わたしはイタイケな時分から、食べ物にはなかなかやかましく、養父母にうるさがられたものである。子供のくせに食品にいやに眼が利き、味の良否も他に勝っていたようである。
飯も九歳の春から炊き続けて来たが、へんな飯は一度も炊いたことはないようである。それから何十年をいわば美食生活を寸断されることなく続けて今日に至っているが、困ったことには、自分の食歴を書き遺すなどいう考えあって食道楽を続けたわけではないから、もとより記録のあろうはずもなく、記憶もあやしいのである。
従って組織的に料理を語ることは出来ない相談である。また、大衆の役に立つような料理も語れまいと思っている。おそらく大衆から見れば架空の料理であるかも知れない。
(昭和三十四年)