癩病やみの話

RECIT DU LEPREUX

マルセル・シュヲブ Marcel Schwob

上田敏訳




 あたしの申上まをしあげること合点がてんなさりたくば、まづ、ひとつかういふこと御承知ごしようちねがひたい。しろ頭巾づきんあたまつゝんで、かた木札きふだをかた、かた、いはせるやつめで御座ござるぞ。かほいまどんなだからぬ。るとぞつとする。こけのある鉛色なまりいろ生物いきもののやうに、まへにそれがうごいてゐる。あゝつてしまひたい。此手このてさはつたところいまはしい。あか摘取つみとると、すぐそれがけがれてしまひ、ちよいと草木くさき穿ほじつても、このくとしぼんでゆく。「人々ひとびと御主おんあるじよ、われをもたすたまへ。」此世このよ御扶おんたすけ蒼白あをじろいこのわが罪業ざいごふあがなたまはなかつた。わが甦生よみがへりまでわすれられてゐる。つめたいつきひかりされて、人目ひとめかゝらぬいしなか封込ふうじこめられた蟾蜍ひきがへるごとく、わがみにく鉱皮くわうひしためられてゐるとき、ほかのひとたちは清浄しやうじやう肉身にくしん上天じやうてんするのだらう。「人々ひとびと御主おんあるじよ、われをもつみくなしたまへ、この癩病らいびやうものを。」あゝさむしい、あゝ、こはい。だけに、生来しやうらいしろいろのこつてゐる。けものこはがつてちかづかず、わがたましひげたがつてゐる。御扶手おんたすけて此世このよすくたまうてより、今年ことしまで一千二百十二年いつせんにひやくじふにねんになるが、このあたしにはおたすけい。しゆ貫通つきとほした血染ちぞめやりがこのさはらないのである。ことつたら、ひとたちのつてゐるしゆ御血汐おんちしほで、このなほるかもれぬ。おもふことも度々たびたびだ。このなら咬付かみつける。真白まつしろだ。しゆはあたしにくださらなかつたので、しゆぞくするものつかまへたくなつてたまらない。さてこそ、あたしは、※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)ンドオムのから、このロアアルのもりりて幼児をさなごたちをけてた。幼児をさなごたちはみな十字架クルス背負しよつて、しゆきみつかたてまつる。してみるとそのからだしゆ御体おんからだ、あたしにけてくださらなかつたその御体おんからだだ。地上ちじやうにあつて、この蒼白あをじろ苦患くげん取巻とりまかれてゐるわがは、いまこの無垢むくつてゐるしゆ幼児をさなごくび吸取すひとつてやらうと、こゝまで見張みはつてたのである。「おそれあたりて、わがにくあらたなるべし。」みんなあとから、かみあかい、血色けつしよく一人ひとりとほる。こいつにけていたのだから、きふ飛付とびついてやつた。この気味きみわるで、そのくちおさへた。粗末そまつきれ下衣したぎしかてゐないで、あしにはなにかず、落着おちついてゐて、べつおどろいたふうく、こちらを見上みあげた。泣出なきだしもしまいとつたから、ひさしぶりで、こちらも人間にんげんこゑきたくなつて、口元くちもとはなしてやると、あとをきさうにもしないのだ。よそてゐるやうだ。
 ――おまへ、なんだといてみた。
 ――ティウトンのヨハンネスとこたへる其声そのこゑきとほるやうで、いてゐて、心持こゝろもちくなる。
 ――何処どこくんだとかさねていた。さうすると、返事へんじをした。
 ――耶路撒冷イエルサレムくのです、聖地せいち恢復とりかへしくのです。
 そこで、あたしは失笑ふきだしていてた。
 ――耶路撒冷イエルサレムつて何処どこだい。
 こたへていふには、
 ――りません。
 またいてた。
 ――耶路撒冷イエルサレムつて、一体いつたいなんだい。
 こたへていふには、
 ――わたくしたちの御主おんあるじです。
 そこで、また、あたしは失笑ふきだして、いてた。
 ――おまへの御主おんあるじつてだれことだ。
 こたへていふには、
 ――りません。たゞ真白まつしろかたです。
 此返事このへんじいて、むつとはらつた。頭巾づきんした剥出むきだして、血色けつしよく頸元えりもとかゝるとむかう後退あとすざりもしない。またいてた。
 ――何故なぜこはくない。
 こたへていふには、
 ――なんこはいものですか、真白まつしろかたですもの。
 このときなみだはらはらといてた。地面ぢめんせ、気味きびわるくちびるではあるが、つちうへ接吻せつぷんして大声おほごゑさけんだ。
 ――あたしは癩病らいびやうやみぢやないか。
 ティウトンのはしげしげとてゐたが、きとほつたこゑこたへた。
 ――りません。
 さてはわがこはがらないのか、ちつともこはいとおもつてゐない。このには、あたしのおそろしい白栲しろたへが、御主おんあるじのそれとおなじにえるのだ。いそいであたしは一掴ひとつかみくさむしつて、此児このこくちいてやつて、かうつた。
 ――やすらかに、おまへのしろ御主おんあるじもとけ、さうして、あたしをおわすれになつたかと申上まをしあげてれよ。
 幼児をさなごだまつて、あたしをつめてくれた。この森蔭もりかげはづれまであたしは一緒いつしよつてやつた。此児このこふるへもしずにあるいてく。つひにそのあかかみが、とほひかりえるまで見送みおくつた。「幼児をさなご御主おんあるじよ、われをもたすたまへ。」このかた、かた、いふ木札きふだおとが、きよかねごとく、ねがはくは、あなたの御許おんもとまでもとゞくやうに。頑是無ぐわんぜなものたちの御主おんあるじよ、われをもたすたまへ。





底本:「定本 上田敏全集 第一巻」教育出版センター
   1978(昭和53)年7月25日発行
底本の親本:「上田敏全集 第二巻」改造社
   1928(昭和3)年
初出:「三田文学 第四巻第三号」
   1913(大正2)年3月
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
※原題の「R※(アキュートアクセント付きE)CIT DU LEPREUX」は、ファイル冒頭ではアクセント符号を略し、「RECIT DU LEPREUX」としました。
入力:ロクス・ソルス
校正:Juki
2009年5月7日作成
青空文庫作成ファイル:
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●表記について