今は世にないアイルランドの詩人イエーツが書いた舞踊劇の一つに「鷹の井戸」といふのがある。その鷹の井戸がこの世にあるとしたら、どの辺にあるのだらうか? 詩人の言葉を借りてみよう。
「はしばみの枝々うごき 日は西にしづむ
風よ 潮かぜよ 海かぜよ
いまは眠るべき時なるを
なにを求めてさまよひ歩く」
その西に[#「 その西に」は底本では「その西に」]沈む夕日も見られて、潮風に吹きさらされた小さい島である。岩と石の険しい道をのぼつて行くと、三本の風よ 潮かぜよ 海かぜよ
いまは眠るべき時なるを
なにを求めてさまよひ歩く」
その水を飲みたくて、若いときにこの島に来たまま、もう五十年も井戸を見守つてゐる老人がゐた。或る時は鷹の声に誘はれて井戸から離れてゐる間に、又疲れてうたたねをしてゐる間に井戸の水が出たらしく落葉のぬれてゐることがあつても、まだ一度も自分の見てゐる前で水の出たことはなかつた。冷たい無表情の顔つきで石に腰かけてゐる井戸の精に、老人は声をかけてみても、精は何も言はない。
さつそうとした一人の青年がこの岩山の崖をのぼつて来た。井戸の秘密をある饗宴の席で聞いた青年は、すぐその席を立つて舟に帆をあげ明方の海をわたつてこの島に来たのである。青年はその
鷹が鳴く、鷹が鳴く、青年は山の空を高くとぶその鷹を追ひかけてゆくと、その間に井戸の水が湧いてまたすぐ湧き止む。
今から十余年前に東京で「鷹の井戸」の舞踊を見ることが出来た。伊藤道郎氏が老人に、千田是也氏が青年、伊藤貞子氏が鷹の精に扮して、みんなが