首なし

TRUNK-WITHOUT-HEAD

ダグラス・ハイド Douglas Hyde

館野浩美訳




 むかし、ゴールウェイけんに、おっとをなくしたおんなひとんでいた。ふたりの息子むすこがおり、名前なまえはダーモッドとドーナルといった。ダーモッドのほうが年上としうえで、いえのことを仕切しきっていた。おおきな農家のうかで、地主じぬしから地代じだいおさめにるようにとおたっしがあった。いえにそれほどおかねがなかったので、ダーモッドはドーナルにいつけた。「荷車にぐるま一杯いっぱいぶんのオートむぎをゴールウェイにはこんでってこい」ドーナルはんで、二頭にとううま荷車にぐるまにつなぎ、ゴールウェイのまちまでかけた。オートむぎり、なかなかのかせぎをにした。かえみち、いつものようにとちゅうの宿屋やどやでひとやすみして、自分じぶんさけみ、うまたちにはみずとオートむぎをやることにした。
 一杯いっぱいやろうと宿屋やどやはいると、若者わかものがふたり、トランプのけをしていた。しばらくていると、ひとりがった。「おまえもやるかい?」ドーナルはけにくわわり、オートむぎかせぎをいちペニーのこらずすってしまうまでやめなかった。「さあどうしよう。ダーモッドにころされる。ともかく、いえかえって正直しょうじきうことにしよう」
 いえくと、ダーモッドがたずねた。「オートむぎれたか?」「れたよ、なかなかのかせぎになった」とドーナルはこたえた。「かねをよこせ」「ないんだ。とちゅうの宿屋やどやでトランプのけをして、いちペニーのこらずすってしまった」「のろわれろ、二十にじゅう四人よにんぶんものろわれてしまえ」ダーモッドは母親ははおやのところへって、ドーナルが馬鹿ばか真似まねをしたのをはなした。「今回こんかいばかりはゆるしておやり。もう二度にどとしないだろうから」と母親ははおやった。「明日あした、また荷車にぐるま一杯いっぱいのオートむぎってこい。かせぎをくしたりしたら、もどってくるんじゃないぞ」とダーモッドはった。
 つぎのあさ、ドーナルはふたたびんで、ゴールウェイへった。オートむぎり、なかなかのかせぎをにした。かえみち宿屋やどやちかづいてくると、自分じぶんかせた。「宿屋やどやとおぎるまで、をつぶっていよう。はいりたくなったらいけない」ドーナルはをつぶったが、宿屋やどやまでると、うまたちがまって一歩いっぽうごかなくなった。ゴールウェイからのかえりはいつも、ここでオートむぎみずをもらっていたからだ。ドーナルはけ、うまたちにオートむぎみずをやり、自分じぶんはパイプにすみれようと、宿屋やどやはいった。
 はいってみると、若者わかものたちがトランプのけをしていた。おまえもやるかとドーナルにたずね、ひょっとすると昨日きのうけをぜんぶもどせるかもなとった。トランプにさそわれたドーナルはけにくわわり、っているおかねを一ペニーのこらずすってしまうまでやめなかった。「いまここでいえになどかえれない。すったおかねわりにうま荷車にぐるまけよう」ドーナルはもう一度いちど勝負しょうぶをし、うま荷車にぐるまられた。どうしてよいかわからなかったが、しばらくかんがえたあげくにこうった。「おれがいえかえらないと、おふくろが心配しんぱいするだろう。かえってほんとうのことをおう。どうせされるだけだ」
 いえくと、ダーモッドがたずねた。「オートむぎれたか? それにうま荷車にぐるまはどこだ」「ぜんぶトランプのけですってしまったよ。もどってきたのは、ただ、おまえたちの達者たっしゃいのってからこうとおもってね」「おまえも、おまえがかせいだかねいちペニーだって、二度にどもどってこないように。おまえにいのってもらいたくもない」
 ドーナルは母親ははおやにお達者たっしゃでとい、つとぐちをさがしに旅立たびだった。よるちかづいてくらくなるころには、のどがかわいてはらもへってきた。そこへまずしいおとこふくろをかついでやってくるのがえた。おとこはドーナルにづいてった。「ドーナル、なんのようた、それにどこへくのかね」「おれはおまえをらないが」ドーナルはこたえた。
「おまえのおとうさんがきていたころ、わしはなんいえめてもらったよ。おとうさんにかみさまのおなさけがあるように。ひょっとして、おなかがすいているなら、わしのふくろにあるものをいやだとはうまいね?」
「くれるんなら友達ともだちだ」そこでまずしいおとこはパンとにくをドーナルにくれて、ドーナルがじゅうぶんわると「今夜こんやはどこにまるのかね」といた。
「さあねえ、どうしようか」
「あっちのおおきないえに、とあるだんながんでいて、れてから宿やどたのみにくと、だれでもめてくれる。わしはそこへこうとおもうが」
「あんたといっしょに、おれもめてもらえるかな」「まちがいないさ」
 ふたりでおおきないえって、まずしいおとことびらをたたくと、召使めしつかいがとびらけた。「このいえのご主人しゅじんにおにかかりたい」ドーナルがった。
 召使めしつかいがひっこみ、主人しゅじんてきた。「今晩こんばん宿やどをさがしているんだが」
「ちょっとおちいただけるなら、宿やどをおししましょう。あちらのおしろまでのぼっていきなさい、そうしたらあとでわたしもきます。あすのあさまでいたら、あなたがたにひゃくじゅっペンスずつ、それにたくさんのものものもあげましょう。寝心地ねごこちのいいベッドもあります」
「すばらしいおもうだ。おれたちはそこへこう」
 ふたりはおしろって部屋へやはいり、をたいた。しばらくすると主人しゅじんて、牛肉ぎゅうにくひつじにく、そのほかのものをくれた。「ついておいでなさい、酒蔵さかぐらをおせしましょう、ワインもエールもたっぷりあります。きなだけいでかまいませんよ」酒蔵さかぐら案内あんないしてから、主人しゅじんしろてゆき、とびらじょうをかけていった。
 ドーナルはまずしいおとこった。「テーブルにものならべておいてくれ。おれはエールをんでくるよ」そうしてかりとクルーシュキーン(水差みずさし)をって酒蔵さかぐらりていった。手前てまえたるのところにかがんでさけごうとしたとき、こえこえた。「やめろ、そのたるはわしのものだ」ドーナルがかおげると、あたまのない小男こおとこたるのひとつにまたがっていた。
「これがあんたのなら、べつのにしよう」べつのたるのところへってかがむと、くびなしがった。「そのたるはわしのものだ」「ぜんぶあんたのものってわけじゃないだろう、べつのにするよ」またべつのたるのところへき、ぎはじめたところへくびなしがった。「それはわしのだ」「かまうものか、おれはクルーシュキーンをいっぱいにする」そのとおりにして、まずしいおとこのところにもどったが、くびなしをたことはわなかった。ふたりはいをはじめ、そのうち水差みずさしがからになった。そこでドーナルがった。「今度こんどはあんたがみにばんだ」まずしいおとこはろうそくと水差みずさしをって、酒蔵さかぐらりていった。たるからぎはじめたところで、こえこえた。「そのたるはわしのものだ」かおげるとくびなしがいたので、水差みずさしとろうそくをとし、ドーナルのところへんでかえった。「ああ、もうにそうだ。くびのないおとこたるにまたがっていて、それはわしのものだってうんだ」「そいつはあんたになにもしやしないよ。おれがったときもいた。水差みずさしとろうそくをってこいよ」「もうアイルランドをまるごとやるとわれてもくものか」ドーナルはりてゆき、水差みずさしをいっぱいにしてもどってきた。「くびなしをたかね?」まずしいおとこはたずねた。「たよ。だけど、なんにもしやしなかった」
 ふたりして半分はんぶんつぶれるくらいまでんだころ、ドーナルがった。「そろそろ時間じかんだ。あんたはベッドの手前てまえかべちかくと、どっちがいい?」
かべちかくにしよう」まずしいおとここたえた。ふたりはろうそくをともしたままベッドにはいった。
 しばらくすると三人さんにんおとこ皮袋かわぶくろのボールをってはいってきた。三人さんにん球蹴たまけりをはじめた。ところが、ふたりのくみたいして相手方あいてかたはひとりしかいない。ドーナルはまずしいおとこに「ふたりでひとりを相手あいてにするのは不公平ふこうへいだ」とい、きてすくないほうに加勢かせいしだしたが、その姿すがたはなにもていないぱだかだった。おとこたちはわらってった。
 ドーナルはまたベッドにはいったが、しばらくすると、笛吹ふえふきがたのしい音楽おんがくかなでながらはいってきた。「きろよ」ドーナルはった。「おどらないと、いい音楽おんがくをむだにするのはもったいない」「にたくなけりゃ、じっとしてろ」とまずしいおとここたえた。
 ドーナルはベッドをして、くたくたになるまでおどった。笛吹ふえふきはわらいだし、った。
 ドーナルはまたベッドにはいったが、しばらくすると、ふたりのおとこ棺桶かんおけをかついではいってきた。ふたりは棺桶かんおけゆかろして、った。「なかにいるのはだれだろう、それともこれはおれたちのための棺桶かんおけかな。どれ、てみよう」ドーナルがきて棺桶かんおけのふたをけると、なかにはんだおとこがいた。「なんとまあ、さむいところにいるなあ。がれるなら、暖炉だんろのそばにすわりなよ、ましになるよ」死人しにんがってからだあたためた。それからドーナルがった。「ベッドは三人さんにんでもじゅうぶんひろいよ」ドーナルがまんなかにはいり、まずしいおとこかべのそば、死人しにんはいちばん手前てまえた。そのうち、死人しにんがぐいぐいドーナルをし、ドーナルはまずしいおとこし、まずしいおとこにそうになってまどからし、ドーナルと死人しにんいていった。死人しにんはドーナルをしつぶし、ドーナルのからだかべやぶりそうになった。
「くたばってしまえ。恩知おんしらずとはおまえのことだ。おれはおまえを棺桶かんおけからしてやった。あたためてやった。ベッドもわけてやった。なのにおとなしくしないっていうなら、おまえをベッドからすぞ」すると死人しにんくちをきいた。「おまえはゆうかんなおとこだな。おまえにとっては、さいわいというものだ。でなければおまえはんでいただろう」「だれがおれをころすんだ」「わしだ。この二十年にじゅうねんというもの、ここにものはひとりのこらずわしがころした。ここにいたらかねをやろうとおまえにったおとこがだれだかっているか」「いい身分みぶんのだんなだ」「あれはわしのせがれだ。あさにはおまえはんでいるとかんがえているのだ。だがまずは、わしといっしょにい」
 死人しにんはドーナルを酒蔵さかぐられてゆき、おおきな敷石しきいしのところへ案内あんないした。「敷石しきいしげろ。した金貨きんかまったつぼがみっつある。このかねのためにわしはころされたのだが、かねられなかった。ひとつはおまえがれ。もうひとつはせがれにやって、のこりのひとつは――まずしいものたちにわけてやれ」それからかべとびらけて一枚いちまいかみした。「これをせがれにわたして、執事しつじかねをめあてにわしをころしたのだとつたえてくれ。やつがしばりくびになるまで、わしはやすらかになれん。証人しょうにんがひつようなら、裁判さいばんでおまえのうしろにくびなしの姿すがたって、みんなにえるようにしてやる。やつがしばりくびになったら、おまえはせがれのむすめ結婚けっこんして、このしろらすがいい。わしのことはこわがらんでいい、わしは永遠えいえんやすらぎに旅立たびだっているだろうから。ではひとまずさらばじゃ」
 ドーナルはねむりにつき、あさになって主人しゅじんがやってるまでまさなかった。主人しゅじんは、よくねむれたか、いっしょにいた老人ろうじんはどこへったのかとたずねた。「そのはなしはまたあとで。さきながはなしがあるんだ」「では、わたしのいえにおいでなさい」
 いえかうとちゅう、やぶのなかからてきたのは、ほかでもない、あのまずしいおとこで、なにひとつていない、まれたとおんなじぱだかのままさむさにふるえていた。主人しゅじんふくってきてやり、約束やくそくのおかねをわたすと、おとこ二度にどもどってこなかった。
 ドーナルは主人しゅじんいえき、じゅうぶんいしてからきりだした。「はなしがあるんだ」そうして、まえばんこったことをつつみかくさずはなしていって、金貨きんかのくだりにさしかかると、主人しゅじんった。「いっしょに金貨きんかきましょう」しろまでき、敷石しきいしげて、金貨きんかると、主人しゅじんった。「あなたのはなしはほんとうだった」ドーナルからすべてをいた主人しゅじんは、執事しつじつかまえさせたが、どんなつみかはかくしておいた。執事しつじ裁判官さいばんかんまえれてられたとき、ドーナルもそこにいて、見聞みききしたことをはなした。裁判官さいばんかんかみいてあることをんでから、こうった。「もっと証拠しょうこがないと、このおとこ有罪ゆうざいかどうかはわからない」
「わしがいるぞ」ドーナルのうしろにくびなしがあらわれてこえをあげた。それを執事しつじ裁判官さいばんかんった。「もうじゅうぶんです。わたしは有罪ゆうざいです。あのかたころしました、くびはあのかた部屋へや暖炉だんろ床下ゆかしためてあります」それで裁判官さいばんかん執事しつじをしばりくびにするよう命令めいれいし、くびなしはいなくなった。
 つぎの、ドーナルは主人しゅじんむすめ結婚けっこんし、たいそうな財産ざいさんれて、おしろむことになった。
 それからまもなく、ドーナルは馬車ばしゃ用意よういさせて母親ははおやをたずねてった。
 馬車ばしゃるのをたダーモッドは、っているりっぱなおとこがだれだかわからなかった。母親ははおやいえはしった。「わたしのかわいい息子むすこのドーナルじゃないかね。おまえがってしまってから、無事ぶじをおいのりしていたんだよ」ダーモッドはドーナルにあやまり、ゆるしてもらった。ドーナルはあにかねはいった財布さいふをわたした。「荷車にぐるま二杯にはいのオートむぎと、うま荷車にぐるまのぶんだ」それから母親ははおやかってこうった。「いっしょにてよ。すばらしいおしろれたのに、んでいるのはおれとおくさんと召使めしつかいだけなんだ」「くとも、わたしはぬまでおまえとらすよ」
 ドーナルは母親ははおやれてかえり、それからずっと、おしろでなに不自由ふじゆうなくらした。





底本:Beside the Fire: A collection of Irish Gaelic folk stories by Nutt and Hyde (1910); (https://www.gutenberg.org/ebooks/60782)
翻訳:館野浩美
※この作品はクリエイティブ・コモンズ表示 4.0 国際ライセンス(https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/deed.ja)の下に提供されています。
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2021年6月26日作成
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