ニール・オキャリー

NEIL O’CARREE

ダグラス・ハイド Douglas Hyde

館野浩美訳




 てんで不器用ぶきようなやつだった。おくさんにかって、鍛冶屋かじやって医者いしゃ道具どうぐれるつもりだとった。つぎの鍛冶屋かじやのところにった。
今日きょうはどこへくのかね」鍛冶屋かじやがたずねた。「医者いしゃ道具どうぐつくってもらうつもりさ」
「どんな道具どうぐつくればいいのかね」「クラムシュキーンとギャルシュキーン(*1)つくってくれ」鍛冶屋かじやつくってくれた。いえかえった。
 あさて――つぎののことだ――ニール・オキャリーはがった。医者いしゃとしてやっていく準備じゅんびをして、かけた。どんどんあるいてった。街道かいどうのわきに赤毛あかげ若者わかものがいた。そいつはニール・オキャリーにあいさつした。ニールもそいつにあいさつした。「どこにくんだい」赤毛あかげおとこがたずねた。「お医者いしゃになるつもりさ」「そりゃけっこうな商売しょうばいだ。おれをやとうといいよ」「給料きゅうりょうはいくらしい?」「またこの場所ばしょもどってくるまでにかせいだかね半分はんぶんだ」「いいだろう」ふたりはあるいていった。
おうさまのむすめがいてな」と赤毛あかげおとこった。「にかけてる。かけていって、なおせるかどうかてみよう」ふたりはもんまでった。門番もんばんちかづいてきた。門番もんばんは、どこへくつもりだとたずねた。ふたりは、おうさまのむすめて、なおせるかどうかためすつもりだとこたえた。おうさまはふたりをなかれさせた。ふたりははいった。
 ふたりはむすめているところへった。赤毛あかげおとこすすて、みゃくをとった。おとこは、ご主人しゅじん骨折ほねおりのおだいをいただけるなら、むすめなおせるだろうとった。おうさまは、なんでものぞみの褒美ほうびをやろうとった。「この部屋へやにおれとご主人しゅじんさまだけにしてくれたら、そのほうがいい」おうさまは、そうさせようとった。
 おとこながつきのなべみずれてってこさせた。なべにかけ、ニール・オキャリーにたずねた。「医者いしゃ道具どうぐはどこだ」「ほらここに、クラムシュキーンにギャルシュキーンだ」とニールはこたえた。
 おとこはクラムシュキーンをむすめくびにあてた。むすめあたまった。ポケットから緑色みどりいろ薬草やくそうした。それをくびにこすりつけた。一滴いってきなかった。おとこあたまなべれ、ひと煮立にたちさせた。みみをつかんでなべからした。くびあたましつけた。あたまはもとのとおりにくっついた。「気分きぶんはどうだい」「すっかりよくなったわ」とおうさまのむすめこたえた。
 大男おおおとこがおおきなこえした。おうさまがはいってきた。おうさまはたいそうよろこんで、三日みっかのあいだふたりをひきとめた。いよいよ出発しゅっぱつするというとき、おかねまったふくろってきた。おうさまはふくろ中身なかみをテーブルにあけた。ニール・オキャリーにかって、これでじゅうぶんかとたずねた。じゅうぶんどころかおおすぎるから、半分はんぶんでいいとニールはこたえた。おうさまはぜんぶってゆくようにとった。
「べつのおうさまのむすめが、おれたちがっててやるのをっていますから」ふたりはおうさまにわかれをげて、べつのおうさまのむすめのところへった。
 ふたりはむすめった。むすめているところへって、ベッドのなかむすめて、まえおなじようになおした。おうさまはよろこんで、どれだけおかねをやってもかまわないとった。おうさまは三百さんびゃくポンドをくれた。ふたりはいえかって出発しゅっぱつした。
「かくかくしかじかのところにおうさまの息子むすこがいるが、そいつのところへはかないでおこう。いまあるかねっていえかえろう」と赤毛あかげおとこった。
 ふたりはいえかった。おうさまは十頭じゅっとう牝牛めうしもくれたので、いっしょにれてかえった。どんどんあるいていった。ニール・オキャリーが赤毛あかげおとこやとったところまでると、おとこった。「はじめておまえにったのはここだったな」「そうだな」とニール・オキャリーはこたえて、「おう、かねをどうわけようか」とった。「半分はんぶんずつだ。そういう約束やくそくだった」「おまえに半分はんぶんやるのは、やりすぎじゃないか。三分さんぶんいちでじゅうぶんだ。クラムシュキーンとギャルシュキーンはおれのものだが、おまえはなにもっていない」「半分はんぶんもらえないなら、おれはなにもいらない」ふたりはおかねのことでなかたがいした。赤毛あかげおとこってしまった。
 ニール・オキャリーはうまっていえかった。牝牛めうしれをいたてていった。ざしがあつくなってきた。うしたちは、あっちへこっちへふざけまわった。ニール・オキャリーはれをまとめようとした。いち二頭にとうつかまえたとおもったら、もどってきたときにはのこりがどこかへってしまっているという具合ぐあいだった。ニールはえだにギャラーン(去勢きょせいした牡馬おうま)をつないだ。うしいかけにった。けっきょく、みんなどこかへげてしまった。どこへったかわからなかった。うまとおかねのこしていった場所ばしょもどると、うまもおかねもなくなっていた。ニールはどうしてよいかわからなかった。息子むすこ病気びょうきだというおうさまのところへってみようかとかんがえた。
 ニールはおうさまのやかたかった。息子むすこているところへった。みゃくをとり、なおせるだろうとおうさまにった。「なおしてくれるなら、三百さんびゃくポンドやろう」「すこしのあいだ、ふたりきりにしてくれますか」おうさまは、そうさせようとった。ニールはみずれたなべってこさせた。なべにかけた。クラムシュキーンをした。赤毛あかげおとこがやっていたように、あたまとそうとした。ごしごしやったが、なかなかはなせなかった。てきた。ようやくあたまとした。なべれて、ひと煮立にたちさせた。じゅうぶんえたとおもったころ、なべからあたまそうとした。左右さゆうみみをつかんでげた。あたまはドボンとっこち、みみだけがのこった。盛大せいだいてきた。ながちて、とびらそとまでひろがった。おうさまはながれてきたのをて、息子むすこんでしまったのだとわかった。おうさまはとびらけさせようとした。ニール・オキャリーはとびらけさせまいとした。とびらこわされた。おうさまの息子むすこんでいた。ゆかだらけだった。ニール・オキャリーはつかまえられた。つぎの、しばりくびにされることになった。しばりくび場所ばしょれてくまで、兵隊へいたい見張みはりにつけられた。つぎの、ニールはれてかれた。しばりくびにするのところまで、あるいてった。さけんだがやめさせられた。そこへはだかおとこがおおいそぎでけてくるのがえた。あんまりちからいっぱいけているので、おとこのまわりには湯気ゆげがたっていた。みなのところまでると、おとこった。「おれのご主人しゅじんさまになにをする」「このおとこがおまえの主人しゅじんでも、ちがうとったほうがいい。さもなければ、おまえもおなにあうぞ」「ばつけるべきなのはおれだ。おくれたのはおれだ。ご主人しゅじんさまはおれにくすりりにかせたのだが、まにあわなかった。ご主人しゅじんさまをはなせ。ひょっとして、まだおうさまの息子むすこなおせるかもしれない」
 ニールははなしてもらった。みなでおうさまのやかたもどってきた。赤毛あかげおとこ死人しにんがいる部屋へやった。なべなかほねあつめはじめた。ぜんぶあつめたが、ふたつのみみりなかった。
みみはどうしたんだ」
らないよ。あんまりおっかなかったんで」
 赤毛あかげおとこみみつけた。すべてをひとまとめにした。ポケットからみどり薬草やくそうした。それをあたまにこすりつけた。ふがって、かみももとどおりえてきた。それからあたまなべれて、ひと煮立にたちさせた。あたまをもとどおりくびにくっつけた。おうさまの息子むすこがベッドのなかからだこした。
「どんな具合ぐあいだ」
「だいじょうぶだよ。ただよわってるけど」とおうさまの息子むすここたえた。
 赤毛あかげおとこは、また大声おおごえおうさまをんだ。おうさまは息子むすこきているのをておおよろこびした。そのよるはみなゆかいにごした。
 つぎの、ふたりが出発しゅっぱつしようとしたとき、おうさまは三百さんびゃくポンドをかぞえあげた。おうさまはニール・オキャリーにそれをやった。りなければ、もっとあげようとった。じゅうぶんだから、これいじょうはいちペニーだっていらないとニール・オキャリーはった。おいとまをねがい、達者たっしゃいのって、いえかって旅立たびだった。
 まえにけんかわかれした場所ばしょまでると、赤毛あかげおとこった。「おれたちがなかたがいしたのはここだったな」「そのとおり、ここだとも」ニール・オキャリーはこたえた。ふたりはすわって、おかねをわけた。ニールは半分はんぶん赤毛あかげおとこにやり、もう半分はんぶん自分じぶんっておいた。赤毛あかげおとこはさよならをってっていった。しばらくって、もどってきた。「またもどってきたよ。わったから、かねをぜんぶおまえにやろう。おまえのほうこそ気前きまえよくしてくれたのだからな。墓場はかばのわきをとおりかかったのことをおぼえているか。墓場はかばひと四人よにんいて、棺桶かんおけ死体したいがひとつはいっていた。ふたりは死体したいはかめようとしていた。んだやつにはりがあった。しがあるふたりは、死体したいめられるのに文句もんくがあった。四人よにんあらそっていた。おまえはそれをいていた。おまえははいっていって、しはいくらだとたずねた。ふたりがうには、しはいちポンドだと、棺桶かんおけはこんでいるやつらが、いくらかでも借金しゃっきんかえすと約束やくそくしないうちは、死体したいめさせないと、そういうことだった。おまえはこうった。『おれはじゅっシリングっている。おまえたちにやるから、死体したいめさせてやれ』おまえはじゅっシリングをやって、なきがらはめられた。あの棺桶かんおけなかにいたのは、このおれだ。おまえが医者いしゃになろうとするのをって、うまくゆかないだろうとわかった。おまえがこまったことになったのをって、たすけにった。かねはぜんぶおまえにやろう。さいごのまで、二度にどうことはないから、いえかえれ。きているかぎり、もう一日いちにちだって医者いしゃはするなよ。すこしあるいたらうしとギャラーンをつかまえられるだろう」
 ニールはいえかった。それほどかないうちに、うしれとうまつかった。なにもかもいっしょにいえもどった。おかげで、それからというものニールもおくさんも、一日いちにちたりともらしにこまることはなかった。
 こっちは浅瀬あさせわたり、あいつらはいしわたった。あいつらはおぼれ、こっちはたすかった。

(*1) 原注によれば、語源からするとクラムシュキーンは「曲がったナイフ」ギャルシュキーンは「光るナイフ」





底本:Beside the Fire: A collection of Irish Gaelic folk stories by Nutt and Hyde (1910); (https://www.gutenberg.org/ebooks/60782)
翻訳:館野浩美
※この作品はクリエイティブ・コモンズ表示 4.0 国際ライセンス(https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/deed.ja)の下に提供されています。
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2021年9月11日作成
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