「おい/\、みんな、よう聞け。今日はもう三時まへだから、
鎮守の裏山の雑木林にさしかゝると、もうあちこちに、栗の木が見えだしました。六人づれの先頭になつてゐた
「だつて高ちやん、おれはこの前、
さつきから野葡萄ばかりさがしてゐた
「そんならぼくだつて、一番はじめの日は一升一合もひろつたんだから、がまんしてくれろ。いゝかア、高ちやん、組長?」
「よし、勇治、許してやる。ぼくだつてな、あのときは一升ぢかくひろつたぞ。それから二度ひろつたんだから、もう二升以上もぼくだけでひろつたい。よくひろつたなア、庄吉。よし、庄吉も許してやる。少しぐらゐ遊べエ。」
「ああ、ありがたい/\! ぼくにもお許しが出たアい!」
さう云つて庄吉は、ドカ/\と坂道をかけ登つて、まだ
「ほれ見ろ、罰があたらア。ハハア!」
高一が上から見下して笑つたので、みんなムクムクと起き上りました。そして色のさめた服や着物の尻をさすりながら、とり落した栗むきのヘラ棒や、下へころんで行つた
「いてエ/\。だが、面白かつたなア。」
「うん、面白かつたい。」
「尻が痛くて、面白かつたなア!」
みんなニヤ/\笑ひました。
道の両側には薄の穂がゆれ、あちこちに
「もう、あかんぞ。みんなのひろひかすだから、栗はないや。」
「よく見ろよ、あるぞ、あるぞ。ぼく、もう三つひろつたい。」
「ほんとかア? 早いなア。一つくれ。」
すると高一が、林の向ふの方から呼びました。
「おうい、あるぞ/\。みんな、こつちへ来てひろへエ。こゝだ、こゝだア。」
みんな、その方へ走つて行きました。
そこは
みんな尻を立てゝ、かけまはつてひろひました。誰かが、つづけさまに
そこをひろひをはると、みんなは、もつと山奥へ入つて行きました。こんなところまでは、めつたに子供だけではひろひに来ないので、ずゐぶん栗がおちてゐました。
みんなの籠は、すぐ重くなりました。
「おい高ちやん、もう、やめようよ。」
「そや/\。もうやめて、遊ばうよ。」
みんな少し疲れて、退屈して来たのです。
「それより、ぼく、栗を食べたいな。腹ペコなんだよ。感心にも、今日はまだ一つも食べないんだぞ。」
「よし、食へ。よう高ちやん、みんな三つづつ食ふことにしようよ。今日は、ずゐぶん奮闘努力したんだから。なア、おい、食ふ権利があらア。」
「さうだア、権利があらア。」
「五つ食ふ権利がある!」
「さんせい! 五つの方に賛成!」
みんな勝手にしやべつて、勝手にきめてしまふので、高一は
みんなは
「ほんとに五つだけだぞ。ごまかしては、あかんぞ。いゝかア?」
さう云つて高一も、なるべく大きな栗を五つだけ
この村では、こんどの戦争で、ずゐぶん大勢の兄さんやお父さんたちが、遠いところへ戦争に出て行きました。そして、いつ帰つて来られるかわからないのです。だから学校へ上つてゐる子供たちの中には、鉛筆や紙や帳面や、クレヨンなど買つてもらへない者が、だん/\多くなつて来るのでした。そこで学校の先生は、いろ/\と考へられた末に、「イナゴとり週間」と「栗ひろひ週間」とを、学校中の生徒でやることになつたのでした。
「イナゴとり週間」といふのは、この前の前の一週間でした。どの
「栗ひろひ週間」は、イナゴとりが大へんうまくいつたので、すぐ同じやり方で、この週からはじめられたのでした。この村には「
「おい、もう二つづつ食ふことにしようぢやないか? 五つぐらゐぢや、
一番早く食べをはつた金太が、もう大きなのを二つ
「さうだ、さんせい!」
「もう二つ食ふ権利があるぞ。」
すると高一が、
「おい/\、もう、よせよ。だらしがないな。そんなに権利を追加してると、きりがないぜ。」
「ぢや、統制をやるか?」
「だつて、今日は、みんな五合ぐらゐひろふ予定だつたのに、みんな七・八合もひろつてるんだぞ。二つ三つぐらゐ、なんだい。ケチ/\云ふなよ。高ちやん、きみも食へ。ぼくが許してやる。」
金太がさう云ふと、庄吉もつづけました。
「ぼくも許してやる。なア、おい、みんな、もう二つづつ食ふことにしようよ。」
「仕方のないやつらだな。ぢや、もう二つだけ、食ふ権利があることにしよう。だけど、ほんとに二つだけなんだぞ。あとは、統制だ! おい、みんな、よう、わかつたな?」
高一がさう云ふと、金太と庄吉とは手をあげて、「はい、わかりましたア!」と、ふざけました。
みんなは、また二つづつ食べることになりました。
それを食べをはると、みんなは、もう栗ひろひに飽いて、何か面白い遊びをしたくなりました。けれど、もうお日さまは西の方に傾いて、あまり遊ぶひまがありません。帰つて
そこでみんなは、野葡萄や
高一は一番小さい松男と二人で、やはり栗をひろひながら山をくだりました。すると、今日登つて来るとき、みんながすべつてころんだ坂道の近くへ出た
「おうい、高ちやん、早く来てくれエ! 金ちやんの目玉へゴミが入つて、見えてるけど、とれないんだよウ!」
高一はニヤ/\笑つて、「目玉ぢやなくて、目なんだらう?」と
「おうい、すぐ行くから、あんまりいぢらないで、じつとしておけエ!」
そして声の方へかけおりて行きました。
「どうしたんだ? どれ/\。」
高一はそばに行つて、やんちやな金太の右の目をのぞきこみました。指先でひきはたけて見ると、もうどこにもゴミらしいものはありませんが、だらしなく涙が流れ出てゐます。
「おい、ないぞ。もう出たんぢやないか? パチパチして見ろ。痛いか? 痛くないか? なにまだ痛いつて? よし、ぢや、ぼく、マジナヒをしてやらア。」
それから高一は、口の中で、「奥の山の
金太はびつくりして、ピョイと立離れて、目をパチクリさせました。
「出たか? まだか?」
「う、うん、まだ……コロ/\する。」
「よし、ぢや、こつちへ来い。どの辺がコロ/\するんだ?」
「右の端の……上の方だ……」
「よし。」
高一はさう云つたかと思ふと、自分の口を服の
「こんどは、どうぢや?」
金太は目玉をグル/\まはしたり、パチ/\させてみてから、ニヤッと笑つて、うれしさうに答へました。
「こんどは……出たらしいや。」
それを聞いて、いつの間にかそこに集つて来てゐたみんなも、ホッとしました。
「ぢや、きみは、ぼくについておりて来いよ。足下に気をつけるんだぞ。」
高一はさう云つて、金太をつれて坂道をくだつて行きました。みんなも、そのあとにつづきました。そして鎮守の下の野良道へ出ると、高一は、すぐ横の畑で里芋を掘つてゐる赤いタスキをかけた、
「をばさん。をばさんは、お乳が出るんでせう? だつたら、金ちやんの目へ、ひとしづく入れてやつとくれよ。目にゴミが入つて、おれがとつてやつたんだけど、まだ、まつ赤になつてるんだよ。」
すると、まだ若い小母さんはきれいな顔を上げて、少しきまりわるさうに笑つてから、かう答へました。
「あら、それはかはいさうぢやな。いゝとも。どれ、入れてあげよう。」
さう云ひながら、小母さんは赤い夕焼空のうす明りの中を、
そして着物の胸をひらいて、大福餅のやうに白いプックリふくらんだ右の乳房を出して、その先の
「もう、よいかな? よからうな。」
小母さんはさう云つて、まばたきをする金太の顔を見ながら、だいじさうに乳房をかくしました。
「よし、もうこれで大丈夫だぞ。金ちやん、お礼を云ひな。」
高一にさう云はれて、金太はだまつて頭をさげました。
見てゐたみんなは、ニヤ/\笑ひました。
「あんたら、栗ひろひに行つたの? どれ/\。ほう、たんとひろつたなア。」
小母さんは、みんなの籠の中をのぞいて見て、さう云つて畑へおりて行きました。
「だけどなア、をばさん。この栗は食べられんのぢや。学校へ持つて行つて、みんな売つてお金にするんぢや。」
「あゝ、さうか。『週間』の栗ぢやな。それア、いいこツちや、いいこツちや。」
「ぢや、さやうなら。をばさん、ありがたう。」
「をばさん、ありがたう。」
「さやうなら!」
みんながさう云つて歩きだすと、小母さんはうす暗い畑の中にしやがんで、もうセッセと仕事をしながら、見向きもしないで、だがやさしい声で、かう答へました。
「みんな、あそばずにお帰りよ。どこの家も忙しいんだからな。」
―昭和一二年九月十四日作―