五百五十句

高浜虚子





 さきに『ホトトギス』五百号を記念するために改造社から『五百句』という書物を出した。これは私が俳句を作りはじめた明治二十四、五年ごろから昭和十年までの中から五百句を選んだものであった。先頃桜井書店から何か私の書物を出版したいとの事であったので、『ホトトギス』が五百五十号になった記念に、その後の私の句の中から五百五十句を選み出してそれを出版して見ようかと思い立った。思い立ってから大分日がたった。この月出ている『ホトトギス』は五百六十一号になっている。それはどうでもいいとして、昭和十一年から昭和十五年まで約六年間の間に五百五十句を選んだのであるから、前の『五百句』の約四十五年の間の句の中から五百句を選んだのに比較して見て少し精粗の別がないでもないが、要するに記念のための出版であって、その他の事は格別厳密に考える必要もないのである。『五百五十句』という書物の名にしたけれども五百七、八十句になったかと思う。それも厳密に考える必要はないのである。
 私は本年古稀こきである。おのずから古稀の記念ともなったわけである。

昭和十八年五月十九日
鎌倉草庵にて
高浜虚子
註 改造社発行拙著『五百句』の百六十一頁「天の川」の句は取消す。
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昭和十一年


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かもの中の一つの鴨を見てゐたり
一月二日 武蔵大沢浄光寺。旭川きょくせん歓迎会。

枯れ果てしものの中なる藤袴ふじばかま
一月四日 百花園偶会。水竹居、あふひ、花蓑、実花。

物売もたたずむ人も神の春
一月五日 武蔵野探勝会。目黒不動、大国家。

枯荻かれおぎに添ひ立てば我かすかなり
一月八日 謡俳句会。百花園。

渋引きしごとのど強し寒稽古かんげいこ
一月十八日 谷中やなか本行寺ほんぎょうじ播磨屋はりまや一門、水竹居、たけし、立子、秀好。

古綿子ふるわたこのみ著のまゝ鹿島立かしまだち
二月十六日 楠窓なんそう東道の下に、章子を伴ひ渡仏の途に上る。午後三時横浜解纜かいらん箱根丸にて。

我心春潮にありいざ行かむ
二月十九日 神戸碇泊ていはく。花隈、吟松亭、関西同人句会に列席。

日本にっぽんを去るにのぞみて梅十句
二月二十一日 朝、門司著。萍子へいし招宴、三宜楼。

上海シャンハイみぞるゝ波止場はとばあとにせり
二月二十六日 箱根丸船中。

春潮や窓一杯のローリング
二月二十九日 朝、香港ホンコン出帆。

顔しかめ居る印度インド人町暑し

著飾きかざりて馬来マレー女の跣足はだしかな

裸なる印度ますらをきくあれ

晩涼や火焔樹かえんじゅ並木くは行く
三月四日 新嘉坡シンガポール著。石田敬二、東森たつを来訪。次で三井物産支店長松本季三志夫妻、三菱商事支店長山口勝、宮地秀雄等来船。敬二東道の下に章子を帯同、一路自動車にて奥田彩坡さいは経営の士乃セナイ護謨ゴム園を訪ふ。横光利一よこみつりいち同道。帰途タンジヨン・カトンの玉川ガーデン、敬二居等に立寄り、今日の吟行地植物園に下車。それより空葉居に一憩、新喜楽にて晩餐ばんさん。俳句会。

稲妻のするスマトラを左舷さげんに見
三月五日 新嘉坡碇泊。日本人共同墓地に二葉亭四迷ふたばていしめいの墓を弔ふ。敬二、楠窓同道。章子は途中空葉居に下車。帰途敬二居に立寄り帰船。正午出帆。

稲田あり※(「竹かんむり/奴」、第4水準2-83-37)あり日本に似たるかな
三月六日 彼南ペナン著、上陸。

月も無く沙漠暮れ行く心細こころぼ
三月二十一日 午後三時、蘇士スエズ入港。陸路カイロに到りメトロポリタン・ホテル一泊。

宝石の大塊のごと春の雲
四月十九日 箱根丸にて楠窓、友次郎と協議の末、米国経由帰朝のことを断念。午後、松岡夫妻、楠窓、町田一等機関士、章子、友次郎等とサンフリート村に花畑見物。

舟橋を渡れば梨花りかのコブレンツ

両岸の梨花にラインの渡し舟

梨花村の直ぐ上にあり雪の山
四月二十一日 ライン河。

木々の芽や素十すじゅう住みけん家はどこ
四月二十一日 シユロツス・ホテル、バルコニーよりハイデルベルヒの町を望む。

望楼ぼうろうある山の上まで耕され
四月二十二日 午後一時五分発、車中雑詠選に没頭。夜、伯林ベルリン著。三菱商事藤室益三夫妻に迎へられ大和旅館に入る。沿道触目。

夜話やわついに句会となりぬリラの花
四月二十四日 藤室夫人東道、日本人の学校参観、講演。「あけぼの」にて昼食。それよりオリムピツク敷地一見。カー・デー・ベー百貨店に立寄り帰宿。大毎社員加藤三之雄来訪。夜、三菱商事支店長渡辺寿郎邸にて晩餐会。井上代理大使夫妻、孫田日本学会主事、藤室夫妻等と小句会。

春風や柱像屋根をささへたる
四月二十六日 渡辺夫人、藤室夫妻東道、ポツダムに赴く。あたかも日曜日。ポツダム宮殿。

はしで食ふ花の弁当来て見よや
四月二十六日 更に桜の名所ヴエルダーに車を駆る。藤室夫人携ふるところの日本弁当を食ふ。群衆怪しみ見る。

国境の駅の両替遅日ちじつかな
四月二十七日 藤室夫妻と再び日本人学校に赴き、日本人会にて昼食。午後一時五十分伊藤夫妻、迪子、バーミング、ビユルガ姉妹、京極、篠原、高田、寺井、昌谷、世良、仙石に送られツオ駅発、独蘭国境に向ふ。

倫敦ロンドンの春草を踏む我が草履ぞうり
四月二十八日 朝七時前ハーウツチ港著。それより汽車にてリバプール・スツリート・ステーシヨン著。上ノ畑楠窓、八田一朗、松本覚人、槙原覚、河西満薫、有吉ありよし義弥、高橋長春、常盤の主人岩崎盛太郎の出迎を受く。それより覚人君嚮導きょうどうの下に楠窓、一朗両君と倫敦市中一見、デンマーク街の常盤本店にて休息。タフネルパークロードの常盤別館に入る。駒井権之助、朝日新聞社古垣鉄郎氏来訪。晩餐を待つ間小句会。

名を書くや春の野茶屋の記名帳
四月三十日 覚人東道、沙翁さおうの誕生地ストラツトフオードに向ふ。楠窓、一朗、友次郎、章子同行。

春の寺パイプオルガン鳴り渡る
四月三十日 シエクスピア菩提寺ぼだいじ

売家を買はんかと思ふ春の旅
四月三十日 三時頃シエクスピア菩提寺より帰途に就く。

あしなえの妻を車に花に
五月二日 キユーガーデン吟行。同行者八田一朗、十時とどき春雄、伊藤東籬とうり有吉瓦楼ありよしがろう、森脇襄治じょうじ、大林、古垣鉄郎、池田徳真、槙原夫人、保柳夫人、小野龍人、保柳才喜、小野静女、友次郎、章子。夕刻日本人会に戻り食後披講。

日本にっぽんの花の提灯ちょうちんともるもと
五月六日 朝九時、川村、伊藤、松本、河西夫人、八田、岩崎に見送られヴイクトリア・ステーシヨン発、正午頃ドーヴアー駅著。英吉利イギリス船にて海峡を渡り午後一時半頃仏蘭西フランスのカレー駅より乗車、五時頃巴里パリ著。上野に迎へられ直ちにマゼスチツク・ホテルに入る。アルフレツド・スムーラを帯同して松尾邦之助来訪、うち連れて佐藤醇造を誘ひヂユリアン・ヴオカンス訪問。晩餐。席にアルベール・ポンザンありて一同と共に仏蘭西のはいかい談に花を咲かせ記念撮影。ヴオカンス邸即興。

ハンカチの蝶と細りてなお振れる
五月八日 午前十時、馬耳塞マルセイユ著。郵船会社に立寄り箱根丸乗船。山下馬耳塞領事来船。四時出帆。友次郎は山下領事等と共に波止場に立ち長く見送る。港内にて清三郎乗船の筥崎丸はこざきまると行違ふ。

紅海に船や浮ぶ帰帆
五月十四日 スヱズ運河通過、紅海に入る。

熱帯の海は日をみ終りたる

この暑さ火夫や狂はん船やとまらん
五月十七日 紅海航行。暑さいよ/\はげし。

スコールの波くぼまして進み来る
五月二十一日 初めてスコールにふ。

わたりたるリオ群島は屏風びょうぶなす

わにの居る夕汐ゆうしおみちぬ椰子やしの浜

扇風機まはり熱風吹き起る
五月三十日 朝、新嘉坡入港。奥田彩坡、古根勲、森野熹由、山口勝、宮地義雄、志村空葉夫妻、玉木北浪来船。玉川園に行き日本人会に於ける俳句会に赴き、転じて森野の招宴に列し再び日本人会に赴く。深更帰船。

上海シャンハイの梅雨なつかしく上陸す
六月八日 朝七時、上海著。堀場定祥、大内※(「禾+魯」、第3水準1-89-48)水、下村非文、星野露頭仏、中田秋平、中原大烏来船。上陸、南市の半淞園プーソンユに行きそれより三菱商事の招宴にて月廼家にて田中三菱商事支店長等と会食。午後五時、閘北の新月花壇のすみれ会に列席。十一時から三菱銀行上海支店の竹内良男の説明にて、フランス租界八仙橋の黄金大戯場に支那芝居をる。

船涼し左右そうに迎ふる対馬つしま壱岐いき
六月十日 雑詠選了。対馬見え壱岐見え来る。大阪朝日九州支社より、帰朝最初の一句を送れとの電報あり。

戻り来て瀬戸の夏海絵の如し
六月十一日 朝六時甲板に立出で楠窓と共に朝靄あさもや深くめたる郷里松山近くの島山を指さし語る。

夏潮をつて戻りてくがに立つ
六月十一日 神戸入港。名古屋の丹治蕪人、加藤霞村、加藤了谷。高松の村尾公羽、安藤老蕗。京都の松尾いはほ、平尾春雷、田中八重、田畑三千女、其他京阪神の諸君五、六十名の出迎を受く。蘆屋のとしを居に赴き晩餐。旭川、泊月に続いて『猿蓑さるみの』輪講のため三重史、大馬、涙雨、九茂茅、蘇城来り小句会。それより輪講に加はり午前一時頃帰船。

濁りぶな腹をかへして沈みけり

はえよけもかぶせて猫は猫板に
六月十九日 家庭俳句会。発行所隣室にて。

朝顔の苗なだれ出しふごのふち
六月二十二日 玉藻俳句会。丸ビル集会室。

籐椅子とういすにあれば草木花鳥らい

が前に夏木夏草動き来る
七月十八日 風生招宴。麹町こうじまち永田町、逓信次官官邸。

月青くかゝる極暑ごくしょの夜の町
七月十九日 発行所例会。丸ビル集会室。

航海やよるひるとなき雲の峰
七月二十六日 大阪玉藻会投句。

眉目みめよしといふにあらねど紺浴衣こんゆかた
八月七日 家庭俳句会。愛宕山あたごやま、茶店。

麻の中雨すい/\と見ゆるかな
八月十四日 草樹会。丸ビル集会室。

秋の浪蹶立けたて帰りし船ぞこれ
八月十八日 神戸にて友次郎帰朝を迎ふ。

宮様の今御成おなりとや扇置く
八月十九日 甲子園朝日新聞社席に全国中等学校野球仕合を見る。

俳諧の忌日きじつは多し萩の露
八月二十日 新大阪ホテルに在り。旭川きょくせん邸、はじめ忌出句。

はる/″\と人ふ約や月の秋
八月二十日 神戸駅前相生あいおい町、三ツ輪亭南店に牛鍋をつゝき、それより泊月、鍋平朝臣、年尾としお、立子、友次郎と共に岡山に矢野蓬矢ほうしを訪ふ。

秋の風衣とはだえ吹き分つ
八月三十日 家庭俳句会。深沢、水竹居邸。七夕祭。

の水に手をひたし見る沼の情
九月六日 武蔵野探勝会。成田山吟行、印旛沼いんばぬまを舟にて渡る。

一夜明けてたちまち秋の扇かな

よく見たる秋の扇のまづしき絵

庭石に蚊遣かやり置かしめ端居はしいかな

つくばひにまわ燈籠どうろ灯影ほかげかな
九月九日 水竹居招宴。越央子貴族院議員就任祝賀会。きん楽。

命かけて芋虫憎む女かな
九月十一日 草樹会。丸ビル集会室。

秋袷あきあわせ身を引締めて稽古事けいこごと
九月十四日 笹鳴会。丸ビル集会室。

目さむれば貴船きぶねすすき生けてありぬ
九月十七日 京都一泊。

必ずしもはぜを釣らんとにはあらず
九月二十七日 水竹居招宴。永田青嵐主賓。築地つきじきん楽。

欄干によりて無月の隅田川すみだがわ
十月一日 偶成ぐうせい

我が息を吹きとゞめたる野分のわきかな

飛んで来る物恐ろしき野分かな
十月三日 二百二十日会。清水谷公園、皆香園。

芭蕉忌や遠く宗祇そうぎさかのぼ
十月十二日 笹鳴会。丸ビル集会室。

わんほどの竹生島ちくぶしま見え秋日和あきびより

茸山たけやまの少し曇れば物淋ものさび
十月十五日 つるばみ会主催、近江国志賀郡真野村曼陀羅まんだら山松茸狩。年尾、友次郎、王城、いはほ等と共に。

翡翠かわせみの紅一点につゞまりぬ
十月十五日 大津紅葉館別館にて晩餐。

ほうきありすなわちとつて落葉掃く
十月十六日 関西同人会。阪急沿線曾根、星ヶ岡茶寮。

秋の水木曾川といふにし
十月十八日 名古屋牡丹会大会吟行。日本ライン遊園地に向ふ。

きのこなど山幸やまさち多き台所

掛稲かけいねに山又山の飛騨路ひだじかな
十月十九日 遠藤韮城東道。昨夜は飛騨下呂げろ温泉、湯の島旅館宿泊。今朝高山に行く。角正にて精進料理。

げてものはきらひで飛騨の秋は好き
十月十九日 げてものは白川郷しらかわごうが本場なりとのこと、げてもの展覧会場あり。

今の世も月あきらかに百年忌
十月二十四日 池上いけがみ本門寺ほんもんじ。三世中村歌右衛門建碑式。歌右衛門肖像画に賛。

叡山えいざんの秋深かりし思ひ出で
十一月一日 往年横川よかわ中堂にてはじめて渋谷慈鎧じがい邂逅かいこう。今は京の真如堂の住職。その還暦祝に句を徴されて。

手をたゝきを呼びづめや風邪かぜの妻
十一月九日 大崎会。丸ビル集会室。

御神鬮おみくじの凶が出でたる落葉降る
十一月二十一日 木の芽会。鬼子母神きしぼじん境内。吉右衛門邸にて披講。

人にぢ神には恥ぢず初詣はつもうで

神は唯みそなわすのみ初詣

推し量る神慮かしこし初詣
十二月七日 偶成。

雪の暮茶の時頼ときよりに句の常世つねよ
十二月十日 大正五、六年頃か、鎌倉能楽堂にて「鉢木はちのき」を演ぜし時川越守男ワキを勤めくれたり。其後茶掛ちゃがけに句を所望せられたるに書きたる句を打ち忘れ居たるを近藤いぬゐ先頃川越の茶会に招かれ其軸を示されたるを覚え来れりとて教へくれたるもの。川越は久田家の茶の宗匠なり。

焚火たきび消え一夜の宿のあるじなし
十二月十一日 柚木湘水ゆきしょうすい追悼句。かつて湘水亭に一泊せしことあり。

枯芭蕉棒もたしかけありにけり
十二月十一日 草樹会。丸ビル集会室。

羽子板をくわへ去る犬別荘へ
十二月二十五日 鎌倉俳句会。大仏境内、南浦園。
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昭和十二年


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日ねもすの風花かざはな淋しからざるや
一月二日 武蔵野探勝会新潟行。篠田旅館泊。みづほ、素十等の歓迎を受く。

春著はるぎ右のたもとに左の手
一月四日 二百二十日会。きん楽。

七草に更に嫁菜よめなを加へけり
一月七日 川崎利吉息安雄結婚披露。

加留多カルタとる皆美しく負けまじく

双六すごろくに負けおとなしく美しく
一月八日 草樹会。丸ビル集会室。

太陽を礼讃らいさんしてぞ日向ひなたぼこ

倫敦ロンドンの濃霧の話日向ぼこ

伊太利イタリアの太陽のうた日向ぼこ
一月十一日 友次郎と共に鎌倉駅にて電車を待つ間偶成。

画家去りぬ嫣然えんぜんとして梅の花
一月十五日 家庭俳句会。小石川植物園。

マスクして我となんじでありしかな
一月二十三日 青邨せいそん送別を兼ね在京同人会。向島むこうじま弘福寺。

羽ひらきたるまゝ流れ寒鴉かんがらす

鳴くたびに枝踏みゆるゝ寒鴉
一月二十五日 玉藻俳句会。丸ビル集会室。

化粧して気分すぐれず春の風邪
一月二十八日 丸之内倶楽部俳句会。

そのまゝに君紅梅の下に立て
一月三十一日 深沢、水竹居邸。青邨送別会。実花あり。

客ありて梅の軒端のきばの茶の煙
二月七日 武蔵野探勝会。相州下曾我梅林。加来金升邸。

御霊屋おたまや枝垂梅しだれうめあり君知るや
二月十九日 家庭俳句会。芝公園蓮池。

かりそめの情はあだよ春寒し
二月二十一日 発行所例会。丸ビル集会室。

ひなの顔鼻無きがごとつる/\と
三月五日 家庭俳句会。渋谷桜ヶ丘、遠藤韮城邸。

折り/\てなお花多き宮椿
三月七日 武蔵野探勝会。武州大沢梅林。

一枚の葉のりんとして挿木さしきかな
三月八日 大崎会。丸ビル集会室。

雨晴れておほどかなるや春の空
三月十四日 謡句会。

たとふれば独楽こまのはぢける如くなり
三月二十日 『日本及日本人』碧梧桐追悼号。碧梧桐とはよく親しみよく争ひたり。

下僕げぼく走り出迎へ花の荘
四月二日 家庭俳句会。葉山、平、畠山別邸。

別荘を出て別荘へ花の坂

幹太く大いなるかな家桜いえざくら
四月八日 七宝会。大磯、高木別邸。

花の如く月の如くにもてなさん
四月九日 田中家新築披露扇の句。女将に代りて。

あぜを塗るくわの光をかへしつゝ

畦塗るや首をかしげてねんごろ
四月十二日 大崎会。丸ビル集会室。

さま/″\の情のもつれ暮の春
四月十八日 発行所例会。

折のふた取ればされて柏餅かしわもち
四月二十三日 鎌倉俳句会。葉山、水竹居山荘。

熊蜂くまばちのうなり飛び去る棒のごと
四月二十六日 玉藻俳句会。丸ビル集会室。

馬酔木あせび折つて髪にかざせば昔めき

重の内あたたかにして柏餅
五月六日 二百二十日会。銀座六丁目、実花宅。

目立たぬや同じ色なる更衣ころもがえ
五月十日 笹鳴会。丸ビル集会室。

麦の穂の出揃でそろふ頃のすが/\し
五月十三日 七宝会。武蔵境むさしさかい、望田邸。

さばしゅん即ちこれを食ひにけり
五月十四日 草樹会。丸ビル集会室。

此宿はのぞく日輪にちりんさへも

えにしだの黄色は雨もさまし得ず
五月十六日 発行所例会。丸ビル集会室。

たゝみ来る浮葉うきはの波のたえまなく
五月二十一日 家庭俳句会。水竹居祝賀。不忍池畔雨月荘。

ときじくぞ雨は降りける更衣ころもがえ
五月二十四日 「玉藻十句集(第四回)」

老い人や夏木見上げてやすらかに
六月五日 水竹居祝賀会。築地、きん楽。

藻の花や母娘おやこが乗りし沼渡舟ぬまわたし
六月六日 武蔵野探勝会。我孫子あびこ、谷口別邸。

桑の実や父を従へ村娘
六月十一日 草樹会。丸ビル集会室。

見るうちに薔薇ばらたわ/\と散り積る
六月十四日 大崎会。丸ビル集会室。

いそがしくあお団扇うちわの紅は浮く
六月十七日 白草居自祝招待会。とんぼ。

昂然こうぜん泰山木たいさんぼくの花に立つ
六月十九日 白草居退職祝賀会。日比谷松本楼。

玉虫の光を引きて飛びにけり
六月二十日 発行所例会。丸ビル集会室。

料理くず流れ行くあり船料理
六月二十四日 丸之内倶楽部俳句会。

三等待合まちあい昼寝の男起き上り
七月三日 家庭俳句会。東京駅附近写生。発行所にて披講。

親竹に若竹添へて三幹竹
七月三日 『山彦』五周年記念句会。三信ビル。

ユーカリを仰げば夏の日かす
七月十一日 二百二十日会。鎌倉、瑞泉寺ずいせんじ

引いてし夜店車をまだ解かず
七月十四日 銀座探勝会。松屋裏、観音堂。

ひよれる子に肌脱はだぬぎの乳房ちぶさあり

肌ぬぎし如く衣紋えもんをいなしをり
七月十八日 発行所例会。丸ビル集会室。

へこみたる腹にへそあり水中みずあた
七月二十二日 丸之内倶楽部俳句会。

月あればを遊びける世を思ふ
七月二十四日 夜、偶成。

颱風たいふう名残なごり驟雨しゅううあまたゝび
七月二十六日 玉藻俳句会。丸ビル集会室。

大敷おおしきの網に夏海大うねり

泳ぎ子の潮たれながら物さが

釣堀の日蔽ひおいの下の潮青し
八月一日 武蔵野探勝会。真鶴まなづる、日本水産会社大敷網。

避暑の浜ややさびれたる花火かな
八月八日 五月雨会。水神八百松。

夏山やよく雲かゝりよく晴るゝ
八月二十五日 箱根町、箱根ホテル。

松魚舟かつおぶね子供上りの漁夫もゐる
九月五日 武蔵野探勝会。芝区海岸通リ[#「海岸通リ」はママ]、日本水産株式会社冷凍部芝浦工場。

屋根裏の窓の女や秋の雨
九月十日 銀座探勝会。木挽町こびきちょう三丁目河岸、朝日倶楽部。

稲妻をふみて跣足はだしの女かな
九月十一日 二百二十日会。丸ビル集会室。

子の忌日きじつ妻の忌日もほこの秋
九月十九日 大連だいれんの吉田弧岳、亡妻三周年の忌日も内地に帰れず事変のめ足留めをくひ居れり、亡長男の七周年忌日が丁度子規忌当日なりと申越しければ。

そびえたるお西お東月の屋根
九月二十七日 「玉藻十句集(第八回)」

此谷を一人守れる案山子かがしかな
十月十一日 笹鳴会。丸ビル集会室。

力なく毛見けみのすみたる田をなが
十月十一日 大崎会。丸ビル集会室。

老人と子供と多し秋祭
十月十五日 家庭俳句会。氷川ひかわ神社、あふひ居。

落花生ひつゝ読むや罪と罰
十月十六日 発行所例会。丸ビル集会室。

実をつけてかなしきほど小草おぐさかな
十月二十七日 「玉藻十句集(第九回)」

目つむれば今日のにしきの野山かな
十月三十一日 阪神線甲陽園播半。ましこ招宴。

智照尼は昔知る人薄紅葉うすもみじ

今もまた一時雨ひとしぐれあり薄紅葉
十一月三日 京都牧野滞在。光悦寺に行き、祇王寺ぎおうじを訪ひ嵐山に遊ぶ。

月の子はかぐや姫にはあらざりき
十一月八日 旭川きょくせんより桜坡子はじめて男子を得しとのこと言ひ来る。返事に、ついであれば桜坡子に言づてよとて。

秋天に赤き筋ある如くなり

秋空や玉の如くに揺曳ようえい
十一月十日 銀座探勝会。松屋裏尼寺。

静さに耐へずして降る落葉かな
十一月十四日 臨時句謡会。あふひ邸。

たたずめる人に菊花のうつ伏せり

人去りて冷たき石にれる菊
十一月十九日 家庭俳句会。杣男そまお山荘。

ひたはれ握る冷たき老の手よ

身の上に法ひややかに来りけり
十一月二十二日 玉藻俳句会。丸ビル集会室。

一足の石の高きに登りけり
十一月二十四日 二百二十日会。鎌倉山、千穂山荘。

柴漬ふしづけの悲しき小魚こうおばかりかな

雑炊や後生大事ごしょうだいじといふことを
十一月二十五日 丸之内倶楽部俳句会。

枯るゝ庭ものの草紙そうしにあるがごと

黒きしみつとあり五郎兵衛柿ごろべえがきとかや

此庭も夫唱婦随の枯るゝまゝ
十一月三十日 風生居招宴。

鼻の上に落葉をのせて緋鯉ひごい浮く

落葉敷く荒波を敷く如くなり
十二月二日 家庭俳句会。植物園写生、椎花邸招宴。

牛立ちて二三歩あるく短き日
十二月五日 武蔵野探勝会。横浜在子安こやす、子安農園。

鉄板を踏めば叫ぶや冬のみぞ
十二月八日 銀座探勝会。松屋裏、尼寺。

砲火そゝぐ南京ナンキン城は炉の如し

かゝるも将士の征衣霜深し

寒紅梅馥郁ふくいくとして招魂社
十二月九日 東京朝日新聞社より南京陥落の句を徴されて。

女を見れの男を見て師走しわす
十二月十一日 二百二十日会。松坂屋写生、実花居。

我生や今日の短き日も惜しゝ
十二月十三日 夜。大崎会。丸ビル集会室。

首巻もせよ祝つてももらふべし
十二月十五日 風早浦の人還暦祝の句をしたたむとて。

話のせて車まつしぐら暮の町
十二月十七日 家庭俳句会。あふひ邸。

かる/″\と上る目出度めでたし餅のきね
十二月十八日 発行所例会。丸ビル集会室。

冬日ふゆひやわらか冬木柔かいずれぞや

冬木中生徒の列の現れ
十二月二十二日 『立子句集』出版記念会。上野公園梅川。

寒雨降りそゝげる中の枝垂梅しだれうめ

うらら花は無けれど枝垂梅
十二月二十四日 鎌倉俳句会。要山かなめやま、香風園。

行年ゆくとしや歴史の中に今われあり
十二月二十五日 句謡会。向島百花園、千歳。
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昭和十三年


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初句会浮世話をするよりも
一月一日 旭川、年尾、友次郎と共に初句会。

粛々と群聚はすゝむ初詣はつもうで

清浄しょうじょうの空や一羽の寒鴉かんがらす
一月二日 武蔵野探勝会。明治神宮初詣。日本青年館。

つまとりてひとしずか羽子はねをつく
一月三日 向島弘福寺。旭川、秋琴女歓迎。

焚火たきびかなし消えんとすれば育てられ

追羽子おいばねのいづれも上手じょうず姉妹
一月七日 家庭俳句会。百花園、千歳。

せはしなく暮れ行く老の短き日
一月八日 二百二十日会。木挽町、田中家。

爛々らんらんあけの明星浮寝鳥うきねどり
一月十日 夜。大崎会。丸ビル集会室。

水餅みずもちつぼふたとる窓明り
一月十四日 草樹会。丸ビル集会室。

寒肥かんごえを皆やりにけり梅桜

春水しゅんすいや子をほう真似まねしては
一月二十一日 家庭俳句会。日比谷公園。

人形の前にくずれぬ寒牡丹かんぼたん

何事の頼みなけれど春を待つ
一月二十四日 玉藻俳句会。丸ビル集会室。

とこの花すでに古びや松の内
一月二十七日 「玉藻十句集(第十二回)」

あぜ一つ飛び越え羽搏はうつ寒鴉

凍鶴いてづるの首をのばしてたけ高き
一月二十七日 丸之内倶楽部俳句会。

焚火してくれるなさけに当りもし
一月三十日 句謡会。百花園、千歳。

旗のごとなびく冬日をふと見たり
二月四日 家庭俳句会。小石川植物園。

小ざつぱりしたる身なりや針納はりおさめ

町娘みかはし行く針供養
二月七日 二百二十日会。白山招宴。銀茶寮。

病にも色あらば黄や春の風邪
二月十二日 草樹会。丸ビル集会室。

猫柳又現はれし漁翁ぎょおうかな
二月十四日 笹鳴会。丸ビル集会室。

春宵しゅんしょうをあだに過ぎなばくいあらん
二月十五日 奈王招宴。新橋灘万なだまん

猫柳ほゝけし上にかゝれる日

うしほ今和布ひんがしに流しをり

潮の中和布を刈る鎌の行くが見ゆ
二月十九日 発行所例会。丸ビル集会室。

提灯ちょうちんの照らせる空や夜の梅
二月二十日 鳴雪十三回忌を修す。丸之内倶楽部日本間。

橋に立てば春水我に向つて来
三月六日 武蔵野探勝会。和田堀、明治大学、本願寺墓地等。

つてゐるひなのあられの花咲きつ

遠ざけて引寄せもする春火桶はるひおけ
三月七日 二百二十日会。銀座五丁目東仲通、菊の家。

啓蟄けいちつや日はふりそゝぐ矢の如く
三月十一日 草樹会。丸ビル集会室。

桜貝波にものいひ拾ひ居る

朧夜おぼろよや男女行きかひ/\て
三月二十四日 丸之内倶楽部俳句会。

竹林に黄なる春日はるひを仰ぎけり

藁屋根に春空青くそひ下る
三月二十五日 鎌倉俳句会。名越なごえ、立正安国論寺。

鬱々うつうつと花暗く人病みにけり
四月三日 武蔵野探勝会。神代じんだい村、深大寺じんだいじ

の女春日はるひまぶしくまたたけり
四月四日 二百二十日会。深沢、水竹居邸。

肴屑さかなくずまないたにあり花の宿

語り伝へ謡ひ伝へて梅若忌うめわかき

忌日きじつあり碑あり梅若物語
四月十一日 大崎会。富士見町、三輪女邸。

垣外かきそとの暮春の道の小さゝよ
四月二十一日 鎌倉俳句会。山の内、浄智寺。

遠足の野路の子供の列途切とぎ
四月二十五日 玉藻俳句会。丸ビル集会室。

手を上げて別るゝ時の春の月
四月二十八日 「玉藻十句集(第十五回)」

杉落葉して境内の広さかな
四月二十八日 丸之内倶楽部俳句会。

春闌はるたけなわ暑しといふは勿体なし
五月一日 武蔵野探勝会。小石川後楽園、涵徳亭かんとくてい

分け行けば躑躅つつじの花粉そでにあり
五月六日 家庭俳句会。駒込こまごめ六義園りくぎえん

夏暖簾なつのれん垂れてしずか紋所もんどころ
五月十三日 銀座探勝会。松屋七階貴賓室。

バスのたなの夏帽のよくおちること
五月十七日 佐渡に一遊。

校服の少女しょうじょ汗くさく活溌かっぱつ
六月三日 家庭俳句会。日比谷公園。

の森のあはれにもまた騒がしく
六月五日 武蔵野探勝会。千葉在大巌寺、鵜の森。

新しき蚊帳かや板のごと釣られけり
六月十日 草樹会。丸ビル集会室。

梅雨傘をさげて丸ビル通り抜け
六月十七日 家庭俳句会。丸ビル写生。

欄干に江山こうざん低しのみふるふ
六月十八日 発行所例会。丸ビル集会室。

休んだり休まなんだり梅雨工事
六月二十日 田中家招宴。

我思わがおもふまゝに孑孑ぼうふらうき沈み
六月二十三日 丸之内倶楽部俳句会。

箱庭の月日あり世の月日なし

おのはねの抜けしをくわ羽抜鳥はぬけどり
六月二十四日 鎌倉俳句会。深沢村、寺分、陣出園温泉宿。

聞えざる涼み芝居をただ見をり
七月四日 二百二十日会。浅草仲見世、万屋。女剣劇大江美智子一座。

桃葉湯とうようとう丁稚でっちつれたる御寮人ごりょうにん

したたりの岩屋の仏花奉る
七月八日 草樹会。丸ビル集会室。

句拾ふやすすきさゝやき露語る

しべの朱が花弁にしみて孔雀草くじゃくそう

あぶと蝶向合ひすがる九階草くがいそう
七月九日 句謡会。百花園、千歳。

雑沓ざっとうの中に草市立つらしき
七月十二日 銀座探勝会。東海堂屋上、朝顔を見る。ついで東海堂主人の本宅に招ぜらる。

泣きじやくりして髪洗ふ娘かな

喜びにつけきにつけ髪洗ふ
七月二十五日 玉藻俳句会。丸ビル集会室。

端居はしいして垣の外面とのもの世を見居る
七月二十七日 「玉藻十句集(第十八回)」

晩涼や謡の会も番すゝみ
八月二十一日 あるじ慰問、句謡会。本田あふひ邸。

やぶがささして遊ぶ子秋の雨

病人に野分のわきの夜を守りけり
九月一日 家庭俳句会。あふひ居。

めて早稲田大学秋の空
九月七日 七宝会。小石川高田豊川町、田原久吉邸。

友を葬る老の残暑の汗を見る

おもやつれしてかつ/\と夜食かな
九月九日 草樹会。丸ビル集会室。

夜半よわに起きが宿をふ野分かな
九月十二日 笹鳴会。丸ビル集会室。

紫蘇しその実をはさみの鈴の鳴りて摘む
九月十六日 家庭俳句会。あふひ邸。

砧盤きぬたばんあり差出さしいだす灯の下に

山河こゝにあつまきたり下りやな
九月二十二日 丸之内倶楽部俳句会。

秋風や心の中の幾山河
九月二十九日 「玉藻十句集(第二十回)」

一面に月の江口えぐちの舞台かな

のあたり月の遊女の船遊び
十月二日 武蔵野探勝会。宝生ほうしょう能楽堂に野口兼資かねすけの「江口」を観る。

もの置けばそこに生れぬ秋の蔭
十月三日 二百二十日会。木挽町、田中家。

何某なにがしふんして月に歩きをり

すべからく月の一句のあるじたれ
十月八日 観月句会。大船、松竹撮影所。

たしまねどあたため酒はよき名なり
十月十日 夜。大崎会。丸ビル集会室。

夕闇ゆうやみ蘆荻ろてき音なく舟きぬ
十月十五日 発行所例会。丸ビル集会室。

肌寒はださむのこる寒さも身一つ
十月二十日 一行の中に年尾も加はり、高松栗林りつりん公園内、掬月きくげつ亭俳句会。此夜高松古新町かしく泊。善通寺に正一郎伍長を訪ふ。

歴史悲し聞いては忘る老の秋
十月二十一日 屋島に遊ぶ。

病床の人訪ふたびに秋深し
十月二十五日 家庭俳句会。あふひ居。

並び広東カントン武漢ぶかん秋二つ

よろこびにおののく老のぬくめ酒
十月二十五日 東京朝日新聞よりもとめらるゝまゝに武漢陥落を祝す句のうち。

真東に向はしめたる像の秋

これよりや時雨しぐれ落葉と忙がしき
十一月三日 武蔵調布上布田ふだ三〇四、新田霞霧園隣地、虚子胸像除幕式。

つやゝかな竹の床几しょうぎを菊に置く
十一月六日 武蔵野探勝会。小金井こがねい、大正園。

われしずかなれば蜻蛉とんぼう来てとまる
十一月七日 二百二十日会。清水谷公園、皆香園。

凍蝶いてちょうまゆ高々とあはれなり
十一月十四日 笹鳴会。丸ビル集会室。

手拭てぬぐいにうち払ひつゝ夕時雨
十一月二十六日 「玉藻十句集(第二十二回)」

焚火たきびそだてながら心は人を追ふ

右手めては勇左手ゆんでは仁や懐手ふところで
十一月二十八日 玉藻俳句会。丸ビル集会室。

大枯木己が落葉を慕ひ立つ
十一月三十日 比古、立子、汀女ていじょ、香雲と共に小石川植物園。

焚火そだてゐたりしが立ち歩み去る
十二月二日 家庭俳句会。あふひ邸。

枯萩の立ちよれば粗に遠のけば

掃きしあと落葉を急ぐ大樹かな
十二月四日 武蔵野探勝会。小石川植物園。共同印刷会社三階会議室。

うらむ気は更にあらずよ冷たき手
十二月九日 草樹会。丸ビル集会室。

草庵そうあん温石おんじゃくの暖ただ一つ
十二月十日 句謡会。あふひ邸。

おいはものの何か忙がし短き日
十二月十二日 笹鳴会。丸ビル集会室。

白眼に互に日向ひなたぼこりかな
十二月十二日 夜。大崎会。丸ビル集会室。

襟巻えりまきに深くうずもれ帰去来かえんなん
十二月十八日 和歌山市外三田和田、竈山かまやま神社献句式帰路車中。

山端やまばなは寒し素逝そせいを顧みし
十二月十九日 京都山端平八に行く。素逝、王城、比古、年尾、紫尹と共に。

背布団せなぶとんちんひも長く持ち
十二月二十日 京饌きょうせん寮。王城、比古、三千女と共に。

金屏きんびょうにともし火の濃きところかな
十二月二十一日 「玉藻十句集(第二十三回)」
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昭和十四年


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初詣はつもうで神慮は測り難けれど

ごとはもとより一つ初詣
一月一日 明治神宮初詣。

雲乱れあられたちまち降り来り
一月八日 武蔵野探勝会百回記念。鎌倉鶴ヶ岡八幡宮初詣。海浜院。

龍のたま深くぞうすといふことを
一月九日 笹鳴会。丸ビル集会室。

大寒だいかんにまけじと老の起居たちいかな
一月十三日 草樹会。丸ビル集会室。

かじかめる手は憎しみに震へをり
一月十六日 二百二十日会。京橋、灘万。蓬矢招宴。

花のごと流るゝ海苔のりをすくひ網
一月十九日 物芽会。品川、洲崎館。

其中に境垣さかいがきあり冬木立
一月二十日 家庭俳句会。あふひ邸。

女礼者おんなれいじゃらしく古風につゝましく
一月二十三日 玉藻句会。丸ビル集会室。

藪入やぶいりや母にいはねばならぬこと
一月二十五日 「玉藻十句集(第二十四回)」

石はうる人をさげすみ寒鴉かんがらす

紅梅の旧正月の門辺かどべかな
一月二十六日 丸之内倶楽部俳句会。

寒きゆえ我等四五人なつかしく
一月三十日 京都南禅寺瓢亭。いはほ招宴。いはほ、静子、王城、野風呂、雨城、のぶほ、千代子、比古。

暮れて行く枯木も加茂の御社みやしろ
一月三十一日 下鴨しもがもただすもり。木屋町大千賀。王城等鹿笛同人招宴。年尾と共に。

取り乱し人にはざる風邪寝かな

かぼそくも打臥うちふしおはす風邪寝かな
二月六日 二百二十日会。白山招宴。銀茶寮。

えかへるそれも覚悟のことなれど
二月十日 草樹会。丸之内倶楽部別室。

春の波小さき石に一寸ちょとおど
二月十二日 日本探勝会第一回。蒲郡がまごおり、常磐館にて。

茶房さぼう暗し春灯しゅんとうは皆隠しあり
二月十四日 銀座探勝会。西銀座、レデー・タウン。

春水しゅんすいをたゝけばいたくくぼむなり
二月十六日 物芽会。清水谷公園、皆香園。

ついて来る人を感じて長閑のどかなり
二月十七日 家庭俳句会。本田あふひ邸。

雪のはてこれより野山大いに笑ふ
二月十八日 発行所例会。丸ビル四階、水産倶楽部。

春水に歩みよりをおさへたる
二月二十四日 鎌倉俳句会。鶴ヶ岡八幡社務所。

紅梅の京を離れて住むは
二月二十五日 「玉藻十句集(第二十五回)」

春雲しゅんうん棚曳たなびき機婦は織りめず

そこを行く春の雲あり手を上げぬ

緑竹りょくちくの下やそゞろに青む草
三月四日 句謡会。鎌倉、香風園。

花まばら小笹原おざさはらなる風の梅
三月五日 日本探勝会。伊豆大仁いずおおひと、大仁温泉ホテル。韮城会主。

たとふればすみ田の春のゆきしごと
三月九日 蚊杖ぶんじょうを通じ、老年にて身まかりたる名女将といはれし柳橋やなぎばし林家女将追福の通袱紗ふくさに句をはれて。

物の芽にふりそゝぐ日をうち仰ぎ
三月十四日 夜。大崎会。丸之内倶楽部別室。

運命は笑ひ待ちをり卒業す
三月十八日 発行所例会。丸ビル四階、水産倶楽部。

春寒はるさむもいつまでつゞく梅椿
三月二十二日 偶成。

土手の上に顔出し話す草を摘む
三月二十三日 丸之内倶楽部俳句会。

春草しゅんそうのこの道何かなつかしく
三月二十四日 鎌倉俳句会。明月院。

初蝶を夢の如くに見失ふ
三月二十九日 玉藻花鳥会。小石川植物園。

くもりたる古鏡の如し朧月おぼろづき
四月四日 一江招宴。日本橋、浜田家。

黄いろなる真赤なるこの木瓜ぼけの雨

細き幹伝ひ流るゝ木瓜の雨
四月六日 二百二十日会。鎌倉浄智寺、灘万別荘。おはん東道。

立上りしこうして歩む春惜しむ
四月二十四日 玉藻俳句会。丸ビル四階水産倶楽部。

草餅をつまみ江山こうざんはるかなり
四月二十六日 「玉藻十句集(第二十七回)」

黒虻くろあぶしりの黄色が逆立さかだちぬ
五月六日 句謡会。鎌倉、香風園。

昔こゝ六浦むつらとよばれ汐干狩しおひがり
五月七日 日本探勝会。武州金沢かなざわ、金沢園。

道々の余花よかながめてみちのくへ

余花よかふ再び逢ひし人のごと
五月十三日 仙台俳句会兼題をおくる。

かはほりや窓の女をかすめ飛ぶ
五月十六日 青邨帰朝歓迎会。向島弘福寺。

麦飯もよし稗飯ひえめしも辞退せず
五月十七日 丸之内倶楽部俳句会。

面つゝむ津軽つがるをとめや花林檎はなりんご
五月二十五日 風生等と共に仙台俳句会に臨み、小樽おたるに高木一家を訪ひ、帰路大鰐に手古奈に会す。加賀助旅館。

代馬しろうまは大きく津軽富士小さし
五月二十六日 猿賀村、猿賀神社吟行。

みちのくの旅に覚えし薄暑かな
五月二十六日 大館おおだてを経て湯瀬温泉に至る。

夏の月かゝりて色もねずが関
五月二十七日 湯瀬出発、尾去沢おさりざわ鉱山一見、花輪に出で、瀬波温泉に向ふ。瀬波温泉にて、みづほ、素十等に会す。

浜茄子はまなすの丘をあとにし旅つゞく
五月二十八日 村上在、瀬波温泉、三島家旅館。

葡萄榾ぶどうほだちよろ/\燃えて夏炉かな

煙管きせるに火つけて夏炉にかしこまる
五月二十八日 亀田、綾華居。

相語り池の浮葉もうなづきぬ
五月三十一日 紅緑こうろく上京。肋骨、鼠骨そこつと四人、不忍しのばず、笑福亭に会す。

任重く心軽しや更衣ころもがえ
六月二日 吉田週歩の満洲に行くを送る。

梅雨晴間つゆはれま打水しある門を入る
六月八日 七宝会。近藤いぬゐ邸。

供華くげのためあぜ芍薬しゃくやくつくるとか
六月十日 昨夜、夜汽車にて上野を発す。朝六時八分三日市著。直ちに黒部鉄道にて宇奈月に行く。延対寺泊り。蓬矢知事東道。

岩の上の大夏木の根八方に

夏山やトロに命を托しつゝ

雪渓の下にたぎれる黒部川
六月十一日 黒部峡探勝。

なれにやる十二単衣ひとえといふ草を
六月十一日 黒部峡探勝。つき来りし宿の婢に。

虫螻蛄むしけらと侮られつゝ生を
六月十六日 大崎会。丸之内倶楽部別室。

遠目にはあはれとも見つ栗の花

梅雨つゆといふ暗きページの暦かな
六月十七日 発行所例会。丸ビル四階、水産倶楽部。

夏風邪はなか/\老に重かりき
七月一日 句謡会。鎌倉、香風園。

おやり俳諧を守り守武忌もりたけき
七月六日 朝日新聞のもとめにより。開戦記念日を迎ふる句のうち。

船揺れて瓶花へいか傾く涼しさよ
七月二十二日 日本探勝会。鎌倉丸乗船。有馬ありま行。午後零時三十分出帆。

がけぞひの暗き小部屋こべやが涼しくて
七月二十三日 有馬温泉、兵衛旅館。

此上は比叡ひえい座主ざすの秋を待つ
八月十四日 渋谷慈鎧じがい真如堂より毘沙門びしゃもん門跡もんぜきに栄転せられしを祝す。

打水をよろめきよけて病犬やまいいぬ
九月二日(二百十日) 句謡会。鎌倉、香風園。

松の月暗し/\と轡虫くつわむし
九月八日 草樹会。丸之内倶楽部別室。

秋風やうかとしてゐし一大事
九月十二日 二百二十日会。清水谷、皆香園。

秋風は芙蓉ふようの花にやゝあらく
九月十三日 七宝会。市公園となりし百花園。

見苦しや残る暑さの久しきは

三日月のにほやかにしてなさけあり
九月十五日 大崎会。丸之内倶楽部特別室。

老松おいまつおのれの露を浴びて

老松に露の命の人往来ゆきき

老松のたゞ知る昔秋の風
九月二十二日 鎌倉俳句会。戸塚在、旧東海道松並木、老松茶屋。

母を呼ぶや高原の秋澄みて

山の日は暑しといへど秋の風
九月二十四日 蓼科たてしな高原。

山々の男振り見よ甲斐かいの秋
九月二十四日 蓼科高原よりの帰路。

かき濁し/\して澄める水
九月二十六日 「玉藻十句集(第三十二回)」

月もまたとゞむるすべも無かりけり

大空を見廻して月孤なりけり
九月二十六日 観月句会。深沢、三越倶楽部。

黄な蝶のつういと飛べば目路めじも黄に
十月七日 句謡会。鎌倉、香風園。

風知草ふうちそうあるじ居間いまならん
十月十日 二百二十日会。赤坂新坂、吉田旅館。

たかあしのぜんに菓子盛り紅葉寺もみじでら

坂少し下りて中堂ちゅうどう薄紅葉
十月十五日 日本探勝会。比叡山本坊貴賓室にて。

秋雨や刻々暮るゝ琵琶びわうみ
十月十六日 琵琶湖ホテルにて。木槿もくげ会。

におがゐて鳰の海とは昔より
十月十七日 琵琶湖ホテル滞在。

淋しさの故に清水に名をもつけ
十月十七日 幻住庵句会。大津ホトトギス会主催。

思ひび此夜寒しと寝まりけり

夜寒さを佗びてはなひるばかりなり
十月二十三日 「玉藻十句集(第三十三回)」

野を浅くわたりしすそに草じらみ

老ぬればあたゝめ酒も猪口一つ
十月二十三日 玉藻俳句会。丸之内倶楽部日本間。

秋風やとある女の運命さだめ
十月二十四日 銀座探勝会。松屋裏、煉瓦亭れんがてい

朝鵙あさもずに掃除夕鵙に掃除かな
十月二十六日 物芽会。上野、梅川亭。

歴史悲し人の悲し秋の雨
十月二十六日 『鶏頭陣けいとうじん』に菊山当年男たねおの寿貞尼の話を読みて悲し。王城の訃到る亦悲し。

水際みぎわなるあしの一葉も紅葉せり
十月二十七日 鎌倉俳句会。百二十回。片瀬河畔逍遥しょうよう。まさを居。

君と共に四十年よんじゅうねんの秋を見し
十一月二日 王城追悼。

よききぬによろこびつける草虱くさじらみ

行く人を待ちてとびつく草虱
十一月六日 玉藻吟行会。鎌倉松ヶ丘、東慶寺。

明治節大帝日和びよりかしこしや
十一月十日 草樹会。一ツ橋、学士会館。

柴漬ふしづけにまことぬべき小魚こうおかな
十一月十三日 笹鳴会。丸之内倶楽部日本間。

雨の柚子ゆずとるとていもの姉かぶり
十一月十四日 玉藻例会。日本橋、高島屋。

麦蒔むぎまきやいつまで休む老一人

しまひまで見ずに廻状かいじょう年の暮
十一月十七日 大崎会。丸之内倶楽部特別室。

屏風屋びょうぶやあがかまちに老の客
十一月二十二日 丸之内倶楽部俳句会。

日と月をかゝげ目出度めでたあけの春
十一月二十五日 偶成。

手毬唄てまりうたかなしきことをうつくしく
十二月一日 大崎会。丸之内倶楽部別室。

うか/\と咲き出でしこの帰り花

後ろにもうつれる人や初鏡はつかがみ
十二月二日 句謡会。鎌倉、香風園。

老しづかなるは二日も同じこと

きぞめやまなじりをつと引きゆがめ
十二月六日 玉藻吟行会。高島屋特別室。

一壺いっこあり破魔矢はまやをさすにところを得
十二月七日 二百二十日会。田中家、漾人ようじん主催。

見送りし仕事の山や年の暮
十二月十四日 七宝会。芝、紅葉館。水竹居主催。

枯草になおさま/″\の姿あり

高々と枯れおおせたるすすきかな

もの皆の枯るゝ見に来よ百花園
十二月十六日 家庭俳句会。韮城・椎花古稀祝。百花園、千歳。

そこにあるありあふものを頬被ほおかむり
十二月十九日 銀座探勝会。西銀座六丁目、滝山ビル、餅喜汁粉屋。

この後の一百年や国の春
十二月十九日 紀元二千六百年。

砂よけの垣あり冬木皆かしぎ
十二月二十二日 鎌倉俳句会。海浜院。

向き/\に羽子はねついてゐる広場かな

羽子板はごいたを口にあてつゝ人を呼ぶ
十二月二十三日 日本橋中洲、福井筒。吉村太一主催。

親心静に落葉見てをりて
某日 深川正一郎曹長を通じて、傷兵達に俳句を奨励する善通寺陸軍病院長坪倉大佐へ。

霜のたて月のつるぎに句を守る
十二月二十七日 小田黒潮中佐歓迎会。丸之内倶楽部日本間。

冬籠ふゆごもり書斎の天地狭からず

炭斗すみとりや個中の天地おのずか
十二月二十八日 丸之内倶楽部俳句会忘年会。京橋、万安。

湯婆ゆたんぽの一温何にたとふべき

一日もおろそかならず古暦
十二月二十九日 玉藻忘年会。鎌倉、香風園。

大扉おおとびら今しまりけり除夜詣じょやもうで
十二月三十一日 除夜詣。浅草観音。江の島料理のだや。
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昭和十五年


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初乗や由井ゆいなぎさこまめて
一月一日

おごそかに注連しめの内てふ言葉あり

凍土いてつちにつまづきがちの老の冬

羽子板を犬くわへ来し芝生しばふかな
一月八日 笹鳴会。丸之内倶楽部日本間。

大寒だいかんほこりの如く人死ぬる

大寒や見舞に行けば死んでをり

かじかめる手上げて人を打たんとす

悴める手上げて見てらしけり
一月九日 さみだれ会。日本橋倶楽部。

福寿草遺産といふは蔵書のみ

松過ぎの又も光陰矢の如く
一月十日 玉藻俳句会。高島屋特別室。

万才まんざいたたずみ見るは紙芝居
一月十一日 七宝会。近藤いぬゐ邸。

寒といふ字に金石きんせきひびきあり

大寒といふといへどもすめらみくに

真中まなか高々としてれし声

かじかめる手にさし上げぬ火酒の杯
一月十二日 草樹会。学士会館。

まろびたるよりころがる手毬てまりかな

万才のうしろ姿も恵方道えほうみち

なりふりもかまはずなりて著膨きぶくれて

雑踏やまちの柳は枯れたれど
一月十三日 二百二十日会。銀茶寮。

照り曇り心のまゝの冬日和
一月十五日 玉藻吟行会。麹町永田町、真下宅。

布団干しながら苫船とまぶね出るところ
一月十七日 物芽会。品川、洲崎館。

福引に一国を引当てんかな
一月十八日 家庭俳句会。丸之内倶楽部日本間。

春場所のその横綱の男ぶり
一月十九日 大崎会。丸之内倶楽部別室。

日についでめぐれる月や水仙花
一月二十三日 「玉藻十句集(第三十六回)」

避寒して世をのがるゝに似たるかな
一月二十五日 丸之内倶楽部俳句会。

水仙に春待つ心定まりぬ
一月二十六日 鎌倉俳句会。海浜院。

鎌倉に実朝忌さねともきあり美しき

寿福寺はおくつきどころ実朝忌

実朝忌由井ゆい浪音なみおと今も高し
二月三日 句謡会。鎌倉、香風園。

又こゝに猫の恋路ときゝながし
二月九日 草樹会。一ツ橋、学士会館。

桜餅女の会はつゝましく
二月十日 二百二十日会。麹町永田町二丁目、真下宅。

子を抱いて老いたるあまや猫柳
二月十二日 笹鳴会。丸之内倶楽部日本間。

ものゝ芽や仕事は常に運びゐる
二月十六日 大崎会。丸之内倶楽部別室。

尼寺に小句会あり鳴雪忌めいせつき
二月二十日 銀座探勝会。松屋裏、尼寺。

桜餅かご無造作に新しき
二月二十一日 物芽会。銀座八丁目、キユーペル。

おほどかに日をさえぎりぬ春の雲
二月二十三日 鎌倉俳句会。たかし庵。

春雪しゅんせつ繽紛ひんぷんとして舞ふを見よ
三月一日 家庭俳句会。丸之内倶楽部日本間。

語りつゝ歩々紅梅に歩み寄る

紅梅を折りてはさめばねびまさる

春宵しゅんしょうの此一刻を惜むべし
三月九日 二百二十日会。木挽町、田中家。

窓の灯の消えてあやなし春のどろ
三月十四日 「玉藻五句集(第三十八回)」

あるじなき家ながらかきつくろへり

繕ひし垣根めぐらし隠れ
三月十五日 大崎会。丸之内倶楽部別室。

蝶もとびふるさと人もたもとほり
四月三日 玉藻例会。高島屋特別室。

花の宿ならざるはなき都かな

病む子あり花にも一家楽しまず
四月五日 家庭俳句会。あふひ女史追悼。芝公園、花岳院。

榾火ほだびるゝ女はかはりをり
四月七日 夢中に得たる句。

春眠の一句はぐくみつゝありぬ

春眠を起すすべなく見まもれり

春眠や靉靆あいたいとして白きもの

春眠の一ゑまひして美しき
四月八日 笹鳴会。丸之内倶楽部別室。

花散るや鈍なからすはねあたり
四月十一日 七宝会。芝公園、池の端茶店。

やゝ暑く八重の桜の日蔭よし
四月十七日 物芽会。紀尾井町、皆香園。

廻らぬは魂ぬけし風車
四月十八日 丸之内倶楽部俳句会。

ぼうたんに葭簀よしずの雨はあらけなし
四月二十一日 日本探勝会。横浜三渓園。待春軒に小憩、観月庵にて句会。聚楽邸じゅらくてい北殿の一部臨春閣を見る。

夏山の谷をふさぎし寺の屋根
四月二十六日 鎌倉俳句会。海蔵寺。

いもが宿春の驟雨しゅううに立ち出づる
四月二十七日 二百二十日会。築地三ノ六、築地会館武原たけはらはん方。

牡丹花ぼたんかの雨なやましく晴れんとす

涼しさは下品げぼん下生げしょうの仏かな
五月三日 家庭俳句会。九品仏くほんぶつ浄真寺。

ゆく春の書に対すれば古人あり

風吹いて暮春の蝶のあわたゞし
五月四日 句謡会。鎌倉、香風園。

浜砂にはかなき夢の小草おぐさかな
五月五日 日本探勝会。小田原、斎藤香村居。

古袷ふるあわせ軽暖けいだんにをりにけり

喧騒けんそうかわずの声の中に読む
五月八日 玉藻俳句会。高島屋三階特別室。

柏餅かしわもち家系いやしといふにあら
五月九日 七宝会。杉並すぎなみ大宮八幡遊園地茶店。

牡丹花ぼたんかの面影のこしくずれけり
五月九日 楠目橙黄子くすめとうこうしいたむ。(五月八日午後三時三十分逝去)。

山里や軒の菖蒲しょうぶに雲ゆきゝ
五月十日 草樹会。一ツ橋、学士会館。

軽暖や坐臥ざが進退も意のまゝに
五月十六日 深川正一郎歓迎句会。丸之内倶楽部日本間。

買喰かいぐひをして来よと子に祭銭まつりぜに
五月十七日 物芽会。吾妻橋あづまばし倶楽部。

背の順に坐り並びぬ糸取女いととりめ
五月十七日 大崎会。丸之内倶楽部別室。

風折々みぎわのあやめ吹きたわ
五月二十四日 鎌倉俳句会。材木座光明寺。

頭にて突き上げのぞ夏暖簾なつのれん
五月三十日 丸之内倶楽部俳句会。

一院のしずかなるかな杜若かきつばた
六月五日 玉藻俳句会。高島屋三階特別室。

鯉の水涼しく動きどうしかな
六月九日 日本探勝会。板橋区、豊島園としまえん

営々とはえりをり蠅捕器はえとりき
六月十四日 草樹会。一ツ橋、学士会館。

羽抜鳥はぬけどり卒然としてけりけり
六月二十七日 丸之内倶楽部俳句会。

松の雨つい/\と吸ひ蟻地獄ありじごく
六月二十九日 鎌倉俳句会。藤沢遊行寺ゆぎょうじ

父老健に喜雨きういたる安んぜよ

喜雨到る後顧こうこうれい更に無し
六月三十日 大阪放送局より戦線の将士に贈る俳句といふを徴されて。

大木の幹にまとひて夏の影
七月七日 東子房・小蔦結婚披露俳句会。愛宕山、嵯峨野。

雷雲に巻かれきたりし小鳥かな
八月三日 富士山麓さんろく山中湖畔草廬そうろ

秋風のにわかに荒し山のいお
八月七日 富士山麓山中湖畔草廬。

門前の坂に名附けん秋の風
八月八日 富士山麓山中湖畔草廬。

朔北さくほくの秋風に意を強うする
八月十六日 哈爾浜ハルビン俳句大会に寄す。

旅の秋寝間著ねまきになりて又まとゐ
八月十七日 句謡会。元箱根、松坂屋。

霧の中小鳥しきりに渡りけり

われまたくれないなりとついと
九月四日 玉藻例会。高島屋特別室。

徳川の三百年の夏木あり

世智辛せちがら浮世咄うきよばなし門涼かどすず
九月六日 家庭俳句会。上野、梅川亭。

秋雨あきさめやほそ/″\ながら続く会
九月七日 句謡会。鎌倉、香風園。

秋風や相黙したるれと
九月九日 笹鳴会。丸之内倶楽部別室。

衰へし野分のわきからす一羽飛び
九月十八日 物芽会。百花園。

我命つゞく限りの夜長よながかな
九月二十日 「玉藻五句集(第四十四回)」

なつかしや花野にふる一つ松
九月二十日 大崎会。丸之内倶楽部特別室。

秋風や相逢はざるも亦よろし
九月二十四日 藤崎完より漢詩一篇を贈り来りしに返す。山中湖畔草廬。

名をへくそかづらとぞいふ花盛り
九月二十九日 日本探勝会。上野、寛永寺。

爪立つまだてをして手を上げて秋高し

高原に立ちはだかりて秋高し
十月八日 二百二十日会。木挽町、灘万。奈王招待。

秋風に吹かれ白らめるおもてかな
十月九日 玉藻俳句会。高島屋特別室。

荷船にも釣る人ありてはぜの潮
十月十一日 草樹会。一ツ橋、学士会館。

芋の葉のいや/\合点々々がてんがてんかな
十月十二日 句謡会。鎌倉、香風園。

刈らるゝを待つ枯萩かれはぎ風情ふぜいかな
十月十四日 笹鳴会。丸之内倶楽部特別室。

大杉に隠れて御堂みどう秋の風
十月十九日 京都鷹ヶ峰光悦寺、王城句碑除幕式。万竹堂にて句会。妻子を伴ふ。

秋の海荒るゝといふも少しばかり

拝謁や菊花の階を恐懼きょうくして

拝謁を賜りければ菊の花

御船みふねしずかに進む夜長かな
十月二十四日 別府亀の井を出て乗船。船中。

秋風や心激して口ども
十月三十一日 丸之内倶楽部俳句会。

秋晴や心ゆるめば曇るべし
十一月一日 家庭俳句会。丸之内倶楽部別室。

も老いぬなれも老いけり大根馬だいこうま
十一月八日 玉藻俳句会。渋谷道玄坂どうげんざか上、二葉。

初時雨はつしぐれあるべき空を見上げつゝ
十一月八日 草樹会。一ツ橋、学士会館。

金屏きんびょう高御座たかみくらあり出御しゅつぎょまだ

出御しゅつぎょいま二千六百年天高し
十一月十日 紀元二千六百年式典に参列。

老い朽ちて子供の友や大根馬

いななきてよき機嫌きげんなり大根馬
十一月十二日 二百二十日会。銀座六丁目、実花宅。

大石にひ寄りかゝる小菊かな
十一月十四日 七宝会。向島むこうじま、百花園。

冬ぬくし老の心もはなやぎて
十一月十六日 大崎会。丸之内倶楽部別室。

供へ置きし柿たうべばやと思ひけり
十一月十九日 銀座探勝会。松屋裏、尼寺。

かご負ひて焚火たきび煙に現れ来

立ちのぼ茶碗ちゃわん湯気ゆげ紅葉晴もみじばれ

よろ/\とさおがのぼりて柿はさ
十一月二十二日 鎌倉俳句会。たかし庵。

墨の線一つ走りて冬の空

雲なきに時雨しぐれを落す空が好き
十一月二十八日 丸之内倶楽部俳句会。

立ち昇る炊煙の上に帰り花
十一月二十八日 「玉藻五句集(第四十六回)」

おでんやを立ち出でしより低唱す
十二月六日 家庭俳句会。日比谷公園。

時雨しぐるゝを仰げる人の眉目びもくかな
十二月七日 句謡会。鎌倉、香風園。

草枯るゝ日数を眺め来りけり
十二月九日 笹鳴会。丸之内倶楽部別室。

羽搏はばたきてめもやらざる浮寝鳥うきねどり
十二月十日 二百二十日会。木挽町、田中家。

大仏に到りつきたる時雨かな
十二月十二日 七宝会。鎌倉大仏、南浦園。

鼕々とうとうと昇り来りし初日かな
十二月十三日 草樹会。一ツ橋、学士会館。

マスクして我を見る目の遠くより

我が生は淋しからずや日記買ふ

かばんさげ時雨るゝ都とかう
十二月十七日 銀座探勝会。東京朝日新聞社向側、ニユー・トウキヨウ。

橋をゆく人ことごとく息白し
十二月十八日 物芽会。浅草山内、岡田。

年忘れ老は淋しくまひをり

うち笑める眉目ひいでゝマスクかな
十二月二十日 大崎会。丸之内倶楽部別室。

懐手ふところでして人込みにもまれをり

懐手して洛陽らくようの市にあり

懐手して俳諧の徒輩たり

懐手して論難に対しをり

懐手して宰相のうつわたり

左手は無きが如くに懐手
十二月二十六日 丸之内倶楽部俳句会。赤坂永田町二ノ七、待月荘。

さまよへる風はあれども日向ひなたぼこ

美しく耕しありぬ冬菜畑ふゆなはた

冬日濃しなべて生きとし生けるもの
十二月二十七日 鎌倉俳句会。海浜ホテル。

北風に人細り行き曲り消え
十二月三十日 東京句謡会。丸之内倶楽部日本間。

神前の落葉掃くしず相ついで
十二月三十一日 信濃しなの神社は宗良むねなが親王をまつる。奉納の句を徴さる。

伏して思ふ朧々おぼろおぼろの昔かな
十二月三十一日 霧島神社奉納句を徴さる。

伸び上り高くほうりぬ札納ふだおさめ

人顔はやうやく見えず除夜詣じょやもうで
十二月三十一日 除夜詣句会。浅草寺せんそうじ境内、江の島料理。





底本:「虚子五句集(上)〔全2冊〕」岩波文庫、岩波書店
   1996(平成8)年9月17日第1刷発行
底本の親本:「五百五十句」櫻井書店
   1947(昭和22)年11月5日再版
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※「」と「われ」と「れ」、「なんじ」と「なれ」と「れ」の混在は、底本通りです。
※新仮名によると思われるルビの拗音、促音は、小書きしました。
※「序」の末尾の「註」は親本の初版に存在し、再版には存在しませんが、底本通りとしました。
入力:岡村和彦
校正:酒井和郎
2016年6月10日作成
青空文庫作成ファイル:
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