怠倦

永井荷風




 この春朝日新聞の紙上に「冷笑れいしょう」と云う小説を書いていた時に、自分はその日の朝机に向って書き綴った自分の文章が、毎日毎日機械的に翌日あくるひの新聞紙に載っているものを見て、何となく自分もいよいよ小説家になった。作者になった。筆を家業にする専門家くろうとになったような心持こころもちがして何とも知れず一種の不安と不快とを覚えた。
 今度は意外にも学校の教室に立って文学と云うものを講義せねばならなくなった。人生、芸術、美、空想、感動、幻影なぞと云う言語を無暗むやみと口にするのが義務でもあり、職業でもあるような心持がしてまたまた新しい不安と不快とを覚える。
 昨日きのうまでいちに隠れて人に知られず、ただほしいままなる空想の世界に放浪していた当時には、人生と云い芸術と云い美と云う言語は如何いかたっとく懐しいものであったろう。何故ならばそれ等の言語はわが刹那刹那の感激によって我が目の前にひらめすぐまぼろしの影を捕えて、少くとも自分の生きている間は保存せらるべき記録を紙上に移してれる唯一ゆいつの媒介者であったからだ。
 どうして自分はの時にはああ云う夢を見たか。どうしてその時にはそれを臆面もなく歌ったか。いかにするとも返っては来ぬ「時間」の隔離へだてを振返って今更改めてそれを説明せよと云うこんな無慈悲な事はない、無理な事はない。
 もともと自分は己れを信ずる事のできぬ者である。自分は今までに一度だって世間に対して厚面あつかましく何事をも主張したり教えたりした事はない。自分はただ訴えたばかりだ。泣いたばかりだ。しかし狂犬のように吠える事を欲せず、のこりの蟲の如くに出来得べくば聞く人の耳にさからわないようにと心掛けたばかりである。それも強いて耳を傾けてくれと強請ねだったのではない。もし聞いてくれる人があったら非常に感謝するかわり、聞いて呉れないからとて怒りも悲しみもせぬ。釈迦や孔子や基督キリストや、世界に二度現われない偉大な人物が人間と名のつくものは必ず耳を傾けてしかるべき彼れ程正しい道をば、あれ程熱心に献身的に説いて聞かしてさえも、人間は一向に良くなって行くような様子を見せないではないか。いつも相変らず罪の世の中、相変らず澆季ぎょうきの時代だ。釈迦でも孔子でもない小さな人間が、いか程躍起になって騒いでも、それが世に聞かれようはずがないのは初めから解りきった話だ。解りきった話だから、自分は今日こんにちまで一度も宗教家や道徳家や教育家なぞになりたいという考えを起した事はない。
 自分はこの頃その感情と境遇の矛盾に立って、それから生ずる不安の念をどうして静むべきものかをしきりに思い悩んでいる。
 ここに世の中のすべての事を軽く視てその成り行きに任すと云う極めて不真面目な態度がある。そう物事を生真面目に堅苦しく生野暮きやぼに考えても駄目だ。物事はなるようにしかなら無いと云う、つまり動揺にあまん朦朧もうろう不定不確実に安心する消極的の自暴自棄である。時代と群集に対して個人の意志人格の力を極めて小さなものと諦め、しかもそれをいきどおらずに嘲る事である。好んで嘲るわけではないが、憤った処で及ばぬ事と自分の力なさと助けなさとを知抜しりぬいているめに、憤る訳にも行かないその怨恨――自分に対する怨恨を自分から慰めようとする結果が、止むを得ず嘲笑と云う逃げ道を見出すに至る事である。
 こうなると、失敗もそれほど気にはならない代り成功もまたさほど嬉しくない。失敗は自分の力の足りない事を無論証拠立てているのであるが、しかし最初から自分を其様そんなに力のあるものと自惚うぬぼれさえしていなければ左程さほど失敗せずにも済む事だし、また成功は自分が偉いのではなくて、世間が勝手次第に自分の実際よりも以上の価値をつけたので、すなわ買被かいかぶったものと見て仕舞えば、残る処は世間が頼まれもせぬのにその愚昧その不注意を表白したと云う事になるばかりだ。百日の説法一ツのたとえ、失敗ほど滑稽なものはない。同時に成功ほど内容の空虚な馬鹿馬鹿しい事はない。

 いずれの民族にもせよ、其処そこに発生した一代の文明の究極する処は人心の廃頽衰微であろう。次第に老い行く欧洲近世の文明が仏蘭西フランスに詩人ボードレールを生んだ如く、東洋の江戸文明はつと通人つうじん戯作者ぎさくしゃ俳諧師の思想中に、あらゆる人間の感激熱情を滑稽的に解釈し、風流三昧と称する口実の下に、奮闘努力の世界から逃れて、唯我的思想の隔離を企てたような著しいデカダンスの傾向を示した事は、当時の文芸的作品によって伺い知る事が出来る。同時に吾人は仏蘭西のデカダンス思想の甚しく暗鬱に厭世的反抗的なるに反して江戸のデカダンス思想の、不思議な程軽快に楽天的で執着しゅうじゃくに乏しいそれ等の差別から、根本的に国民性の相違にも気付く事が出来る。
 いずれにもせよ。デカダンス思想は、爛漫たる文明の花が開き得る限りその花弁はなびらを開かせて風もない黄昏たそがれの微光の底に、今や散ろうか散るまいかと思悩おもいなやんでいる美しい疲労のさまを意味するので、されば建国武勇の思想から見たならこれ程危険なこれ程恐しいものはあるまい。しかし仏陀のおしえにも諸行無常、生者必滅と云う事が云われてある。およそ物極れば必ず尽るはこれ避くべからざる天然自然の法則である。一身のさちやがて失われんが為めにのみ存在し、一国の運命は凡て滅びんが為めに栄ゆる。もしこれを避けんとせば宜しく最初から、栄え誇らんとする事なく、国家にしたならば永久に野蛮未開の地位にとどまってそれから一歩も進み出ぬようにしていなければならぬ。人智の開発進歩を教るは早晩何等かの結末に赴く一階段を占わすに外ならぬ。

 学才に富み、智識豊かに、趣味高く、礼儀を喜び、人生の経験深く、喜怒哀楽の夢のかぎりをあじわい尽したものは、自然おのずと何事に対しても争闘する勇気が乏しくなる。争闘を恐れると云うよりはむしろ、争闘の結果のはなはだつまらない事を予測するからである。予測しまいと思っても豊富緻密なる経験から自然と先きが見え透いて仕舞うからである。
 歴史は羅馬人ローマじんがゼルマン民族に破られた事、平家が源氏に負けた事、支那歴代の帝国が北方の匈奴の侵略に苦しめられた事を語っている。生粋きっすい江戸子えどっこは地方の移住者の為めに全く敗れて河の彼岸に退却してしまった。
 須田町すだちょうでも尾張町おわりちょうでも茅場町かやばちょうでも何処どこでもよい、電車の乗換場の混雑は吾々に向って日々百巻の書物よりもなお有益な教訓を与えている。処世の方法を説明している。人よりさきんぜんと欲するものは実に乱暴である。いきおいがよい。気まりがわるいなど四辺あたりかえりみる余裕を許さぬ。何でも無理押しに押して行く。此処ここに始めて成功があった。勝利があった。主義の徹底であった。主張の実行が見られるのであった。
 先の大統領ルーズヴェルトは青年のかがみとすべき意志の英雄であろう。しかし自分の眼にはこの英雄を崇拝するに、その頸の余りに太く、その指の余りに不格恰ぶかっこうなるを奈何いかにせん……。
(四十三年五月)





底本:「花火・来訪者 他十一篇」岩波文庫、岩波書店
   2019(令和元)年6月14日第1刷発行
底本の親本:「荷風全集第七巻」岩波書店
   2009(平成21)年11月第2刷
入力:入江幹夫
校正:ムィシュカ
2025年3月26日作成
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