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初期詩篇
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感動
私はゆかう、夏の青き宵は
麦穂
夢想家・私は私の足に、
吹く風に思ふさま、私の頭をなぶらすだらう!
私は語りも、考へもしまい、だが
果てなき愛は心の
私は往かう、遠く遠くボヘミヤンのやう
天地の間を、女と伴れだつやうに幸福に。
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フォーヌの頭
緑金に光る葉繁みの中に、
けぶるがやうな葉繁みの中に
活々として、佳き
ふらふらフォーヌが二つの目を出し
その
古酒と血に染み、
その唇は笑ひに開く、枝々の下。
と、逃げ隠れた――まるで栗鼠、――
彼の笑ひはまだ葉に揺らぎ
掻きさやがすを、われは見る。
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びつくりした奴等
雪の中、濃霧の中の黒ン坊か
炎のみゆる気孔の前に、
奴等
ジツと見てゐる、
ふつくらとした金褐の麺麭、
奴等見てゐるその白い頑丈な腕が
燃ゆる窯の穴の中。
奴等聴くのだいい麺麭の焼ける音。
ニタニタ顔の麺麭屋殿には
古い
奴等まるまり、身動きもせぬ、
真ツ赤な気孔の
胸かと熱い息吹の前に。
メディオノーシュ(1)に、
ブリオーシュ(2)にして
麺麭を売り出すその時に、
煤けた大きい梁の下にて、
麺麭の皮とが
窯の息吹ぞ命を煽り、
うつとりするのだ、此の上もなく、
奴等今更生甲斐感じる、
氷花に充ちた哀れな
どいつもこいつも
窯の格子に、
中に見えてる色んなものに
ぶつくさつぶやく、
なんと阿呆らし奴等は祈る
ひどく
それで奴等の股引は裂け
それで奴等の肌襦絆
冬の風にはふるふのだ。
註(1)断肉日の最終日にとる食事。
(2)パンケーキの一種。
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谷間の睡眠者
これは緑の窪、其処に小川は
銀のつづれを
其処に陽は、
顔を出す、泡立つ光の小さな谷間。
若い兵卒、口を
頸は露けき草に埋まり、
眠つてる、草ン中に倒れてゐるんだ
蒼ざめて。
両足を、
病児の如く微笑んで、夢に入つてる。
自然よ、彼をあつためろ、彼は寒い!
いかな香気も彼の鼻腔にひびきなく、
見れば二つの血の
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食器戸棚
これは
古き代の佳い
食器戸棚は開かれてけはひの中に浸つてゐる、
古酒の波、心惹くかをりのやうに。
満ちてゐるのは、ぼろぼろの
黄ばんでプンとする下着類だの
女物あり子供物、さては萎んだレースだの、
禿鷹の模様の
探せば出ても来るだらう恋の形見や、白いのや
金褐色の髪の
それのかをりは
おゝいと古い食器戸棚よ、おまへは知つてる沢山の話!
おまへはそれを話したい、おまへはそれをささやくか
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わが放浪
私は出掛けた、手をポケットに突つ込んで。
半外套は申し分なし。
私は歩いた、夜天の下を、ミューズよ、私は忠僕でした。
さても私の夢みた愛の、なんと壮観だつたこと!
独特の、わがズボンには穴が
小さな夢想家・わたくしは、道中韻をば捻つてた。
わが宿は、大熊星座。大熊星座の星々は、
やさしくささやきささめいてゐた。
そのささやきを
あゝかの九月の宵々よ、酒かとばかり
幻想的な物影の、中で韻をば踏んでゐた、
擦り剥けた、私の靴のゴム紐を、足を胸まで突き上げて、
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蹲踞
やがてして、兄貴カロチュス、胃に不愉快を覚ゆるに、
軒窗に
磨かれし大鍋ごとき陽の光
偏頭痛さへ
そのでぶでぶのお
ごそごそと、灰色の布団の中で大騒ぎ、
ぼてぼての腹に膝をば当てまする。
なぜかなら、
肌着をばたつぷり腰までまくるため!
ところで彼氏
ちぢかめて、
明るい日向にかぢかむで。
肉出来の珊瑚樹かとも、射し入る
★
お人好し氏は
だらりと垂らし。彼氏今にも火中に滑り、
ズボンを焦し、パイプは消ゆると感ずなり。
何か小鳥のやうなるものは、少しく動く
そのうららかなお
垢じみた
腰掛や奇妙な寝椅子等、暗い
満ちた睡気をのぞかせる
いやな熱気は
お人好し氏の頭の中は、
時あつて、猛烈
がたがたの彼氏の寝椅子はゆれまする……
★
その宵、彼氏のお
光で出来た鋳物の
入り組んだ影こそ
雪の配景のその前に、たち
面白や、空の奥まで、
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坐つた奴等
すくむだ指は腰骨のあたりにしよむぼりちぢかむで、
古壁に、漲る
ぼんやりとした、気六ヶ敷さを貼り付けて。
恐ろしく夢中な恋のその時に、彼等は可笑しな
彼等の椅子の、黒い大きい骨組に
枉がつた木杭さながらの彼等の足は、
昼となく組み合はされてはをりまする!
これら
強い日射しがチクチクと皮膚を刺すのを感じます、
そんな時、雪が硝子にしぼむよな、彼等のお
さてその椅子は、彼等に甚だ親切で、
詰藁は、彼等のお尻の
甞て照らせし日輪は、甞ての日、その尖に穀粒さやぎし詰藁の
中にくるまり今も猶、
さて奴等、膝を立て、元気盛んなピアニスト?
かなし船唄ひたひたと、聞こえ来るよな思ひにて、
さてこそ奴等の
さればこそ、奴等をば、
それこそは、
おもむろに、肩をばいからせ、おそろしや、
彼等の穿けるズボンさへ、むツく/\とふくれます。
さて彼等、禿げた頭を壁に向け、
彼等の服の
それは廊下のどんづまり、みたいな眼付で睨めます。
彼等にはまた人殺す、見えないお
引つ込めがてには彼等の
眼付を想はすどす黒い、悪意を
諸君はゾツとするでせう、恐ろし漏斗に吸込まれたかと。
再び坐れば、汚ないカフスに半ば隠れた
と、貧しげな顎の下、
ぐるりぐるりと、ハチきれさうにうごきます。
やがてして、ひどい睡気が、彼等をこつくりさせる時、
腕敷いて、彼等は夢みる、結構な椅子のこと。
ほんに可愛いい愛情もつて、お役所の立派な
ずらり並んだ房の下がつた椅子のこと。
インキの泡がはねツかす、
水仙菖の線真似る、
彼等のお臍のまはりにて、彼等をあやし眠らする。
――さて彼等、腕をもじ/\させまする。髭がチクチクするのです。
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夕べの辞
私は坐りつきりだつた、理髪師の手をせる天使そのままに、
丸溝のくつきり付いたビールのコップを手に持ちて、
下腹突き出し頸反らし陶土のパイプを口にして、
まるで
古き鳩舎に煮えかへる
数々の夢は私の胸に燃え、徐かに焦げて。
やがて私のやさしい心は、沈欝にして
さて、夢を、細心もつて
身を転じ、――ビール三四十杯を飲んだので
尿意遂げんとこゝろをあつめる。
しとやかに、
いよ高くいよ
――大いなる、ヘリオトロープにうべなはれ。
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教会に来る貧乏人
臭い
てんでに丸い
二十人なる唱歌隊、大声で、敬虔な讃美歌を
蝋の
なんとはや、打たれた犬と気の弱い貧乏人等が、
旦那たり我君様たる神様に、
可笑しげな、なんとも頑固な
神様が、苦しめ給ふた暗い
彼女等あやしてをりまする、めうな
死なんばかりに泣き叫ぶ、まだいたいけな子供をば。
胸のあたりを汚してる、
祈りするよな眼付して、祈りなんざあしませんで、
お転婆娘の一団が、いぢくりまはした帽子をかぶり、
これみよがしに振舞ふを、ジツとみつめてをりまする。
戸外には、寒気と飢餓と、而も男はぐでんぐでん。
それもよい、しかし
――それなのにそのまはりでは、干柿色の
或ひは呟き、鼻声を出し、或ひはこそこそ話します。
其処にはびツくりした奴もゐる、昨日巷で人々が
古いお
犬に連れられ来たのです。
どれもこれもが間の抜けた物欲しさうな呟きで
無限の嘆きをだらだらとエス様に訴へる
エス様は、
痩せつぽちなる悪者や、
肉の臭気や織物の、
いやな身振で一杯のこの年来の狂言におかまひもなく。
さてお祈りが、美辞や麗句に花咲かせ、
真言秘密の傾向が、まことしやかな調子をとる時、
日影も知らぬ
峻厳さうなる
あの肝臓の病人ばらが、――おゝ神よ!――
黄色い細いその指を、聖水盤にと浸します。
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七才の詩人
母親は、宿題帖を閉ぢると、
満足して、誇らしげに立去るのであつた、
その碧い眼に、その秀でた額に、息子が
嫌悪の情を浮べてゐるのも知らないで。
ひねもす彼は、服従でうんざりしてゐた
聡明な彼、だがあのいやな顔面痙患つてをり、
その目鼻立ちの何処となく、ひどい偽嬌を見せてゐた。
壁紙が、黴びつた廊下の暗がりを
通る時には、股のつけ根に
舌をば出した、
夕闇に向つて戸口は開いてゐた、ラムプの明りに
見れば彼、敷居の上に喘いでゐる、
屋根から落ちる
夏には彼、へとへとになり、ぼんやりし、
彼は其処にて思念した、落付いて、鼻をスースーいはせつゝ。
様々な昼間の匂ひに洗はれて、小園が、
家の
壁の根元に打倒れ、泥灰石に
魚の切身にそつくりな、
汚れた壁に
いたはしや! 彼の仲間ときた日には、
帽子もかぶらず色褪せた
市場とばかりぢぢむさい匂ひを
泥に汚れて黄や黒の、痩せた指をば押し匿し、
言葉を交すその時は、白痴のやうにやさしい奴等。
この情けない有様を、
慄へ上つて怒気含む、すると此の子のやさしさは
その母親の驚愕に、とまれかくまれ身を投げる。
母親だつて嘘つきな、碧い
七才にして、彼は砂漠の生活の
大沙漠、其処で自由は伸び上り、
森も陽も大草原も、岸も其処では
彼は絵本に助けを借りた、彼は絵本を一心に見た、
其処にはスペイン人、イタリヤ人が、笑つてゐるのが見られるのだつた。
――その娘は八才で、隣りの職人の子なのだが、
此の野放しの娘
片隅で跳ね返り、彼にとびかゝり、
彼を下敷にするといふと、彼は
その娘、ズロース穿いてたことはなく、
扨、拳固でやられ、
娘の肌の感触を、自分の部屋まで持ち帰る。
どんよりとした十二月の、日曜日を彼は嫌ひであつた、
そんな日は、髪に油を付けまして、
縁がキャベツの色をした、バイブルを、彼は読むのでありました。
数々の夢が毎晩寝室で、彼の呼吸を締めつけた。
彼は神様を好きでなかつた、鹿ノ子の色の
仕事着を着た人々の影、くり出して来るのを彼は見てゐた
扨其処には東西屋がゐて、太鼓を三つ叩いては、
まはりに集る群集を、どつと笑はせ唸らせる。
彼は夢みた、やさしの牧場、其処に
清らの
フツ飛んでゆくのでありました。
彼はとりわけ、ほのかに暗いものを愛した、
天井高く、湿気に傷む寒々とした部屋の中にて、
心を凝らし気を凝らし彼が
けだるげな石黄色の空や又湿つた森林、
霊妙の林に開く肉の花々、
心に充ちて――
かゝる間も下の方では、街の
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盗まれた心
私の悲しい心は船尾に行つて
私の心は安い煙草にむかついてゐる。
そしてスープの
私の悲しい心は船尾に行つて涎を垂らす。
一緒になつてげらげら笑ふ
世間の駄洒落に打ちのめされて、
私の悲しい心は船尾に行つて涎を垂らす、
私の心は安い煙草にむかついてゐる!
諷刺詩流儀の雑兵気質の
奴等の駄洒落が私を汚した!
舵の
諷刺詩流儀の雑兵気質の。
おゝ、玄妙不可思議の波浪よ、
私の心を
諷刺詩流儀の雑兵気質の
奴等の駄洒落が私を汚した。
奴等の
どうすれあいいのだ? 盗まれた心よ。
それこそ妙な具合であらうよ、
奴等の煙草が尽きたとなつたら。
私のお
それで心は
奴等の
どうすれあいいのだ? 盗まれた心よ。
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ジャンヌ・マリイの手
ジャンヌ・マリイは丈夫な手してる、
だが夏負けして仄かに暗く、
蒼白いこと死人の手のやう。
――ジュアナの手とも云ふべきだ?
この双つの手は褐の乳脂を
この双つの手は月きららめく
澄めらの水に浸つたものか?
太古の空を飲むだのだらうか?
可愛いお膝にちよんと置かれて。
この手で葉巻を巻いただらうか、
それともダイヤを
マリアの像の熱き御足に
金の花をば萎ませたらうか?
双翅類をば
まだ明けやらぬ
花々の
それとも毒の注射師か?
如何なる夢が捉へたのだらう?
それともシオンの不思議な夢か?
――
神々の足の上にて、日に焼けたりもしなかつた。
この手はぶざまな赤ン坊たちの
この手は
決して悪くはしないのだ、
機械なぞより正確で、
馬よりも猶強いのだ!
猛火とうごめき
マルセイェーズを歌ふけれども
エレーゾンなぞ歌はない!
あらくれどもの
厳冬の如くこの手に
この手の甲こそ気高い暴徒が
或時この手が蒼ざめた、
蜂起した
托された愛の太陽の前で!
神々しい手よ、甞てしらじらしたことのない
我等の
時としておまへは
又時としてその指々の血を取つて、
おまへがさつぱりしたい時、
天使のやうな手よ、それこそは
我等の心に、異常な驚き捲き起すのだ。
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やさしい姉妹
若者、その眼は輝き、その皮膚は
裸かにしてもみまほしきその
月の下にて崇めらる、ペルシャの国の、
或る知られざる神の持つ、
おのが秀れた執心に誇りを感じ、
若々し海かはた、ダイアモンドの地層の上に
きららめく真夏の夜々の涙かや、
此の若者、
心の底よりゾツとして、いたく苛立ち、
癒しがたなき傷手を負ひてそれよりは、
やさしき
さあれ、女よ、臓腑の塊り、憐憫の情持てるもの、
汝、女にあればとて、
黒き
軽やかの指、ふくよかの胸持たざれば。
目覚ます
わが如何なる抱擁もつひに
我等に
我等おまへを
即ち甞ていためられたるかの獣性を、
月々に流されるかの血液の過剰の如く、
★
一度女がかの
生の呼び声、行為の歌に駆り立てられるや、
緑の
そが厳めしき制縛もて彼を引裂くのであつた!
絶えず/\壮観と、
かの執念の
やさしさ籠めて愚痴を呟き、巧者にも
花咲く自然に血の出る額を彼は与へるのであつた。
だが冷厳の錬金術、神学的な研鑚は
傷付いた彼、この倨傲なる学徒には不向きであつた。
狂暴な孤独はかくて彼の上をのそりのそりと歩き廻つた。
かゝる時、まこと爽かに、いつかは彼も
死の忌はしさの影だになく、真理の夜々の空にみる
かの夢とかの壮麗な逍遥は、彼の想ひに現れて、
その魂に病む四肢に、呼び覚まされるは
神秘な死、それよやさしき
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最初の聖体拝受
それあもう愚劣なものだ、村の教会なぞといふものは
其処に
神聖なお説教がぽつりぽつりと話されるのを聴いてゐる、
まこと奇妙な墨染の衣、その下では靴音がごそごそとしてゐる。
あゝそれなのに太陽は木々の葉越しに輝いてゐる、
不揃ひな
石は何時でも母なる大地を呼吸してゐる。
さかりがついて荘重に身顫ひをする野原の中には
泥に
重つたるい麦畑の近く、赫土の小径の中には
焼きのまはつた小さな木々が立つてゐて、よくみれば青い実をつけ、
黒々とした桑の樹の
百年目毎に、例の美事な納屋々々は
水色か、クリーム色の野呂で以て塗換へられる。
ノートル・ダムや藁まみれの聖人像の近傍に
たとへ異様な聖物はごろごろし過ぎてゐようとも、
蠅は旅籠屋や牛小舎に結構な匂ひを漂はし
日の当つた床からは蝋を鱈腹詰め込むのだ。
子供は家に尽さなければならないことで、つまりその
凡々たる世話事や人を愚鈍にする底の仕事に励まにやならぬのだ。
彼等は皮膚がむづむづするのを忘れて
皮膚にはキリストの司祭様が今し効験
彼等は司祭様には東屋の蔭濃き屋根を提供する
すると彼等は日焼けした額をば陽に晒させて貰へるといふわけだ。
ナポレオンの形をしたのや小判の形をしたの
或ひは飾り立てられてジョゼフとマルトが
恋しさ余つて
――科学の御代にも
これら僅かのものこそが最初の聖体拝受の思ひ出として彼等の胸に残るもの。
娘達は何時でもはしやいで教会に行く、
若い衆達から
若い衆達はミサの後、それとも愉快な日暮時、よく密会をするのです。
屯営部隊のハイカラ者なる彼等ときては、カフヱーで
勢力のある家々のこと、あしざまに云ひ散らし、
新しい作業服着て、恐ろしい歌を怒鳴るといふ始末。
扨、主任司祭様には子供達のため絵図を御撰定遊ばした。
主任司祭様の菜園に、かの日暮時、空気が遠くの方から
そこはかとなく舞踏曲に充ちてくる時、
主任司祭様には、神様の御禁戒にも拘らず
足の指がはしやぎだすのやふくらはぎがふくらむのをお感じになる……
――夜が来ると、黒い海賊船が金の御空に現れ出ます。
司祭様は郊外や豊かな町々の信者達の間から
名も知れぬ一人の少女を撰り出しなされた
その少女の眼は悲しげで、額は黄色い色をしてゐた。
その両親は親切な門番か何かのやうです。
聖体拝受のその日に、伝
この少女の額に聖水を、雪と降らしめ給ふであらう。
最初の聖体拝受の前日に、少女は病気になりました。
上等の教会の葬式の日の
はじめまづ悪寒が来ました、――寝床は味気なくもなかつた、
恋の有頂天が少女の愚かな姉妹達を襲つた時のやうに、
少女は打萎れ両手を胸に置いたまゝ、熱心に
諸天使や諸所のエス様や聖母様を勘定しはじめました、
そして静かに、なんとも云へぬ喜びにうつとりするのでありました。
神様!……――
緑の
天の
雪のやうな大きな麻布は、太陽の上に落ちかゝりました!――
現在の貞潔のため、将来の貞潔のために
少女はあなたの『
水中の百合よりもジャムよりももつと
あなたの
※[#「IIII」、82-1]
それからといふもの聖母ははや
神秘な熱も時折衰へるのであつた……
どことなく
貞純にして水色の少女の夢を破るのであつた、
又脱ぎ捨てられた聖衣の数々、
エス様が裸体をお包みなされたといふ下著をみては
それなのになほも彼女は願ふ、遣瀬なさの限りにゐて、
至高のお慈悲のみ光の消えざらんやう願ふのであつた
扨
少女はもうどうしやうもない。身を動かし腰を伸ばして、
手で青いカーテンを開く、
涼しい空気を少しばかり敷布や
自分のお
夜中目覚めて、窓はいやに白つぽかつた
日曜日のあどけなさの幻影が彼女を捉へる
今の今迄
身の潔白を心に感じ身のか弱さを心に感じ
神様の
心臓が、
そのやさしい空の色をば心に想ひみながらも、
灰色の
彼女は心が血を流し、声も立て得ぬ憤激が
扨
その星は、
白い幽霊とも見える仕事着が干されてあつた中庭に
彼女が下り立ち、黒い
彼女は彼女の聖い
白い気体は流れてゐました、青銅色の
天窗は、ほのぼの
窓々の、硝子に空がひつそりと鍍金してゐる中庭の中
敷石は、アルカリ水の匂ひして
黒い睡気で一杯の壁の影をば甘んじて受けてゐるのでありました……
誰か恋のやつれや浅ましい恨みを口にするものぞ
また、潔い人をも汚すといふかの
もたらす所為を云ふものぞ、おゝ穢らはしい狂人等、
折も折かの癩が、こんなやさしい肉体を
さて彼女に、ヒステリックな錯乱がまたも起つて来ますといふと
彼女は
恋人が真つ白い無数のマリアを夢みてゐるのを、
愛の一夜の明け方に、いとも悲痛な
御存じ?
人の持つてるすべてのもの、えゝ、貴方のお持ちのすべてのものを
奪つたのでした。その妾は病気です、妾は寝かせて欲しいのです
妾は
その時妾は
貴方は妾の羊毛と、深い髪毛に
妾はなさるがまゝになつてゐた……あゝ、行つて下さい、その方がよろしいのです、
男の
汚い
どんなにいためられるものであるかにお気付きならない
又貴方への熱中のすべてが
だつて妾の最初の聖体拝受は取行はれました。
妾は貴方の
妾の心と、貴方がお抱きの妾のからだは
エス様の腐つた接唇でうよ/\してます!
かくて敗れた魂と悲しみ悶える魂は
キリストよ、汝が呪詛の滔々と流れ流れるを感ずるのです、
――男等は、汝が不可侵の『憎悪』の上に
死の準備のためにとて、真正な情熱を逃れることにより、
キリストよ! 汝永遠の精力の掠奪者、
父なる神は二千年もの間、汝が蒼白さに捧げしめ給うたといふわけか
恥と頭痛で地に縛られて、
動顛したる、女等のいと悲しげな額をば。
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酔ひどれ船
私は不感な河を下つて行つたのだが、
何時しか私の曳船人等は、私を離れてゐるのであつた、
みれば罵り喚く
色とりどりの棒杭に裸かのままで釘附けてゐた。
私は一行の者、フラマンの小麦や
とんと頓着してゐなかつた
曳船人等とその騒ぎとが、私を去つてしまつてからは
河は私の思ふまま下らせてくれるのであつた。
私は浪の狂へる中を、さる冬のこと
子供の脳より
怒濤を
その時程の動乱を
嵐は私の海上に於ける警戒ぶりを讃歎した。
犠牲者達を永遠にまろばすといふ浪の間に
幾夜ともなく
子供が食べる酸い林檎よりもしむみりと、
緑の水はわが樅の船体に滲むことだらう
又
無暗矢鱈に降りかかつた。
その時からだ、私は海の歌に浴した。
星を
折から一人の水死人、思ひ深げに下つてゆく。
其処に忽ち
またゆるゆると陽のかぎろひのその
アルコールよりもなほ強く、竪琴よりも
愛執のにがい茶色も漂つた!
私は知つてゐる稲妻に裂かれる空を竜巻を
打返す浪を潮流を。私は夕べを知つてゐる、
群れ立つ鳩にのぼせたやうな
又人々が見たやうな気のするものを現に見た。
不可思議の
紫の長い
古代の劇の俳優か、
大浪は遠くにはためき逆巻いてゐる。
私は夢みた、眩いばかり雪降り積つた緑の夜を
未聞の生気は循環し
歌ふがやうな燐光は青に黄色にあざやいだ。
私は従つた、幾月も幾月も、ヒステリックな
牛小舎に似た大浪が暗礁を突撃するのに、
もしもかの光り
お望みとあらば太洋に
船は
人の
手綱の如く張りつめた虹は遥かの沖の方
海緑色の畜群に、いりまじる。
私は見た、沼かと
其処にレヴィヤタンの一族は草に絡まり腐りゆき、
氷河、白銀の太陽、真珠の波、
褐色の入江の底にぞつとする破船の残骸、
其処に大きな蛇は虫にくはれて
くねくねの木々の枝よりどす黒い臭気をあげては堕ちてゐた!
子供等に見せたかつたよ、
其の他金色の魚、歌ふ魚、
の花は私の漂流を祝福し、
えもいへぬ風は折々私を
時として地極と地帯に飽き果てた殉教者・海は
その
黄色い吸口のある仄暗い花をばかざした
その時私は膝つく女のやうであつた
半島はわが船近く揺らぎつつ金褐の目の
怪鳥の糞と争ひを振り落とす、
かくてまた漂ひゆけば、わが細綱を横切つて
水死人の幾人か
私としてからが浦々の乱れた髪に踏み迷ひ
鳥も棲まはぬ
水に酔つた私の
思ひのままに、煙吹き、紫色の霧立てて、
私は、詩人等に美味しいジャミや、
太陽の
壁のやうに赤らんだ空の中をずんずん進んだ、
電気と閃く星を著け、
黒い海馬に
七月が、丸太ン棒で打つかとばかり
燃える漏斗のかたちした紺青の空を揺るがせた時、
私は慄へてゐた、五十里の彼方にて
ベヘモと
ああ永遠に、青き不動を紡ぐ海よ、
昔ながらの欄干に
私は見た! 天にある群島を! その島々の
狂ほしいまでのその空は
底知れぬこんな夜々には眠つてゐるのか、もう居ないのか
おゝ、百万の金の鳥、当来の精力よ!
だが、
月はおどろしく陽はにがかつた。
どぎつい愛は心
おゝ! 竜骨も砕けるがよい、私は海に没してしまはう!
よし今私が欧羅巴の水を望むとしても、それははや
黒い冷たい林の中の
子供は
五月の蝶かといたいけな笹小舟。
あゝ浪よ、ひとたびおまへの倦怠にたゆたつては、
旗と炎の驕慢を
船橋の、恐ろしい眼の下をかいくぐることも、出来ないこつた。
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虱捜す女
嬰児の額が、赤い
なんとなく、夢の真白の群がりを乞うてゐるとき、
美しい二人の
細指の、その爪は白銀の色をしてゐる。
花々の乱れに青い風あたる大きな窓辺に、
二人はその子を坐らせる、そして
露
無気味なほども美しい細い指をばさまよはす。
さて
するやうな二人の
唇にうかぶ唾液か
ともすればそのうたは杜切れたりする。
まばたくを、また
虱を潰す音を聞く。
たちまちに
有頂天になりもやせんハモニカの溜息か。
子供は感ずる、ゆるやかな愛撫につれて、
絶え間なく泣きたい気持が絶え間なく消長するのを。
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母音
Aは黒、Eは白、Iは赤、Uは緑、Oは赤、母音たち、
おまへたちの穏密な誕生をいつの日か私は語らう。
A、眩ゆいやうな蠅たちの毛むくぢやらの黒い
むごたらしい悪臭の周囲を飛びまはる、暗い入江。
E、蒸気や
槍の形をした氷塊、真白の諸王、
I、緋色の布、
熱烈な悔悛に於けるみごとな笑ひ。
U、循環期、鮮緑の海の聖なる身慄ひ、
動物散在する牧養地の静けさ、錬金術が
学者の額に刻み付けた皺の静けさ。
O、至上な
人の世と天使の世界を貫く沈黙。
――その目紫の光を放つ、物の終末!
[#改ページ]
四行詩
星は汝が耳の核心に薔薇色に
無限は
海は
して人は黒き血ながす至高の
[#改ページ]
烏
神よ、牧場が寒い時、
さびれすがれた村々に
見渡すかぎり花もない時、
高い空から
あのなつかしい烏たち。
木枯は、君等の
君等黄ばんだ河添ひに、
古い十字架立つてる路に、
溝に窪地に、
飛び散れよ、あざ
幾千となくフランスの野に
昨日の死者が眠れる其処に、
冬よ、ゆつくりとどまるがよい、
君等
おゝわが喪服の鳥たちよ!
だが、あゝ
五月の頬白見逃してやれよ
あれら森の深みに繋がれ、
出ること叶はず草地に縛られ、
し
[#改丁]
[#ページの左右中央]
飾画篇
[#改ページ]
静寂
アカシヤのほとり、
四月に、櫂は
鮮緑よ!
きれいな
フ※[#小書き片仮名ヱ、104-7]ベの
頭の
昔の聖者の頭のかたち……
明るい藁塚はた岬、
うつくし
このましきかな古代
さてもかの、
祭でもなし
星でなし。
しかすがに彼等とどまる
――シシリーやアルマーニュ、
かの蒼ざめ
粛として!
[#改ページ]
涙
鳥たちと畜群と、村人達から
私はとある叢林の中に、
生ツぽい、微温の午後は霧がしてゐた。
かのいたいけなオワズの川、声なき
垂れ
かくて私は
やがて嵐は空を変へ、暗くした。
黒い国々、
はては清夜の列柱か、数々の船著場か。
樹々の
風は空から氷片を、泥池めがけてぶつつけた……
あゝ、金、貝甲の採集人かなんぞのやうに、
私には、酒なぞほんにどうでもよいと申しませう。
[#改ページ]
カシスの川
カシスの川は何にも知らずに流れる
異様な谷間を、
百羽の烏が声もて
ほんによい天使の川波、
樅の林の大きい所作に、
沢山の風がくぐもる時。
すべては流れる、昔の田舎や
訪はれた牙塔や威儀張つた公園の
此の
それにしてもだ、風の爽かなこと!
飛脚は矢来に何を見るとも
なほも往くだらう元気に元気に。
領主が遣はした森の士卒か、
烏、おまへのやさしい
古い
狡獪な農夫は此処より立去れ。
[#改ページ]
朝の思ひ
夏の朝、四時、
愛の睡気がなほも漂ふ
木立の下。東天は吐き出だしてゐる
楽しい夕べのかのかをり。
だが、
大いなる工作場では、
シャツ一枚の大工の腕が
もう動いてゐる。
荒寥たるその仕事場で、冷静な、
彼等は豪奢な屋敷の
あでやかな空の下にて微笑せん
都市の富貴の
おゝ、これら嬉しい職人のため
バビロン王の臣下のために、
ニュスよ、偶には
心
おゝ、牧人等の女王様!
彼等に酒をお与へなされ
彼等の力が平静に、持ちこたへられますやうに。
[#改ページ]
ミシェルとクリスチイヌ
馬鹿な、太陽が軌道を
失せろ、洪水! 路々の影を見ろ。
柳の中や名誉の古庭の中だぞ、
雷雨が先づ大きい雨滴をぶつけるのは。
おゝ、百の仔羊よ、牧歌の中の金髪兵士達よ、
水路橋よ、痩衰へた灌木林よ、
失せろ! 平野も沙漠も牧野も地平線も
雷雨の真ツ赤な
黒犬よ、マントにくるまつた褐色の牧師よ、
目覚ましい稲妻の時を逃れよ。
ブロンドの畜群よ、影と硫黄が漂ふ時には、
ひそかな私室に引籠るがよい。
だがあゝ神様! 私の精神は
赤く凍つた空を追うて、
レールと長いソローニュの上を
飛び駆ける空の雲の、その真下を。
見よ、千の狼、千の蛮民を
まんざらでもなささうに、
信仰風な雷雨の午後は
漂流民の見られるだらう古代欧羅巴に
さてその
赤らむだ額を夜空の下に、戦士達
蒼ざめた馬を
小石はこの泰然たる隊の足下で音立てる。
――さて黄色い森を明るい谷間を、
碧い
さては可愛いい足の
ミシェルとクリスチイヌを、キリストを、牧歌の極限を私は想ふ!
[#改ページ]
渇の喜劇
月や青物の
お日様に向つて
人間何が必要か? 飲むこつてす。
小生。――野花の上にて息絶ゆること。
田園に棲む。
ごらん、柳のむかふを水は、
湿つたお城のぐるりをめぐつて
ずうつと流れてゐるでせう。
さ、酒倉へ行きますよ、
小生。――牝牛等呑んでる
さ、持つといで
戸棚の中の色んなお酒。
上等の紅茶、上等の珈琲、
薬鑵の中で鳴つてます。
――絵をごらん、花をごらん。
小生。――骨甕をみんな、割つちやへばよい。
精神
永遠無窮な
きめこまやかな水
ニュス、蒼天の妹は、
きれいな浪に情けを
ノルヱーの彷徨ふ
雪について語つてくれよ。
追放されたる古代人等は、
海のことを語つてくれよ。
小生。――きれいなお
水入れた、コップに漬ける造花だの、
絵のない昔噺は
もう沢山。
小唄作者よ、おまへの名附け子、
憂ひに沈み衰耗し果てる
口なき馴染みのかの
仲間
おい、酒は浜辺に
浪をなし!
ピリツとくる奴、
山の上から流れ出す!
どうだい、手に入れようではないか、
緑柱めでたきかのアプサン
小生。――なにがなにやらもう分らんぞ。
ひどく酔つたが、勘
俺は好きだぞ、随分好きだ、
池に漬つて腐るのは、
あの気味悪い苔水の下
漂ふ丸太のそのそばで。
哀れな空想
恐らくはとある夕べが俺を待つ
或る古都で。
その時こそは
満足をして死んでもゆかう、
たゞそれまでの辛抱だ!
もしも俺の不運も
お金が手に入ることでもあつたら、
その時はどつちにしたものだらう?
北か、それとも葡萄の国か?……
――まあまあ今からそんなこと、
空想したつてはじまらぬ。
仮りに俺がだ、昔流儀の
旅行家様になつたところで、
あの緑色の旅籠屋が
結論
青野にわななく
追ひまはされる
水に棲むどち、家畜どち、
瀕死の蝶さへ
さば雲もろとも融けること、
――すがすがしさにうべなはれ、
菫の上に息絶ゆること!
[#改ページ]
恥
白くて
このムツとするお荷物の
さつぱり致そう筈もない……
(あゝ、奴は切らなけあなるまいに、
その鼻、その
その腹も! すばらしや、
脚も棄てなけあなるまいに!)
だが、いや、確かに
頭に刃、
脇に
腸に火を
加へぬかぎりは、寸時たりと、
ちよこまかと
謀反気やめることもない
モン・ロシウの猫のやう、
――だが死の時には、神様よ、
なんとか祈りも出ますやう……
[#改ページ]
若夫婦
部屋は濃藍の空に向つて開かれてゐる。
所狭いまでに手文庫や櫃!
そこに化物の歯茎は顫へてゐる。
なんと、天才流儀ぢやないか、
この
桑の実呉れるアフリカ魔女の趣好もかくや
部屋の隅々には
と、数名の者が這入つて来る、不平
色んな食器戸棚の上に
さて止る! 若夫婦は失礼千万にも留守してる
そこでと、何にもはじまらぬ。
その不在中、ずつとこの部屋中に。
意地悪な水の精等も
寝床をうろつきまはつてゐる。
そのかずかずを摘むのであらう、
さて二人は、鼠ごつこもするのであらう。
――日が暮れてから、銃を打つ時出るやうな
気狂ひじみた蒼い火が、出さへしなけれあいいがなあ。
――寧ろ、純白神聖なベツレヘムの景観が、
この若夫婦の部屋の窓の、あの空色を悩殺するに
[#改ページ]
忍耐
或る夏の。
菩提樹の明るい枝に
病弱な鹿笛の音は息絶える。
しかし意力のある歌は
すぐりの中を舞ひめぐる。
血が血管で微笑めば、
葡萄の木と木は絡まり合ふ。
空は天使と美しく、
空と波とは聖体拝受。
外出だ!
苔の上にてへたばらう。
やれ忍耐だの退屈だのと、
芸もない話ぢやないか!……チエツ、苦労とよ。
ドラマチックな夏こそは
『運』の車にこの俺を、縛つてくれるでこそよろし、
自然よ、おまへの手にかゝり、
――ちつとはましに賑やかに、死にたいものだ!
ところで羊飼さへが、大方は
浮世の苦労で死ぬるとは、
季節々々がこの俺を使ひ減らしてくれゝばいい。
自然よ、此の身はおまへに返す、
これな渇きも
お気に召したら、食はせろよ、飲ませろよ。
俺は何にも惑ひはしない。
御先祖様や日輪様にはお笑草でもあらうけど、
俺は何にも笑ひたかない
たゞこの不運に屈托だけはないやうに!
[#改ページ]
永遠
また見付かつた。
何がだ? 永遠。
太陽もろとも
見張番の魂よ、
白状しようぜ
空無な
燃ゆる日に就き。
人間共の配慮から、
世間
おまへはさつさと手を切つて
飛んでゆくべし……
もとより希望があるものか、
願ひの
黙つて黙つて
苦痛なんざあ覚悟の前。
それそのおまへと燃えてゐれあ
やれやれといふ暇もなく。
また見付かつた。
何がだ? 永遠。
太陽もろとも
[#改ページ]
最も高い塔の歌
何事にも屈従した
無駄だつた青春よ
繊細さのために
私は生涯をそこなつたのだ、
あゝ! 心といふ心の
陶酔する時の来らんことを!
私は思つた、忘念しようと、
人が私を見ないやうにと。
いとも高度な喜びの
約束なしには
何物も私を停めないやう
厳かな隠遁よと。
ノートルダムの
心に持たぬ惨めなる
さもしい限りの
千の
処女マリアに
祈らうといふか?
私は随分忍耐もした
決して忘れもしはすまい。
つもる怖れや苦しみは
空に向つて昨日
今たゞわけも分らぬ渇きが
私の血をば暗くする。
忘れ去られた
牧野ときたら
ふくらみ花を咲かすのだ、
汚い蠅等の残忍な
何事にも屈従した
無駄だつた青春よ、
繊細さのために
私は生涯をそこなつたのだ。
あゝ! 心といふ心の
陶酔する時の来らんことを!
[#改ページ]
彼女は埃及舞妓か?
彼女は
火の花と
豪華な都会にほど遠からぬ
壮んな眺めを前にして!
美しや! おまけにこれはなくてかなはぬ
――
だつて彼女の表情は、消え去りがてにも猶海の
[#改ページ]
幸福
私の手がけた幸福の
秘法を誰が
ゴオルの
「幸福」こそは万歳だ。
もはや何にも希ふまい、
私はそいつで一杯だ。
身も魂も
努力もへちまもあるものか。
私が何を言つてるのかつて?
言葉なんぞはふつ飛んぢまへだ!
[#改ページ]
飢餓の祭り
俺の飢餓よ、アンヌ、アンヌ、
驢馬に乗つて失せろ。
俺に
土や
Dinn! dinn! dinn! dinn! 空気を食はう、
岩を、炭を、鉄を食はう。
飢餓よ、あつちけ。草をやれ、
昼顔の、愉快な毒でも
吸ふがいい。
乞食が砕いた
教会堂の古びた石でも、
洪水の子の磧の石でも、
寒い谷間の
飢餓とはかい、黒い空気のどんづまり、
空鳴り渡る鐘の音。
――俺の袖引く胃の腑こそ、
それこそ不幸といふものさ。
土から葉つぱが現れた。
熟れた果肉にありつかう。
畑に俺が摘むものは
俺の飢餓よ、アンヌ、アンヌ、
驢馬に乗つて失せろ。
[#改ページ]
海景
銀の戦車や
泡を打ち、
茨の根株を掘り返す。
曠野の行進、
干潮の巨大な
円を描いて東の方へ、
森の柱へ波止場の胴へ、
くりだしてゐる、
波止場の稜は渦巻く光でゴツゴツだ。
[#改丁]
[#ページの左右中央]
追加篇
[#改ページ]
孤児等のお年玉
薄暗い部屋。
ぼんやり聞こえるのは
二人の子供の悲しいやさしい
互ひに額を寄せ合つて、おまけに
慄へたり揺らいだりする長い白いカーテンの前。
灰色の空の下で彼等の羽はかじかんでゐる。
さて、霧の季節の
ところどころに雪のある彼女の衣裳を引摺りながら、
涙をうかべて微笑をしたり寒さに慄へて歌つたりする。
二人の子供は揺れ動くカーテンの前、
低声で話をしてゐます、
遠くの囁でも聴くやう、彼等は耳を澄ましてゐます。
彼等屡々、目覚時計の、けざやかな
びつくりするのでありました、それはりんりん鳴ります 鳴ります、
硝子の覆ひのその中で、金属的なその響き。
部屋は凍てつく寒さです。寝床の
喪服は
陰気な息吹を此の部屋の中までどんどん吹き込みます。
彼等は感じてゐるのです、何かゞ不足してゐると……
それは母親なのではないか、此のいたいけな子達にとつて、
それは得意な
母親は、夕方独りで様子ぶり、忘れてゐたのでありませうか、
灰を落としてストーブをよく燃えるやうにすることも、
彼等の上に羊毛や
彼等の部屋を出てゆく時に、お休みなさいを云ひながら、
その
――母の夢、それは微温の
柔らかい
枝に揺られる小鳥のやうに、
ほのかなねむりを眠ります!
今此の部屋は、羽なく熱なき
二人の子供は寒さに慄へ、眠りもしないで怖れにわななき、
これではまるで北風が吹き込むための
諸君は既にお分りでせう、此の子等には母親はありません。
そこで婆やがこの子等の、面倒はみてゐるのです。
つまり凍つた此の家に住んでゐるのは彼等だけ……
今やこれらの幼い孤児が、嬉しい記憶を彼等の胸に
徐々に徐々にと繰り
恰度お祈りする時に、
あゝ! お年玉、貰へる朝の、なんと嬉しいことでせう。
わくわくしながら
しやなりしやなりと渦巻き踊り、
やがて見えなくなるかとみれば、またもやそれは現れてくる。
さて朝が来て目が覚める、直ぐさま元気で
目を
さて走つてゆく、頭はもぢやもぢや、
目玉はキヨロキヨロ、嬉しいのだもの、
小さな
両親の部屋の戸口に来ると、そをつとそをつと扉に触れる、
さて這入ります、それからそこで、御辞儀……寝巻のまんま、
※[#「IIII」、148-1]
あゝ! 楽しかつたことであつた、何べん思ひ出されることか……
――変り果てたる此の
太い薪は
家中明るい灯火は
それは洩れ出て
机や椅子につやつやひかり、
鍵のしてない大きな戸棚、鍵のしてない黒い戸棚を
子供はたびたび眺めたことです、
鍵がないとはほんとに不思議! そこで子供は夢みるのでした、
戸棚の中の神秘の数々、
聞こえるやうです、鍵穴からは、
遠いい
――両親の部屋は今日ではひつそり!
ドアの下から光も漏れぬ。
両親はゐぬ、家よ、鍵よ、
なんとつまらぬ今年の正月!
ジツと案じてゐるうち涙は、
青い大きい目に浮かみます、
彼等呟く、『何時母さんは帰つて
今、二人は悲しげに、眠つてをります。
それを見たらば、眠りながらも泣いてると諸君は云はれることでせう、
そんなに彼等の目は腫れてその息遣ひは苦しげです。
ほんに子供といふものは感じやすいものなのです!……
だが揺籃を見舞ふ天使は彼等の涙を拭ひに来ます。
そして彼等の苦しい眠に嬉しい夢を授けます。
その夢は面白いので半ば開いた彼等の
やがて微笑み、何か呟くやうに見えます。
彼等はぽちやぽちやした腕に
やさしい目覚めの身振りして、頭を
そして、ぼんやりした目してあたりをずつと眺めます。
彼等は薔薇の色をした楽園にゐると思ひます……
パツと明るい
窓からは、青い空さへ見えてます。
大地は輝き、光は夢中になつてます、
陽射しに身をばまかせてゐます、
さても彼等のあの家が、今では
古い着物ももはやそこらに散らばつてゐず、
北風も扉の隙からもう吹込みはしませんでした。
仙女でも見舞つてくれたことでせう!……
―二人の子供は、夢中になつて、叫んだものです…おや其処に、
母さんの寝床の傍に明るい明るい陽を浴びて、
ほら其処に、
それらみんな大きいメタル、銀や黒のや白いのや、
チラチラ
小さな黒い額縁や、
みれば金字が彫り付けてある、『我等が母に!』と。
〔千八百六十九年末つ方〕
[#改ページ]太陽と肉体
太陽、この愛と生命の家郷は、
嬉々たる大地に熱愛を注ぐ。
我等谷間に寝そべつてゐる時に、
大地は血を湧き肉を躍らす、
その大いな胸が人に激昂させられるのは
神が愛によつて、女が肉によつて激昂させられる如くで、
又大量の樹液や光、
凡ゆる胚種を包蔵してゐる。
一切成長、一切増進!
おゝ
若々しい古代の時を、放逸な
獣的な
愛の小枝の樹皮をば
金髪ニンフを
地球の生気や河川の流れ、
樹々の
当時大地は牧羊神の、山羊足の下に胸ときめかし、
牧羊神が葦笛とれば、空のもと
愛の
野に立つて彼は、その笛に答へる天地の
声々をきいてゐました。
大地は人に接唇し、海といふ海
生物といふ生物が神のごと、情けに篤いことでした。
壮観な
見上げるやうに美しかつたかのシベールが、
走り廻つてゐたといふ時代を私は追惜します。
乳房ゆたかなその胸は
不死の命の霊液をそゝいでゐました。
『人の子』は吸つたものです、よろこんでその乳房をば、
子供のやうに、膝にあがつて。
だが『人の子』は強かつたので、貞潔で、温和でありました。
なさけないことに、今では彼は云ふのです、俺は何でも知つてると、
そして、
それでゐて『人の子』が今では王であり、
『人の子』が今では神なのです! 『愛』こそ神であるものを!
おゝ! 神々と男達との大いなる母、シベールよ!
そなたの乳房をもしも男が、今でも吸ふのであつたなら!
昔
浪かをる御神体、泡降りかゝる
森に鶯、男の心に、愛を歌はせ給ひたる
大いなる黒き瞳も誇りかのかの女神
アスタルテ、今も此の世におはしなば!
私は御身を信じます、聖なる母よ、
海のアフロヂテよ!――他の神がその十字架に
我等を繋ぎ給ひてより、御身への道のにがいこと!
肉、大理石、花、ニュス、私は御身を信じます!
さうです、『人の子』は貧しく醜い、空のもとではほんとに貧しい、
彼は衣服を着けてゐる、何故ならもはや貞潔でない、
何故なら至上の肉体を彼は汚してしまつたのです、
気高いからだを汚いわざで
火に遇つた
それでゐて死の後までも、その蒼ざめた遺骸の中に
生きんとします、最初の美なぞもうないくせに!
そして御身が処女性を、ゆたかに賦与され、
神に似せてお造りなすつたあの偶像、『女』は、
その哀れな魂を男に照らして貰つたおかげで
地下の牢から日の目を見るまで、
ゆるゆる暖められたおかげで、
おかげでもはや娼婦にやなれぬ!
――奇妙な話! かくて世界は偉大なニュスの
優しく聖なる
もしかの時代が帰りもしたらば! もしかの時代が帰りもしたらば!……
だつて『人の子』の時代は過ぎた、『人の子』の役目は終つた。
かの時代が帰りもしたらば、その日こそ、偶像
彼は復活するでもあらう、あの神々から解き放たれて、
天に属する者の如く、諸天を吟味しだすであらう。
理想、砕くすべなき永遠の思想、
かの
昇現し、額の下にて燃えるであらう。
そして、凡ゆる地域を探索する、彼を御身が見るだらう時、
諸々の古き
御身は彼に聖・
海の上にて荘厳に、輝く者たる御身はさて、
微笑みつゝは無限の『愛』を、
世界の上に投ぜんと光臨されることでせう。
世界は顫へることでせう、巨大な竪琴さながらに
かぐはしき、
――世界は『愛』に
おゝ肉体のみごとさよ! おゝ素晴らしいみごとさよ!
愛の来復、
神々も、英雄達も身を屈め、
エロスや真白のカリピイジュ
薔薇の吹雪にまよひつゝ
足の
※[#「IIII」、158-1]
おゝ偉大なるアリアドネ、おまへはおまへの悲しみを
海に投げ棄てたのだつた、テエゼの船が
陽に燦いて、去つてゆくのを眺めつつ、
おゝ貞順なおまへであつた、闇が傷めたおまへであつた、
黒い葡萄で縁取つた、金の車でリジアスが、
野をあちこちとさまよつて、青い流に沿ひながら
進んでゆけば仄暗い波も恥ぢ入るけはひです。
牡牛ゼウスはイウロペの裸かの身をば頸にのせ、
軽々とこそ揺すぶれば、波の中にて
ゼウスの丈夫なその
ゼウスは彼女に送ります、悠然として
彼女はやさしい蒼ざめた自分の頬をゼウスの顔に
さしむけて
神聖な
その金色の
夾竹桃と
夢みる大きい白鳥は、大変
その真つ白の羽をもてレダを胸には抱締めます、
さてニュス様のお通りです、
めづらかな腰の丸みよ、
幅広の胸に
雪かと白いそのお
ヘラクレス、この
おぼろに照らす夏の月の、月の光に照らされて
立つて夢みる裸身のもの
丈長髪も金に染み蒼ざめ重き波をなす
これぞ御存じアリアドネ、
苔も閃めく林間の
肌も真白のセレネエは
エンデミオンの足許に、怖づ怖づとして、
蒼白い月の光のその中で一寸
泉は
思つてゐるのはかのニンフ、波もて彼を抱締める……
愛の微風は闇の中、通り過ぎます……
さてもめでたい森の中、大樹々々の凄さの中に、
立つてゐるのは物云はぬ大理石像、神々の、
それの一つの
神々は耳傾けて、『人の子』と『終わりなき世』を案じ顔。
〔一八七〇、五月〕
[#改ページ]オフェリア
星眠る暗く静かな浪の上、
蒼白のオフェリア漂ふ、大百合か、
漂ふ、いともゆるやかに長き
近くの森では鳴つてます鹿遂詰めし合図の笛。
以来千年以上です真白の真白の妖怪の
哀しい哀しいオフェリアが、其処な流れを過ぎてから。
以来千年以上ですその恋ゆゑの
そのロマンスを夕風に、呟いてから。
風は彼女の胸を撫で、水にしづかにゆらめける
彼女の大きい
柳は慄へてその肩に熱い涙を落とします。
夢みる大きな額の上に
傷つけられた睡蓮たちは彼女を
彼女は時々覚まします、睡つてゐる
中の何かの
不思議な一つの歌声が金の星から堕ちてきます。
雪の如くも美しい、おゝ蒼ざめたオフェリアよ、
さうだ、おまへは死んだのだ、暗い流れに運ばれて!
それといふのもノルヱーの高い山から吹く風が
おまへの耳にひそひそと
それといふのもおまへの髪毛に、押寄せた風の一吹が、
おまへの夢みる心には、ただならぬ音とも聞こえたがため、
それといふのも樹の嘆かひに、夜毎の闇の吐く溜息に、
おまへの心は天地の声を、聞き
それといふのも
情けにあつい子供のやうな、おまへの胸を痛めたがため。
それといふのも四月の朝に、
哀れな狂者がおまへの膝に、黙つて坐りにやつて来たため。
何たる夢想ぞ、狂ひし女よ、天国、愛恋、自由とや、おゝ!
おまへは雪の火に於るがごと、彼に心も打靡かせた。
おまへの見事な幻想はおまへの誓ひを責めさいなんだ。
――そして無残な無限の奴は、おまへの瞳を
嘗ておまへの摘んだ花を、夜毎おまへは探しに来ると。
又彼は云ふ、流れの上に、長い
〔一八七〇、六月〕
[#改ページ]首吊人等の踊り
愛嬌のある不具者 =絞首台氏のそのほとり、
踊るわ、踊るわ、昔の刺客等、
悪魔の家来の、痩せたる刺客等、
サラヂン幕下の骸骨たちが。
踊るわ、踊るわ、昔の刺客等、
悪魔の家来の、痩せたる刺客等、
サラヂン幕下の骸骨たちが。
ビエルヂバブ閣下事には、ネクタイの中より取り出しめさるゝ
空を睨んで容子振る、幾つもの黒くて小さなからくり人形、
さてそれらの
踊らしめさるゝ、踊らしめさるゝ、ノエル
機嫌そこねた
黒い大きなオルガンのやう、昔綺麗な乙女達が
胸にあててた胸当のやう、
醜い恋のいざこざにいつまで
ウワーツ、陽気な踊り手には
踊り狂へばなんだろとまゝよ、大道芝居はえてして長い!
喧嘩か踊りかけぢめもつかぬ!
おゝ頑丈なそれらの
どのパンタンも、やがて間もなく、大方肌著を脱いぢまふ。
脱がない奴とて困つちやをらぬ、悪くも思はずけろりとしてる。
彼等の痩せたる顎の肉なら、ピクリピクリと慄へてゐます。
わけも分らぬ喧嘩騒ぎの、中をそは/\往つたり来たり、
しやちこばつたる剣客刺客の、
ウワーツ、北風ピユーピユー、骸骨社会の大舞踏会の真ツ只中に!
大きい鉄のオルガンさながら、絞首台氏も
狼たちも吠えてゆきます、
地平の果では御空が真ツ赤、地獄の色の真ツ赤です……
さても忘れてしまひたいぞえ、これら陰気な威張屋連中、
壊れかゝつたごつごつ指にて、血の気も失せたる椎骨の上
恋の念珠を爪繰る奴等、
味もへちまも持つてるもんかい、くたばりきつたる奴等でこそあれ!
さもあらばあれ、死人の踊の、その
狂つた大きい一つの骸骨、真ツ赤な空の背景の前。
硬い紐をば頸には感じ、
さていま一度、ガタリと跳ねる、骨の歌声、踊りの
も一度跳ねる、掛小舎で、道化が引ツ込む時するやうに。
愛嬌のある不具者 =絞首台氏のそのほとり、
踊るわ、踊るわ、昔の刺客等、
悪魔の家来の痩せたる刺客等、
サラヂン幕下の骸骨たちが。
踊るわ、踊るわ、昔の刺客等、
悪魔の家来の痩せたる刺客等、
サラヂン幕下の骸骨たちが。
〔一八七〇、六月〕
[#改ページ]タルチュッフの懲罰
わくわくしながら、彼の心は、恋慕に燃えて
僧服の下で、幸福おぼえ、手袋はめて、
彼は出掛けた、或日のことに、いとやさしげな
黄色い顔して、歯欠けの口から、信心垂らし
彼は出掛けた、或日のことに――
と或る意地悪、祝福された、彼の耳をば手荒に掴み
極悪の、文句を彼に、叩き付けた、僧服を
じめじめの彼の肌から引ツ剥ぎながら。
いい気味だ!……僧服の、
多くの罪過を赦してくれた、その長々しい念珠をば
心の裡にて爪繰りながら、聖タルチュッフは
ところで彼は告解してゐた、お祈りしてゐた、
――フツフツフツ! タルチュッフ様は丸裸か。
〔一八七〇、七月〕
[#改ページ]海の泡から生れたヴィナス
ブリキ製の緑の棺からのやうに、褐色の髪に
ベトベトにポマード附けた女の頭が、
古ぼけた浴槽の中からあらはれる、どんよりと間の抜けた
その顔へはまづい化粧がほどこされてゐる。
突き出てゐるし、短い脊中はでこぼこだ。
皮下の脂肪は、平らな葉のやう、
腰の丸みは、飛び出しさうだ。
ぞつとする。わけても気になる
奇態な
腰には二つの、語が彫つてある、Clara Venus と。
――胴全体が大きいお尻を、動かし、
肛門の、潰瘍は、見苦しくも美しい。
[#改ページ]
ニイナを抑制するものは
彼曰く――
そなたが胸をばわが胸の
そぢやないか、
鼻ン
空ははればれ
朝のお日様アおめへをうるほす
酒でねえかヨ……
寒げな森が、血を出してらアな
恋しさ余つて、
枝から緑の雫を垂れてヨ、
若芽出してら、
それをみてれアおめへも俺も、
肉が顫はア。
大きな
聖なる別嬪、
田舎の、恋する女ぢやおめへは、
何処へでも
まるでシャンペンが泡吹くやうに
おめへは笑を撒き散らす、
俺に笑へよ、酔つて暴れて
おめへを抱かうぜ
こオんな
嚥んでやらうゾ
苺みてエなおめへの味をヨ、
肉の花ぢやよ
泥棒みてエにおめへを掠める
風に笑へだ
御苦労様にも、おめへを
野薔薇に笑へだ、
殊には笑へだ、狂つた
こちのひとへだ!……
十七か! おめへは
おゝ!
素ツ晴らしい田舎!
――話しなよ、もそつと寄つてサ……
そなたが胸をばわが胸の
話をしいしい
ゆつくりゆかうぜ、大きな森の方サ
死んぢまつた小娘みてエに、
息切らしてヨウ
おめへは云ふだろ、抱いて行つてと
抱いてゆくともどきどきしてゐるおめへを抱いたら
小径の中へヨ、
小鳥の奴めアゆつくり構へて、啼きくさるだろヨ
口※[#小書き片仮名ン、176-13]中へヨ俺ァ話を、注ぎ込んでやら、
おめへのからだを
締めてやらアな子供を寝かせる時みてエにヨウ、
おめへの血は酔ひ
肌の下をヨ、青ウく流れる
桃色調でヨ
そこでおめへに俺は云はアな、
――おい! とね、――おめへにヤ分らア
森は樹液の匂ひでいつぱい、
おてんと様ア
金糸でもつてヨ
ぐツと飲まアナ。
日暮になつたら?……
ずうツとつゞいた白い路をヨ、
ブラリブラリと
羊みてエに。
青草
しちくね曲つた林檎の樹が、
強エ匂ひをしてらアな!
やんがて俺等は村に著く、
空が半分
乳臭エ匂ひがしてゐようわサ
日暮の空気のそン中で、
臭エ寝藁で
牛小屋の匂いもするベエよ、
ゆつくりゆつくり息を吐エてヨ
大ツきな背中ア
向ふを見ればヨ
牝牛がおつぴらに
歩きながらヨ。
ビールの壺はヨ
大きなパイプで威張りくさつて
突ン出た
しよつちう吐エてる奴等の前でヨ、
泡を吹いてら、
突ン出た
ハムに食ひ付き、
火は
長持なんぞを照らし出してヨ、
丸々太つてピカピカしてゐる
尻を持つてる腕白小僧は
膝ついて、茶碗の中に突つ込みやがらア
その
その
も一人の小憎の鼻で撫でられ
その小僧奴の
接唇とくらア、
椅子の端ツこに黒くて
恐ろし頭した
糸紡ぐ――
なんといろいろ見れるぢやねエかヨ、
この
焚火が
窓の硝子を照らす時!
こざつぱりした住居ぢや住居
中ぢや騒ぎぢや
愉快な騒ぎ……
来なよ、来なつてば、愛してやらあ、
わるかあるめエ
来なツたら来なよ、来せエしたらだ……
彼女曰く――
だつて
〔一五、八、一八七〇〕
[#改ページ]音楽堂にて
シャルルル・ガアルの広場
貧弱な芝地になつてる広場の上に、
木も花も、何もかもこぢんまりした辻公園に、
暑さにうだつた市民たち、毎木曜日の夕べになると、
恋々と、愚鈍を提げて集つて来る。
軍楽隊は、その中央で、
ファイフのワルツの演奏中、頻りに
それを
公証人氏は安ピカの、
無暗に太つた
彼女の
彼女の著物の裾飾と来ちや、物欲しさうに見えてます。
隠居仕事に、食料を
今日も彼等はステッキで砂を掻き掻き大真面目
何か契約上のこと、論議し合つてゐるのです、
何れお金のことでせう、扨『結局……』と云つてます。
お尻の丸味を床几の上に、どつかと据ゑてるブルジョワは、
はでな釦を附けてゐるビール腹したフラマン人、
オネン・パイプを
――ねえ、ホラ、あれは、密輸の煙草!
芝生の
トロンボオンの
いとも気随な兵隊達は子守女と口をきかうと
まづその抱ゐてる赤ン坊をあやします。
――私は学生よろしくの
彼女等私をよく知つてゐて、笑つて振向いたりします
その眼付にはいやらしい、要素も相当あるのです。
私は黙つてゐるのです。私はジツと眺めてる
彼女等の、胴衣と
肩の
彼女等の靴も私はよく見ます、靴下だつてよく見ます。
扨美しい熱もゆる、全身像を更めて、私は胸に描きます。
彼女等私を嗤ひます、そして
すると私は唇に、寄せ来る
〔一八七〇、八月〕
[#改ページ]喜劇・三度の接唇
彼女はひどく略装だつた、
無鉄砲な大木は
窓の硝子に葉や枝をぶツつけてゐた。
意地悪さうに、乱暴に。
私の大きい椅子に坐つて、
半裸の彼女は、手を組んでゐた。
小さな足が顫へてゐた。
私は視てゐた、少々顔を蒼くして、
灌木の茂みに
彼女の微笑や彼女の胸にとびまはるのを。
薔薇の木に蠅が戯れるやうに、
私は彼女の、柔かい
きまりわるげな長い笑ひを彼女はした、
その笑ひは明るい
水晶の
小さな足はシュミーズの中に
引ツ込んだ、『お邪魔でしよ!』
甘つたれた最初の無作法、
その笑は、罰する振りをする。
かあいさうに、私の
彼女の双の
甘つたれて、彼女は
『いいわよ』と云はんばかり!
『ねえ、あたし一寸云ひたいことあつてよ……』
私はなほも胸に接唇、
彼女はけた/\笑ひ出した
安心して、人の好い笑ひを……
彼女はひどく略装だつた、
無鉄砲な大木は
窓の硝子に葉や枝をぶツつけてゐた
意地悪さうに、乱暴に。
〔一八七〇、九月〕
[#改ページ]物語
人十七にもなるといふと、石や
或る美しい夕べのこと、――灯火輝くカフヱーの
ビールがなんだ、レモナードがなんだ?――
人はゆきます遊歩場、緑色濃き
菩提樹のなんと薫ること、六月の佳い宵々に。
空気は大変甘くつて、瞼閉じたくなるくらゐ。
程遠き街の響を運ぶ風
葡萄の薫り、ビールの薫り。
枝の彼方の暗い空
小さな雲が浮かんでる、
甘い
悪い星
六月の宵!……十七才!……人はほろ酔ひ陶然となる。
血はさながらにシャンペンで、それは頭に上ります。
人はさまよひ
小さな小さな生き物の、羽搏く
のぼせた心はありとある、物語にまで拡散し、
折しも蒼い街灯の、明りの下を過ぎゆくは
可愛いい可愛いい女の子
彼女の
小さな靴をちよこちよこと、
彼女は忽ちやつて来て、
――すると貴君の
※[#「IIII」、192-5]
貴君は恋の捕虜となり、八月の日も暑からず!
貴君は恋の捕虜となり、貴君の恋歌は彼女を笑まし。
貴君の友等は貴君を去るも、貴君関する所に非ず。
――さても彼女は或る夕べ、貴君に色よい手紙を呉れる。
その宵、貴君はカフヱーに行き、
ビールも飲めばレモナードも飲む……
人十七にもなるといふと、遊歩場の
菩提樹の味知るといふと、石や
〔一八七〇、九月二十三日〕
[#改ページ]冬の思ひ
僕等冬には薔薇色の、車に乗つて行きませう
中には青のクッションが、一杯の。
僕等仲良くするでせう。とりとめもない接唇の
巣はやはらかな車の隅々。
あなたは目をば閉ぢるでせう、窓から見える夕闇を
その
かの意地悪い異常さを、鬼畜の如き
愚民等を見まいとて。
あなたは頬を引ツ掻かれたとおもふでせう。
あなたの頸を走るでせうから。
あなたは僕に云ふでせう、『探して』と、頭かしげて、
僕等蜘蛛
――そいつは、よつぽど駆けまはるから。
一八七〇、十月七日、車中にて。
[#改ページ]災難
青空の果で、鳴つてゐる時、
その霰弾を
軍隊は、みるみるうちに崩れてゆく。
狂気の沙汰が
幾数万の人間の血ぬれの
――哀れな死者等は、自然よおまへの夏の中、草の中、歓喜の中、
祭壇の、
ホザナの声に揺られて睡り、
悩みにすくんだ母親達が、古い帽子のその下で
泣きながら二スウ銅貨をハンケチの
中から取り出し奉献する時、開眼するのは神様だ
〔一八七〇、十月〕
[#改ページ]シーザーの激怒
蒼ざめた男、花咲く芝生の中を、
黒衣を着け、葉巻
蒼ざめた男はチュイルリの花を思ふ、
曇つたその
皇帝は、過ぐる二十年間の大饗宴に飽き/\してゐる。
かねがね彼は思つてゐる、俺は自由を吹消さう、
うまい具合に、
自由が再び生れると、彼は全くがつかりしてゐた。
彼は
誰の名前が顫へてゐたか? 何を
誰にもそれは分らない、とまれ皇帝の
恐らくは眼鏡を掛けたあの教父、教父の事を恨んでゐた、
――サン・クルウの夕べ夕べに、かぼそい雲が流れるやう
その葉巻から立ち昇る、煙にジツと
〔一八七〇、十月〕
[#改ページ]キャバレ・ールにて
午後の五時。
五六日前から、私の靴は、路の小石にいたんでゐた、
私は、シャルルロワに、帰つて来てゐた。
キャバレ・ールでバタサンドヰッチと、ハムサンドヰッチを私は取つた、
ハムの方は少し冷え過ぎてゐた。
好い気持で、緑のテーブルの、下に脚を投出して、
私は
そこへ眼の活々とした、乳房の大きく発達した
――とはいへ決していやらしくない!――
にこにこしながら、バタサンドヰッチと、
ハムサンドヰッチを
皿に盛つて運んで来たのだ。
桃と白とのこもごものハムは韮の
彼女はコップに、午後の陽をうけて
金と輝くビールを注いだ。
〔一八七〇、十月〕
[#改ページ]『皇帝万歳!』の叫び共に
花々しきサアルブルックの捷利
三十五サンチームにてシャルルロワで売つてゐる色鮮かなベルギー絵草紙
青や黄の、礼讃の中を皇帝は、
燦たる馬に跨つて、
嬉しげだ、――今彼の
残虐なることゼウスの如く、優しきこと慈父の如しか。
下の方には、歩兵達、
これからやをら起き上る。ピトウは上衣を着終つて、
皇帝の方に振向いて、
右方には、デュマネエが、シャスポー銃に
丸刈の
そして、『皇帝万歳!』を唱へる。その隣りの男は押黙つてゐる。
軍帽は
いと朴訥なボキヨンは、腹を突き出し、ドツカと立つて、
後方部隊を前に出しながら、『何のためだ?……』と云つてるやうだ。
〔一八七〇、十月〕
[#改ページ]いたづら好きな女
ワニスと果物の匂ひのする、
褐色の食堂の中に、思ふ存分
名も知れぬベルギー料理を皿に盛り、
私はひどく大きい椅子に埋まつてゐた。
食べながら、
サツとばかりに料理場の
女中が出て来た、何事だらう、
とにかく下手な襟掛をして、ベルギー・レースを冠つてゐる。
そして小さな顫へる指で、
桃の肌へのその頬を絶えずさはつて、
子供のやうなその口はとンがらせてゐる、
彼女は幾つも私の近くに、皿を並べて私に媚びる。
それからこんなに、――
小さな声で、『ねえ、あたし
シヤルルロワにて、一八七〇、十月。
[#改丁][#ページの左右中央]
附録
[#改ページ]
失はれた毒薬(未発表詩)
ブロンドとまた
思ひ出は、ああ、なくなつた、
夏の
手なれたネクタイ、なくなつた。
いかな思ひ出のいかな
ああ、それさへものこつてゐない。
青の
光れる、金の頭の針が
睡つた大きい昆虫のやう。
貴重な毒に浸されたその
私の
[#改ページ]
後記
私が
私は随分と苦心はしたつもりだ。世の多くの訳詩にして、正確には訳されてゐるが分りにくいといふ場合が少くないのは、語勢といふものに無頓着過ぎるからだと私は思ふ。私はだからその点でも出来るだけ注意した。
出来る限り逐字訳をしながら、その逐字訳が日本語となつてゐるやうに気を付けた。
語呂といふことも大いに尊重したが、語呂のために語義を無視するやうなことはしなかつた。
★
附録とした「失はれた毒薬」は、今はそのテキストが分らない。これは大正も末の頃、或る日小林秀雄が大学の図書館か何処かから、写して来たものを私が訳したものだ。とにかく未発表詩として、その頃出たフランスの雑誌か、それともやはりその頃出たランボオに関する研究書の中から、小林が書抜いて来たのであつた、ことは覚えてゐる。――テキストを御存知の方があつたら、何卒御一報下さる様お願します。
★
いつたいランボオの思想とは?――簡単に云はう。パイヤン(異教徒)の思想だ。彼はそれを確信してゐた。彼にとつて基督教とは、多分一牧歌としての価値を有つてゐた。
さういふ彼にはもはや信憑すべきものとして、感性的陶酔以外には何にもなかつた筈だ。その陶酔を発想するといふこともはや殆んど問題ではなかつたらう。その陶酔は全一で、「地獄の季節」の中であんなにガンガン云つてゐることも、要するにその陶酔の全一性といふことが全ての全てで、他のことはもうとるに足りぬ、而も人類とは如何にそのとるに足りぬことにかかづらつてゐることだらう、といふことに他ならぬ。
繻子の色した深紅の燠よ、
それそのおまへと燃えてゐれあ
義務 はすむといふものだ、
それそのおまへと燃えてゐれあ
つまり彼には感性的陶酔が、全然新しい人類史を生むべきであると見える程、忘れられてはゐるが貴重なものであると思はれた。彼の悲劇も喜劇も、恐らくは茲に発した。
所で、人類は「食ふため」には感性上のことなんか犠牲にしてゐる。ランボオの思想は、だから嫌はれはしないまでも容れられはしまい。勿論夢といふものは、容れられないからといつて意義を減ずるものでもない。然しランボオの夢たるや、なんと容れられ難いものだらう!
云換れば、ランボオの洞見したものは、結局「生の原型」といふべきもので、謂はば凡ゆる風俗凡ゆる習慣以前の生の原理であり、それを一度洞見した以上、忘れられもしないが又表現することも出来ない、
もし曲りなりにも行き道があるとすれば、やつとルレーヌ風の楽天主義があるくらゐのもので、つまりランボオの夢を、謂はばランボオよりもうんと無頓着に夢みる道なのだが、勿論、それにしてもその夢は容れられはしない。唯ルレーヌには、謂はば夢みる生活が始まるのだが、ランボオでは、夢は夢であつて遂に生活とは甚だ別個のことでしかなかつた。
ランボオの一生が、恐ろしく急テムポな悲劇であつたのも、恐らくかういふ所からである。
★
終りに、訳出のその折々に、教示を乞うた小林秀雄、中島健蔵、今日出海の諸兄に、厚く御礼を申述べておく。
〔昭和十二年八月二十一日〕