猿の図

三好十郎




        1

 大野卯平邸の豪華な応接室。壁によせかけ多量の荷造りした疎開荷物。フランス窓をこちらに一段さがるとテラス、テラスの下が防空壕になっている。人が三四人しゃがんでおれるくらいの広さの壕の内部が、こちらから見える。
 背広姿の大野卯平と第一装の軍装の薄田が、室の中央の円卓に向い合ってソファにかけ黙々としてブランディを飲んでいる。その二人に並んでもう一つのソファのまんなかに、小さく、ゴーゼンと坐りこんでいるくめ八。
 それに向って両足をそろえてキチンと立った三芳重造が、原稿用紙に書いた文章を読みあげている。ゲートルまで巻いた防空服装。

三芳 (しんけんな語調で)……『かくのごとくなって来た状勢の中で、私どもは、かつて私どもの犯していた罪悪が、いかに兇暴なものであったかということを、今さらながら、いな! 今までのどのような場合よりも百千倍も強く、身にヒシヒシと痛感するものであります! それを思うと、泣いても泣ききれず、くやんでもくやみたりません。……なるほど、私どもの思想上の転向は――すくなくとも私の転向は、心底からの日本人としての真の自覚――自分の内における日本人の発見、発掘ということから出発したものであります。つまり、ホントの開眼でありました。どのような意味ででも外部の力に依って強制されたものではありませんでした。つまりわれわれの内に流れているスダマにもよおし立てられて、ふるさとに帰るがごとく転向した者であります。正確にいえば、それは転向ではなくて、誕生であり、眼ざめであります。でありますから、自分自らにおいて私どもは一人一人みな、そのことに満足しています。それにまた――このようなことを申しますと、御列席の検察当局や司法当局の方々に対して或いは御不快を与えるかもしれませんが、しかし私はあえて正直に申してしまいます――つまり私どもは、国家の法律の前に公然と裁かれ終ったものであります。もちろん、当局の御好意に依ってわれわれに下された裁断はわれわれの罪に相応したものではありませんでした。そのことに対する私どもの感謝の念は限り無いものでありますが、それが限りないものであればあるだけ、それを此処で言葉の上だけで述べるような軽薄さをしたくありません。とにかく、私どもは、法律によって裁かれ、かつ、自分自身の内的必然的な課題として転向したものであります。その点、私どもは誰に向っても既に恥じるべきなんらの理由を持っておりません。……しかるに、われわれは今や、それ位の気持でもって、かつての自分たちの思想及び行動を振りかえってみることができなくなったのであります。われわれの犯した罪は、単に法律やそれから自己一片の良心に依って裁かれ許されれば足りるといったような種類の罪ではなかった! それを、身をもってわれわれが知ったということであります! そしてそれを知ったのは、このたび催していただいた伊勢神宮における錬成会においてであります。……もちろん、私どもは――』
大野 (薄田のコップにブランディをついでやりながら三芳の朗読にとんちゃくなく、それをたち切って)文化方面の転向者を百人ばかり、こないだ伊勢へつれて行って、鍛えたんですよ。これで三度目ですがね、フフ、水へ叩き込むと、みんな泣きましてな。
薄田 (ブランディをのみながら)うむ。
三芳 ……(朗読を中断されて、二人の顔をキョロキョロ見くらべていたが、ふたたび朗読をはじめる。二人の言葉にけしかけられたように、朗読の声がしだいに大きくなる)『もちろん私どもは、二度や三度のミソギ行に参加したことをもって、カンナガラの大道を体得し得たりと僣称しようとするものではありません。しかしながら、かの大神宮の神域に接し、イスズ川の流れに総身をひたしながら、私どもの心頭を去来したものが、わが国がらの大いなる命の流れ、日本的なものの中での最も純粋に日本的な本質であったということは言ってもさしつかえないだろうと思うのであります。と同時にそれは、この数年来、われわれが突入しきたったわが国未曽有の国難に処して国民の一人一人としての私どもが、身をもって洗いあげて来た民族的自覚の絶決算としての実感であったのであります。今や私どもは理論においてのみならず、全身心の実感としても、日本民族の世界史的任務と大東亜共栄圏の必然を護持するものであります!』
くめ八 ワン、ワン、ワン!
大野 よしよし。(卓上のチーズの一切れを取ってくめ八の口に入れてやる)
三芳 ……『私どもをしてかかる力強い自覚に導いてくださった諸先輩、直接には保護監察所関係諸氏、間接には内務省、憲兵隊、情報局などに対して、私どもは心の底から感謝するものであります。しかしながらそれと同時に、否、それを通して私どもは、さらに偉大なる命の源流がわれわれに与えられていたということを、のっぴきのならぬ自覚にまで眼ざめさせていただいた大キミオヤのハカライに畏れかしこみつつ敬礼をささげるものであります!』(そこへ奥から、はでなモンペをはいたツヤ子が、盆にビールと二三の肴をのせたのを持ってくる。三芳が熱くなって朗読しているので、円卓の方へ行くのをチョット控えるが、すぐに薄田と大野に向って小腰をかがめてから、肴を卓上にならべ、ビールのセンを抜いてコップについでから、入口の扉の所へさがって、盆を持ってこちらをむいて立ったまま、人形のように無表情な顔をして、三芳の朗読を聞いている。この間もズッと三芳の朗読はつづいている)
三芳 『私はここに、このたびのミソギ行に参加した全員を代表して、感謝の言葉を述べることのできるのを、光栄とするものであります。しかしながら、私どもが心から感謝すればするほど、これがただ感謝にとどまっていてはならない、いや、感謝への念が真実なものであるならば当然それは、もっと積極的なものへ発展するのは当然でありまして……』
大野 三芳君、もう、いいだろう。
三芳 え? ……あのう、いえ……実は、この後がガンモクなんで、ぜひお聞き願いたいんですが――?
大野 ……(なにも言わないで、ビールをガブ飲みする)
三芳 ……(オズオズと大野と薄田の顔色をうかがっていた後、二人が強いて反対していないことを見てとって)じゃ、すこし、はしょって最後の所だけを――(朗読をつづける)『で、ありまして……ええと……そこで、つまり、私どもには、この感謝の念と、それに、最初に述べましたような、自らの兇悪ムザンな犯罪に対するつぐのいがたい罪の意識が有るのであります。加うるに、アッツ島その他におけるわが神兵の玉砕以来、戦況の日に非なるを、もはや坐視するにしのびないものがあるのであります。今や既にわれわれは、国民としての最後の関頭に立ちながら、筆硯を事としているのに耐え得ないのであります。併せて、われわれがわれわれの過去の罪悪に対する自らのつぐのいを僅かでも志すという点からいいましても、全身命をなげ打って第一線の銃火の中にミソギすることこそわれわれに残された唯一つの路であります。願わくば、われわれの志をあわれみ、挺身従軍の許可が与えられますよう、御高配下さるよう、この機会に切に切にお願申します。それも、出来ますならば、唯単に文化人として従軍するのではなく、銃を担い剣を取って一兵として従軍したいのが私どもの本望であります。かくて、私どもは私どもの志のクニツミタマに添い奉り、撃ちてし止まん日の鬼と化さんことを、ここに誓います! 以上、御願いのため、連署血判をもって――」
薄田 ほう、血判したのか?
三芳 はあ、いえ、これは下書きでして、大野先生に一応聞いていただき、これでよいとなりましたら清書しました上で――はあ。
薄田 痛いぞ、指を切るのは。
三芳 いや、それは――(心外なことを言われて、抗弁しようとするがやめて、大野を見る)
大野 なかなか良いじゃないか。(言いながら卓の上の小皿から肴の一片を取ってくめ八に食わせる)
三芳 はあ、実は、少し単刀直入に過ぎて、言葉が不穏当な個所も有るようにも思いましたが、とにかく正直に私どもの気持を訴えてですね、理解してさえいただければ、それでよいと思ったものですから。誠心誠意、ただそのことを――
大野 いいだろう。ねえ薄田さん。(薄田のコップにビールをつぐ)
薄田 そう。わしらの方として別に異存はないが――しかしまあ、そこまでなにしなくても、いいんじゃないかねえ。こないだ、隊の方で新聞や雑誌の連中を引っぱったのは、チョットほかのことでなあ、君たちとは別だ。それほど気にしなくともよかろう。それに、いま言ったその、理解さえしていただければというんだったら、なにもそう――
三芳 いえ、そ、そ、それは、そ、そんな意味ではないのです! これでもし許していただければ、一兵卒として従軍します、する気がなくて、誰がこんな願書を出したり――ちがいます、そ、そんな新聞や雑誌の連中が引っぱられたから、それにおびえて、それで、ゴマをすって私たちがこんなことを――心にもないことをしていると――そんな、そんなふうに取られては、立つ瀬がありません。し、し、心外です、そ、そんな――
薄田 ハハ、まあいいよ。
三芳 よくありません。そんなふうに私どもの誠意が――
薄田 誠意はわかっとる。だが君たちまで第一線に引っぱり出さなきゃならんほど、まだ、わが方の状況はなっとらん。安心したまい、ハッハ。
三芳 そのことではないのです。状況いかんに関せずわれわれは、われわれの気持として――
大野 そりや薄田中佐殿もわかっていられるよ。いいじゃないか、まあ、坐りたまい。
三芳 はあ。しかし、あんまり、なさけないことを言われるもんですから。(グッタリ椅子にかける)
大野 ハハ、これで薄田さんは、君たちのためには、司令部あたりでも大いにはからってやって下すってるんだぜ。それを忘れちゃいかん。
三芳 それは、わかっているんですが――しかしそれだけにです、そんな方から、こんなふうにみられていると思いますと、実に――。いえ、それも、もともと自分たち自身のせいなんですから、いまさら誰をうらむということもありませんが、ただ、なさけなくって。われわれがこんなふうに完全に生まれ変って、日本人として天地に恥じない心持でなにしようとしているのを、わかって貰えないかと思うと、じつに、涙が出ます。
薄田 まあいいさ、わかっとる、わかっとる。ハハハ、まあ君も一杯やれ。(ビールびんを取る)
三芳 ど、どうも。(恐縮しながら、コップをあげ、頭をさげる)は、いただきます。
薄田 すべて、この度胸だ。君も活動屋なら活動屋らしくだな、もう少し腹のすわったことを――(ビールびんから[#「ビールびんから」は底本では「ピールびんから」]ビールが出てこない)ええと――
三芳 は、もうけっこうです。(また頭をさげる)もうたくさんです。(コップを見ると、からなので、キョロキョロそのへんを見る。そのいちぶしじゅうを見ていたツヤ子が吹きだしそうになる口を両手でふたをする)
大野 そうそう、もうみんなになっていた。どうもこりゃ失礼――。おいおいツヤ君、ビール。四五本いっぺんに。
ツヤ (笑いを引っこめて……)はい。(扉から出ていく)
薄田 ……(そのツヤ子の後姿を見送っている)
大野 (三芳に)ところで、君んとこのトンコなあ。愛が来たというのはホントかね?
三芳 (眼をショボショボさせて)はあ……だろうと思うんですけど。
大野 シロウトはこれで、見あやまることが、よくあるからねえ。
三芳 でも、近所のなにがゾロゾロ、その、附けまわして――当人もその、やっぱし、始終イライラしまして、なんですか――
大野 それじゃ、まちがいないかな。
薄田 どこの娘さんの話だえ?
大野 やあ、三芳君とこの――
薄田 そうかねえ、まだそれほどの年にゃ見えないが、そんなに良い娘さんがあるのかね。
大野 いやいや、せんに私んとこにいたのを、三芳君にゆずってやったんですよ。
薄田 はあん?
三芳 私の所でも、家内をはじめ、この、非常に好きなもんですから。
大野 こうしてここも、家の者たちを疎開させて、私とツヤだけだと二匹の世話ぁ焼けませんしね。メスは特に手がかかるんで。
薄田 なんだ犬の話かい!
大野 いやあ、血統が大事でしてね(と椅子の上のくめ八の頭を愛撫しながら)これと三芳君とこに行ってるトンコなど、まずテリヤでは東京で二ツガイ三ツガイという純血でしてな。ハハ。妙なもんで。血液を純粋に保つという点からいうと、理論的には、メスに変な雑種のオスをかけないようにさえ気をつけておれば良いわけだがそれがそういかない。オスが、あいだに雑種のメスにかかっていると、あとどうしてもうまくいかない。相手の女しだいで、オスの精虫や、このホルモンといったようなものが、影響を受けるもんですかねえ。おもしろいもんですよ。ハハハ、(くめ八に)くめ、お前、もうすぐお嫁さんに逢えるからな、それまでここいらで変な女を相手に浮気をするんじゃないぞ。
薄田 君の犬好きも、実にあきれたもんだ。
大野 やあ、ハハ(三芳に)トンコには、ズッとミルクは飲ましてあるね?
三芳 ええ。しかし、この、近頃、戦争がこんなふうになってきて、ミルクを手に入れるのも不自由になりまして――
大野 まあ、いいさ。じゃ、今日、バスケットに入れてこいつをつれて行ってくれたまい。カケるのは私が明日行ってカケるからね、それまで別々の箱に入れとくように。いいかね?
三芳 はあ、そりゃ承知しましたが、その、これなんですが(と、しょげきって、まだ手に持っている原稿を示す)明日の謝恩会に、これでよければ、一同を代表してこれを読んで、その――
大野 いいだろう。――(とアッサリ言って)途中ねえ、電車だと揺れて病気になるからね、すまんが、君んとこまで歩いてかかえて行ってくれんか。
三芳 (ほとんど泣きべそをかいたような顔)はあ。
薄田 さ、わしもソロソロ失礼しようか。じゃ大野君、よろしく頼むから。こっちへ引越して来るのは、明後日ごろになるだろうが、それまでに部下の者がトラックで荷物を運んでくるじゃろうから。
大野 承知しました。で、こちらの疎開荷物の運搬のこと、よろしく願います。こないだから、こうしてチャンとコンポウをすましてあるのに、司法省あたりのサシガネでは、もう、なかなかラチがあきませんからねえ。あなたの荷物をはこんで来たトラックで、ついでに駅まではこんでもらえるとありがたいですがねえ。
薄田 なに、そんなにあわてんでも、どうせ隊の荷物としてはこんでやる。
大野 そうですか、そうしていただければ、何よりです。ハハ。しかしなんですねえ、あなたも、急にこちらに転出して来られて、こうして、まあ、きたない所ですが、私の内を御用立てすることができて、まずまあ、お寝みになる所だけはきまったとしても、御不自由なことですねえ。奥さんも田舎でおさびしい。
薄田 なに、ヌカミソくさい古女房などいない方が、うるさくなくてよい。家事はいっさい部下がやるんじゃから。
大野 いや、家事は[#「家事は」は底本では「実事は」]とにかくとしてですよ。おさびしいじゃありませんか。つまり、なんだ、陣中にじゃっかん、この、春色を欠くといった――
薄田 そいつは、夫子自身の告白かね?
大野 アッハハ、やられたねえ!
薄田 至る所[#「至る所」は底本では「到る所」]、青山有り。
大野 ああさようで! ヘヘ。(タイコモチと同じ口調で言い、右手で自分のくびすじをピチャリとたたく)
薄田 アッハハハ! だが春色は大いに有るようじゃないかね。さっきの、何とか言った――女中――
大野 いや、ありゃ、女中じゃありません。この三芳君の、ありゃ弟子でしてね、私が疎開ヤモメで不自由しているのを見かねて、三芳君が一時よこしてくれているんで――
薄田 ふーん、弟子――?
三芳 いえ、遠縁にあたる田舎から出て来て――
大野 女優になりたいというんで。三芳君は、活動屋なので、そういった役トクがありましてな――
薄田 なある――女優の卵か。どうりで――(ニヤニヤして)悪くなかろう大野さん。陣中に春色満つ。
大野 ごじょうだん! なんなら、この家にあの子もフロクに添えて御用立てしますか? ねえ三芳君?
薄田 そりゃ、いいね、ハハ!
三芳 (今度は薄田に、原稿を示して)ええ、これなんですが、いかがでしょう、従軍の願いをこういう形でしましても、軍部の方に廻していただけるでしょうか? われわれはわれわれの志を、なんです――その……
(そこへツヤ子が、から手でもどって来る。薄田と大野がニヤニヤしているし、三芳がヘドモドしているので、入口に立ち止ってチョット三人を見ていてから、入って来る)
ツヤ あの、おビールは、いくら捜しても有りませんけど。
大野 穴倉の右の隅に、まだ一ダースぐらい有ったはずだが?
ツヤ いえ、穴倉も見たんですけど――
大野 そうだ、縁の下にかくしたかな。よし、よし、私が取ってこよう。(立つ)
薄田 わしなら、もうよいぞ。これからチョット廻るところがある。まっかな顔をして行くのも、どうかと思う。いよいよ引越して来てからユックリいただく。ついでに、部からビールとウィスキィ二十ダースも運ばしとくか。
大野 そう願えれば、ありがたいですねえ。でも、チョット(行きかけて)ついでに、どうです、家の中をチョット御検分願いましょうか。
薄田 そうかね、そんな必要もないと思うが。(立つ)
大野 いや、これであなた、休職司法官などの身分にしては、すこし不相応にこった建てかたの家でして、チョット自慢したい点もなくもないといった――(ツヤ子に)ツヤ君、こちらは、これからこの家に来ていただく薄田中佐どのだ。(ツヤ子だまって礼をする)
薄田 やあ。(ツヤ子のからだを眼でなめまわしながら、先きに行く大野について扉から出て行く)
(間――ションボリして椅子にかけている三芳。それをツヤ子が立ってだまって見ている。くめ八は相変らず行儀よく椅子の中央に坐っている)
ツヤ ……(両肩をゆすって、扉の方をにらんで)チ!……先生、どうなすって?
三芳 うん。
ツヤ いよいよ従軍なさるの?
三芳 うん、まあ……(浮かない)
ツヤ いっそ、その方がいいわ、そうなさいよ。あたしなど、男だったら、今ごろこんな所にグズグズしていない。……気しょくが悪いったら、ありゃしない。これで、こんだけ大きなイクサしてるといえるの?
三芳 うん。いよいよ、なんだ、この……
ツヤ 前判事、報道部ショクタク、情報局ショクタク、保護監察所のエライヒト、大野卯平。ウヘエ……えらいんでしょう、とにかく? それが、毎日なにをしていると思って? ブローカァーや御用商人や、そいからエタイのしれない人たちが、コソコソやって来ちゃ、金だとか物だとか置いて行くだけでも、どんだけだか知れないのよ。軍部だとかお役所だとか、なんだかんだと、すぐに奥歯に物がはさまったようなことを言うのよ――四五日前など、なんとかって映画会社の人と芝居の興業の人まで来るのよ。……君んとこの芝居はすこし、この、近頃、厭戦思想の傾向があるんじゃないかねえ、軍でも注目しとるようだから、すこし気を附けるようにしたらどうかねえ。……そしたら、その人が、そこに、今、先生が掛けてるその椅子だったわ、そこに坐っていたのが、ブルブルふるえ出して、まっさおになって、(しかた話)バッタのようにおじぎをしたわ。
三芳 ……あ、スッカリ忘れていた。(ポケットから一ポンドばかりの包みを出して卓に置く)……これ、君の家から送って来たんで、持って来たが――チーズさ――(ツヤ子が不意にだまりこむ)――いや、なんだよ、君もこうして大野さんにはやっかいになっているんだし――
ツヤ ……(チーズをにらんでいる)
三芳 (間が持てないで)君の家でも皆さん元気だそうだ。すぐになんだ、礼状は出しといたが、しかし叔母さんももう五十七だったかな、八だったかな、手紙から察するとだいぶ弱られたようだなあ。……せんのようにガンコなことも言っていない。ツヤのことはどうぞよろしくおたのみする――くどい位書いてあった。ここに来ている事は知らせてやってないの?
ツヤ ……。
三芳 ……なんだそうだね、君がいつか言ってた、ほら、一時、結婚するとかしないとか騒いでいた……イイナズケになってるんだろう? 隆二とかいう青年、こんど特攻隊に志願したって? 知ってるの君ぁそのこと?
ツヤ ……(無表情)
三芳 君をホントに愛しているんじゃないのかねえ?……(ニヤニヤして)え? 君ぁ、どうなんだ、好きなんだろう? どういうんだい、それが? 特攻隊といやあ特攻隊だぜ、まず命は無いぜ。なんともないの、君ぁ? じゃ、大して好きでもなかったんだね?
ツヤ ……(なんともないのかあるのか、そのことについて感情を動かしたらしいところはない。ニコニコして)あたし、先生のうちに、もどりたいんですけど、だめでしょうか?
三芳 え? うちに? どうして?
ツヤ どうしてってことはないんですけど、もどりたいんです。
三芳 だって君……困ったなあ…‥ここ当分、劇映画などどこでもとれはしないし、どっかに入社させてあげる機会も[#「機会も」は底本では「幾会も」]ないしね……第一そんなことすりゃ損だがねえ。ここにおりゃ大野さんの顔で挺身隊にも引っぱり出されないですむが、うちに戻れば、たちまち――
ツヤ 挺身隊に出ようと思うんです、あたし。
三芳 ……うむ、その気持はわかる。そりゃ、わかるけど――だけど困ったなあ、そいつは。もともと大野さんが不自由なすってるんで――つまり、僕もいろいろやっかいになってるしね――僕の方から言い出して君をつれて来たんだしねえ――いまさら、弱ったなあ。
ツヤ だって……毎晩、アンマをしたりするの、いやだわ。
三芳 え? アンマ?
ツヤ フトモモの所まで、もませるんですのよ! そこへ、又、さっきの将校の人が来たら、どんなことされるかしれたもんじゃないわ。もう、イヤッ! それに、毎日――こいつにお湯を使わしたり、カンチョウさせたりしなきゃならない。もう、イヤァー!(くめ八の頭をポンとたたく)
くめ ウー!
ツヤ なにが、ウーだ、チンコロ!
三芳 おい、おい君、そんな――(立って、ツヤ子の腕をつかんで、とめにかかる。ツヤ子両腕をふりまわして、三芳にさからう)
(そこへビールびんを四五本両手にさげた大野と薄田がもどって来る)
大野 ……(思いちがえて)いよう!
薄田 どうしたい?
三芳 いや、この――なんです……
くめ ウー。
大野 ほら、くめ八が、おかんむりだ。(椅子にかける)この子は、人間の、この男女の情を解しておってね、つまりヤケるんだな。私んとこでも、さんざん、悩まされたもんだ。
薄田 とんだところで、ノロケを聞かされる! ウァファファ(椅子にかける)
大野 いやどうも!(ツヤ子にビールを注げと手で命じる。ツヤ子、センを抜き、卓上のコップにつぐ。大野、卓上のチーズの包みを見て)……ええと、これは――?
三芳 はあ、ホンの少しばかりですが、田舎から送って来たもんで……
大野 すまんなあ、そりゃ。――ところで、三芳君、君んとこの仕事はその後どうなったね?
三芳 はあ、いや、事態がこんなふうになって来まして、あちこちとアイロだらけでして……いえ、撮影の方は、せんだって商工省の方から取ってくださったフィルムで、その後二本ばかりすましてありますが、なんしろ、ネガがまるきりないもんで――
大野 そうかね。……(薄田に)この大将は、小さな記録映画の製作をしていましてね、私が口をきいてあげて軍器や文部省などの仕事も二つ三つしております。まあ主として軍器や食糧関係の――
薄田 はあん。
三芳 (薄田に)技術者だけが十人ばかり集まって、まあ一種の合資会社みたいな――(大野に)実はそれについて、今日も実はすこしお願いがありまして――。つまり、ネガがなくては、せっかく撮影した作品をプリントできませんし、――そうなると、私たちのような所ですと、たちまち経営が苦しくなってしまいまして――(薄田に)――第一、それではこの際、国家的な損失だと思いますので――はあ、現在、ストックになっておるのは、各地の造船所を撮ったものと、その他、食糧増産のものが二本ばかり――つまり直接、戦力増強に重大な関係のある映画なんですから、一日も早く国民に見せて関心をたかめたいですから――
大野 しかし君、それなら、関係官庁に申請するとか、直接フィルム会社に掛け合えば、なんとかなるだろう? どうせ軍需会社か役所からの話で撮影したものだろう?
三芳 はあ、そりゃ造船所のやつは増産関係で、食糧の方は農林関係の話ですけど、そっちから行っても、ちかごろ、ぜんぜんダメなんです。いえ、帳面ヅラでは廻ってくることになっていても、いよいよとなると途中でほかにもぐっていってしまって。――で、こんどつかまえた時には公定のなん倍かになっているんですから――
大野 しかしそれは或る程度まではしかたがないのじゃないかねえ。つまり実際問題としてはだ、君たちも、つまり、けっきょくは営利事業なんだから。
三芳 もちろんそれは心得ています。しかし、なん倍出しても、とにかく手に入ればいいんですが、それが、なかなかうまくいかないんで――そいで、いつものことではなはだ、なんですけど、先生にですね、報道部のどなたかにお口添えを願って、その方から商工省へ手をまわしたい――と、まあ、こんなふうに考えまして――ひとつ、お願いします。
大野 さあ、どうかなあ……もう、手もだいぶ使ったからねえ――(気のないようすでビールを飲む。その間、ツヤ子は室の隅に立って、時々寄って来ては事務的にビールをつぐ)
三芳 (二度も三度も頭をさげる)ひとつ――どうか――お願いします。でないと、私の方は立ち行きませんし、せっかくの増産映画なので、つまり、国家的な宝の持ちぐされ――
大野 君の方も、だけど、すこしこの、虫が良すぎゃせんか。もうこれで、何度になるかね? 私もあまりなにしていると、変な目で見られる恐れが有るからな。
三芳 それは、しかし、万々先生の方へルイを及ぼすような事は絶対にいたしませんから、どうかひとつ。なにしろ、われわれの方は技術者ばかりで、ただこの文化的に立派な、つまり戦力増強に真に役立つような作品を作りさえすればよかろうと言うんで、経営方面はカラダメでして、がんらい、映画評論やなんかでやってきた私などが、こうして企かくや製作のことで、駆けまわっているありさまなんですからねえ。他は推して知るべしで、たとえば、借りているスタジオの家賃がたまって追い出されそうになったりしてまして――なんとか早くネガを手に入れて金の運転をつけないと、私ども、どうして食って行ってよいか、路頭に迷うことになって――
大野 そりゃ、しかし、そこまでの尻をわしらの方へ持ってこられても、どうしようもないねえ。
薄田 まあ、ええじゃないか大野君、なんとか、はからってやるさ。君たちがつかまえて転向さしてやったんだからなあ、あとのめんどうも見てやらんと、またヨリがもどる。口をきいてやったらいい。
大野 そりゃ、そうですがねえ、あんまり度々で――。それに、とにかく、どんなに小さくとも、営利事業ですからねえ。
薄田 骨折賃はもらうさ。それは当然じゃからね。(三芳に)ハハ、君たちも、この、すこし要領が悪いんじゃないかね? コンミッションというと人聞きが悪いが、自分だけもうけてだな、他にキンテンするということを忘れていては、おもしろい戦さはできんぞ? どうだえ? また、なんだよ、それ位のことに小さくこだわっていて戦力増強の仕事を停滞させるのは、今となっては、かえっていかん。ほとんど、それは罪悪じゃ。すべて大局からみて、国家総力のために役立つと見れば小節にコウデイしたら、いかんよ!
三芳 はあ、あの、それは――失礼ですが――その点は、私どもの間でも――なんです、十分になにして――
大野 そんな事は困る。そんなふうに考えられたら、だなあ――
薄田 まあまあまあ!(と大野をおさえて)いいじゃないか、ね三芳君?
三芳 どうも、ありがとうございます。なにしろ、こいつ、われわれの死活問題なものですから、はあ。どうか、大野先生、よろしくお願いします!
大野 そんな事は、君、問題じゃないんだ! 私の立場としてだな、この、仏の顔も三度と言う――
薄田 よし、きまった! きまった、きまった!ハハハ、よしよし! 大野君、ヤボな顔をするのは、よしたまえ! さあ、さあ一杯(と自らビールを注いでやりながら)あんまり、もったいをつけるな、つけるな!
大野 ワッハッハッハハ!(今までの少し過度なぶっちょうヅラを、まるで幕を切って落したように、ガラリと引っこめて豪傑笑い)ハッハハ、どうも、はや! ハッハハ、こういう憲兵もいるからなあ!
薄田 ハッハハ、皇国の前途、多望と言うべし! いや、冗談じゃないんだぞ、これから、われわれは、こうでなくちゃ、いかんのだ。まじめな話だよ。いいかね、今こうして乗るかそるかの戦争をしておる。戦争というものは、なんでもよいから、勝たなきゃ話にならん。いくら道義の聖戦のと言ったって、負けてしまっちゃサランパンだ。しこうして近代戦というものは金と物量がするんだ。金と物量は、あくまで金と物量であって、つまり物じゃろう? 物質だ。物質はテットウテツビ合理的に動くものである。それを忘れて、道義々々と言いふらしてだな、不合理な事ばかりしている精神家どもが国家をあやうくしよったんだ。いいかね? わしはこれから、そういう意味で、中央に坐りこんでいる石頭どもをすこし教育しようと思っている。
大野 賛成! 大賛成だ! けっこうですそいつは。人間は精神を持ってるが、肉体も持っているんですからな。つまり、みんな慾が有るんだから、そこをねらって――つまり戦争に協力することが、すなわち、その人間の利益になるというふうに動かして行かなくては国家の総力は増大しない! そのへんどうです、ちかごろ、君側の長袖連中などを見ていると、どうも、この、腰抜けというか――
薄田 だからねえ、君! (と酔って三芳に)常に頭をハッキリさせて、やるんだなあハハハ、だってそうじゃないかね、さっきの願書さ、そのそら――それによると、すぐにでも、従軍したいと言ってくる。そうだろう?
三芳 はあ。
薄田 はあじゃないぞ、従軍というのは戦さに行くことだぜ、遊びに行くのとはちがうぞ。それに行きたいと言っていながら、一方において、その活動の仕事のために、フィルムとかを手に入れたいと言ってる。命がけで従軍する人間が、どうして事業がでけるか? え?
三芳 そ、そ、それは、なんです、われわれとしましては、この――(あがってしまっている)
薄田 ハッハハ、もっと、この、おのれに対して正直になるんだねえ。転向者というのは、いつでも、する事が二段がまえ三段がまえで、腹が黒くっていかん! ころんでも唯は起きまいとしている。とがめているんじゃない、やるならやるで、もっと、かしこくやるんだなあ。そんなダラシのない頭じゃ、赤の再建なんぞ、おぼつかないぞ! ワッハハハ。
三芳 ちがいます! そ、そ、中佐殿! ちがいます! そんなふうに、言われる事は、私――このように、誠心誠意、なにしているのを、信じていただけない――残念です! この、この胸を――
大野 (薄田に)いや、この大将など、連中の中では感心なんですよ。とにかく態度がまじめだから。
薄田 そうかね、ハハ、まあまあ、いいさ、こうふんしたもうな、ハハ、ただわしは、どっちが本音だよと言ってるまでだよ。その、フィルムも手に入り、従軍願いも聞きとどけられたら、君の方で困りゃせんかと思ってね――
三芳 (涙をボロボロこぼして)以外です! フィルムの方は、私が、かりに従軍しましても、あとに残った連中が使って、――もちろん、中佐殿、私が従軍が許していただけたらただちに銃を取って、なんです――この、この決意だけは――どうか信じて下さい。ほんとに、私はこの胸の奥を叩き割って、見ていただいて――ヒッ!
(くやし泣きに泣いて、椅子に坐っておられなくなって、床の上にすべり落ち、頭をさげ両手をつく。――その姿を、ツヤ子が片隅から冷然と眺めている)
薄田 ハハ、まあいい、君たちは、落ちついて活動でも作っておる。それが一番無事だ。
三芳 (泣き狂いのような調子で)耐えられません! もう、われわれは、こんな、アンカンとして眺めてはいられません。そうではありませんか、アッツ島以来、南方諸島は失陥につぐ失陥、海軍は全滅、琉球もあぶなくなっている! このまま押し進んで行けば、どうなるんです? え? 私どもは、今や銃後にアンカンとして一日の安きを盗んでいられません! わかって下さい! しかも、半年前まで、軍部で言っていた本土空襲に対する、わが空の守りのかんぺきさなど、今となっては、まるきり空手形ではありませんか! 本土はおろか、この東京――この帝国の首都――向うの飛行機など唯一機といえども絶対に入れないと言われていた東京が、もう既に二度、しかも悠々とやられています! 今にして、われわれがわが方の戦力の信ずべからざる事に目ざめて――
薄田 (三芳の言葉の中途から怒り出したのが、この時がまんしきれなくなって[#「なって」は底本では「なつて」])黙りたまい! 何を言うか! それは、従来多少の手ちがいのために、僅かの敵機が潜入して来た事は有ったが、それをもって軍全体に対する信望をうんぬんする事は許さん! そういう事を言う奴は国賊である! そんな事を言いふらして、軍民離間を策する奴は――いや、とにかく、今後、わが空軍は東京周辺二十キロ以内に敵の飛行機の一機半機といえども、ぜったいに入れない!(にぎりこぶしで卓の上を猛烈に叩きつける。卓上のコップやビールびんなどが飛びあがって床の上に落ちる。大野は、その前から、薄田をなだめようと椅子を立っていたが、この勢いに手がつけられず、ポカンとして見ている。三芳は、やっと言い過ぎた事に気がついて、床の上に坐って、ふるえあがっている)
(間。……その静けさの中に、だしぬけに、遠くから空襲警報のサイレンが鳴りひびいてくる)
大野 お! (立ちすくむ)
薄田 ウム?……
三芳 ……(チョットきょとんとして大野と薄田を見あげるが、しかし、なにがはじまったのか理解し得ず、さらにまた薄田に向って二度三度と頭をさげる。その額が床板にぶっつかって、ゴトンゴトンと音がする)
ツヤ ……(これだけが冷静に、室の一隅の台の上にのっているラジオの方へ行き、スイッチを入れる)
ラジオの声 ……(せっぱくした語調。ただし、情報の途中からだし、サイレンの音にじゃまされて完全には聞きとれない)――大型機に誘導されたる大編隊――大編隊――大編隊――西南方より帝都上空に侵入しつつあり――西南方より――帝都上空に侵入しつつあり――くりかえします――大型機に誘導されたる大編隊――西南方より帝都上空に侵入――ガーガーガァ、ピッピ、ピッピ、ガァガァ――ワァワァワァ、ブー、帝都――(そこでプツンと切れてしまう。かなり離れた所で発射された高射砲のひびき)
(と同時に、それまで立ちすくんでいた大野が兎が飛ぶようにフランス窓の所へ出て来て、その前の防空壕に飛び込む。それを見て三芳がヒョロヒョロしながら立ちあがり、途中で膝の力がぬけて、前につんのめって這ったりしながら、壕の方へ。それまで椅子の中で眼をむいていた薄田が、この時ユックリ立ちあがって、故意に落着いた足どりで二三歩あゆむが、にわかに尻に火が附いたように猛烈な早さで壕の方に飛んで来て、入口の所でマゴマゴ這いずっている三芳をはねのけて、壕にもぐり込む。その後から、三芳も這い込む。――以上三人の動作はおそろしく早く、ほとんど一瞬の間のできごと)
ツヤ フ!(その三人のする事をみすましている)
大野 (壕の一番奥で)おい、おい、おい、ツヤ君! くめ八は? くめ八は? くめ八は、どうした? くめ八を、ツヤ君、ここへつれて来てくれっ! くめッ!
ツヤ ……(その声に椅子の上を見ると、くめ八は、まだそこに坐っている。スッと寄って行き、犬のくびの所をつかんでぶらさげて、扉の所へ行き、奥へ向ってポイとほうり込む。キャーン、キャーンと鳴声。ラジオから響いて来るブザアの音。ツヤ子すばやい動作でラジオ台の下から鉄帽を引き出してかむり、床の上に腰をおろし戸外の空をのぞいて見ながら、鉄帽の中に入れてあったゲートルを脚に巻きはじめる)
(投弾と高射砲発射の爆音のきこえはじめる直前の、ぶきみな静けさ。奥のどこかで、キューン、キューンと犬の鳴声)
(防空壕の中に、こちらを向いて、大野、薄田、三芳の順で、きゅうくつに押しならんだ三人の姿が、同じように尻をかかとに附けてしゃがみこんでいるために、手がひどく長く見える)

        2

 三芳重造の家の応接室。
 大野の応接室とほとんどソックリ同じ作りの室。調度まで酷似している。ただし、すべてがあれよりもいくらか粗末だし、それに上手の壁が火のためにデコボコになり、赤黒く何かの動物の形のような焼けこげができている。
 三芳と津村禎介が卓をはさんでソファに坐り、ウィスキィを飲んでいる。二人からすこし離れた、そして二人のより粗末な椅子に浅く腰をかけて、熱心に話している大野卯平。三芳は和服、津村と大野は背広。

大野 ……つまりですね、われわれ国民は、だまされていたのですよ! 軍閥や財閥や一部の官僚に、だまされていたんだ! それをハッキリ、断言することができる。なるほど、今こうして、こんなありさまになってしまった後になってですね、私のように、以前、この、役人をやっていて――つまり、なんだ、この獅子の分けまえにあずかっていた――ヘヘ、実にあわれビンゼンたる分けまえでしたがね――とにかくそんな人間が、いまさら、こんなことを言うと、あんたがたには、一応も二応もヘンに聞こえるだろうと思うが、しかし、たとえどんなにヘンに聞こえようとだねえ、この際正直に思うことを言ってしまいたいのです。つまり、あの当時、多少でもだなあ、軍閥や財閥の下っぱの所に足を突込んでいただけに、それだけに、私には尚更、やつらの罪悪が、身にしみてわかるんです。だまされていた! だまされていた! それがどの程度まで、どんなふうに、だまされていたか、どんなに悪どいファシズムの権諜によるギマンであったか、とても、とても、あんた方にはわからん!
三芳 (黙々としてウィスキィばかり飲んでいる津村に、大野の方をアゴでさして)この人は、古い司法官吏でね、戦争中、軍部や情報局や保護監察所に関係していた人だ。
津村 ふーん。
大野 なんだったら、私は、この私の身をもって知ってきた軍閥と財閥の罪悪史を――その具体的事実をだな、あんたがたに提供してもよろしい。機会を与えてくださればだな、あんたがたのほうの集会に行って話してもいい。たとえばです、たとえば、この、かりに戦争中の古いことは問わないとしてもだ、終戦当時だけを見ても、軍や財閥や一部の官僚が、くすねこんだり、横へ流したり、イントクしたりした物資だけでも、いかにバクダイなものであるか、それをあんたがたに聞かせたら、およそキモをつぶすだろう!
三芳 そんなに多いかなあ?
大野 多いのなんのって、君! だって、とにかく、焦土戦術というので、国内の物資はあらいざらい、その方へ吸いあげてしまったんだからねえ。とにかく、あと五六年は戦争をつづけて行くにたるだけの物が有ったんだから。どうです、津村さん、なんでしたら、こいつを、あなたの方に提供しようじゃありませんか?
津村 うん、そりゃ、なんだけど――ぼくらの方でどうするというわけにも行かんだろう。
大野 やりかたは、いくらでも有ると思うんだ。せっかく、あなた、あれだけの物が有るのに、だな、そいつをムザムザ――
三芳 だけど、あんたあ、どんなわけで、そんなことをわれわれの方になにしようとするか――その理由がだなあ。(この男の大野にたいする言葉の調子は、ていねいになったりゾンザイになったりする。大野の三芳にたいする言葉も同様)
大野 それは、君、さっきから、これだけ言う通りに――つまり――いや、心外だなあ、そんなふうに言われると。私は誠心誠意考えた結果言ってるんですよ。つまり、なんじゃないか、軍その他のイントク物資は、けっきょくのところ、もともと国民全部、つまり人民のものじゃありませんか。それをだな、この、人民の手に取りもどし、人民の幸福のために使うということは当然のことで――つまり、それですよ。そうなんだ。それを信じてもらえないのは、私は、この、――今さらになって、心にも無いことを言って――いや、ホントに、私は、できることなら、この胸をまっ二つに切り開いてですねえ、見せてあげたいですよ! 正直、しんけんに、つまり人間として、スッパダカになって、言っているんですよ、津村さん! (津村はだまっている)
三芳 (それを引き取って)しかしそいつは世の中がこんなふうになったので、急にそんなふうに言っているだけで、ほんのこの間まで、あんたがたは、やっこさんたちのために、そして、やっこさんたちのおかげで、さんざん働きもし、うまい汁も吸ってきたんだからなあ。現に、ぼくらも、君たちから、ずいぶんいじめられたんだからなあ。急に信用しろは無理じゃないかなあ。
大野 私らが、いつ、あんたがたを、いじめたりしました? 今になって、そ、そんなことを言われるのは、実に、実に心外だ。だって、私は君をはじめ君たち一同を、あらゆる機会にかばって、できるかぎりのことをしてきたんだ。正直言うと、私はあんたがたをあまりにかばい過ぎて、自分の立場をあぶなくしたことも二三度ある。内務省へんでは、大野はありゃアカじゃないかと言われて――
三芳 そりゃ、あんたのお世話になったこともありますよ。忘れはしません。感謝してるんだ、その点は、フフ、感謝してますよ。だってそうしなきゃ、しばってしまうというんだからなあ。殺してしまうというんだからなあ――。いやいや、口に出しちゃ、君たちはそんなことは一言も言ゃあしない。しかしあの時代の空気の中にチャンとそれだけのものはあった。それを君たちは百も承知していた。そいつを利用した。自分たちがエテカッテなことをしたり、利益をつかんだり、それから僕らをつかまえてアゴで使うことに利用したんだ。しかも口の先きでは、君たちのためを思うからといったような紳士的なことを言ってね。つまり、腹芸さ。そこいらのかげんは、実に、何ともかんとも、うまかったねえ。
大野 そ、そ、三芳君、そんな君!(バラバラと涙をこぼして)そいつは、あんまりザンコクだ。私が腹芸なら、君だって腹芸じゃなかったかねえ? なんだったら、証拠だってある。あの当時に君が書いて出した手記や願書なども、捜せばチャンと――
三芳 へえ、大野さん、そんなことを言いに来たのか?
大野 いや、誰も君、こんなことを今さらこのんで言いたくはない。誰にしたって、こうなってしまうと、古証文を持ち出されちゃ迷惑する。つまりなにもかにも御破算だからね。それさ、私の言うのは。だのに君たちだけが、昨日のことは忘れてしまって、つまり一方的にだな、あんまり良い気になっている点が、人間として実になんだから、それをただ私は――
三芳 君ぁ、なにを言うんだ、どんな証拠だって、出してきたけりゃ出してみたまい。あんだけのファシズム勢力におさえつけられて、たえず生命の危険にさらされていたんだ、僕たちは! その中でわれわれが無理やりに書かされたことが、なんの証拠になるんだ! (怒って立って行きかける)
津村 まあまあ、いいじゃないか。もうよせよ。
大野 津村さん、聞いてください。あんたがたは、良いんだ。あんたがたは、そりゃ、尊敬に値いする。戦争中、節を屈しないでやってこられたんですからね。しかし、そのほかのです、そのほかの大多数の連中がだな、あんたがたを前に押し立ててですよ、この――つまり、なんだ、つまり私たちなどが戦争中、軍閥や財閥を押し立てて、つまり、軍国主義的空気に便乗してエテカッテをしていたというのなら、今、そんな連中だって、あんたがたを笠に着て押しまわっているんだと、言って言えないことはないわけで――とにかく、この、いえ、私がこんなことを言うのはだな、すくなくとも津村さん、あなたがたには私らの真意――つまり今となって大きなことは言えないけれどもがですよ、すくなくとも、この人間としての、このわずかながらです。人間的な、この一片の誠実さをです、あんたがたには、わかってもらいたいのだ。わかってもらえると信じているからですよ。(椅子から床の上にすべり降りて、片手をついて)ね、その点だけは、この――
津村 わかった、わかった。いいじゃないか、人間にも動物にも、それぞれの泣きどころというものは有るさ。これまでは、僕らの泣きどころを君たちがくすぐっていたわけだろうし、こんどこうなってくると君たちの泣きどころを僕らがくすぐることになるわけだろう。大した問題じゃないと思うんだ。どっちせ、僕らはもう非合法の仕事をしてるわけじゃないんだから、堂々正面からやってきて――まさか、こっちがわに入りっきりに入りたいというんでもないだろうから――情報の提供でもなんでもしてくれたまえな。ただそれをそのままに信ずるかどうかということは、各自の自由だからねえ、どうかあしからず。ハッハハハ(三芳に)ところで僕ぁソロソロ委員会の時間なんで行かんならんが、なんかすこし食う物はないかねえ?
三芳 そうそう、いやさっき、そう言ってあるから、もうできて――(奥へ向って手を叩く。この男の津村にたいする態度は、表面対等であろうとしながら、実は無条件に迎合的である)おい、久子! 久子! (立って扉の所へ行き、手をたたく。奥から「はあい!」と女の声)どうしたんだ? おい! チエッ、しょうがないなあ、久子う!
久子 はいはい! (言いながら出てくる。三芳より年上だが、それがしばらくわからぬくらいのなりをしている。真紅のブラウスで腕のまる出しのやつを着て、男のズボン。頭は後頭部にまるで毛の無いかりあげのボッブ。鼻の両わきにきざんである非常に深く長いシワを特色とする顔に、ブラウスの赤さにまけないくらいの頬ベニとクチベニ。腕にトンコを抱いている。そのケンランたる印象に、ギョッとした大野が、思わず立ちあがって、口をあけて見守っている)なんですの?
三芳 なんですじゃないよ! 御飯々々! 津村君のさ! あいだけ言っといたじゃないか。ボンヤリしていちゃ困るよ!
久子 できてるわよ、もう! でもさ、すこし――
三芳 できてるならできてると、なぜ早く言わないんだ、バカヤロウ!
久子 なにがバカヤロ! なの!
三芳 バカだからバカだと言うんだ。津村君が急いでいること、お前知らんわけじゃあるまい。
久子 だから、それは、もうおうかたできてるんじゃないのよ。私の言っているのは、あなたが、いまだにそんなふうに私にたいして圧制的な物の言い方をなさるのは、やめてくださいと言ってるんだわ。もうファッショの時代じゃないんですからね! それにあなただって、とにかく――
三芳 そ、そんなことを言ってるんじゃねえんだ。くそ!
久子 ホホホ!(不意にエンゼンと笑顔を作って津村に)ねえ津村さん、そうじゃありませんか!
津村 いや、まあまあ、いいですよ。ハハ、いつも、どうも御厄介をかけてすみません。
久子 いいんですのよ。ホホホ。(歯をむいて笑う)
トンコ ワンワン!
三芳 じゃ津村君、どうぞ、食堂の方で。それともここへ持ってこさせようか?
津村 いや、向うへ行こう。(立つ)
久子 御飯が少したりないかも知れませんけど――そのかわり今夜はウンと、あの、御馳走しますから――(三芳に)ツヤ子さんねえ、どうしても米を出してくんないのよ。ほら、こないだ福島の親戚へ買い出しに行ったでしょう、あれを、しっかり抱えこんで、毎日自分の分だけ三合ずつ出すだけで、いくらなんと頼んでも貸してくんないの。
三芳 ……だって内のが有るだろう?
久子 内のがって、だってあんた、もう二十日からの、遅配なんですよ。そんな――
三芳 だからさ、先月買いこんだぶんが有るだろう、例のそら――
久子 じょうだん言っちゃこまりますよ、二斗やそこいらの米がいつまで有ると思ってんのよう!
津村 そうか……そいじゃ――(奥へ行けず扉の所に立っている)……じゃ僕は食わなくても、なんだから――
久子 いいんですのよ、いいんですのよ! いえ、いいんですのよ! どうぞ、あの、後はどうにでもなりますから、そんな御遠慮なんかなすっちゃ、いやザンスわ! ほんとに! (津村出て行く)
大野 (それまで一同から全く無視されて、ボンヤリこの場のなりゆきを見ていたのが急に)じゃ、私がホンの少しばかりだけど持っていますから……(と、室の隅に置いてあった大型のボストン・バックの所へチョコチョコ走りで行き、バックの口を開いて、三升ばかりの米の袋を取り出してくる)あの、これを、どうか――ホンのわずかですがね。(久子に手渡す)いや、そんなことと知っていたら、もう少したくさん持ってくるんだった。
久子 あらまあ大野さん、いらっしゃい。いつも、すみませんわね。(と、今までまるで無視していた男に、だしぬけに水のたれるような愛嬌で、あいさつと礼をいっぺんにやってのける)ホホホ、なんですか、いつもこんなにしていただいて――そして、このお代はいかほど?
大野 いいですよ、いいですよ。なあに、お安い御用ですよ。ハハ、ちょっとツテがあってね(言いながら、それまで津村のかけていたソファにかける)
三芳 すまんなあ……(久子に)だけど、お前、なんだぜ、津村の前であんまりヘンなこと言うのはよせよ。
久子 あらあ、何がヘン? だって、しかたがないじゃありませんか、ツヤ子さんがどうしてもお米を出そうとしないんだもの。ホントにイケズウズウしいったら。
大野 (手を出して、久子の抱いているトンコの頭を愛撫しながら)ハハ、いやツヤ君なら、それくらいなことはヘイチャラでしょう。内に来ていた頃ねえ、どうもこいつは頭が少し狂っているんじゃないかと思うことが時々あった。(三芳に)ほら、私んとこにきていた薄田中佐ねえ、あいつと、あいつの副官を、いつだったかスリコギでぶんなぐったことがあるんだ。いや、どうもようすが、二人であの子にそのチョッカイを出したというようなことだったらしいけどね、ハッハハ!
久子 あれでチョットしぶかわがむけていますからね、ヒ! それにおまけに、ちかごろ、ばかに色気づいてきて、いやらしいったら、ないわ。いいかげん、あんな子を引受けてるの、ことわってしまいなさいと、しじゅう言っているんですよ。
三芳 だってそんなわけにゃ行かんじゃないか、叔母さんの手前――(ウィスキィをカプカプ飲む)
大野 そうそう色気で思い出したが、こいつ(とトンコの頭を撫で)も、おしいことをしましたねえ。あん時ぁ、たしかにかかったと思ったけどねえ。あの当時、空襲々々で、くめ八も一種の神経衰弱になっていたんだなあ。
久子 その後、どうなすって、くめ八?
大野 かわいそうだったが、進駐軍関係の人に、売ってしまいましたよ。家は焼かれる、失業はする、この年になってウロウロしている人間が、犬を連れてもいられませんからね、ハハハ! いやあ、もういけません、こう世の中がデタラメになってしまっちゃね、追放々々で、われわれの仲間などミジメなもんでさあ、もとの地方の所長で靴なおし屋になった男がいますよ。そりゃね、言い立てて見りゃ、われわれにだってそれぞれ言い分はありますがね、敗軍の将――いや将でもないが、とにかく、兵を語らずだ、ヒヒ! そんなことよりも、とにかく食いつなぐことの方が焦眉の急を告げているというわけ。
久子 ホントに、なにもかも変りましたわねえ。
大野 変りました。いや、実は、変った中でも奥さんの変られたにはチョット、びっくりした。さっき、そこから出てこられたときには、別の人かと思った、ヘヘ! 
久子 そう言えばいつも、かけちがって、終戦後はじめてお目にかかったんですね。
大野 以前は、いつも着物を着て、マゲなどにゆって――いや、あれもよく似合っていられたからねえ――三つ指をついてさ、全くの日本趣味の――忘れもしません、三芳君が二度目に、この、引っぱられた時に、あんたが真青な顔をして私んところに駆けこんで来られた時さ――
三芳 おい、津村君の方は、いいのか?
久子 ……(言われて扉の方を見る。その扉口からツヤ子がスタスタ入って来る。手に編物の道具を持ち、腰に米の袋をさげている。入って来て一同を見るが、黙って隅の椅子にかける)……ツヤちゃん、あの津村さんごはん、食べてる?
ツヤ そでしょう……(編物をはじめる)
三芳 おきゅうじくらい、してくれたら、どうだい?
ツヤ ……(相手にしない)
久子 チ。(舌打ちをしてから、わざとツヤ子を無視して)ねえ、大野さん、どっかに私のスーツになるような布地はないかしら? そうね、ツウィードかなんか?
大野 そうですねえ、私の方は、布地など、チョット方面ちがいでねえ。しかしその方も知ってる奴に聞いてあげましょう、たいがいあります。しかし、高いよ。
久子 そりゃ今どきですもの、しかたがないわ。
大野 でもあんたなど、ツウィードのスーツなぞ着たりしていいのかねえ? たしか、この辺の、そっちの方の文化会とかの、あんた委員長とかって――
久子 フファ、古いわね大野さんも! 進歩的な仕事をする人間が、きたないナリをして自慢していたような時代と時代がちがうわよ。ハハ!
三芳 おい、久子、津村の方を見てくれ。メシがすんだら出かけるんだから、そう言っといてくれ、僕もすぐあとから本部の方へ行くからって。
久子 ホントにしょうがないわね。(言いながらツヤ子の方をジロリと尻目に見て、かかえていたトンコを前に大野のかけていた椅子に坐らせる)トンコちゃん、オトナにしてここに坐ってんのよ!(犬の顔に煩ずりをしてから、クリクリと尻を振りながら扉から出て行く)
大野 ヒ、ヒヒ!
三芳 (大野のコップにウィスキイをついでやって)――飲みたまえ。
大野 やあ、どうも……。
三芳 さっきの話のポシねえ、しかたがないからソックリもらうとして、フィート七円パにしてくれるよう話してくれませんかねえ、いいでしょう? あんまり慾ばるもんじゃないですよ。
大野 さあ、慾ばってるわけでもないだろうが、それじゃ先方がチョットかわいそうじゃないかなあ。それに、なんでしょう、あんたがたが、その新会社に合併するという話でも実現するとなると、すぐに使えるフィルムを持っているのと持っていないのとじゃ、話がだいぶちがってくるからねえ。ホントから言やあ、大きな会社へ持って行くか、または、少しメンドウだけど、材料店に切り売りすりゃ、三十円以下ということはないんだ。なにしろ終戦まぎわの製品でパリパリしたやつだそうでね。それを十五円で運ばせようというのは、これでかげながら、君たちに協力したいという気持があればこそなんだ。
三芳 ヘヘ、いや、けっこうですよ、だから協力してくださいよ、七円にして。いいじゃないですかどうせ、そんな品物も、つまり、言ってみりゃ、そのドサクサまぎれの――
大野 そんな君、そんな、あやしい品物じゃないんだ。なんなら現場へ案内したっていい。帳簿にもチャンとのっている品物なんだ。ただ持主が処分を急いでいるしね、チョットわけがあって業者の方へは廻したくないというので困っているんでね、見るに見かねて私が口をきいてあげているだけなんだ。
三芳 でしょう? だから、それでいいじゃないですか。私の方としても、いかがわしい物は引受けられませんからねえ。
大野 じゃ、ま、伝えといてみよう。しかしまず、それじゃ話にはなるまいと思うなあ。
三芳 だって大野さん、これが二千や三千のフイルムじゃないんですよ。三万とまとまりゃ、どこへ廻すにしても、チョット目立ちますよ。ね、フィート七円なら、決しておかしな値じゃないと思うんだ。それで手を打ちましょう。あなただって、先日から二度も足をはこんでいるんだから、なんじゃないですか、ここいらでモノにしなくちゃ―― 
大野 私あホンの使い走りをしているまでだよ。誤解してくれちゃ困る。まあ、じゃ、この話はこれぐらいにして、なんだ、ハハ、私も実は、こんな話を持ちこまれて迷惑しとるんだ。――ハハハ。……(キョロキョロそのへんを見て、ツヤ子に目をつける)……やあツヤ君……どうしたねその後? まだ映画には出ないのかね?
ツヤ ……もう私、映画はやめたの。
大野 どうして? 方々でニューフェイス、ニューフェイスで騒いでいるようじゃないかね? チャンスだと思うがなあ、君なんぞ――?
三芳 この人は、特攻隊に出ていた恋人が、それっきり戻ってこないので、目下、悲観中でしてね。
大野 へえ、そうかねえ……そいで、その大将、突込んだのかねえ?
ツヤ フフ。……(相手にならぬ)
三芳 大野さん、じゃ八円まで出そうじゃありませんか。それで、いけなければ、あきらめた、と。
大野 (それを聞かないフリをして、ツヤ子に)そいで、どこの基地にいたんだね、その大将?
ツヤ ――フン……
大野 ハハハ、ヒヒ! (ヒョイと三芳を見て)まあ、いいや、もうめんどくさくなった、十円といこう。フィート十円出してもらう。いやいや、先方がそれでウンと言うかどうか、話してみなきゃ、わからんが、とにかく、めんどうくさくなりよった。
三芳 ……しかたがない。ですが、ホントに品はたしかでしょうね? ちかごろエマルジョンにひどいのがあるし、時によると、まるっきりカブってるのが有るからなあ。
大野 じょだん! なんだったら、現像の人をよこしてテストしてくれてよろしい。
三芳 そう、じゃ、あるいはそうお願いしましょうか。しかし、なんだなあ、大野さんも、いつのまにか良い商売人になったなあ。
大野 じょ、じょうだん言っちゃ、いけない! だから、私はただ見るに見かねて話の中つぎをしてあげてるだけで、なんども言う通り――
三芳 まあ、まあ一つ。(とウィスキイをつぐ)しかし、なんじゃありませんか、以前ほど羽ぶりはきかないかもしれないけど、しかし気らくな点から言やあ、今の方がいいんじゃないかな。
大野 やあ、それも、しかし、なんとかして食いつないでいかんならんので、しかたなしにウロウロしてるわけで――以前のことを思うと、これで涙もこぼれない。――それに、こんなこともつまりが、あちこち落ちこぼれが、まだ有る間だね、ホンの半年か一年だろう(ウィスキイを飲む)
三芳 そんなことあないだろう。ところで今の品物は、いつ受渡しを? 実はこっちは急いでいるんだけど。
大野 そりゃ、二三日中に、いずれ、なんだ、また私が来る。第一、そんな単価で先方がウンと言うかどうか、これから行って伝えてみるんだから――
三芳 ハハ、金は現金で、いつでも用意させとくから、なるべく早く――
大野 努力してみましょう。ところで、あんたんとこじゃ、器械の方はどうなの? 実はパルボが一台にミッチェルが一台――ただしミッチェルの方は少々ガタがきてるんで、そのままでは使い物にはなるまいが――なんだったら、或る所に――
三芳 ほしいなあ。実あ、新会社になれば、あと、どうしても一二台ほしいんだ。
大野 いや、この際だもの、どうせ使うアテはなし、話しようで[#「話しようで」は底本では「話しょうで」]極くこの――
三芳 あたってみて下さいよ、なんだったら? 内の所員をいっしょに見に行かしてもいい。
ツヤ あのう(と、出しぬけに言う)私、今夜、北海道へ帰ります。
大野 う――?
ツヤ (三芳に)一度、北海道に帰って来ます。
三芳 ……そうかね。そりゃ君の自由だろうけど――しかし家内には相談したのかね? どうせまた、この家にもどって来るんだろうからそのへん、あんまり自分勝手になにされても――
ツヤ いいえ、お宅へはもどらないの。こんだ上京する時には、友達んとこに行くことになってるから。
三芳 そうかね。……そりゃ好きなようにしたら、よいだろうが――しかし急にまた、どんなわけで――?(ツヤ子返事をしない)どういうんだい? え?、
ツヤ ……気がヘンになります。
三芳 え? 気がヘンに――?
大野 ハッハハ、はじまったね。内にいた時もチョイチョイこれ式だった。ヘンになるんじゃなくって、はじめっから、少し君あヘンじゃないかね。ヘヘヘ、なんだなあ、アブノーマルというんだなあ。ハハ、第一、君、さっきから見ていると、そうやって、米の袋を腰にぶらさげてだなあ、とにかく、ツヤ君みたいなベッピンさんのすることじゃないね。
ツヤ ヘドが出たくなるのよ。
三芳 ヘドが? ……なにかね、胃が悪いの?
ツヤ とにかく、北海道に帰るわ。
三芳 好きなようにするさ。そりゃ。しかし、なんだぜ、どこへ行ったって、今のように困難な生活で、君みたいにそんな、つまり、いっしょに生活している人間との共同生活においてだなあ、この連帯性だね。つまり、ほかの者と仲良く助け合ってだな、暮していこうとする気がなくては、困るんじゃないかね?
ツヤ ええ。
三芳 社会的な教養がまるでないんだから、むつかしいことがわからないのは無理もないけど――とにかく、その病的なところを、なおさんといかんなあ。
ツヤ 私、病的でしょうか?
大野 ハッハハ、ヒヒ!
三芳 病的だよ。第一、君、たとえば、その米の袋にしたってだな、そんなふうに寝てもさめても、ぶらさげているなんて君、少しキチガイじみすぎるよ。
ツヤ だって、これは私のぶんですもの。
三芳 そりゃわかってるさ。君のぶんを、誰も無理やりに取って食おうとはしないんだから、なにもそんな――
ツヤ だって、誰も取って食わないのが、台所に置いとくと、すぐに半分ぐらいになってしまうのは、どういうわけ? さっきも、奥さんが私にだまって取り出して、たこうとなさってるのよ。
三芳 そりゃ君、時によって内でも切らすことがあるんで、そりゃ君、こうしていっしょに生活していりゃ、それくらいお互いに助けたり助けられたりするのは当然で、それくらい、君――つまり連帯性というのはそこんとこさ。
ツヤ 助けたり助けられたりとおっしゃいますけど、私は助けられたことは一度もありません。自分で食べる物は、配給でたりないぶんは買い出しに行くし、無い時は水だけ飲んでがまんしてます。
三芳 どうも、なんだ、病こうもうに入ってるなあ、エゴイズムが! とにかくなんだよ、たとえばだなあ、津村君という人は、今この、進歩的な陣営の中で実に大事な男なんだ、それぐらい君にもわからんことはないだろう。つまり日本の――つまり人民にとって、つまり人民を幸福に導いていく仕事の上で、かけがえのない人だよ。その人に時折食事をあげるためにだなあ、僕らが多少の不自由をがまんするくらいはだなあ――
ツヤ 時折じゃありませんよ、今月になってからだって十三度です。あの人だって、自分の内で配給受けてんですから、内で食べればいいのよ。でなきゃ、それを持って来ればいいのよ。
大野 へえ、かんじょうしてあるのかい、ヘヘヘ!
三芳 わからんなあ、どうも! 忙しい人だから一々内へ帰ったりしちゃおれないじゃないか。愚劣というか愚まいというか、ホッテントットだなあ、まるで! 君にゃわからんのか、われわれが、津村君たちをだな、大事にしている理由が?
ツヤ そりゃ、先生は、トクをなさるからでしょう?
三芳 ト、トク?
ツヤ 私はべつにトクになりませんから。
三芳 話あ通じない。まるで、猿だ!
大野 ヘヘヘ! ハハ!
三芳 北海道へ帰るなり、友だちの所へ行くなり、勝手にしたまい。君みたいにエゴイスチックになってしまえば、人間、つまりがパンパンにでもなる以外に道はないんだ。
ツヤ (平然と)パンパンだって、いいわ。
大野 パンパンで、いいか。いやあ、この――当人が少しも恐ろしいと感じていないだけに、実に恐ろしいねえ!
(その時、奥の方が急に騒々しくなり、「はあ、いいえ、いいんですの、どうぞお通りくだすって」などと久子が叫ぶように言っている声。ツヤ子に向ってなおも何か言おうとしていた三芳が、そっちの方に耳を取られて、立ちかけるところへ、浮々と昂奮した久子が小走りに入って来る)
三芳 ……どうしたの?
久子 来たのよ、あんた!
三芳 え? 誰が?
久子 「群民新聞」の記者! 例のそら、ホラサ、こないだ、あなたが講演[#「講演」は底本では「講満」]したでしょう――あの事で記事にしたいから、チョットお目にかかりたい。つまり、インタアヴューよ!
大野 へえ、そりゃ――
(言っているところへ二人の新聞記者が入って来る。一人はカメラをさげている)
久子 さ、どうぞ、こちらへ(椅子をすすめる)
記者 や、どうも。
大野 (自分のかけていた椅子をカメラマンにすすめる)どうぞ、おかけになって!
三芳 やあ……(わざと不きげんそうな顔で)いらっしゃい。三芳です。
記者 (名刺を出して)「群民新聞」の文化部の者です。こちらは写真班の者で。先生の方では御存じないでしょうが、私の方では、方々でよく存じあげております。特に先日の京日講堂での先生の報告演説を――
三芳 やあ、あれを聞かれちゃったのか。いやどうも、あんときは昂奮しちゃって、すこし醜態を演じてしまって――
記者 とんでもない! 映画の方面であすこまで突込んで論じられた人は、これまでないもんですから、実にわれわれとしてもカイサイを叫びました。どうもなんですね、大きな映画会社に属している人たちは、なんといっても当りさわりが多いし、ヘタをすると自分の首にまでひびいてくるというわけでしょうか、腹では思っていても正直なことをなかなか言ってくれませんで。
三芳 いや、たしかにそれはあります。それに問題自身がなかなかデリケイトだからねえ。
記者 やっぱりなんですねえ、イデオロギイ的にハッキリした立場に立った方でないと、最後のところで、明確さを欠くことになるようですね。やあ、これはどうも。どうぞおかまいなく! (これはその時までにいちはやくウイスキイのコップを二つ持って来て、ついでくれた久子に向って)……それでですねえ、今日は、先生の御意見をもう少しくわしくうかがって記事にしたいと思いまして――
三芳 そいつは弱ったなあ。僕など、いわば映画界の野武士というところで、ハッハ! それに、戦犯問題についちゃ、あまりキレイなことも言えない人間ですしねえ(ホントに弱ったような表情)――どうぞ君、やって下さい。(これはウイスキイを相手にすすめるのである)
大野 どうぞ、どうぞ、あなた、どうぞ! (これはカメラマンに向ってすすめる)
久子 どうぞ、ごえんりょなく[#「ごえんりょなく」は底本では「ごえんりよなく」]! いいじゃありませんの!(ほとんど絶頂に達した彼女の幸福が紅を塗った顔を紅以上に上気させている。椅子の上からトンコを抱きあげ、その顔を撫でながら、三芳と記者たちを見くらべつつ立っている)
記者 ……どうも!(ウイスキイを三杯ばかり、あざやかに飲みほして)ハハ! けっこうです! こっちのねらいも、その野武士というところですからね、先生には失礼ですが。実際この、映画界もですね、いつまでも大資本による独占的な営利主義いってんばりでは、しかたがないですからねえ。(原稿紙と鉛筆をかまえる)
三芳 どうもねえ、しかし、僕なぞが君……(頸をかいたりする謙遜な態度が、実に自然な好感をにじみ出させる。その姿に向ってカメラマンはすでにカメラを向けている)
記者 どうか、きらくにお話し下さい。どうぞ!(鉛筆をなめる)
三芳 弱ったねえ!
大野 弱ることはないじゃありませんか。(これはまた、どういうかげんか、自分のことのように満面に喜色を浮べて、三芳に向ってウイスキイをついでやる。隅の方のツヤ子だけが、相変らず編物をつかんだまま、無表情に時々こちらを見ている)
三芳 (久子に)津村君はもう出かけたのかね?
久子 ええさっき。あなたもすぐ後から行くからって言っといたわ。
三芳 (記者に)どうも忙しくって、ハハ。
記者 津村さんというと、津村禎介氏――?
三芳 知ってるんですか?
記者 どうも、さっきそこの角で逢ったのが、そうじゃないかと思ったんです。いや、個人的に知っちゃいないんですが、――チョイチョイ見えるんですか?
久子 はあ、いえ、あの、ほとんど自分のおうちのように――(ほとんど性的昂奮に近い発揚のしかた)
三芳 津村も、まだ出て来てから間がないしねえ、あんまり無理をして、からだでもこわしちゃ、事が大きいと思ってねえ、まあ――
記者 そりゃ、まったくです。特に文化方面に関しては、大事な人ですからねえ。……そうですか。
三芳 ハハ。……じゃ、しかたがない、しゃべりますよ。(ウイスキイをグッとほして)……ええと、ええ――この、戦争責任という問題については、終戦以後、いろいろの方面でいろいろの人々が論じていますが、これは、われわれにとっての大問題でありまして、この問題にたいして明りょうな[#「明りょうな」は底本では「明りような」]答えを出さないかぎり、わが国文化の再建は考えることができないものであります。したがって――早すぎますか?
記者 (筆記しながら)いえ、けっこうです。もっと早くても――
三芳 ええと――したがって、この問題の論議にたいしては、できるかぎり広汎な人々が、つまり全国の各階層の全部が参加しなければならない。そして各人が自由に討論しなければならない。ところで現在流行している戦争責任論の中で、われわれが警戒しなければならぬ一群の傾向があります。それは何かと言えば、正確な意味での戦争犯罪者は、戦争を直接に誘発した少数の軍部指導者や財閥指導者たちと、それから国際法規によって規定されている一方的残虐行為を犯した者だけであって、それ以外の一般国民は、だまされていたのと同時に、起ってしまった戦争に負けてはたまらんからと思って協力しただけだから、戦争責任はないという議論であります。……これは一見、もっともらしく、かつ俗耳に入りやすい議論ではありますが、実は、よく考えてみると俗論中の俗論で、三百代言式の言いのがれ論である。――なぜなら、事実上戦争をしたのは、国民全部であります。ごく少数の進歩的考えを持っていた人たちが、これに参加しなかっただけであって、その他は全部戦った。責任はあるのであります。特に国民の意見の指導者代表者であるインテリゲンチヤ、文化人には、非常に大きな責任があるのである。であるのに、今言ったような古くさい法理論でもって責任を回避しょうとするのは、ですね、かかる論をもって国民全体にアユツイショウしょうという醜悪さと、同時に自己保身のための恥なき態度と言わざるをえない……かかる徒輩をそのままにしておけば、ついに日本再建は不可能となるばかりでなく、さらに日本を将来ふたたびファッショ化するところの基盤を温存することになるのであります! 特に、映画界においては――実は私も映画人の一人でありますが、はなはだ残念ながら、かねて日本の文化人の中で映画人――つまり活動屋が最も下等ですが、いやいや中には立派な人間もおるにはおります――おるのでありますが、このなんです(すこしシドロモドロになってくるが、しかし自分のシドロモドロさに気がつけばつくほど、句調と態度は鋭どく熱をおびてくる。額の汗を手の平で払い落して)――つまり、すなわち、かかる醜悪なる、恥を知らざる徒輩が最も多いのでありまして、それは、かの戦争中、諸文化の中で最も先頭に立って戦争に便乗し、協力したものが、映画であったという一事をもってしても、これは明らかであります!(カメラマンは、三芳に向っていろいろの角度からカメラを向けているが、だんだんカメラを引いて行きヴエランダの所まで来て、三芳と大野と記者と久子をも入れてスナップすべくファインダアをのぞいている)……戦争責任の中で最も根本的かつ重大なのは、良心の責任である。理念の責任である。われわれは、遠い昔を思い出してみる必要はない。一昨年――いや昨年の今ごろの映画人や映画界が何をしていたかをチョットでも想起するならば、思い半ばに過ぎるものがあるのである!
ツヤ (三芳が記者の筆を待ってしばらく言葉を切っている静かな間に、アッサリと一人ごとのように言う)昨年の今ごろ先生は大野先生のとこで、歎願書を朗読なすってた。
三芳 う?(熱くなっているので、ツヤ子の言葉が理解できない)
大野 (これはビクッとして)おいおい、ツヤ君!
記者 ……なんです?
大野 いやいや、この人は、その、チョットからだのぐあいを(と自分の頭を指して見せて)悪くしていて、その――いえ。
記者 ……(へんな顔をしてツヤ子を見やるが、すぐにまた三芳へ)そこでですねえ――
三芳 え? うむ、ええと、――
記者 けっこうです。われわれとしてもお説にまったく賛成です。で、ですねえ、残るところはこの映画界から戦争犯罪者を追放するとしてですねえ、各会社の、どういう部署のですねえ、誰と誰を――つまり、その範囲と人名を――なんです、その、摘発する必要があるかないかの問題をも含めてですね――そこんとこを、一つ、ウンと突込んで――
三芳 摘発する必要は、もちろんあります! その、その、このことは今後の日本を平和的文化国家として、真に革命し、再建して行く――なんだ――つまり――テッテイ的にこれまでの映画界から戦犯を追放することは、われわれの手でなすべきである! 他を待って、つまり他の力の発動に待つべきではない! いいですか! 断じて最後の一人まで追放しなければならない! これなくして映画界の再建と革新はありえない。つまり、たとえ、追放される者の中に僕自身が加わることになったとしてもだなあ! われわれは、これをもって――(昂奮して、バラバラと涙を流し、火の出るような語調と完全にしんけん率直な態度)摘発する! 私は摘発する! 日本を、日本の映画界を真に愛すれば愛するほど――摘発せざるをえない! これは文化人としての責任である。文化人としての良心である!良心をごまかすことはできない!良心をごまかしていれば、永遠にテッテイ的にわれわれは腐敗します! 摘発はテッテイ的に冷静無慈悲なものでなければならぬ!(卓をドシンとたたく)
(その時、写真班の記者がパンとマグネシウムをたく)
トンコ (久子の腕の中でびっくりして)ウオーウオーン。
三芳 かくのごとくなってきた情勢の中で、われわれは、われわれ映画人が、かつて犯していた罪悪が、いかに兇悪なものであったということを、今さらながら、いな!今までのどのような場合よりも百千倍も強く身にヒシヒシと痛感するのである!
ツヤ ゲエ!(吐く)
久子 どうしたの、あんた!
ツヤ ゲエ!
トンコ ウオーン!
三芳 それを思うと、泣いても泣ききれず、くやんでも、くやみたりません! 私どもの思想上の転換は、心底からの――日本人としての真の自覚である。どのような意味ででも外部の力から強制されたものではない! また、あってはならない。われわれは今ここに、われわれの自己反省、自己批判として映画界の戦犯を一々その名前をあげてその追放と退陣を要求するのであるが――なるほど、これは、情において忍びざるものがあるけれども、この際、ダンコとしてこれをあえてなすにあらずんば、この、日本映画をして、真にダンコとして――
(ツヤ子の嘔吐の声とトンコのほえ声とを伴奏として、三芳の熱弁はつづく)
(幕)





底本:「三好十郎の仕事 第三巻」學藝書林
   1968(昭和43)年9月30日第1刷発行
初出:「風刺文学」
   1947(昭和22)年9月号
入力:伊藤時也
校正:伊藤時也・及川 雅
2009年1月5日作成
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