クリナーンの御殿

THE COURT OF CRINNAWN

ダグラス・ハイド Douglas Hyde

館野浩美訳




 むかしむかし、ミーオー(メイヨー)けんとロスコモンけんのあいだをながれるかわのほとりに、身分みぶんたかひとたちがおおぜいやってて、むのにいい場所ばしょ川岸かわぎしにさがして、そこに御殿ごてんてた。このひとたちがどこからたのか、まわりのちいさなむらではだれもらなかった。マクドネルというのが、その一族いちぞく名前なまえだった。ながいあいだ、ちかくのむらひとたちは御殿ごてんとつきあいがなかったが、あるとき病気びょうきがはやって、なん百人びゃくにんというひとんだ。
 おっとをなくしたまずしいおんなの、たったひとりの息子むすこが、このおそろしいやまいにそうになったが、したをしめらすミルクのひとしずくさえなかった。おんな御殿ごてんくと、御殿ごてんひとたちはなにがしいのかとたずねた。たったひとりの息子むすこやまいにかけているのに、したをしめらすミルクのひとしずくさえないのだとおんなはなした。
「おつらいことですね」と御殿ごてん貴婦人きふじんった。「ミルクとやまいなおすものをあげましょう。一時間いちじかん息子むすこさんはすっかりよくなりますよ」それからブリキのかんをわたしてこうった。「いえにおかえりなさい。ここでもらったことをだれにもわず、秘密ひみつにしておくかぎり、あなたと息子むすこさんがきているあいだ、このかんがからになることはありません。いえかえったら、マリアさまのクローバーのをひとひらミルクにれて、息子むすこさんにませなさい」
 おんないえかえった。のクローバーをミルクに入れて息子むすこませると、一時間いちじかんたつころには、すっかりよくなってきあがった。それからおんなかんってむらからむらへまわり、ミルクをもらったひとたちは、ひとりのこらず一時間いちじかん病気びょうきなおった。
 モーリャ・ニー・キーラハーン(メアリー・ケリガン)というのがおんな名前なまえだったが、そのうわさはすぐにくにじゅうにひろまって、メアリーはふくろいっぱいの金貨きんか銀貨ぎんかにした。
 ある、メアリーはカルチャ・ブロンクスでひらかれた聖人せいじんさまのおまつりにかけ、さけみすぎてっぱらい、秘密ひみつをもらしてしまった。
 みすぎのせいで正体しょうたいをなくしてねむりこみ、きたときには、かんはなくなっていた。メアリーはたいそうかなしんで、カルチャ・ブロンクスからいちマイルもはなれていないパル・ボーン(しろあな)という場所ばしょで、身投みなげしてんでしまった。
 クリナーンの御殿ごてんけば、病気びょうきなおかんれられると、だれもがかんがえた。つぎの、たくさんのひと御殿ごてんせたが、なかひとたちは、みなんでいた。さけびごえこえて、なん百人びゃくにんもがあつまったが、だれひとりはいってはゆけなかった。御殿ごてんけむりでいっぱいで、なかから稲光いなびかりがし、かみなりこえていたからだ。
 みなはバラーアデリーンというところの司祭しさいさまに使つかいをしたが、司祭しさいさまのこたえは「わたしのちの土地とちではないから、どうしようもない」だった。そのよる御殿ごてんにまぶしいひかりえて、みんなこわがった。つぎの、リサハルの司祭しさいさまに使つかいがったが、ちではなかったので、てはくれなかった。キルモビーの司祭しさいさまにも使つかいがされたが、ぶんおなじだった。
 カルチャ・モーンにまずしい修道士しゅうどうしがたくさんいて、はなしくと、仲間なかまたちだけで御殿ごてんかった。なかはいるとおいのりをとなえはじめたが、死体したいあたらなかった。しばらくするとけむりがうすれ、稲光いなびかりもかみなりもやみ、とびらいておおきなおとこてきた。れば、おとこはひたいにがひとつしかなかった。
かみにかけて、あなたはだれですか」と修道士しゅうどうしたちのひとりがたずねた。
「わしは、わざわいののベロールの息子むすこクリナーンだ。こわがらなくていい、なにもしはしない。おまえたちは勇気ゆうきのある、よい人間にんげんだからな。ここにいたものたちはみな、からだもたましい永遠えいえんやすらぎに旅立たびだった。おまえたちが貧乏びんぼうなこと、まわりに貧乏びんぼう人間にんげんがたくさんいることはっている。ここに財布さいふがふたつある。ひとつはおまえたちに、もうひとつはまずしいものたちにあたえるためだ。ぜんぶ使つかってしまったら、またるがいい。わしはこの世界せかいものではないが、さきにやられたのでないかぎりは、なにもしない。わしからははなれていろ」
 そしてクリナーンはふたつの財布さいふ修道士しゅうどうしたちにわたした。「さあ、ってよいことをしろ」修道士しゅうどうしたちはもどっていった。まずしいひとたちをあつめておかねあたえた。ひとびとは、御殿ごてんでどんなものをたのかとたずねた。「わたしたちが御殿ごてんたものは、みんな秘密ひみつです。御殿ごてんにはちかづかないように、そうすればひどいにあうことはありません」
 修道士しゅうどうしたちが御殿ごてんでたくさんのおかねをもらったといた司祭しさいさまたちはうらやましくなり、修道士しゅうどうしたちのようにおかねがもらえはしないかと、三人さんにん御殿ごてんった。
 なかはいった三人さんにん大声おおごえでさけんだ。「だれかおらんか。だれかおらんか」部屋へやからクリナーンがてきてたずねた。「おまえたちはなにがのぞみだ」「わたしたちは、あなたと仲良なかよくしようとおもってたのですよ」「司祭しさいはうそをわないものだとおもっていたが。おまえたちは、まずしい修道士しゅうどうしたちとおなじようにかねがもらえないかとかんがえてたのだ。みながてくれるようたのんだときは、こわがってなかっただろう。いまさらびた一文いちもんやりはしない、おまえたちにはもらう資格しかくがないからな」
「わたしたちには、おまえをここからいはらうちからがあるのをらないのか。もっと行儀ぎょうぎよくしないと、そのちからおもらせてやるぞ」
「おまえたちのちからなど、なんともおもわない。このわしは、アイルランドじゅうの司祭しさいわせたより、もっとつよちからっているのだ」
「おまえはうそをついている」
今夜こんや、わしのちからのほんの一部いちぶせてやろう。おまえたちのあたまうえ屋根やね土台どだいのこらないよう、むこうのかわにすべてばしてくれる。わしがそのになれば、このただけで、おまえたちをころすこともできるのだ。あさになれば、おまえたちのいえ屋根やねかわなかにあるのがわかるだろう。もう、わしにあれこれくな、おどかしもするな、ろくなことにならんぞ」
 司祭しさいさまたちはこわくなってかえったが、あさにはいえ屋根やねがなくなっているなどとはしんじなかった。
 そのばん真夜中まよなかになるころ、司祭しさいさまたちのいえ屋根やねしたかぜんできて、御殿ごてんまえかわまで屋根やねばしてしまった。司祭しさいさまたちは、おそろしさにからだじゅうのほねというほねをふるわせ、近所きんじょいえあさまでごさせてもらうはめになった。
 つぎのあさ司祭しさいさまたちが御殿ごてんまえかわまでると、自分じぶんたちのいえ屋根やねが、そろってみずいていた。司祭しさいさまたちは修道士しゅうどうしたちにらせをやって、クリナーンのところへって仲直なかなおりをもうしこみ、もうじゃまはしないとつたえるようたのんだ。修道士しゅうどうしたちが御殿ごてんくと、クリナーンが出迎でむかえ、なにをしにたのかとたずねた。「わたしたちは司祭しさいさまからの使つかいで仲直なかなおりをもうしこみにました。もうあなたのじゃまはしないということです」「そのほうが、やつらののためだ。ではいっしょにい、いえ屋根やねをもとにもどしてやろう」修道士しゅうどうしたちがクリナーンについてかわまでくと、クリナーンはりょうはなあなからいきした。屋根やねがって、はじめにのっていたところにもどった。司祭しさいさまたちは、おどろいてった。「魔法まほうちからはまだほろびていないし、このくにからいはらわれてもいないのだな」そのから、司祭しさいさまたちも、ほかのみなも、クリナーンの御殿ごてんにはちかづかなくなった。
 メアリー・ケリガンがんでから一年いちねんがたって、カルチャ・ブロンクスで聖人せいじんさまのおまつりがひらかれた。若者わかものがおおぜいあつままったなかに、メアリー・ケリガンの息子むすこのポージーンもいた。若者わかものたちはウイスキーをんでっぱらい、はめをはずした。いえかえるとちゅうでポージーン・オケリガンがった。「あっちの御殿ごてんにはかねがたっぷりあるんだ、もし勇気ゆうきがあればってこられるぞ」いがさめていない十二人じゅうににん若者わかものたちはった。「おれたちには勇気ゆうきがある、御殿ごてんってみよう」みなでとびらまえまでき、ポージーン・オケリガンがこえをあげた。「とびらけろ、さもないとぶちやぶるぞ」クリナーンがてきてった。「かえらないと、おまえたちをひとつきのあいだねむらせるぞ」若者わかものたちはクリナーンをとりおさえようとしたが、クリナーンはふたつのはなあなからいきし、リスドラムネルというリス(むかしの円形えんけいとりで)まで若者わかものたちをばし、ふかねむりにつかせ、おおきなくもでおおってしまった。そこから、リス・トラム・ネル(あつくもとりで)というがついたのだ。
 つぎのあさ若者わかものたちの姿すがたがあちらにもこちらにもあたらないので、みなおおいになげかなしんだ。若者わかものたちのゆくえがわからないまま、そのぎた。若者わかものたちが御殿ごてんかうのをひとがおり、クリナーンにころされたのではないかというはなしがでた。若者わかものたちのちちはは修道士しゅうどうしたちのもとへき、クリナーンにって、きているにしてもんでいるにしても、息子むすこたちがどこにいるのかたしかめてほしいとうったえた。
 修道士しゅうどうしたちがクリナーンのところへくと、クリナーンは若者わかものたちがどんなわるさをしようとしたか、若者わかものたちをどうしたかをはなした。「もしそうしていただけるなら、今回こんかいばかりはおゆるしを。おさけのせいでおかしくなっていたのです、もう二度にどわるいことはいたしません」と修道士しゅうどうしたちはった。「おまえたちがたのむなら、今回こんかいだけはかんべんしてやろう。だがまたたら、七年ななねんのあいだねむらせるぞ。いっしょにい、やつらのところへ案内あんないしよう」
「わたしたちはあしはやくありません。かれらのところまでくにはずいぶんかかるでしょう」
二分にふんもかからずいて、おな時間じかんもどってられるだろう」
 クリナーンは修道士しゅうどうしたちをそとし、くちからいきいてリスドラムネルまでばすと、自分じぶん同時どうじにそこにいた。
 くもつつまれたとりで十二人じゅうににん若者わかものねむっているのをて、修道士しゅうどうしたちはおおいにおどろいた。「では、こやつらをいえおくとどけよう」クリナーンがいききかけると、若者わかものたちはとりのようにそらがり、まもなくそれぞれのいえいて、修道士しゅうどうしたちもおなじようにいえいた。若者わかものたちが二度にどとクリナーンの御殿ごてんかなかったとっても、ふしぎはないだろう。
 そのながいあいだ、クリナーンは御殿ごてんんでいた。ある修道士しゅうどうしたちがたずねてったが、クリナーンはつからなかった。修道士しゅうどうしたちはクリナーンのたいそうなおたからをうけついだのだとうわさされた。御殿ごてんってもうとするものはいなかったので、ときがたって、御殿ごてん屋根やねはくずれちた。そのあともひとびとはまわりみちをつづけ、ながいこと御殿ごてんあとちかづこうとはしなかった。いまではかべ一部いちぶのこっているだけだが、御殿ごてんあとは、むかしもいまもかわらずに、クールト・ア・フリナーン(クリナーンの御殿ごてん)とばれている。





底本:Beside the Fire: A collection of Irish Gaelic folk stories by Nutt and Hyde (1910); (https://www.gutenberg.org/ebooks/60782)
翻訳:館野浩美
※この作品はクリエイティブ・コモンズ表示 4.0 国際ライセンス(https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/deed.ja)の下に提供されています。
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2021年6月26日作成
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