葡萄蔓の束

久生十蘭




 北海道の春は、雪も消えないうちにセカセカとやって来る。なにもかもひと口に頬張ってしまおうとする子供のようだ。落葉松からまつの林の中は固い雪でとじられているのに、その梢でつぐみが鳴く。
 低く垂れていた鈍重な雪雲の幕が一気にひきあけられ、そのうしろからいちめん浅みどりの空が顔をだす。
 雪の表面うわかわが溶け、小さな流れをつくって大急ぎで沢のなかへ流れこみ、山襞や岩の腹についていた雪は大きな塊になってあわてふためいて谷の底へころがりおちる。
 藪蔭には蝦夷すみれ
 雪溶けの沢水の中には、のそのそと歩きまわる※(「虫+刺」、第4水準2-87-66)ざりがに
 丘はまだはだら雪で蔽われているのに、それを押しのけるようにして土筆つくしが頭をだす。去年こぞの楢の枯葉を手もて払えば、その下には、もう野蒜のびるの緑の芽。
 風はまだ身を切るように冷たいのに、早春の高い空で雲雀ひばりが気ぜわしく鳴く。なにもかもいっぺんにやってくる春だ。
 波が高まるようになだらかに盛りあがっている黄色い枯芝の丘の上に、ビザンチン風の、赤煉瓦の修道院の建物が建っている。
 長い窓の列を見せた僧院クロアートルと鐘楼のついた聖堂。質素なようすをした院長館。白楊ポプラの防風林をひかえた丘の蔭には牛乳を搾ったり牛酪バタ乾酪チーズをこしらえる「仕事場アトリエ」と呼んでいる三棟ばかりの木造の建物。雲の塊のような緬羊が遊んでいる広い牧場。聖体秘蹟サン・サクルマンにつかう酸っぱい葡萄酒のできる広い葡萄園と段々の畑。
 津軽海峡の鉄錆さび色の海の中へ突き出した孤独な岬の上に建っているこの「灯台の聖母修道院ノオトルダム・ド・ファール」にもこんな風に気ぜわしい春がくる。朝の勤行おつとめの鐘のも、ゆうべいのりの鐘のひびきも満ちあふれるようなよろこびを告げる、春。
 ところで、ベルナアルさんにとっては春がやって来ることがたいへんな苦労の種になる。
 ベルナアルさんは、たいへんにおしゃべりが好きである。いったんしゃべりたいとなると、矢も楯もなくなってしまう。舌が口の中に一杯になるほど膨れあがり、唇は芝蝦の子でも跳ねるようにピクピクと痙攣ひきつれる。断食も、苦行も、この誘惑から逃れさせる力を持っていない。
 ベルナアルさんは、丘のうしろの洞窟の中へ駆けこんで、聖母マドンナの像の下に跪いておしゃべりの誘惑から逃れるために汗だくになっていっしんに祈る。
 不幸なことには、祈るほどベルナアルさんの舌はいよいよ膨れあがり、身体じゅうの血が※(「需+頁」、第3水準1-94-6)こめかみのあたりへ集まってきてえらい勢いでズキンズキンやる。頸にも打紐のような太い血管が現れ、身体じゅうビッショリと汗びたしになる。ベルナアルさんは、息がつまりそうになって、髪の毛を掻きむしりながら洞窟の石畳の上を転げまわる。もうどうすることも出来ない。力が尽きてそこへグッタリと坐りこむ。
「ええ、ままよ。……どうせ、おれは修道士にはなれないんだ」
 矢庭に立ちあがると、悪魔がのりうつったようにキラキラと眼を光らせながら僧院クロアートルの廻廊へ走りこみ、沈黙の行をしている謹厳な修道士をつかまえ、裾から火がついたように夢中になっておしゃべりをする。
 思う存分しゃべりまくると、いままでベルナアルさんをつかまえて離さなかったおしゃべりの悪魔が赤い舌をだしてツイと逃げて行く。その途端、ベルナアルさんはハッとわれにかえる。
 その時のベルナアルさんのあわれなようすと言ったら!
 大鎌で刈られた青草のように髪の毛の端までグッタリとしてしまう。失望落胆し、慚愧と後悔のために満足に歩くことさえ出来なくなってよろよろとベネディクトの洞窟の中へよろけ込み、蕁麻いらくさで織った贖衣を素肌に着、断食をし、滝のように涙を流して懺悔の祈祷いのりをする。
 もうすこしで修道士になれるところを、沈黙の戒律を破った罰で、ベルナアルさんはまた労働士にさげられる。それから贖罪のための長い長い苦行がはじまる。ベルナアルさんの眼もあてられない悔悟のようすを見ると、院長も哀れに思って間もなく修練士にしてあげようと約束をする。運の悪いことには、ちょうどその頃春となり、おしゃべりの悪魔がまたぞろベルナアルさんの舌をつかまえて離さないようになる。ベルナアルさんの唇が芝蝦の子のようにピクピクと痙攣ひきつり、舌が口一杯に膨れあがる。そして、力尽きておしゃべりの悪魔に打負され、また労働士にひきおろされる。……
 沈黙が厳重な鉄則になっているトラピストの修道院では、ベルナアルさんのようにおしゃべりが好きなのは、ほんとうに不幸なことだというのほかはない。
 私がはじめてベルナアルさんに逢った時は、ベルナアルさんは修練士だった。
 トラピストの修道院では、修士の階級で僧衣の色がちがっている。
 労働士の間は薄褐色カルメリトの粗羅紗の僧衣ローブに縄の帯をしめ、修練士になると、白の僧衣ローブ頭巾キャプションのついた長い油屋さんのような肩衣スキップレールをかけて黒い僧帯シングリュームをしめる。純白の白法衣シュルプリを着るのは院長だけである。
 今いったように、ベルナアルさんはもう一歩で白僧衣ペール・ブランになるところだったので、白い僧衣ローブを着、大きな木靴サボを穿き、手に祈祷書を持って丘の斜面スロープや落葉松の林の中を眼を伏せて敬虔なようすで歩いていた。
 私は、修道院で客泊館といわれている別棟の建物の中に寄宿し、オルガンとラテン語の初歩を勉強することになった。院長の人選にあずかった私のラテン語の先生は、ベルナアルさんだったのである。
 ベルナアルさんは、私が行く一年前の春、何度目かの破戒をし、ちょうど贖罪の最中だった。
 さすがにその辛さがこたえたとみえ、祈祷と労働の一日の課業が終わると、ほかの修道士たちに出逢わないですむようにたった一人で林や谷の中を歩きまわっているのだった。
 じぶんの独房セリュウルにも僧院の廻廊にも滅多にいたことはなく、野山羊のようにいっさんに谷や林の中へ逃げ込んでしまうので、ベルナアルさんを捜すのは修道院でも骨の折れる仕事の一つになっていた。
 その日はまたよほどうまいところへ逃げこんでしまったとみえて、どうしてもベルナアルさんに行きあうことが出来ない。
 院長さんは、人の良い温厚な顔に困惑の色をうかべながら、
「それにしても、ベルナアルさんは、どこに隠れているのでしょう。たいていなら、このくらい骨を折ると、どうにか捉えることが出来るのですが、一所懸命に逃げ出してしまうのでアルテト・アビレ・フーガ……」
 と、気の毒そうに言った。
「ベルナアルさんを捉えるよりも野兎を捉えるほうがもっと楽です。……まあ、しかし、もうすこし元気を出してやってみましょう。……神の助けによって……」
 院長と私は、丘を越えたり沢を渡ったりしたのち岬のほうへ歩いて行った。岬は鶴の嘴のように長く海へ突き出していて、その両側は眼の眩むような断崖になり、遥か下の方で津軽海峡の波が轟くような音をたてて捲きかえしている。
 ベルナアルさんは、岬の端にいた。
 晩秋の驟雨があがったばかりのところで、薄暗い空に北海道の南端から本州の北端まで届くほどの雄大な虹が七色の弧をかいて海峡の上を跨いでいた。
 ベルナアルさんは、空へ両手を差伸ばし、切れ切れな声で大きな虹にむかって思いつく限りの歎賞の言葉を捧げているのだった。いつもベルナアルさんの手から離れたことのない祈祷書は、まるでそこへ叩きつけたかと思われるようなひどいようすで岩の間に落ちていた。
 院長さんは、私に片眼をつぶって見せた。
「とうとう捉えました。あんなとこで大きな声で虹とお話をしています。……ほんとうに、ベルナアルさんというひとは……」
 院長は、精一杯な声で虹に向って叫んでいるベルナアルさんを抱き取るような慈悲深い眼つきで眺めやりながら、
「あのひとは、花や、虹や、小鳥や、小川などの美しさにあまり感動し過ぎるようです。主よりも花や小鳥を愛し過ぎるというのはやはり困ったことにちがいないのです。ベルナアルさんが、子供のような純真なこころを持っているとしてもね、どうも、そんな風では……」
 そして、静かな声でベルナアルさんの名を呼んだ。
 その時のベルナアルさんの顔といったらなかった。悪戯を見つけられた子供のような、今にも泣き出しそうな顔で首を垂れてしまった。
 ベルナアルさんの顔を見て笑い出さずにすまされるひとはこの世にいくにんもいないのにちがいない。
 ずんぐりと肥った、巾の広い切株のような肩の上に、夏の夕月のような赤い丸い顔が載ってい、その顔の真中に象のような小さな眼と、水兵帽の丸房のような、よく熟した赤い丸い鼻がチョコンとついている。
 頭のてっぺんを丸く中剃りしていることはほかの修士たちと変りはないが、ベルナアルさんの場合は、まわりの毛が棉の木についている棉花のようなフワフワした和毛にこげなので、ちょうど孵ったばかりの烏の子供の頭のようだ。
 それに、歩く恰好ときたら!
 鵞鳥が水溜りからあがって来たように、お尻を左右に振りながら両脚をうんと踏みひらいてヨチヨチと歩く。
 これには誰でも噴き出してしまう。誰にしたってベルナアルさんがひとを笑わせようとしてこんなおどけた歩き方をしているのだとしか思わない。しかし、それがふざけているのでも道化ているのでもなく、ベルナアルさんの歩き方のうちで最も敬虔な歩き方だということを知ると、気の毒に思わずにいられないのである。
 ベルナアルさんとしては、好んでこんなにみっともない歩き方をしようと思っているわけではない。五年ばかり前の夏、巣から落ちた岩燕の雛を巣へかえしてやるために截り立った崖を登ってゆく途中、足を踏みはずして崖の下へ転げおち、海岸の流木にしたたか腰を打ち、それ以来こんなみっともない歩き方をしなくてはならないようになった。
 ベルナアルさんは、岩蔭に落ちていた祈祷書を拾いあげると、しお々と院長のほうへ近づいて来た。
「ベルナアルさん、あなた、岬の端で何をしていました」
 ベルナアルさんは、宥恕ゆるしを乞うような哀れな眼つきで院長の顔を振り仰ぐと、またしょんぼりと顎を胸につけてしまった。
「私は虹に見惚みとれておりましたのです、院長さま。こんな大きな美しい虹は私は生れてからまだいちども見たことがありませんでしたので」
「何か大きな声で叫んでいましたね、ベルナアルさん」
「私はこんな美しいものをお作りになった主に感謝聖句テデウムを捧げておりましたのです。私としては、止むにやまれなかったのでございますから。……私の口が感謝聖句テデウムを唱えていたのでしたらどうぞ私をお罰しください。でも、私は魂で歌っていたのでございます。あなたがどんなふうにおとりなさろうと、これは、ほんとうのことなのでございます」
「そうですね、ベルナアルさん。私もそう思います。あなたの魂が感謝聖句テデウムを唱えるのが私の耳にきこえたのにちがいありません。でもね、ベルナアルさん、今度から魂が歌うときは、もうすこし小さな声でやるようによく言って聞かせなくてはなりませんね」
「そうですとも、院長さま。私の魂は確かに不調法なやつにちがいないのでございます」
 私とベルナアルさんの初対面は、だいたい、こんなふうだった。
 ベルナアルさんは私にラテン語の初歩を教えるために、夕課の後、一時間ずつ私の部屋に来るようになった。ベルナアルさんの苦行は、たしかに見上げたものだった。私の部屋に入って来ると、壁際の祈祷台プリイ・ディユウに跪いて長々と祈り、それから、ようやく私のそばへやって来る。
 ベルナアルさんが何を祈っているのか、もちろん、私にはよくわかっていた。ベルナアルさんは私に課業を授けるあいだ、ラテン語の文法以外のことはひと言でもおしゃべりをしないですむように神の守護と助力をねがっているのにちがいなかった。
 ベルナアルさんは、文法のこと以外にただのひと言も余計なおしゃべりをしなかった。
 それにしても、その間のベルナアルさんの苦悶のようすときたらそれこそ眼も当てられないほどだった。
 晩秋の冷たい山背風やませの吹いている夕方、額から玉のような汗を流し、火のついたような赤い顔をして、
「…… amoアモ …… amasアマス …… amatアマト ……」
 私は愛す、……汝は愛す、……彼は愛す、―― amareアマーレ の第一変化を、はちきれるばかりに鼻翼こばなを膨らませ、息も絶え絶えに繰りかえす。…… amo …… amas …… amat ……
 ベルナアルさんは、夢中になっておしゃべりの悪魔と闘っているのだった。ベルナアルさんは、しどろもどろになり、自動詞と他動詞を間違えたり、不定法の現在と命令法の複数を間違えたりする。汗を拭いて呻き声をあげる。溜息をつく。身震いをする。椅子から立ち上って子供のような和毛にこげを両手で掻き※(「てへん+毟」、第4水準2-78-12)むしる。
 この一時間の課業は、ベルナアルさんにとって一年より長く思われたにちがいない。
 絶望の呻き声と、汗と、涙のあいだにようやく一時間の終りが近づく。寝房ドルトアールのあるほうから入寝の鐘の音がきこえてくる。まるで天の御告おつげのような三点の鐘。
 ベルナアルさんは、張り詰めた気がゆるんだようにグッタリと椅子の中へ落ちこむ。主のお加護によりまして今日も馬鹿なおしゃべりをしないですみました。……神は讃むべきかな……
 そして、よろめくような足取りでじぶんの独房セリュウルへ帰ってゆく。
 私のラテン語の文法はベルナアルさんの汗と呻き声の中でよろけ廻り、手にも足にも負えないようになってしまった。格と時と性が互いに入り乱れ絡み合い、風の強い日の凧糸のようにどこからほごしていいかわからないようにこんがらがってしまった。
 ベルナアルさんが、せめておしゃべりでもしてくれたらどんなに助かるか知れなかった。私は長い一時間を出鱈目な文法を喚き散らすベルナアルさんの口元をぼんやりと眺めたまま過してしまうのだった。
 この手のつけられない一時間は、私にとってもたいへんな災難だったが、ベルナアルさんにとっても煉獄の苦しみにもまさる一時間だった。
 それからしばらくたつとベルナアルさんは、髪や衣の裾に氷柱つららをつけて私の部屋へやって来るようになった。
 ベルナアルさんは、私の部屋に来る前に、深い雪に蔽われた丘を通って海岸へ下りてゆき、海の水に顎までつかりながらお祈りをしてそれから私の部屋にやって来るのだった。
 三月の北海道の氷のような海に顎の下まで浸って!……それは、いったい、どんなひどい苦行だと思います?
 海の水に浸ってる間はまだしも、濡れた身体に粗羅紗の衣をひっかけ、広い雪の斜面スロープを通って帰って来るうちにベルナアルさんの身体は氷のようにカチカチになってしまう。
 ベルナアルさんがどんなつもりでこんなことを始めたかはともかくとして、確かにそれにはそれだけの効果があったようである。ベルナアルさんが凍えるとベルナアルさんの舌の先に掴まっている悪魔は勢い舌と一緒に凍えて手も足も出ないようになってしまうわけだった。
 ベルナアルさんはガチガチと歯の根を震わせ、冬の海の、煤黒色ビチュウムを混ぜたあの蒼黝あおぐろい顔をして入って来る。
 ベルナアルさんの身震いこそたいへんな見物だった。下顎がまるで癇癪でも起したように絶えず上顎を蹴りつける。その度に歯が打合ってカスタネットのような陽気な音をたてる。はずみのついた紡車つむぎぐるまのように止めようとしてもどうしても止まらないふうだった。
 ところで、震えるのは歯の根ばかりではない。手は手、膝は膝というぐあいに、それぞれ趣のちがう震え方をする。ベルナアルさんの身体のこの三つの部分が思い思いの震え方をするのは、何といっても奇観だった。
 とてもものを言うなどというだんではない。生じっか舌なぞを動かそうとすると、舌の先を噛み切ってしまうほかはない。
 私とベルナアルさんは、ベルナアルさんの身震いが止まってくれるのを辛抱強く待っている。
 しかし、ベルナアルさんの身体はすっかり調子づいているのでそう急にはもとへ戻らない。
 そのうちに、部屋の暖か味でベルナアルさんの髪や衣の裾についていた氷柱がすこしずつ溶けて床の上に滴を垂しはじめる。癲癇の発作のようなひどい身震いがようやくおさまって、どうにかものが言えるようになる。その途端、入寝の鐘が鳴る。ベルナアルさんは開きさえもしなかったラテン語の文法の本を持って逃げるように帰って行く。ベルナアルさんとしては、私に文法を教える意志はあった。しかし、ひどい身震いのためにものを言うことが出来なかったのである。
 ベルナアルさんはすくなくとも院長から課せられた義務を完全に果していると言ってもいいわけだった。
 ベルナアルさんのこの身震いは春が来るまでずっと続いていた。ラテン語の勉強は動詞の第四変化のところへ釘づけにしたまま私とベルナアルさんは、毎日そうやって、ベルナアルさんの身震いがおさまるのを待つために向き合って坐っていた。
 北海道にもとうとう春が来た。
 そのうちに、ベルナアルさんがバッタリと私の部屋に来なくなった。
 私は机の上へ文法の本を開いて辛抱強く待っていた。ベルナアルさんはやって来ない。
 四日ばかりたってから、私はベルナアルさんの独房セリュウルへベルナアルさんを捜しに行った。
 独房にベルナアルさんはいなかった。僧院の廻廊にも、中庭にも、聖堂にも、どこにもベルナアルさんの姿はなかった。
 それから二日ばかりたったあるやさしげな春のゆうべ、私は白楊ポプラの防風林をぬけて、そのうしろの葡萄畑のあるほうへ散歩をしに行った。
 私が素朴な畑の柵について、そのほうへ下って行くと、葡萄畑のほうから重々しい鈴の音が聞えてきた。罪の感じとでもいったような、何か胸を締めつけるような、そんな響を持っていた。
 夕課の終りの鐘が鳴って、みな夕食をするために斎室レフェクトアールへ行っているはずなのに、夕靄の降りかけた広い葡萄畑の中で、首に大きな鈴をつけた労働士が背中を曲げて一所懸命に働いていた。鈴のはそこから来るのだった。
 ベルナアルさんだった。
 ベルナアルさんが薄褐色カルメリトの労働士の衣に藁縄の帯をしめ、裸足はだしで畑の土を踏んでいた。
 ベルナアルさんのこの服装みなりは、ベルナアルさんの上に何が起きたか、何もかもひと言で説明していた。ベルナアルさんは、あんな苦行のすえ、とうとうまたおしゃべりをしてしまったのだった!
 ベルナアルさんは枯れた葡萄蔓を集め、汗を流しながら大きな束をつくっていた。燃やしてしまうほか何の役にも立たない枯れた葡萄の蔓!
 ベルナアルさんは沈黙の戒律を破ったために修道院で一番卑しい仕事を課せられているのだった。
 私の姿を見ると、ベルナアルさんは手も足も出なくなったときの子供のような顔をして土の上に眼を落してしまった。涙ぐんでいる眼を私に見られたくないためだった。
「ベルナアルさん、あなたはまたおしゃべりをしてしまったのですね」
 ベルナアルさんは憐みを乞うような眼つきでチラと私の顔を見上げた。
「ええ、そうなんです。何という情けないことでしょう」
 ベルナアルさんの声は震えていた。
 私は、われともなく院長さんの口真似をした。
「ベルナアルさん、ほんとうに、あなたというひとは……」
「ああ、ほんとうに私という人間は……」
「それにしても、あなたはどんなおしゃべりをしたのですか。困ったひとだ」
「……私は『今日藪蔭で今年最初の雛菊を見つけた』と大きな声で叫んだのです」
「ああ、そんなことはどうだっていいのに。どうしてまた藪蔭の雛菊なぞについておしゃべりをする気になったのですか」
 ベルナアルさんは、羞恥はじの色で顔を染めながら、
「藪蔭で最初の雛菊を見つけたとき、あまり嬉しくてこの溢れるような喜びを誰かに分けてやりたくてたまらなくなったのです。……私は舌を押さえつけようと思って力の限り祈りました。でも、やっぱりだめだったのです。私は修道院じゅうを走り廻って、『沢の藪で雛菊を一輪見つけた』と叫んで歩いたのです。まるで雷のような声で。……私としては、どうすることも出来なかったのです」
「まあ、何という馬鹿なことを……」
 ベルナアルさんは、肩をすくめて、
「はい、その通りです。……ところで、まだ後があるのです」
「おや、おや、それから何を言ったのです」
「……『春が来た、春が来た』……それから、『あんなところで雲雀ひばりが鳴いている』……それから、まだいろいろなことをしゃべりました。斎室レフェクトアールでも、仕事場アトリエでも、誰彼かまわずに捉えては話しかけました。……院長さまもたいへんご立腹になって、私の首に鈴を結びつけて修道院から追い出しておしまいになりました。……この鈴の音を聞くと、修士たちは、私に話しかけられないようにそっと遠くへ逃げて行ってしまうのです……この鈴は霧に迷わないようにといって、昨日きのうまで牛の頸についていた鈴なんです。私にくださる懲罰としては、これ以上のものはございますまい」
斎室レフェクトアールで食事をすることも、仕事場アトリエで働くことも、じぶんの独房セリュウルにいることも、聖堂で弥撒ミサを聴くことも出来ないとすればあなたいったいどこに住んでいるんですか」
「私は丘のうしろのベネディクトの洞窟で寝ているのです」
「それにしても、食事はどうなさるのですか」
食料室デパンスの石段に私のために毎日黒パン一つが置いてあります。私はそれを戴いてきて、それを食べるのです。それだって私に勿体なすぎるほどのお慈悲です」
「それにしても、牛の鈴をあなたの首に結びつけるなどというやり方は……」
 ベルナアルさんは、手を挙げて、私の言葉を遮りながら、
「もう何も仰言ってくださいますな。これが私に至当な懲罰です。……むかし、私がつまらないおしゃべりをしたために、どんなにある婦人を苦しめたか、それをあなたが知っていらしたら!……一生おしゃべりの悪魔につき纏われて苦しむのが私の宿命なのです」
 それからまた二日ほどたったある日の午後、私は上品な面貌おもざしをした老婦人の訪問を受けた。
 むかしはどんなにか美しかったであろう奥床しい眼差の中にも、かたちのいい唇の上にもそのおもかげがほのぼのと残っている。
 この老婦人は、不幸な出来事のためにベルナアルさんと別れなければならなくなったその日まで三十年もの間かわりなくベルナアルさんを愛し、ベルナアルさんのことばかり心配していた気の毒な婦人だった。
「不躾ではありませんか? ……あまりだしぬけで、あなたさまをびっくりおさせしたようなことはありませんかしら? お気を悪くなさいませんか? 妙な女だとお思いにはなりませんか? ……もし、そうだったとしても、どうぞ、あまり悪くおとりにならないでくださいましね。わたくしとしては、ようようの思いで決心をしたのでしたから。女を一切寄せつけないこの厳格な所へ、こんなふうに押しつけがましくやってこようといたしますまでには、それはそれは、ずいぶんかんがえぬきましたのですが、やはりこうするほかはありませんでしたのよ。……それにしても、ベルナアルさんは、どうしておりますでしょう? 元気でおりましょうか? 病気をしたりするようなことはありますまいか? むかしは日本の気候が合わなくて、よく気管支炎をやりましたが、今でもそんなことがございますのでしょうか? むずかしいひとでしたが、粗末な食べもので機嫌を悪くするようなことはございますまいか? ……つまらないことばかりお訊ねして、さぞ、ご迷惑だったでしょうね。……わたくしがお訊ねしたかったのは、こんなことではなかったはずですわ。ベルナアルさんはおしゃべりを慎んで立派な修道士になりましたでしょうか? ……何より、まず、こうお訊ねしなければならなかったのですわね。……ベルナアルさんとしては、わたくしをあんな不幸な目に逢わせたということに対しても、是非とも立派な修道士にならなくてはならないわけなのですね。……ほんとうに気の毒なベルナアルさん。……私とベルナアルさんは、そのころ結婚するばかりになっていました。……この上もなく愛し合い信じ合って、二つの心がひとつのもののように、そんなにも溶け合っていたのでしたのに、ベルナアルさんがつまらないおしゃべりをしたために何もかもすっかり駄目にしてしまったのでした。
 そのときベルナアルさんは函館の仏蘭西領事館の書記官補で、いつもさっぱりとした服を着て、ステッキをついて歩いていました。ステッキを持たないときは、犬を連れて水曜日と土曜日にわたくしのところへ夕食に来ました。父母もこの結婚には賛成でしたけれど、ベルナアルさんがわたくしのところへ犬を連れて来ることだけはあまり好いていなかったのですわ。
 わたくしの両親の意見では、じぶんの犬に愛人の名をつけるなどというのはいけないことだし、まして、その犬を鎖に繋いで連れて来るようなことはあまり面白いやり方ではないと言うのでした。ベルナアルさんとしては、もちろん悪い気でしたことではなかったのでしょう。
 ひょっとすると、仏蘭西あたりにはじぶんの犬に愛人の名をつける習慣があるのかも知れません。それはまだよかったのですが、ベルナアルさんのつまらないおしゃべりが私の両親をすっかり怒らせてしまいました。……ある日、ベルナアルさんは葡萄酒に酔って上機嫌になったすえ、こんなことを口走ったのですの。『ねえ、みなさん、わたくしがこの犬をどんなに愛しているか、恐らくお察しにはなれますまいね。この悧口そうな眼を見てやってください。それからこの口髭。ガベラの花弁のような優しい耳の垂れぐあい、白粉刷毛のようなちっちゃな前肢まえあし。ふんわりした額の巻毛。ピンとおっ立ったあの可愛らしい尻ッ尾。……ああ、なんという魅わしさシャルムでしょう。……とりわけ、わたしをうっとりさせるのは、これがお嬢さまの眼差とそっくりだということです! なんという素晴らしい相似シミリテュード! それに、こいつは、たいへん悧口なんです。ひとつ、チンチンをさせてお眼にかけましょうか? それとも、お廻りをさせましょうか? 伏せをさせましょうか? お嬢さまが聡明でいらっしゃるように、こいつも充分みごとにやってのけますよ』『おやめなさい、ベルナアルさん、もう結構です』と父は叫びました。『あなたはもう二度と娘のところへ来ていただきたくはありません』……これがすべての終りでした。……ベルナアルさんとしては、じぶんの一番愛するものにわたくしを譬えようとなさったのでしょう、たしかにそれにちがいないのですわ。
 口下手なベルナアルさんとしては、それが精一杯のところだったのです。思いつく限りの最上の比喩でわたくしに対するベルナアルさんの深い愛情を表明しようとしたのにちがいないのです。それにしても、ベルナアルさんはあまり不器用すぎました。……ほんとうに不幸なベルナアルさん。犬がわたくしに似ていると言ったのはまだしものことでした。もし、うろたえて、わたくしが犬に似ているなどと口走ったとしたら、いくらわたくしでもやはり腹をたてて、もう二度とベルナアルさんのことなどかんがえたくないと思うようになったでしょうからね。
 ……それにしても、ベルナアルさんが馬鹿なおしゃべりに恥じて、一生ものを言わないですむこのトラピスト修道院へ入ったのはたいへんにいい思いつきでした。なにしろ、あんな口下手なベルナアルさんのことですから、さもなければ、この先また、つまらないおしゃべりのためにさんざんひどい目に逢わなくてはなりませんのですから。……ねえ、あなた、ベルナアルさんは立派な白衣僧ペール・ブランになったのでしょうね? 真白いローブを着て、橄欖オリーブの実の数珠を持って歩いていられるのでございましょうね?」
 この気の毒な老婦人にベルナアルさんはたしかに立派な修道士になっていると告げることが出来たら、私はどんなに嬉しかったろう。
 ところで、丘を越えた葡萄畑のほうから自棄糞やけくそになって出鱈目な歌を唱っているベルナアルさんの声が春風に乗ってはっきりときこえて来るのだった。

蚕豆そらまめが芽を出した、
ひりたての馬糞の中で。
春が来た、春が来た、馬糞の中へも、
神は讃むべきかなミラリ・ドミネ

 老婦人が帰ってから、私は、ベルナアルさんのやり方はあんまりだと思って、それを言うためにベネディクトの洞窟へ出かけて行った。
 ベルナアルさんは、岩龕デコーヴの中につつましく立っているチマブエの聖母像に向って楽しそうにおしゃべりをしていた。
 聖母マリヤは、すこし身体を前に傾け、慈愛に満ちた眼差でベルナアルさんの顔を見おろしている。ベルナアルさんの出任せなおしゃべりに、いちいち優しくうなずいているようにも見えた。





底本:「久生十蘭ジュラネスク 珠玉傑作集」河出文庫、河出書房新社
   2010(平成22)年6月20日初版発行
底本の親本:「黄金遁走曲」薔薇十字社
   1973(昭和48)年5月
初出:「オール讀物」
   1940(昭和15)年6月
入力:時雨
校正:門田裕志
2018年9月30日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。




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●図書カード