六百五十句

高浜虚子





『ホトトギス』が六百五十号に達したことを記念するために、六百五十句を選んだ。
 これは号数に多少の食い違いがあるが、それは「句日記」(自 昭和二十一年[#改行]至 昭和二十五年)を材料にしたためである。
昭和三十年四月
鎌倉草庵にて
高浜虚子
[#改丁]
[#ページの左右中央]



昭和二十一年


[#改ページ]



風の日は雪の山家やまがも住みくて

の人の片頬にあり初笑

初笑深くぞうしてほのかなる

京洛けいらくちまたに満つる初笑

里人の松立てくれぬ仮住居かりずまい
一月五日 立子等と共に稽古会。小諸山廬こもろさんろ

おおいとり互にまみ寒牡丹かんぼたん

いづくとも無く風花かざはなの生れ来て
一月六日 稽古会つゞき。

炬燵こたつより背低きおいとなられけり

かじかみてうつむきて行きあひにけり
一月六日 引つゞき桃花会。桃花邸。

有るものを摘み来よ乙女おとめ若菜の日

何をもて人日じんじつの客もてなさん

霜やけの手にする布巾ふきんさばきかな
一月七日 土筆つくし会。小諸山廬。

に立ちて氷柱つららの我が家わびしと見
一月八日 土筆会つゞき。
みづほ母堂逝く
おのづから極楽へとる恵方道えほうみち
一月八日

山の雪胡粉ごふんをたゝきつけしごと

幾何いくばくの寒さに耐ゆる我身かも

大雪の家や各々おのおの住めりけり

ひ来るや雪の門より人つゞき
一月十二日 稽古会。小諸山廬。

てゝ空にかゝるといふのみぞ

冬籠ふゆごもり障子隔てゝ人の訪ふ

小包で届く薬や冬籠

厳といふ字寒といふ字を身にひたと
一月十三日 稽古会つゞき。小諸山廬。

煮凝にこごりを探し当てたる燭暗し
一月十九日 稽古会。小諸山廬。

寒燈の下に文章口授くじゅ筆記

耳袋みみぶくろとりて物音近きかも

耳袋して当りをる炬燵こたつかな
一月二十日 稽古会つゞき。小諸山廬。

探梅やついでに僧に届けもの

水仙や母のかたみの鼓箱つづみばこ
一月二十六日 稽古会。小諸山廬。

何物かつまづく辻や厄落やくおと

我行けば枝一つ下り寒鴉かんがらす

見下ろしてやがてきけり寒鴉
一月二十七日 稽古会つゞき。小諸山廬。

針金にひつかゝりをる雪の切れ

雪解ゆきどけにわかに人のゆきゝかな
二月二日 稽古会。小諸草庵。

道ばたの雪の伏屋ふせやの鬼やらひ

雪のあと雨となりけり寒明くる

一百いっぴゃくに足らず目出度めでたし年の豆

節分や鬼もくすしも草の戸に
二月三日 稽古会。小諸草廬。

山人やまびと雪沓ゆきぐつはいて杖ついて

雪の上に流しかけをり麦のこえ
二月十日 稽古会。小諸草廬。

世の中を遊びごゝろや氷柱つらら折る
二月十一日 稽古会。小諸草廬。

溝板の上につういと風花かざはな

風花はすべてのものを図案化す

くわかつぐ男女ゆき合ひ畑打はたけうち

紫と雪間の土を見ることも
二月十六日 稽古会。小諸草廬。

田一枚一枚づゝに残る雪

煎豆いりまめをお手のくぼして梅の花

急流になか/\に水草みくさかな
二月十七日 稽古会。小諸草廬。

春めきし人の起居たちいえ返る
二月二十三日 土筆会。鎌倉草庵。

ひなあられ染める染粉は町で買ひ

美しきぬるき炬燵やひいなの間
三月三日 桃花会。四軒長屋、上野居。小諸山廬。

残雪のひをるはたのしりへかな

草餅の重の風呂敷ふろしき紺木綿こんもめん
三月十三日 迷子めいし孔甫こうほ、泰、章子と共に。小諸山廬。

金堂こんどうとびらたたかぜ
三月十四日 昨日の人に立子を加ふ。小諸山廬。

耕すにつけ読むにつけただひと

はたつてつぼか玉かに打ち当てん

畑打つて飛鳥あすか文化のあとゝかや

耕しの我のみ頼む瘠地やせちかな

たがやしの彼を見たりし早あらず

うるほへる天神てんじん地祇ちぎや春の雨
三月二十八日 紅花こうか皐雨こうう蕪城ぶじょう来る。小諸山廬。

初蝶はつちょう何色と問ふ黄と答ふ

陽炎かげろうの中に二の我がいおり
三月二十九日 高浪こうろう、尭由来る。小諸山廬。

里の子と打交りつゝ草を摘む

物種ものだねをくれて腰かけ話し込み
三月三十日 昨日の人に泰を加ふ。小諸山廬。

おぼろとは行きかふ人の顔白く

人と蝶美しくまたはかなけれ

蝶飛びてそのあとにく老の杖
四月七日 長野ホトトギス会。小諸山廬。

洗ひたる花烏賊はないか墨をすこし吐き

まないたにすべりとゞまる桜烏賊
四月十八日 十五日より新潟医科大学田坂内科病室に在り。高野素十たかのすじゅう邸偶会。

皿洗ふ絵模様抜けて飛ぶ蝶か
四月十九日 三柏会。新潟医大病院医務室。

大学は花にうずもれ日曜日

婦長来てびんの桜をなほし行き
四月二十日 引続き病室にあり。

昼寐ひるねして花半日を無駄むだにせし
四月二十一日 同上。

てのひらに種兔見とみ大事かな
四月二十三日 同上。

初蝶の一風情ひとふぜい見せせにけり

円をき弧を描く花の蝶々かな

掌に移して種を大事かな
四月二十四日 大雪崩会。素十邸。

桃咲くや足なげ出して針仕事

山畑やまはたくわふり上げて打下ろす

あぜにある桃が目じるしみち曲る
四月二十六日 二十五日素十と共に帰諸。此日小諸散歩所見。

落花らっか地に戯れ蝶は蝶を追ひ

ほこらあり一木の桃の花盛り
四月三十日 迷子、菖蒲園来る。小諸山廬。

藤の雨ようやく上り薄暑はくしょかな
五月十三日 句謡会。東京、丸ノ内倶楽部別室。

更衣ころもがえすそをからげてほうき持ち

風鎮ふうちんは緑水晶鉄線花てっせんか
五月十五日 在京同人会。銀座探勝会を兼ね。丸ノ内倶楽部別室。

主人あるじ今暗き実梅みうめに筆すゝむ
五月十九日 鎌倉、吉屋よしや信子邸句会。大仏裏、小谷戸。

河骨こうほねの花に添ひ浮くいもりかな
五月二十一日 土筆会。小諸山廬。

親雀おやすずめ身を細うして子雀に

玻璃はり内の眼を感じつゝ親雀
五月二十三日 偶成。小諸山廬。

鮎釣あゆつりの夕かたまけて支度じたく

継棹つぎざおの華奢を競ひて鮎仲間

ところ/″\瀬の変りたる鮎の川

はなのいぶせき門と答へけり
五月二十四日 小諸ホトトギス会。六供ろっく、応興寺。

浅間嶺あさまねふもとまで下り五月ごがつ
五月二十五日 長野ホトトギス会。小諸山廬。

蛍火ほたるびまりの如しやはね上り

稲妻にぴしり/\と打たれしと

くわ置いて薄暑のあぜひざを抱き

水車場すいしゃばへ小走りに用よし雀

塗畦ぬりあぜに尾をつけてゐる烏かな
五月三十一日 『ホトトギス』六百号小諸記念句会(六月二日)の兼題を作る。小諸山廬。

真赤なるもの干しにけり夏の草

老夫婦蚰蜒げじをにくみて住みにけり
六月十三日 迷子、筑邨ちくそん来合はす。小諸山廬。

田植留守庭の真中まなかくわ置いて

早苗饗さなぶりのいつもの主婦の姉かぶり

早苗饗や神棚かみだな遠くともりぬ
六月十五日 土筆会。小諸山廬。

梅雨晴つゆばれゆうあかねしてすぐ消えし
六月十七日 句謡会。東京、丸ノ内倶楽部別室。

我生の今日の昼寐ひるねも一大事

端居はしいとは我膝抱いて蝶が飛び
六月十八日 波多野八瀬女追悼句会。鎌倉草庵。

手に当る五色団扇うちわの赤を取る
六月十九日 銀座探勝会。鎌倉草庵。

おのとげあること知りて花さうび

夏山を軒に大仏殿とかや
六月二十日 鎌倉俳句会。長谷はせ大仏境内、大仏殿。

涼しさや熱き茶を飲み下したる
六月二十二日 土筆会。鎌倉草庵。

あいがめにひそみたる蚊の染まりつゝ
六月二十四日 迷子と小諸に帰る。

いつ死ぬる金魚と知らず美しき

緑蔭りょくいんに網を逃げたる蝶白し
六月二十七日 小諸ホトトギス会。小諸六供、応興寺。

一時ひとときはたとひ暑さにあへぐとも

蛍見や声かけ過ぐる沢の家

道草にゆふべの露の落し物
六月三十日 中田みづほ・柴田隣花・吉田一千・鶴田吾郎来り会す。小諸山廬。

客を好むあるじや妻や胡瓜きゅうりもみ

取敢とりあえず世話女房の胡瓜もみ

胡瓜もみ世話女房といふ言葉
七月七日 桃花会。小諸草庵。

熱帯の海に落込む日のごとく
七月七日 昨年四月一日、久山舷楼、台湾沖バシー海峡にて阿波丸と共に遭難、久山初子より弔句を望まれて。

妻留守の衣かゝりし端居かな
七月十二日 神津こうづ雨村追悼句会。志賀村、神津邸。

しこうしてよき風鈴を釣りたまへ
七月十五日 千住市場菖蒲園の新築祝句。小諸山廬。

り下げし仮の日除ひよけむしろかな

虹を見て思ひ/\に美しき

人の世もく美しと虹の立つ

虹の輪の中に走りぬ牧のさく

水飯すいはんあごかつ/\と食うべけり
七月十九日 迷子、孔甫来。小諸山廬。

夏痩なつやせや心の張りはありながら

せみの木をあすらばやと思ひけり

夏痩の人こと/″\に腹を立て

夏痩の言葉けわしき内儀ないぎかな
七月二十一日 小諸ホトトギス会。六供、応興寺。

葉の紺に染りて薄し茄子なすの花

客のある山のいおりの夜の秋

夕立のあとの闇夜やみよ小提灯こぢょうちん

乾坤けんこんに夕立癖のつきにけり

涼しさのはだに手を置き夜の秋
七月二十三日 名古屋牡丹会員来る。小諸山廬。

中堂に道は下りやおとぶみ
七月二十六日 埼玉不動岡、※(「木+虎」の「儿」に代えて「且」、第4水準2-15-45)しどみ会員来る。小諸山廬。

夕暮の薄暗がりに茄子なすのぞき

腹の上に寝冷えをせじと物を置き

浩瀚こうかんの秋まで続く曝書ばくしょかな
七月二十八日 長野ホトトギス会員来る。小諸山廬。

風あまり強くて日傘たゝみもし
八月五日 桃花会。小諸山廬。

慈雨いたる絶えて久しき戸樋とひかな

浅間ツ(嶽)左右に高く秋の立つ

このごろや雷くせのつきし日々

立秋や時なし大根またかん
八月九日 稽古会、第一日。立子、杞陽きよう等と共に小諸山廬。

一塊の雲ありいよゝ天高し

陋居ろうきょとは二枚かけたる秋簾あきすだれ

物の本西瓜すいかの汁をこぼしたる
八月十日 稽古会、第二日。小諸山廬。

露葎つゆむぐら露の鏡といひつべし

朝の日を宿して落つる露の玉

白露の広き菜園一眺ひとなが

烈日れつじつの下に不思議の露を見し

紺紙なる金泥きんでいの蘭秋扇あきおうぎ

雷にをひそめたる秋の蝉
八月十一日 稽古会、第三日。小諸山廬。

秋茄子の日ににあふれみつるかな

いつもこの椅子いすにある身や虫今宵こよい

三味線しゃみせんにすがりてめしひ虫の宿
八月十二日 稽古会、第四日。小諸山廬。

山里の盆の月夜の明るさよ

日数ひかずへて我にりたる秋簾あきすかな
八月十三日 稽古会、第五日。小諸山廬。

秋灯や夫婦互に無き如く
八月十四日 稽古会、第六日。小諸山廬。

蜻蛉とんぼうの逆立ちくいの笑ひをり

草花火たら/\落ちぬ芋の上

露草に似たる女をたずねばや

人顔の西瓜提灯ともし行く
八月十五日 稽古会、第七日、終。小諸山廬。

膝に来て稲妻うすく消ゆるかな

稲妻の今宵はこと心細こころぼ

秋扇しゅうせんを持ち垂らしをり膝抱いて
八月十八日 小諸ホトトギス会。六供、応興寺。

気儘きままなる秋の簾をつるしけり

向うの秋の簾も垂れしまゝ

ころ/\とらいがころげて秋夕立ゆだち
八月二十二日 岡安迷子、島田紅帆、阿部けさを来る。小諸山廬。

とり出して祭提灯ほこり吹く

神楽かぐらや世話人何か立ち廻り

ほつ/\と家ちらばりて秋野かな
八月二十五日 桃花会。伊賀、名古屋連中参会。小諸山廬。

酒折さかおりの宮はかしこや稲の花

裸子はだかごをひつさげ歩く温泉の廊下

川向ふ西日の温泉宿やど五六軒

前通る人もぞろ/\橋涼み

橋涼み温泉宿の客の皆出でゝ
八月二十九日 小海線に搭乗、甲州下部しもべ温泉に到る。下部『ホトトギス』六百号記念俳句会。

一本の秋の団扇も什器じゅうきかな

寝るまでは明るかりしが月の雨
九月八日 二百二十日会。鎌倉長谷小谷戸、吉屋信子邸。

露けしと縁に布団ふとんを敷きすわ
九月九日 句謡会。鎌倉草庵。

湯をでゝ秋風吹いて汗も無く
九月九日 土筆会。鎌倉草庵。

夜半よわ過ぎて障子の月の明るさよ

古城址こじょうしは大きからねど秋の風
九月十一日 観月句会。小諸懐古園、山城館。

水鉢にかぶさりはぎのうねりかな
九月十九日 子規忌を兼ね、『ホトトギス』六百号記念新潟句会。立子等と共に新潟行成亭。

汽車を見て立つや出水でみずの稲を刈る
九月二十日 新潟より秋田へ行く。秋田、高木餅花宅。金谷旅館泊。

秋風や静かに動く萩すすき
九月二十日 京都『ホトトギス』六百号記念句会兼題。

秋時雨あきしぐれかくて寒さのまさり行く
九月二十一日 高木餅花宅滞在。

秋晴や寒風山かんぷうさんこぶ一つ

※(「頭のへん+工」、第4水準2-88-92)きささげの実は※(「頭のへん+工」、第4水準2-88-92)豆に似何かに似

秋晴や陸羽境りくうざかいの山低し
九月二十三日 秋田より能代のしろへ行く。『ホトトギス』六百号記念能代大会。金勇倶楽部。竹田旅館泊。

眼鏡越し秋雨あきさめ見つゝ傘作り
九月二十五日 亀田、其園宅、玉藻句会。

千年の秋の山裾やますそ善光寺
十月六日 『ホトトギス』六百号記念長野俳句会。此行年尾等と共に。善光寺境内明照殿。円照坊宿泊。

めしひたりせめては秋の水音を
十月九日 『ホトトギス』六百号記念金沢俳句会。盲非無同行。鍔甚つばじん

けてすなわ水尾みおや秋の川
十月十日 金沢、浅野川畔逍遥。竹女邸披講。

百丈の断崖だんがいを見ず野菊見る

野菊むら東尋坊に咲きなだれ

病む人に各々野菊折り持ちて
十月十二日 昨夜三国、愛居泊り。東尋坊一見。

明日あすよりはやまい忘れて菊枕きくまくら
十月十二日 愛子枕頭ちんとう小句会。

さわやかに衆僧読経どきょうの声起り

寺なれば秋蚊合点がってんかわや借る
十月十四日 京都、東山、ミューラー初子邸。立子等と共に。法然院に遊ぶ。

秋雨や旅の一日ひとひを傘借りて
十月二十二日 『ホトトギス』六百号記念諏訪俳句会。立子と共に。来迎寺らいごうじ

水の上をすれ/\にかも渡りけり

時々はわかさぎ舟の舸子かこうた
十月二十三日 上諏訪、八剣神社参詣。宮坂邸。

まつしぐら炉にとび込みし如くなり
十月二十五日 素逝そせいの追悼句を徴されて。小諸。

この杖の末枯野うらがれの行き枯野行く
十一月四日 立子帯同、四国、九州旅行。蘆屋あしや迄の車中。

顛落てんらくす水のかたまり滝の中
十一月八日 此行年尾、立子等と共に箕面みのお、奈良鹿郎居。滝を見る。

伝奇にも酒手さかてくれうぞ紅葉駕もみじかご
十一月十日 『ホトトギス』六百号記念、四国俳句大会。琴平公会堂。桜屋二泊。

かき赤く旅情ようやく濃ゆきかな

鳥渡る浜の松原伝ひにも
十一月十一日 松山行車中。

それ/″\の形の墓を拝みけり

ひたすらに祖先の墓を拝みけり

まいるにもちいさき墓のなつかしく

さき墓その世のさまを伏し拝む
十一月十二日 昨夜道後鮒屋泊。松山焼跡の明楽寺、蓮福寺、お築山等の墓に詣る。酒井黙禅居。

菊生けて配膳青き畳かな
十一月十四日 『ホトトギス』六百号記念別府俳句会。なるみ。

へい青し白玉椿さしはさむ
十一月十六日 小倉。玉藻俳句会。丸橋静子居。

一枚の紅葉もみじつ散る静かさよ

わがおもひ落葉の音も乱すなよ

濃紅葉こもみじに涙せき来る如何いかにせん

父恋ふる我を包みて露時雨つゆしぐれ
十一月十八日 昨日『ホトトギス』六百号記念福岡俳句会に列席し、甘木あまぎ、上野嘉太櫨居一泊。秋月に父曾遊の跡を訪ふ。年尾、立子其他と共に。
水天宮
父を恋ふ心小春の日に似たる
十一月十八日 立花邸に於ける『ホトトギス』六百号記念柳河俳句会を終へ、久留米くるめ、いかだ、小句会。一泊。

渓谷けいこくの少し開けて稲架はざありぬ
十一月二十日 二十余人バスに搭乗、玖珠くす高原を横ぎる。由布院ゆふいん休憩。別府乗船。

厚布団薄布団旅続けけり
十一月二十一日 別府より乗船、船中。

わが足にからまる一葉大いなり
十一月二十二日 蘆屋、年尾居偶会。

手伝ひの来しより漬菜つけなあわたゞし

磐石ばんじゃくしりゑたる冬籠ふゆごもり
十一月三十日 みづほ、素十来る。小諸山廬。

もてなしは門辺かどべ焚火たきび炉に榾火ほだび

火鉢に手かざすのみにて静かに
十二月一日 『ホトトギス』六百号記念北関東俳句会。高崎、宇喜代。成田山泊。

旅鞄たびかばんそのまゝ座右ざうに冬籠
十二月五日 偶成。鎌倉。

山の日は鏡の如し寒桜かんざくら
十二月八日 『ホトトギス』六百号記念関東同人句会。東京、木挽町、田中家。

枯萩にわが影法師うきしづみ

手あぶりの僧に火鉢の俗対し

エレベーターどかと降りたる町師走しわす

乞食こつじきの顔しかめつゝ落葉風
十二月九日 句謡会。東京、丸ノ内倶楽部別室。

二冬木ふたふゆき立ちて互にかゝはらず

冬籠人を送るも一事たり
十二月十七日 秋吉花守送別会。小諸山廬。

風花かざはなの今日をかなしと思ひけり

風花に山家住居やまがずまいもはや三年みとせ

凍道いてみちを小きざみに突く老の杖

御馳走ごちそうの熱き炬燵こたつに焦げてをり
十二月十九日 句一歩、占魚、健一、格太郎来。小諸山廬。

庭に下り四五歩歩くや冬籠
十二月二十二日 虚空、燕青えんせい、光義来。小諸山廬。
[#改丁]
[#ページの左右中央]



昭和二十二年


[#改ページ]



去年こぞ今年ことし追善のことかにかくと
一月一日 長谷川ふみ子へ。小諸。

歌留多カルタとる声にとどめて老の杖

冬籠ふゆごもりわれを動かすものあらば
一月五日 桃花会。小諸山廬。

暖かや雪の山家やまがの雨一日

水仙の花け会に規約なし

凍蝶いてちょう蛾眉がび衰へずあはれなり
一月十一日 稽古会。小諸山廬。

一つき枝を踏み替へ寒鴉かんがらす

口明けてやうやく啼きぬ寒鴉
一月十二日 稽古会。小諸山廬。

むろの梅出し並べ置きとりうたひ
一月十八日 稽古会。小諸山廬。

今宵こよいはもよろしきいてや豆腐

寒燈下所思しょししたたりょうしたる
一月十九日 稽古会。小諸山廬。

さくなりてすこやか冬籠

首縮め雪解雫ゆきげしずくを仰ぎつつ
一月二十三日 稽古会。小諸山廬。

寒灯下明暗もなき思惟しゆいかな

二行書き一行消すや寒灯下
二月一日 「玉藻五句集」。小諸。

よごれたる雪の山家やまが日脚ひあしのぶ
二月二日 桃花会。小諸山廬。

吹き込みし雪を掃き出すかわやかな
二月十五日 即事。小諸。

君が住むその山里に積る雪
二月十九日 『斎藤八郎句集』の序に代へて。小諸。

雪あるを忘れて山家暮しかな
二月二十一日 即事。小諸。

山里のひいなの花は猫柳
二月二十一日 孔甫、春灯、文男来る。小諸。

春浅し若殿原わかとのばらの馬はや

妻病みて春浅き我が誕生日

霜解しもどけの門辺に人の行きなやみ

お茶うけのひなのあられに貝杓子かいじゃくし

燃え盛る焚火たきびの音に障子

天井にとゞけとひな高御座たかみくら
二月二十二日 私の誕生日とて土曜会に招かれ故郷宅に行く。孔甫等も席にあり。小諸。

ひなくて雛の餅伏屋ふせやかな

カレンダーめくりあらはるひいなの日

ひいなしたゞ掃除せしばかりなり

下萌したもえや石をうごかすはかりごと
三月二日 桃花会。小諸俳小屋。

虹の橋渡りかわしてあい見舞ひ
四月一日 病中愛子におくる。小諸。

春雨はるさめ相合傘あいあいがさ柄漏えもりかな

春雨のかくまで暗くなるものか

恋めきて男女はだしや春の雨
四月十九日 「玉藻五句集」。小諸。

わたり来る人もある桃の宿

道迷ひつゝ春の水かちわた
五月四日 桃花会。小諸、押出、大塚牧場。

だきかかおどり渡りぬ春の水
五月五日 小諸山廬。米若来、小集。

又しても新茶到来僧機嫌きげん
五月十八日 花守来諸。小会。俳小屋。

春水しゅんすいに逆さになりて手を洗ふ

刈草を背負ひ帰るはあのの子
五月二十五日 信州、丸子、村松紅花宅に招かれて行く。

蛇や住むと思ふ故園の荒れやうや

大蜘蛛おおぐもの現れ小蜘蛛なきがごと
六月六日 句謡会、鎌倉句謡会(爾後合併)。鎌倉草庵。

生かなし晩涼に坐し居眠れる
六月八日 東京在。玉川、上野毛かみのげ仙男そまお山荘。

山登りいこへとへば憩ひもし

夏山にもて来てれし椅子いすに掛け
六月九日 玉藻句会。逗子葉山堀の内、河合嵯峨邸。

故園荒る松を貫く今年竹ことしだけ
六月十日 土筆会。鎌倉草庵。

みていわおの如き大夏木おおなつき

急ぎ来る五月雨傘さみだれがさの前かしぎ

五月雨の相合傘は書生しょせいなり
六月十五日 『花蓑句集』刊行記念会。上野公園梅川亭。

夏山の水際立みずぎわだちし姿かな

くき右往左往菓子器のさくらんぼ
七月一日 風生ふうせい筑邨ちくそん、一都、虚空、燕青えんせい来。文就、故郷も会す。小諸山廬。

かばん積み重ねて避暑の宿らしく

髪の先蛇の如くに洗ひをり
七月五日 桃花会。小森松花来。小諸山廬。

連峯の高嶺々々たかねたかねに夏の雲

黒蝶くろちょうの何の誇りも無く飛びぬ
七月十二日 土曜会一周年。小諸故郷宅。折から来諸中の杞陽、柏翠、素顔そがん香葎こうせん、三拍子も出席。

夏蝶のすだれに当り飛び去りぬ
八月三日 桃花会。小諸山廬。

さんとして日をとゞめたる大夏木

ありなしの簾の風を顧みし

豆のつる月にさ迷ふ如くなり
八月五日 稽古会、第二日。小諸山廬。

浅間背に日覆ひおおいしたる家並び

流れ星悲しと言ひし女かな
八月六日 稽古会、第三日。小諸山廬。

掃き送る桐の一葉をき立てゝ

ひざ抱いてあしのまろ屋の涼しさよ
八月七日 稽古会、第四日。小諸山廬。

身にみて身の上話花火の夜

三味しゃみ置きて語る花火のよいなりし

蝉取せみとりの網過ぎてゆくへいの外

秋草をたゞいやしからざりし

怪談はゆうべでしまひ秋の立つ
八月八日 稽古会、第五日。小諸山廬。

稲妻の包みてさき伏屋かな

もろこしの雄花おばなに広葉打ちかぶり

膝に来て消ゆる稲妻薄きかな

みの蜻蛉とんぼうつるみ子を背負ひ

胡桃くるみ割りるゝ女にさちあれと
八月九日 稽古会、第六日。小諸山廬。

虹渡りと言ひし人虹は消え
八月十六日 「玉藻五句集」。小諸。愛子をおもふ。

秋暑し二三度部屋へやをめぐり坐す
八月十八日 埼玉大刀根会員来。小諸山廬。

秋暑しあるじまうけのき掃除
八月二十一日 句謡会、第一日。小諸山廬。

大夏木日をさえぎりて余りある
八月二十二日 句謡会、第二日。小諸山廬。

鬼灯ほおずきの赤らみもしてあるじぶり

夕立や隣りの竿さお干衣ほしごろも
八月二十八日 素十、春霞、立子と共に長野、山口燕青居に至る。一泊。

割合にさき擂粉木すりこぎ胡麻ごまをすり

昼寝してゐる蕎麦そばを打ちくれて

戸隠とがくしの山々沈み月高し
八月二十九日 戸隠行。長野俳人、素十、春霞、立子と共に。犀川さいせん東道。

いにしへの旅の心やのみふるふ

山霧のおそひ来神楽かぐら祝詞のりと
八月三十日 戸隠宝光社、富岡滞在。

あまりあかき月に寝惜ねおしむ女かな

月の下生なきものゝ如く行く
九月六日 桃花会。小諸山廬。

新米や百万石を一握り
九月十一日 野本永久とわより新米の初物といふを送り来りしに。小諸。

多かりし子規しきの周囲も子規忌かな

獺祭忌だっさいき鳴雪めいせつ以下も祭りけり

有り合はすものにて祭る子規忌かな

くいもなくほこりもなくて子規忌かな

くの如く経来へきたりしぞ子規祭る

何事も野分のわき一過の心かな
九月十九日 子規忌(四十六周忌)小集。小諸山廬。

又一人来て向き合ひてあわを打つ
九月二十九日 及川仙石等来る。小諸。

湯殿ゆどのほとともりて月の伏家かな

山の月ぐん/\のぼり荒々し

萩の戸に寄り添ひ立てば昔めき
九月二十九日 月見句会。小諸こもろ、山城館。

案山子あんざんし我に向ひて問答す

人々に更に※(「くさかんむり/宛」、第3水準1-90-92)しおんに名残あり

黄しめじを又つがたけもらひけり

秋晴の名残の小諸こもろ杖ついて
十月五日 桃花会。小諸山廬。

つるもどき情はもつれやすきかな

さがしもの見当らぬまゝみじか
十月十一日 土曜会。小諸、本町、掛川故郷居。

菊畑乱れてあるじ書に対す
十月十二日 五月会。小諸、応興寺。

蒲団ふとん荷造りそばに留別りゅうべつ句会かな

爛々らんらんと昼の星見えきのこ
十月十四日 長野俳人別れの為に大挙し来る。小諸山廬。

客もまたほうきとりつゝ菊の庭
十一月一日 句謡会。鎌倉草庵。

湖もこの辺にしてかり渡る

湖の蘆荻ろてきようやく枯れんとす
十一月六日 近江おうみ堅田かただ、中井余花朗邸宿泊。

昼餉ひるげぞとよばれて焚火してりて
十一月七日 近江、坂本、延暦寺。母五十年忌。

かく縁の高きに上りりにけん

秋水しゅうすい※(「虫+原」、第3水準1-91-60)いもり浮みて沈みけり
十一月八日 堅田、千那寺懐古。それより内湖舟遊。

念力のゆるみし小春日和こはるびよりかな

うち仰ぎ時雨しぐるといひて船出かな
十一月九日 竹生島ちくぶしま行、船上句会。

大原は近し濃紅葉こもみじ牛車うしぐるま
十一月十日 バスにて堅田より途中越といへるを越ゆ。山端平八、真葛まくず句会。

もののふの八十やそ宇治川うじがわの秋の水
十一月十二日 宇治興聖寺、玉藻句会。

宇治川のほとりの宿の夜寒よさむかな
十一月十二日 宇治河畔、亀石楼宿泊。

常寂光じょうじゃっこう浄土に落葉敷きつめて
十一月二十二日 日本銀行俳句会。東京、日本銀行。

時雨しぐれつゝ大原女おはらめ言葉かわしゆく
十一月二十八日 明日東京に於ける『玉藻』二百号記念会出席のため出京。句一歩の案内にて大森、内芝に泊る。

生姜湯しょうがゆに顔しかめけり風邪かぜの神
十二月十三日 東京タイムス社依嘱。鎌倉。

恵方えほうとはこのみちをたゞ進むこと
十二月十八日 トーキー撮影。恵方の句。鎌倉。

腰あげてすぐ又坐る冬籠ふゆごもり
十二月二十五日 句謡会。鎌倉草庵。
[#改丁]
[#ページの左右中央]



昭和二十三年


[#改ページ]



我こゝにかくれ終りし大冬木おおふゆき
一月二十四日 東京玉藻句会鎌倉に来る。鎌倉大仏殿。

椿つばきえんこれに対して老ひとり
二月十日 家庭会。鎌倉八幡社務所。

小説に書く女より椿艶

造化また赤を好むや赤椿
二月十一日 草樹会。八幡社務所。

椿子つばきこと名附けてそばはべらしめ
二月十一日 山田徳兵衛女人形を贈り来る。

庭散歩椿に向ひまたそむ

妻妾さいしょうのともにほゝ笑む菊を
三月四日 土筆会。鎌倉草庵。

春蘭しゅんらんかつての山の日を恋ひて

屋根替へてほつそりとせし草の家

墓参して寿福禅寺の梅にあり
三月七日 草樹会。寿福寺。

久々ひさびさに家を出づれば春のどろ
三月十八日 物芽会。鎌倉、覚園寺。

もの芽出るかきの外には電車行く
三月十九日 即事。(以下鎌倉といふこと一々記さず)

針山も見えて尼寺梅の花

尼寺の縁側近きもの芽かな
三月二十日 日本光学文化部俳句会。英勝寺。

岩伝ひ下り来る人や春の水

春水しゅんすいに両手ひろげて愉快なり
四月五日 伊勢玉藻会、伊勢砧会合同。伊勢湯の山温泉寿楼水雲閣。

海女あま沈む海に遊覧船浮む
四月七日 二見ヶ浦、朝日館泊。志摩周遊。

海女とてもくがこそよけれ桃の花
四月八日 外海に海女の作業を見る。

昔男花に一句のありやなしや
四月九日 杞陽より、かつて古島一雄に贈りたる句といふを聞き。

羽痛めたる蝶々の眉毛まゆげ

春のや互に通ふ文使ふみづかい
四月十六日 草樹会。寿福寺。

牡丹ぼうたんを風雨に任せつゝ嘆く
四月二十一日 偶成。

牡丹花見廻り客を待ちにけり

垣の竹青くつくろひ終りたる
四月二十三日 句謡会。草庵。

親雀人を恐れて見せにけり
五月二日 草樹会。寿福寺。

かかりゐる故人の額や夏座敷
五月二十日 群馬県、桐生きりゅう、桐生句謡会。岡部公園、東泉閣。

尼寺の蚊は殊更ことさら辛辣しんらつ
五月三十日 本田あふひ十年祭。英勝寺。

古庭のででむしの皆動きをり
六月二日 物芽会。八幡前、角正。

北海ほっかい梅雨つゆの港にかゝり船

草履ぞうりばき裸の馬に乗つて来し
六月十五日 北海道行き。自動車にて、札幌を経、登別のぼりべつ温泉行き。

よくぞ来し今青嵐せいらんにつゝまれて
六月十六日 登別、滝の家泊り。カルルス温泉に遊ぶ。

冬海や一隻の舟難航す

難航の梅雨の舟見てアイヌ立つ
六月十七日 白老しらおい海岸。

はまなすのとげが悲しや美しき

山のの風雨雷霆らいてい常ならず
六月十八日 支笏しこつ湖畔翠明館にて俳句会。自動車にて札幌に向ふ。本願寺別院一泊。

短夜みじかよ鉦鼓しょうこにまじるけいの音

理学部は薫風にれの大樹蔭

楡新樹諸君は学徒我は老い
六月十九日 本願寺別院滞在。北大大講堂にて俳句大会。

アカシヤにもたれて杞陽きようパリの夢

夏の雲徐々に動くや大玻璃戸おおはりど
六月二十一日 小樽おたるに向ひ、和光荘泊り。

毛布にくるまり時化しけの甲板に
六月二十二日 氷川丸乗船、帰航。浪荒し。

漁師りょうし日焼ひやけ眉目みめよしからすとぶ
六月二十三日 函館上陸、俳句会。帰船。

二三日朝寝昼寝や旅がへり
六月二十七日 鎌倉玉藻会。寿福寺。

夏の蝶まなこ鋭く駆けり来し
六月二十九日 句謡会。鎌倉草庵。

母との似たりし顔の夏痩なつやせ
七月二十一日 小諸、蔦屋つたや一泊。

髪洗ふまなくひまなくある身かな

仮の世のひとまどろみや蝉涼し
七月二十三日 稽古会第一日。小諸俳小屋。

里人に交りて日焼町往来ゆきき
七月二十四日 稽古会第二日。小諸俳小屋。

夏痩の原因あらん心せよ

刻々と暑さ襲ひ坐して堪ゆ
七月二十五日 稽古会第三日。小諸俳小屋。

この宮のいつ工りし夏木立

十人をかくす夏木と見上げたり
七月二十六日 稽古会第四日。小諸俳小屋。

燈籠とうろうともすもやさし姉二人
七月二十七日 古川素水追悼。鎌倉。

縁ありて守武もりたけの忌を修しけり
八月八日 鎌倉草庵にてさゝやかなる守武忌を修す。

おごそかに修祓しゅうばつの式守武忌
八月八日 宇治山田にての守武祭を追想。

何事もたやすからずよ菜間引まびくも
八月二十五日 長野句謡会。上林かんばやし温泉、塵表閣。

人々が心に描き子規祭る
九月四日 子規忌兼題。

荒るゝまゝそのままにして草枯れて

魂のと揺るぎして秋の風
九月十三日 土筆会。鎌倉草庵。

心易き家郷かきょうの月や暗くとも
九月十七日 月見会。眷族けんぞくに信子、千代子を加ふ。

この頃の昼飯待たれ萩の花
九月二十八日 物芽会。鎌倉大仏裏、堀内金五郎邸。

如何いかに濃ゆくとも嵐強くとも
十月四日 我国燈台創設八十年記念の為め、燈台守に贈る句を徴されて、剣崎燈台吟行。大久保海上保安庁長官、橋本燈台局長、星野立子等と共に。

尼寺の戒律こゝに唐辛子とうがらし
十月十三日 鎌倉玉藻会。英勝寺。

秋天にわれがぐん/\ぐん/\と
十月十六日 草樹会。寿福寺。

秋日ちよとかげりて見せつよき庭を
十月十七日 句謡会。東京代々木、初波奈。

海苔粗朶そだにゆたのたゆたの小舟かな
十月二十九日 栗音りつおん招宴、横浜磯子いそご、音羽。老妻、立子と共に。

遠足の列とゞまりてかたまりて

水飲むが如くかき食ふ酔のあと
十一月一日 昨夜夜汽車にて今朝京都著。午後迄柊屋ひいらぎや旅館に休憩。午後烏丸一条南中田余瓶よへい居に行き、小野竹喬ちくきょう、福田平八郎、金島桂華、高倉観崖かんがい吉井勇よしいいさむ、谷崎潤一郎、年尾、立子と共に会席の饗に預る。

紅葉見や尼も小縁にかしこまり

大紅葉燃え上らんとしつゝあり
十一月四日 宝筺院ほうきょういんを出て厭離庵えんりあん祇王寺ぎおうじ等嵯峨めぐり。関西ホトトギス同人句会。対嵐房にて。この日蘆屋年尾居泊。

冬霞ふゆがすみして昆陽こやの池ありとのみ
十一月五日 氷川丸会。仁川、森信坤者もりのぶこんじゃの紫緑山荘。

紅葉山はゆる大玻璃障子かな
十一月十六日 物芽会。鎌倉大仏裏、堀内金五郎宅。

能衣装うちかけしごと庭紅葉
十一月十九日 句謡会。鎌倉草庵。

よき石によき小菊あり相倚あいよりて
十一月二十二日 玉藻俳句会。光則寺。

竹切りて道に出し居る行手かな
十一月二十三日 下部温泉行。句碑除幕。蓼汀りょうてい、真砂子、年尾と共に。湯本ホテル泊り。

柿を食ひながら来る人柿の村
十一月二十四日 山梨明見町大明見、柏木白雨居泊り。句碑除幕。

山廬さんろまだ存す岳麓がくろく枯木なか
十一月二十五日 山中湖畔旧廬を過ぎて、旭ヶ丘桑原氏別荘、小句会。

枯木中仏に礼し僧帰る
十一月三十日 大崎会。光則寺。

照りかげりはげしき時雨日和しぐれびよりかな
十二月十二日 草樹会。寿福寺。

やはらかき餅の如くに冬日かな
十二月十五日 土筆会。草庵。

われを慕ふ少女あはれや黄鶺鴒きせきれい
十二月十九日 文章会の節、大岡龍男より昔かういふ句ありと聞き。

茶の間にもつゝましやかに初笑
十二月二十一日 来年一月二日に放送する新年句会録音。草庵。

幹事席火鉢一つに五六人
十二月二十五日 玉藻句会。東慶寺。

目を奪ひ命を奪ふだくわし
十二月二十七日 緒方句狂を弔ふ句を奥本たかをにおくる。

霜除しもよけのその勢ひのくゝりなわ
十二月三十日 三十日会。いぬゐ、すゝむ、丶石ちゅせき等来る。草庵。

雪の山詩の子をいだきかへさざる
十二月三十一日 深沢素哲長男昭一、南アルプス赤岩にて遭難。その遺墨を見る。詩多し。
[#改丁]
[#ページの左右中央]



昭和二十四年


[#改ページ]



皆句作一度この炉によりしものは
一月四日 綾園句集に題句を乞はれ。

老いてゆく炬燵こたつにありし或日あるひのこと
一月八日 即事。

人々の供華くげ薬缶やかんなど持ちくれて
一月十四日 草樹会。寿福寺。柏翠などゝ共に墓参せしこと。

この辺に時雨しぐれのあとの少しあり

冬山に両三歩かけ引返し
一月十五日 三笠宮みかさのみや、立子と共に。大仏裏、吉屋邸。

大の字に子がはさまつて居る枯木
一月二十日 物芽会。堀内邸。

君が袈裟けさ御法みのりの花衣
一月三十日 無量子真如堂の逮夜たいや導師をつとむるといふに。

芸格といふものゝあり梅椿
二月三日 新潟の素十、春霞、伊勢の金襖子、水棹、それに立子、虚子偶会。

岩の和布に今とゞきたる竿さおゆれて
二月二十四日 句謡会。草庵。

手づくりの足袋たび寛闊かんかつにはきよくて
三月四日 吉屋信子の贈り物。

雛納めしつゝ外面とのもは嵐かな
三月五日 椎花すいか追悼会。英勝寺。※(二の字点、1-2-22)たまたま伊勢俳人数名来る。

つながれし犬が退屈蝶が飛び
三月二十日 草樹会。大森、交実寮。

え返る寒さに炬燵こたつ又熱く
三月二十四日 成田衆来る。草庵。

霜除しもよけをとりし牡丹ぼたんのうひ/\し
三月二十五日 句謡会。草庵。

執念しゅうねくも春寒き日の続きけり

風呂ふろ落す音も聞えて花の宿
四月二日 吉右衛門四谷見附よつやみつけ新居句会。

春の水滄浪そうろう秋の水滄浪
四月九日 亮木滄浪に句を望まれて。

何よりもとり戻したる花明り
四月十三日 盲素顔追悼句。

古竹に添へて青竹かき繕ふ

青竹を曲げ繕ふや垣のかど
四月十五日 句謡会。草庵。

何事も花に気儘きままの旅なれば

おい一日ひとひ落花もあたに踏むまじく
四月二十一日 立子と共に二十日より鳴海、宇佐美野生居に在り。桑名に向ふ。益女邸写生。年尾来り会す。伊勢玉藻会。照源寺。帰りて魚目、輝子仮祝言。

旅にあることも忘れて朝寝かな
四月二十四日 野生居。

河北潟かほくがた見ゆる限りのかすみかな

能登のとはた打つ運命さだめにや生れけん
四月二十六日 能登、七尾ななおに向ふ。柏翠、坤者同乗。七尾公園、七尾俳句会。和倉、加賀屋泊り。

家持やかもち妻恋舟つまごいぶねか春の海

能登言葉親しまれつゝ花の旅
四月二十七日 加賀屋にて句謡会。素十、桜坡子おうはし来り会す。午後輪島に行き鳳来館泊り。

潮じみて重ねしたり海女衣あまごろも
四月二十八日 能登ホトトギス俳句大会。輪島。

袈裟けさとりて主僧くつろぎ花の客
四月二十九日 中島に行き蓮浄寺句会。大森積翠居泊り。

山吹の花のつぼみ数珠じゅずもら

老僧と一期一会いちごいちえや春惜しゝ
五月一日 加賀松任まつとう在、北安田、明達寺に非無を訪ひ、永久とわ女を見舞ふ。

涼しさや子規のことなど聞え上げ
五月十日 芸術院会員、宮中御陪食。

一弁いちべんを仕舞ひ忘れて夕牡丹
五月十一日 土筆会。草庵。

夏蝶のつと落ち来りとびかけ
五月十六日 大崎会。英勝寺。

一面にはす浮葉うきはの景色かな

大木といふにあらねど夏木立
五月十九日 物芽会。角正。

湯の島の薫風に舟近づきぬ

百尺の裸岩あり夏の海

遊船の女に少し波荒し
五月二十三日 浅虫温泉。前日青森高木餅花居に在り。立子、宵子と共に。

夏川の水美しく物捨つる

手古奈てこな母おはぎに新茶添へたばす

林檎りんご散る昼かみなりの鳴るなべに
五月二十五日 大鰐おおわにに行く。加賀助泊り。

つゝじ藤小一時間池ひとめぐり
五月二十六日 弘前、小泉邸。

静かさはかけひ清水しみず音たてゝ
五月二十九日 潮会、双葉会合併。東京、浜離宮公園。

緑蔭りょくいんの道平らかに続きけり

夏行げぎょうとも又たゞ日々の日課とも

安居あんごとは石あれば腰おろすこと
五月三十一日 草樹会。鎌倉、大仏殿。

紫蘭しらん咲き満つ毎年の今日のこと
六月四日 三笠宮妃殿下誕辰たんしん祝。

木蔭こかげなる池のはちすはまだ浮葉
六月五日 双葉会。鶴岡八幡社務所。

セルを著て暑し寒しと思ふ日々

老眼に炎天濁りあるごとし
六月十五日 土筆会。草庵。

新築の早古びけり五月雨さつきあめ
六月十六日 物芽会。角正。

たら/\と地に落ちにじむべにさうび
六月十九日 素十、すゝむ、行野、年尾等と共に。草庵。

溝川みぞがわに何とる人や五月雨

あからみて一方暗し梅雨つゆの空
六月二十日 大崎会。英勝寺。

椿子つばきこ絵日傘えひがさもたせやるべきか
六月二十四日 句謡会。草庵。

万緑の万物の中大仏
六月二十八日 草樹会。大仏殿。

濃くれし緑茶を所望しょもう梅雨つゆ眠し

梅雨眠し安らかな死を思ひつゝ

といふ間に用事たまりて梅雨眠し
七月三日 新人会立寄る。伊勢俳人も来る。草庵。

暑き日は暑きに住すいおりかな
七月十五日 年輪会員来。草庵。

客を待つ夏座蒲団ざぶとんの小さきが
七月二十二日 句謡会。草庵。

銀河中天ちゅうてんおいの力をそれに得つ

銀河西へ人は東へ流れ星

虚子一人銀河と共に西へ行く

西方さいほうの浄土は銀河落るところ

なつかしの戸締める隣月けて
七月二十三日 夜十二時、蚊帳を出て雨戸を開け、銀河の空に対す。

日蔽ひおおいが出来て暗さと静かさと
七月二十七日 柏翠並びに甲斐吉田連中来る。草庵。

炎天にいわおの如き人なりしが
七月三十一日 遠藤韮城きゅうじょう逝く。

育てられ来りしものをはぎ桔梗ききょう
八月二日 実花芸者に復活。

旅衣汗じみしまゝたずねくれ
八月三日 鶏二、野生北海道帰りとて立寄る。

あの音は如何いかなる音ぞ秋の立つ
八月五日 実朝祭。八幡宮にて。

汗くさく生甲斐いきがいありと人に群れ

山ホテル滝に向つて応接間

大玻璃戸しめ暑からず滝の宿
八月十二日 嵯峨東道。箱根木賀随意荘に遊ぶ。若杉、ゆかり両殿下、立子と共に。

牛乳ちちとりに露の山路やまじを牧場まで
八月十三日 随意荘泊り。

葉をかむりつゝ向日葵ひまわりの廻りをり
八月十七日 追川瑩風等あひる会員来る。

人生は陳腐なるかな走馬燈そうまとう

老人の日課の如く走馬燈
八月二十三日 新人会夏行第二日。鎌倉草庵。

本尊に茶を供ずれば秋蚊出る
八月三十日 句謡会。東慶寺。

笹鳴ささなきが初音となりし頃のこと
九月八日 昨年松山正宗寺に於ける『ホトトギス』六百号記念会席上に、『ホトトギス』を創刊したる柳原極堂きょくどうもありし。同寺に建つる句碑の句を徴されて。

ものゝ絵にあるげの庭の花芙蓉はなふよう

よき部屋の深きひさしや萩の花

よき家にを住まはしめ萩の花
九月十八日 十五人会。新宿、浜野邸。

尼ひろひためたる栗を土産みやげかな
九月二十一日 大崎会。英勝寺。

秋晴の浜に出るたび網引あびきせる
九月二十五日 草樹会。大仏殿。

雲あれど無きが如くに秋日和あきびより
九月二十六日 句謡会。草庵。

秋雨あきさめや庭の帚目ほうきめなお存す
十月五日 即事。

夏かげのこの道を取りかく行きし
十月六日 駒ヶ嶺不虚、子規の奥羽旅行のあとに何か句を題せよとのことに。

※(「くさかんむり/宛」、第3水準1-90-92)しおん見て句会の諸子にまだはず
十月十二日 土筆会。草庵。

食ひかけの林檎りんごをハンドバツグに入れ
十月十六日 草樹会。大仏殿。

似てゐても似てゐなくても時雨しぐれかな
十月十七日 風生の胸像除幕式ある由、葉書にしたたりたる句。其の胸像未だ見ず。

海底に珊瑚さんご花咲くはぜを釣る
十月十九日 (十月十八日出発。四国九州の旅に上る)『竜巻』二百号記念俳句大会、高知市会議事堂。筆山荘泊り。

朝寒あささむの時の太鼓を今責め打つ
十月二十日 筆山荘に在り。

わが終り銀河の中に身を投げん
十月二十日 高知句謡会。林並木訪問。貫之つらゆき邸址の句碑を見、要法寺に於ける玉藻句会に列席。

稲筵いなむしろありいいの山あり昔今
十月二十一日 丸亀城址延寿閣に遊ぶ。

春潮しゅんちょう和寇わこうの子孫なれと我
十月二十二日 波止浜はしはまに向ふ。光潮館泊り。町長、今井五郎に贈る。

鶴子最も亡兄の墓をふし拝む

香煙こうえんに心を残し墓参り
十月二十四日 (十月二十三日、松山大和屋別館泊り)松山玉藻会。めい、今井鶴子は亡兄の養女。

墓参して直ちに海に浮びけり

秋の波たゝみ/\て火の国へ
十月二十五日 早朝別府に向ふ。別府、お多福泊り。船中。

紅葉駕もみじかごしつらへあれば乗りもする
十月二十八日 中津、遠入えんにゅうたつみ居に至り、耶馬渓やばけいに向ふ。山国屋泊り。

山川のくだくる水に秋の蝶
十月二十九日 俳句大会。山国屋。

遠足の子と女教師と薄紅葉
十月三十日 深耶馬を通り豊後ぶんご森に出で別府に帰る。お多福泊り。

家庭和楽秋風富めりといふにあら
十一月二日 須磨、播水ばんすい居。銀婚式俳句会。

短日たんじつの出発前の小句会
十一月三日 年尾居。播水、哲也父子来、小句会。名古屋に行く。三栄ホテル逗留。

老友の学習院長霜の菊
十一月八日 下落合しもおちあい目白、紅梅荘。草樹会。ルネ・クルッセ博士来らず。シャゼル来る。途中、安倍能成あべよししげを訪ふ。

時雨しぐるゝや四台静かに人力車じんりきしゃ
十一月十三日 ふた葉会、どんぐり会合同。鶴岡八幡公文所くもんじょ。若杉、ゆかり両殿下と立子とくるまにて行く。

だぶ/\の足袋たびを好みてはきにけり
十一月十八日 新潟連中来る。草庵。

寒雨降りもの皆枯るゝ庭のおも

庭のもの急ぎ枯るゝを見てゐたり
十一月二十四日 桜坡子、清流、青坡来。草庵。

庭紅葉くゞりつゝ来る宿婢やどおんな

鎌倉の古き宿屋の松飾り
十一月二十四日 物芽会。角正。

笹鳴ささなきに対す二日のあるじかな
十二月十八日 AK新年俳句会(一月二日)放送録音。草庵。

物貰ふ我も乞食こじきあけの春

老いてなほ稽古けいこ大事や謡初うたいぞめ
十二月二十日 もとめに応じて新年の句を作る。

朝寝もし炬燵寝こたつねもして松の内
十二月二十日 土筆会。草庵。

松立ちしいも門辺かどべを見て過ぎぬ
十二月二十二日 物芽会。角正。

手で顔をづれば鼻の冷たさよ

揺らげる歯そのまゝ大事雑煮ぞうに食ふ
十二月二十三日 句謡会。草庵。
[#改丁]
[#ページの左右中央]



昭和二十五年


[#改ページ]



雪催ゆきもよひせる庭ながら下り立ちぬ
一月二日 すゝむ、たけし、周平、寒月、真砂子、立子等。草庵。

死にしあぶよみがえらんとしつゝあり

大空の片隅かたすみにある冬日かな
一月四日 ホトトギス社員来。草庵。

美しき老刀自ろうとじなりし被布ひふ艶に
一月十四日 吉屋信子母堂政子逝去。追悼。

下萌したもえ大磐石だいばんじゃくをもたげたる
二月二十四日 句謡会。草庵。

乳いぢる癖の女や懐手ふところで

初蝶を見たといふまだ見ぬといふ
二月二十六日 二百二十日会。田中家。

一点の黄色は目白赤椿
二月二十六日 夜。横須賀よこすか玉藻会。浦賀ドック寮。

闘志なお存して春の風を見る

春風の心を人にわかたばや
三月十九日 喜寿祝賀同人会。丸ビル精養軒。

湯に入りて春の日余りありにけり
三月二十日 喜寿祝に参会せし同人続々来る。草庵。

大空にうかめる如き玉椿
三月二十三日 土筆会。草庵。

おい大事春の風邪かぜなどひくまじく
三月二十四日 玉藻句会。大仏殿。

春雨の音しげき中今我あり
三月二十五日 四月九日に催さるゝ大阪俳句会兼題。

葉ごもりに引つかゝりつゝ椿落つ
三月二十六日 桃花、紅花来る。小諸行を約す。

鎌倉のそここゝに垣つくろへる

春山をすこし上りて四つ目垣
三月三十日 草樹会。寿福寺。

花の戸に汽車よりほうる菓子づつみ

林なすしおみさき崖椿がけつばき
四月十日 八日立子と下阪。灘万泊り。十日年尾、立子等、数人と紀州に向ふ。途中串本くしもとに降り、潮の岬に遊び、串本の俳人と黒潮館にて句会。湯川温泉喜代門泊り。

年を経て再び那智なちの滝に来し

千尺の神杉の上滝かゝる

滝見かご青岸渡寺せいがんとじの玄関に
四月十一日 那智の滝に遊ぶ。宿前に同じ。

老の杖とばしころぶも花の坂

本州製紙工場見物
草臥くたびれ一日々々ひとひひとひや花の旅
四月十二日 新宮しんぐうに行き『熊野』三十周年記念俳句会に臨む。宿前に同じ。

温泉のとはにあふれて春尽きず
四月十三日 六時前天王寺ちゃく、汽車にて帰阪。灘万泊り。喜代門所見。

あるじし落花流るゝ門の川
四月十四日 京都下車、初子居に母堂を訪ふ。

障子今しまり春のほとともり
四月十六日 鎌倉山、森田たま居小集。若杉殿下も在り。

やまいおき乏しき春をおしみけり
四月二十六日 即事。

拝観の御苑ぎょえん雉子きじきどよもせり

蝶とんでお文庫よりの御使おんつかい

春惜む命惜むにことならず

熊谷草くまがいそうを見せよと侍従に仰せありしとかにて拝観
熊谷草を見せよと仰せありしとか
四月二十八日 吹上御苑ふきあげぎょえん拝観。三笠宮様御催し。御苑内、霜錦亭にて俳句会。両殿下、侍従三人、立子、虚子。皇后陛下もお出ましになり、選句台覧たいらん

夜半よわに起き句を書き留めて春惜む
五月一日 喜寿祝賀句謡会。鎌倉、華正楼。

古家のキヽキヽと鳴るにや籐椅子といす鳴るにや
五月三日 桑名、「砧」会員来る。草庵。

子にかまけ末女最も夏痩なつやせぬ
五月二十日 大仏会。長谷大仏殿にて。

さま/″\の籐椅子といすあり皆掛けて見し
五月二十一日 鉄線花会。鵠沼くげぬま、橋本邸。

竹の皮日蔭日向ひなたと落ちにけり
五月二十四日 大崎会。鎌倉、英勝寺。

雨戸け夏木の香りおも打ち
五月三十日 新潟句謡会。かき正。二十九日新潟行。篠田旅館に泊る。真砂子、立子同行。杞陽も亦来る。

能舞台地裏に夏の山入り
五月三十一日 佐渡に遊ぶ。加茂湖畔、本間舞台泊り。

或時あるときは江口の月のさしわたり
六月一日 佐渡、潟上、本間舞台滞在。此日新潟、篠田旅館に帰る。

はら/\と浜豌豆はまえんどうに雨来る
六月一日 新潟玉藻会。新潟護国神社。

若葉照りあるいは曇り時化しけ模様
六月二日 「小さん」にて昼食。庫太郎邸にて句謡会。晩餐。篠田旅館所見。

五月かい六月さくのことなりし
六月四日 三日帰宅。本間友英に一句を贈る。

庭もせに椿圧してしい茂る
六月八日 観世俳句会員、たけしと共に来る。句会終りて、観世地にて「熊野ゆや」。

朝顔や政治のことはわからざる
六月十日 句謡会。草庵。

蝸牛ででむしの移り行く間の一仕事

白き猫今あらはれぬ青芒あおすすき
六月二十日 大崎会。英勝寺。

縁に腰して夏山に対しけり

夏山のすぐそこにある軒端のきばかな
六月二十六日 草樹会。大仏殿。

僧俗のまじりくつろぐ浴衣ゆかたかな
六月二十八日 成田新勝寺。

風車かざぐるま夕日に燃えてまはりをり
六月三十日 吉右衛門招宴に列して後、海上保安庁にて句会。立子に従ひて行く。

わが庭の小緑蔭といふところ
七月十四日 句謡会。草庵。

炎天にそよぎをるの一樹かな
七月十八日 吉右衛門、千代、正子、清元梅吉、なつ子、徳穂、外に我家族の者と華正楼にて。

諸子会すあるじ昼寐ひるねまだめず
七月二十二日 京都春菜会、東京新人会合同俳句会。第一回。草庵。

暑き日々あえつどひし甲斐ありしや
七月二十四日 同、第三回。草庵。

待ちたりし赤朝顔の今朝けさ咲きし

鎌倉の山に響きて花火かな

朝花火海水浴の人出かな
七月三十日 名古屋、鳴海連中来。草庵。

鎌倉や牡丹ぼうたんの根にかに遊ぶ

箱庭の翌日のはやひとかし
七月三十一日 偶会。

我起居わがたちい今朝顔に如何いか
八月十八日 岩木躑躅つつじに送る。

朝顔の花に朝寝のあるじかな
八月二十六日 実花居。

萩一つ咲きそめ露の置きそめし
八月二十八日 家鴨会。草庵。

これよりは鹿と猿とを弟子でし
九月六日 九月十六日、句一歩鹿野山かのうざん神野寺じんやじ晋山式しんざんしき。句一歩に贈る。

秋風の一刷ひとはけしたる草木かな
九月九日 句謡会。草庵。

天高しつるの先皆よるべなき
九月十四日 いぬゐ、雷鳥来。

秋晴や客もあるじも庭歩き

見る人に少しそよぎて萩の花
九月十七日 牧水、丹井等来る。

虫すだく中に寝て我寝釈迦ねじゃかかな

古家にくぎ打つ音の野分のわきかな

桔梗きちこうのしまひの花をりて

我袖も木の葉もそよぎ秋の風
九月二十四日 玉藻会。英勝寺。

月よしと木々のこずえ夕茜ゆうあかね

月の庭ふだん気附かぬもの見えて

はら/\と月のしずくと覚えたり
九月二十五日 草樹会、鶏頭会合併。長谷大仏殿。

老眼をしばだゝきけり秋の晴
九月二十六日 大崎会。英勝寺。

白芙蓉の白きより白きは無し
九月二十七日 土筆会。草庵。

秋風に庭の大木我隠れ

この落葉どこまでまろび行くやらん
九月三十日 五月雨会。北鎌倉、好々亭。

白芙蓉松のしずくを受けよごれ

老いてなお芸人気質かたぎ秋袷あきあわせ
十月五日 新潟連中来り、句謡会。

菊の縄あら/\しくも縛られし
十月十三日 艶寿会、第二回。

水車場へ道は平らや草紅葉くさもみじ
十月十九日 昨夜、小諸蔦屋泊り。

よそおへる浅間連山町の上
十月二十日 滞在。午後帰鎌。

朝寒の人各々の職につく
十月二十四日 大崎会。英勝寺。

今日寒し昨日暑しと住みかり
十月二十五日 土筆会。草庵。

御仏みほとけと相合傘の時雨しぐれかな
十月二十五日 野本永久の句集序句。

山雀やまがらのをぢさんが読む古雑誌
十月二十六日 物芽会。角正。

彼一語我一語秋深みかも
十月二十八日 八幡文墨祭。

掃きいだす萩とすすきあいちり
十月三十日 玉藻会。寿福寺。

かたわらに人無き如く初笑
十一月十日 『週刊朝日』に。

さがしものして片づけて冬籠ふゆごもり
十一月十二日 即事。

羽子はねをつく手をとめて道教へくれ

初凪はつなぎの浜に玉を拾はんと

初凪や磯馴松そなれまつ皆うちかしぎ

『みゆき』五十号に達すとか
冬日今松の上にありほおにあり
十一月十四日 新聞雑誌に句を徴されて。

倒れ菊起しもせずに掃かれけり
十一月十六日 句謡会。草庵。

末枯うらがれの歩むにつれて小径現れ

母姉と謡ひ伝へて手毬唄てまりうた
十一月二十四日 新聞雑誌に句を徴されて。

此頃の吉原よしわら知らずとりいち
十一月二十五日 物芽会。角正。

秋風や白文唐詩選を読む

冬ざれや石に腰かけわれ孤独
十一月二十七日 草樹会。大仏殿。

干鯊ほしはぜ食積くいつみ昆布巻こぶまきにせん
十一月二十七日 禅寺洞ぜんじどう自ら川にて釣りたりといふ干鯊を送り来る。

首巻をして濃紅葉こもみじに染まるまゝ
十一月二十八日 大崎会。英勝寺。

石に腰すなわ時雨しぐれ来りけり
十一月三十日 七宝会。草庵。

掃初はきぞめ白手拭しろてぬぐい赤襷あかだすき

元日に田毎たごと思ひし古人はも
十二月十日 諸方より新年の句を徴されて。

大勢の子育て来し雑煮かな

舌少し曲り目出度めでたし老の春

今年子規しき五十年忌や老の春

其他の事皆目かいもく知らず老の春

両の手に玉と石とや老の春
十二月十三日 同。

慇懃いんぎんにいと古風なる礼者かな

去年こぞ今年貫く棒の如きもの

この女此の時えん屠蘇とそよい

まるき顔瓜実顔うりざねがおや松の内

見栄みえも無くほこりも無くて老の春
十二月二十日 新年放送。

世の様の手に取る如く炬燵こたつ
十二月二十一日 土筆会。草庵。

たくわへは軒下にある炭二俵
十二月二十二日 大崎会。英勝寺。

熱燗あつかんに泣きをる上戸じょうごほつておけ

熱燗にあぐらをかいて女居士こじ

熱燗の女にしても見まほしき
十二月二十三日 物芽会。角正。

霜の菊たたへていまらずをり
十二月二十四日 玉藻会。光明寺。

おでんやの娘愚かに美しき

門松を立てゝいよ/\さびしき町
十二月二十七日 草樹会。大仏殿。

ストーヴのさき煙突小書斎
十二月三十日 七宝会。草庵。





底本:「虚子五句集(下)〔全2冊〕」岩波文庫、岩波書店
   1996(平成8)年10月16日第1刷発行
底本の親本:「六百五十句」角川書店
   1955(昭和30)年6月5日
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※「伏屋」と「伏家」、「刺」と「棘」の混在は、底本通りです。
※「雛」に対するルビの「ひいな」と「ひな」、「牡丹」に対するルビの「ぼうたん」と「ぼたん」、「桔梗」に対するルビの「きちこう」と「ききょう」、「乞食」に対するルビの「こつじき」と「こじき」の混在は、底本通りです。
※新仮名によると思われるルビの拗音、促音は、小書きしました。
入力:岡村和彦
校正:木下聡
2023年3月2日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。




●表記について


●図書カード