨンなど買つてもらへない者が、だん/\多くなつて来るのでした。そこで学校の先生は、いろ/\と考へられた末に、「イナゴとり週間」と「栗ひろひ週間」とを、学校中の生徒でやることになつたのでした。
「イナゴとり週間」といふのは、この前の前の一週間でした。どの学級クラスでも、となりの家の者同志が五人から十人で一組になつて、その中から組長を一人だけきめます。そしてその組の者は、みんなで相談して、その「週間」の間に四度だけ、学校が退けるとすぐ、みんなでイナゴとりに行くのでした。イナゴといふ虫は、お米のできる稲をあらす悪い虫ですが、それはつて食べるとおいしいので、近くの町へ売れるのでした。かうして一年生から六年生まで、みんないつしよに働いて、とても良いことをして、それで一人が八銭づつもまうけたのでした。
「栗ひろひ週間」は、イナゴとりが大へんうまくいつたので、すぐ同じやり方で、この週からはじめられたのでした。この村には「柴栗しばぐり」と云つて、実の小さな山栗の木があつて、誰でも勝手にひろつていゝのですが、今、村では大人の男の人が少いので、どこの家でも田圃たんぼの仕事が忙しく、栗ひろひなんぞしてゐられないのです。ひろつて売れば一升が十五銭ぐらゐには売れるので、これを今みんなでひろつてゐるわけです。そして今度は、この栗を五年生と六年生とで、近くの町へ売りに行くことになつてゐるのでした。
「おい、もう二つづつ食ふことにしようぢやないか? 五つぐらゐぢや、歯糞はくそになつてしまはア!」
 一番早く食べをはつた金太が、もう大きなのを二つり出して、今にもその皮を前歯でむきさうにして云ふと、すぐ勇治と庄吉とが賛成しました。
「さうだ、さんせい!」
「もう二つ食ふ権利があるぞ。」
 すると高一が、膝小僧ひざこぞうをかゝへたまゝ、ニヤ/\笑ひながら云ひました。
「おい/\、もう、よせよ。だらしがないな。そんなに権利を追加してると、きりがないぜ。」
「ぢや、統制をやるか?」
「だつて、今日は、みんな五合ぐらゐひろふ予定だつたのに、みんな七・八合もひろつてるんだぞ。二つ三つぐらゐ、なんだい。ケチ/\云ふなよ。高ちやん、きみも食へ。ぼくが許してやる。」
 金太がさう云ふと、庄吉もつづけました。
「ぼくも許してやる。なア、おい、みんな、もう二つづつ食ふことにしようよ。」
「仕方のないやつらだな。ぢや、もう二つだけ、食ふ権利があることにしよう。だけど、ほんとに二つだけなんだぞ。あとは、統制だ! おい、みんな、よう、わかつたな?」
 高一がさう云ふと、金太と庄吉とは手をあげて、「はい、わかりましたア!」と、ふざけました。
 みんなは、また二つづつ食べることになりました。
 それを食べをはると、みんなは、もう栗ひろひに飽いて、何か面白い遊びをしたくなりました。けれど、もうお日さまは西の方に傾いて、あまり遊ぶひまがありません。帰つて風呂焚ふろたきをせねばならぬ者もあります。
 そこでみんなは、野葡萄や通草あけびをとりながら、山をくだつて行くことになり、てんでんバラバラに、雑木林のふもとの方へおりて行きました。なかにはドラ声をはり上げて、軍歌をうたふ者もあれば、キヤッ/\とさるのやうな声を出したり、おほかみやライオンのやうな真似まねをしてゐる者もあります。
 高一は一番小さい松男と二人で、やはり栗をひろひながら山をくだりました。すると、今日登つて来るとき、みんながすべつてころんだ坂道の近くへ出たころ、下の方から呼ぶ声が聞えて来ました。
「おうい、高ちやん、早く来てくれエ! 金ちやんの目玉へゴミが入つて、見えてるけど、とれないんだよウ!」
 高一はニヤ/\笑つて、「目玉ぢやなくて、目なんだらう?」とつぶやくと、大きな声で下の方へ答へました。
「おうい、すぐ行くから、あんまりいぢらないで、じつとしておけエ!」
 そして声の方へかけおりて行きました。
「どうしたんだ? どれ/\。」
 高一はそばに行つて、やんちやな金太の右の目をのぞきこみました。指先でひきはたけて見ると、もうどこにもゴミらしいものはありませんが、だらしなく涙が流れ出てゐます。
「おい、ないぞ。もう出たんぢやないか? パチパチして見ろ。痛いか? 痛くないか? なにまだ痛いつて? よし、ぢや、ぼく、マジナヒをしてやらア。」
 それから高一は、口の中で、「奥の山のぢぢばばア、金太の目へゴミが入つた、貝殻杓子かひがらじやくしすくうてくれ!」と唱へて、ひきはたけた赤い目の中を、不意にプウッと強く吹きました。
 金太はびつくりして、ピョイと立離れて、目をパチクリさせました。
「出たか? まだか?」
「う、うん、まだ……コロ/\する。」
「よし、ぢや、こつちへ来い。どの辺がコロ/\するんだ?」
「右の端の……上の方だ……」
「よし。」
 高一はさう云つたかと思ふと、自分の口を服のそでいて、二三度つばを吐きました。それから金太の目をグッとひきはたけると、自分の口をおしあてゝ、舌の先で目の中をなめまはし、くちびるで酸つぱい涙を吸ひとつてやりました。そしてペッ・ペッと唾を吐きながら、金太にたづねました。
「こんどは、どうぢや?」
 金太は目玉をグル/\まはしたり、パチ/\させてみてから、ニヤッと笑つて、うれしさうに答へました。
「こんどは……出たらしいや。」
 それを聞いて、いつの間にかそこに集つて来てゐたみんなも、ホッとしました。
「ぢや、きみは、ぼくについておりて来いよ。足下に気をつけるんだぞ。」
 高一はさう云つて、金太をつれて坂道をくだつて行きました。みんなも、そのあとにつづきました。そして鎮守の下の野良道へ出ると、高一は、すぐ横の畑で里芋を掘つてゐる赤いタスキをかけた、新屋しんやの小母さんを見つけました。そして、かう云ひました。
「をばさん。をばさんは、お乳が出るんでせう? だつたら、金ちやんの目へ、ひとしづく入れてやつとくれよ。目にゴミが入つて、おれがとつてやつたんだけど、まだ、まつ赤になつてるんだよ。」
 すると、まだ若い小母さんはきれいな顔を上げて、少しきまりわるさうに笑つてから、かう答へました。
「あら、それはかはいさうぢやな。いゝとも。どれ、入れてあげよう。」
 さう云ひながら、小母さんは赤い夕焼空のうす明りの中を、あぜづたひに道まで出て来てくれました。
 そして着物の胸をひらいて、大福餅のやうに白いプックリふくらんだ右の乳房を出して、その先の白莓いちごのやうな乳首を二本の指にはさむと、金太の赤い目をひらいて、ポト、ポト、ポトと、白いお乳をしぼりおとしてくれました。
「もう、よいかな? よからうな。」
 小母さんはさう云つて、まばたきをする金太の顔を見ながら、だいじさうに乳房をかくしました。
「よし、もうこれで大丈夫だぞ。金ちやん、お礼を云ひな。」
 高一にさう云はれて、金太はだまつて頭をさげました。
 見てゐたみんなは、ニヤ/\笑ひました。
「あんたら、栗ひろひに行つたの? どれ/\。ほう、たんとひろつたなア。」
 小母さんは、みんなの籠の中をのぞいて見て、さう云つて畑へおりて行きました。
「だけどなア、をばさん。この栗は食べられんのぢや。学校へ持つて行つて、みんな売つてお金にするんぢや。」
「あゝ、さうか。『週間』の栗ぢやな。それア、いいこツちや、いいこツちや。」
「ぢや、さやうなら。をばさん、ありがたう。」
「をばさん、ありがたう。」
「さやうなら!」
 みんながさう云つて歩きだすと、小母さんはうす暗い畑の中にしやがんで、もうセッセと仕事をしながら、見向きもしないで、だがやさしい声で、かう答へました。
「みんな、あそばずにお帰りよ。どこの家も忙しいんだからな。」
―昭和一二年九月十四日作―





底本:「日本児童文学大系 三〇巻」ほるぷ出版
   1978(昭和53)年11月30日初刷発行
底本の親本:「猫と誕生日」冨山房百科文庫、冨山房
   1939(昭和14)年12月
初出:「お話の木」子供研究社
   1937(昭和12)年11月
※表題は底本では、「くりひろひ週間」となっています。
※底本は新字旧仮名づかいです。なお促音の小書きの混在は、底本通りです。
入力:菅野朋子
校正:雪森
2014年6月22日作成
青空文庫作成ファイル:
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