民選議院の時未だ到らざるの論

神田孝平




 民選議院あに容易に起るべけんや。時節到来せざれば、けっして起らず。かつ時節到来すといえども、その時節は、けっして喜ぶべき時節にはあらざるべし。
 そもそも民選議院建設の時節は、国体の変じて君主専権より君民分権にうつるの時なり。この時や、人民は権利を得ることなれば、あるいは不承知あるまじきか、それすらいまだ屹度きっととはいいがたし。朝廷においてはその権のなかばを譲りたまうことなれば、こころよく許可したまうべきやいなや、いまだ知るべからず。もし快よく許可したまわば、おおいに事の捗取ちょくしゅとなるべけれども、この事ほとんどあるべしとも思われず、一時人心を慰撫いぶせんがために与えたまえるがごときは、他日また奪回したまうことあるべければ、とかくいまだ確定とは云がたし。いわんや快よく許可したまわざるときは、人民いかにこいねがうといえども、せんすべなからん。我国人民の淳良なるを見れば、外国人のごとく兵を起し朝廷に迫り、戦い勝て条約をたつるというほどにも至り難からん。ゆえに時節到来せざれば起らず。しかして方今は、いまだ到来の時節にあらざるなり。
 概してこれを論ずるに、聖賢くらいる間は、民選議院起らず。敵国・外患の迫らざる間は、民選議院起らず。外国人の金を貸す間は民選議院起らず。楮幣ちょへい通用する間は、民選議院起らず。人民増税を甘承かんしょうする間は、民選議院起らず。しかりといえども、世界は活物なり。いつでも聖賢、位に在りと定むべからず。いつでも敵国・外患なしと定むべからず。いつでも外国人、金をかすと定むべからず。いつでも楮幣、通用すと定むべからず。いつでも人民、増税を甘承すと定むべからず。向来きょうらい時ありて人民増税を甘承せず、楮幣通用止まり、外国人金を貸さず、敵国・外患競い起り、聖賢たまたま位に在らざることあらん。万一かかることあらば、その時にはいかがわせん。民選議院起らずんば必ず国亡びん。国亡びずんば必ず民選議院起らん。これ我いわゆる時節到来の時なり。しかりといえども、これはなはだ企望すべきことにあらず。ゆえにいう、時節到来すといえども、その時節は、けっして喜ぶべき時節にあらざるなり。





底本:「明六雑誌(中)〔全3冊〕」岩波文庫、岩波書店
   2008(平成20)年6月17日第1刷発行
底本の親本:「明六雜誌 第十九號」明六社
   1874(明治7)年11月4日
初出:「明六雜誌 第十九號」明六社
   1874(明治7)年11月4日
※表題は底本では、「○民選議院の時いまだ到らざるの論」となっています。
※校注者による冒頭の解説は省略しました。
※校注者による脚注は省略しました。
入力:田中哲郎
校正:きゅうり
2020年9月28日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。




●表記について


●図書カード