独居雑感

永井荷風




 私は病気その他いろいろの事情のために五六年前から今もって独居の生活を続けている。私は別に独身主義を主張しているわけではない。しかし事実において独身で暮しているから、男の独身生活についていろいろ感じたこともある。今それらについて書いてみようと思う。
 最初私は独身ということを、大変愉快ゆかいのことのように感じていた。それは西洋の独身者どくしんものなどの生活を見たり聞いたりしていたからである。また自分が著作の生涯を送るのに、芸術家としては、妻子のない方がいいように思っていた。フローベルの生涯などを考えるに、自分の芸術と自分の生活と、この二つしかないということが、芸術家としていかにも心持よく感じられていた。で、今日こんにちまで依然として独身の生活を続けているのであるが、さて、実際に差当ってみると、日本の今日の状態では、男の独身生活というものは、日常生活の些細ささいな点において非常に不便なものである。私は孤独という事に関して精神上にそれほど深い打撃を受けたことはない。いつも打撃を受けるのは、日常生活についてである。私が余丁町よちょうまちの地所家屋を売払って狭い家に引移ったのも、とうてい男一人ではやってゆかれなかったからである。
 例えば日本風の座敷などは、とても男一人では住まってゆかれない。年に一度ずつは障子しょうじを張かえなければならないし、三年目にはたたみも取かえなければならないし、縁側などは毎日拭きこまなければならない。食事のごときも女中にまかせて置くと物が腐っていることなどには少しも注意をしてくれないから、衛生の点から言っても、独居ははなはだ不便であった。女中というものについては、夫婦のかたでも困っているのだが、ことに男の独身者が女中を使ってゆくということは、日本ではとてもうまく行かない。自分の経験したところ西洋ではそういう不便は全くなかった。第一に西洋と日本の女中の相違していることは責任の観念のあるなしということであって、西洋の女中は日本のに比較すると責任の観念が非常に強い。一々つまらない小言を言わなくとも済んでゆく。私は亜米利加アメリカで半年ほど女中を使っていたことがある。仏蘭西フランスでも使った。西洋では女中にもいろいろの種類があった。へやだけを借りている場合には、昼飯と晩飯だけをこしらえてくれる通いの女中もあるし、食事を拵えないで、朝一時間なり二時間なり来て、室の掃除、着物の世話、靴磨きなどをするために一時間いくらという給金で来てくれる女中もあった。それであるから独身生活は経済の点からいっても無論妻帯の生活よりも文学者などには適していた。西洋では妻帯の生活は金がなければちょっと出来ない。ところが日本ではこれと反対で、独身の生活は時としては妻帯の生活よりも不経済なことが多い。これは無論日本の生活が西洋のとは違っているので、今さら言うまでもない事である。
 そのにもう一つ日本の独身生活の不便なことは、訪問者が時を定めずに来ること、それから商人が時間をさだめずに物を持って来ること、勘定取かんじょうとりも時間をめずに来ることなどで、昼飯の前後は自然と主人手ずから台所の用をするようになってしまう。それからもう一つは、瓦斯屋ガスや電気屋、これが勘定を晦日みそかに取りに来ないで月央つきなかの妙な時に取りに来るばかりかまず大抵たいてい剰銭つりせんを持っていない。万事がそういう風だから、独身で一家を構え小綺麗こぎれいにくらして行こうと思うと、とてもうちを明けて毎日出勤するようなことは出来なくなる。私は幸い外へ出る職業ではないから今日まで独居の生活をつづけて行く事が出来たわけである。
 日本の出入商人の不正直なことは、独身生活をしていると一層よくわかる。例えば八百屋の如きも、赤茄子トマトを五つあつらえれば必ず二つ位は品の悪いのを混ぜて来る。今年の四五月頃は赤茄子一個ひとつが四十銭ほどもした。だから赤茄子を五つ誂える時に、五つが五つ同し大きさのを持って来るように言いつける。すると八百屋は申訳けばかり言って決して実行した事がない。それから洗濯屋も、日本の洗濯屋について見ると欧米のものとはほとんど比較にならない。単に洗い方ばかりではなく品物を紛失させたり間違えたりすることははなはだしいものだ。厳しく責めると、かえって向うから出入を断るという仕末である。米屋炭屋の不正直な事は世間一般に知られている通りである。またこんな経験は植木屋にもある。下水の掃除だとか大掃除の時にしばしば呼ぶのだが、彼らは仕事中に監督していないと心持よくやってゆかない。これらの事を綜合そうごうして考えると、日本の下層階級の懶惰らんだで無責任な事は、とても救済する方法がないように思われる。我々日本人がそう感じるばかりでなく、日本に住んでいる外国人もまた等しくそう感じている。西洋人に会ってそういう話をすると、みんな私のように困っているのだ。これは些細ささいのことのようだが、国民性の如何いかんを論ずる場合にはなはだ重大な問題であろう。亜米利加アメリカにおける排日問題なども、よほど些細なことに原因がありはしまいかと考えられる。
 下層階級の人達の思想の進んでいるのは、さすがに英吉利イギリスが第一だ。次は私のかんがえでは亜米利加である。それから第三が仏蘭西フランスだろうと思う。伊太利イタリー西班牙スペインあたりになるとよほど日本に似て来る。日本は世界の五大強国の一つに列したとかいう話だがまだまだ英米に比することは出来ない。
 独身者にとって不自由なものはまだある。それは衣服である。自分は日本の着物の煩瑣はんさえなくなって、三年ほど前から日本服を廃して洋服に取かえてみた。椅子いすに腰掛け寝台ねだいに寝ることにした。これは今日世間で流行する改造とかいうことに該当がいとうしている。しかし私の経験から言うと洋服は日本の気候には全然適していない。ことに夏の蒸暑い日には、洋服はほとんど苦痛である。東京の気候は夏になると非常に湿気が多いから、それほど暑くない日でもいつも汗が出る。市俄古シカゴだの紐育ニューヨークにいた時分の経験を回想してみるに、あの辺は温度が百度以上に上ることは珍しくなかったけれど、空気が乾いているから汗が出ない。薄い着物を着るとかえって日光が透通って暑さを感じるので、外を歩く時は薄いものでなしに、合着あいぎ位の厚さのものを着るのであった。汗が出ないのだからカラーなども日に一度位取換えればそれで済んでいた。靴も日本では夏は非常に暑い。西洋では、日本で履いているように靴の中が蒸れることはない。男の洋服すらそのようだから、日本で女の洋服着はさぞ暑苦しい事だろう。身綺麗みぎれいに着てゆけるかどうかは疑問である。それに日本の家はのみと蚊が多いから、元来蚤を気にしたがる日本の女のために洋服の下の蚤の始末も考えてやらなければなるまい。
 現代における東京の都会生活は実際洋服でも不便だし、日本服でも不便なものになってしまった。七八年前までは洋服の不便な場合が多くて、日本服の便利な場合が多かったが、銀行だの停車場、下町の道路の改築から今日では日本服に下駄の不便な場所が増して来た。それと共に一般の道路が悪くなったこと、靴であがれない西洋造りの家が多くなったことから、靴履きも決して便利ではない。私は外出する時いつも、今日は何遍なんべん靴を脱ぐかあらかじめ考えて、靴下もそれに応じて履いてゆく。今日の都会生活は不経済でも二重生活をしてゆかなければならないのである。
 近頃は日本の生活が改善するとかいう事が社会一般の傾向のように見える。そして日々にちにち改善されて行くその状態を見ると、まず西洋の生活と同じようにするという事に帰着するらしい。けれどもよく考えてみると、家屋だの衣服だのというものは第二のことではあるまいかと思う。一体に自堕落じだらくに育っている今日こんにちの日本人が、果して家屋を西洋風にやってゆけるかどうか怪しいものである。たとえば他人ひとうちに来て便所を借りる習慣が改められるかどうか。第一椅子へ腰を掛ける事さえ知らない人があるように思われる。男が毎日身じまいをするということも、今日普通の人には出来るかどうか怪しいものである。電車に乗っている人を見ると、歯をちゃんと磨いている人があまり多く見受けられない。頭髪かみを延ばしているのかいないのか、分けているのかいないのか薩張さっぱわからない人がいる。ましてひげを綺麗に剃っている人はごくわずかである。頭髪を刈ったり髯を剃ったりすることは日常の大切な身嗜みだしなみである。他人に不愉快を与えないように身じまいをすることは、西洋ではその日のつとめのようになっている。カルチエー・ラタンにいる画家とか詩人とかいう人は、特種の職業の人だからという訳で許されているとはいうものの、そうした人達でさえも、劇場はじめ公衆の集る場所へ行く時には、やはり身じまいをしている。考えてみると日本でも徳川時代には武士はちゃんと月代さかやきを剃った。病気のときのほかは綺麗に剃った。それであるから男のみじまいは何も今日の西洋のみに限ったことではない。であるから今日の日本の男子がこれを心掛けて出来ないはずはないのである。めいめいの心掛けが第一で、家屋や衣服の類は第二第三である。
 男の独居が今述べたように不便であるが女の独居は一層不便だろうと察しる。日常生活の不便なことは男と同じだ。それ以上に困ることは世間の評判である。自分さえ潔白なら世間でとやかく噂しても少しもかまわないとは言うものの、それを耳にすれば気にしないではいられまい。日本人ほど人の噂をしたがる国民は世界中にないらしく思える。これは単に長屋の金棒引かなぼうひきのみにとどまらない。日本の新聞紙はまず社会的の金棒引と見て差支さしつかえはない。日本ほど新聞の劣等なところはない。文壇や美術界を見ても、真面目な批評は一つも見られなくて、人の噂ばかりしかしていない。してみると日本の文壇画壇などというものは、まず長屋のかかあ寄合よりあいと同様に看做みなすべきものだ。文壇すでにかくの如しとすれば、長屋の嬶が日常の話柄わへいとしている人の噂もあながち責むるには当るまい。男ならば外へ出て遊ぶところもあれば話をする友達もある。しかし女の独身者は世間の口がうるさいから、外へ出て何の心配もなく気を晴すところがほとんどないと言っていい。世間から隔離していなければならないのだから、女の独身者はあまと同じようで、社会に活動することも出来ない。これを亜米利加アメリカの婦人運動などの有様ありさまに比較してみると大変な相違だ。婦人運動の如きは結婚した家庭の婦人のよくするところではない。独身の婦人こそこれに当るべきだのに、日本の独身婦人は今言ったような事情のもとるのだから、彼らが充分な運動をなし得ないのは無理はないのである。
〔一九二二(大正十一)年八月「婦人公論」〕





底本:「21世紀の日本人へ 永井荷風」晶文社
   1999(平成11)年1月30日初版
底本の親本:「荷風全集 第二十六卷」岩波書店
   1965(昭和40)年1月30日発行
初出:「婦人公論」
   1922(大正11)年8月
※「時間をさだめずに」と「時間をめずに」の混在は、底本通りです。
入力:入江幹夫
校正:noriko saito
2022年8月27日作成
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