春屋の書について

北大路魯山人




 春屋しゅんおくは大徳寺の名僧で、慶長十六年示寂じじゃくしている。
 高僧の墨蹟には能書が多い。儒者の書には存外能書がない。これは仏教と儒教の影響する現象である。同じ高僧でも鎌倉以上にさかのぼっては、いよいよ能書が多い。宗園春屋は慶長であるから、ぼつぼつ高僧の影を没する時期だ。春屋のような天真爛漫な、しかも見識のある書を書くものは、それ以後江月欠伸子、深草の元政、ずっとおくれて良寛があるくらいのものであろう。
 僧侶の書は、宗教から悟りを得た産物ではあるが、それでも僧侶の臭さがあり、型がある。この臭さと型のあるものは、未だ悟り切らざるものといっていい。その中に、前記の名僧たちが悟った、いわゆる臭くない能書を遺していることは、充分注視しなければならない。
 うべなるかな。已にそれらの能書は、多くある高僧墨蹟の中から特にやかましい存在となっている。しかるにそれらの書が、今の書道界に果して喧ましい存在となっているであろうか。遺憾にも世上のいわゆる近代書家なる者は、これらの書に対しては殆ど認識不足であるようだ。いやいや彼等は認識しているつもりであるかも知れない。
“拙い書だ”と。
“どうしてこんな書が貴ばれているのだろう”と。
“世上の認識が誤っているのではないか”と。
“全く世上が筆者の高名に惑うて拙い書を、うまい書でもあるかの如く誤っているんだ”と。
 いうところの書家なる人々は、以上のような見方をしてはいないだろうか。書家は書をこしらえて旨い字を書いて能事終るとしている観がある。ところが僧には限らないが、およそ見識ある者は、技術上の能事のみには没頭していない。いわば、上手下手を手腕の外に超越している。自分の気格を以て、すべてを終始している。皮肉なことに、この下手を屈託しないほどの見識ある人間に限って、いつも能書を遺している。
 それにひきかえ、下手を屈託して、上手の一途を欲する書家たちは、かえってなんの価値も遺すところがない。あるのはただ職工的価値のみ。これはとりもなおさず、書道観に悟りの眼が開いていないからだ。そこへ行くと俗僧たちは別として、僧侶は宗教によって芸術に悟るところがある。さればこそ、高僧の書は尊く、永く遺るのだ。
 私はその意味において、鎌倉以前はしばらく置き、慶長時代から以後において、春屋が最も好き、江月にいたく肝銘する。深草の元政にも頭を下げる。良寛和尚は固より敬慕して止まない。
 私は書道に対して、以上のような見方をしている一人である。
(昭和九年)





底本:「魯山人書論」中公文庫、中央公論社
   1996(平成8)年9月18日初版発行
   2007(平成19)年9月25日3刷発行
底本の親本:「魯山人書論」五月書房
   1980(昭和55)年5月
入力:門田裕志
校正:きゅうり
2019年1月29日作成
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