S療養所点景

今野大力




療養所の看護婦はいつも
廊下をみがいている
ドアーのハンドルをみがいている
いくらみがいてもピカピカ光る程
この療養所の建物は新らしくない
それでも毎日
看護婦は廊下をみがきハンドルをみがく
主任が真先に立ってやって見せるし
主任の命令がきびしいので
看護婦は今日もみがきやになってる

病室に入って
病室のうすきたなさはちっともきれいにされない
病室には
廊下など歩くはおろか
半身を起せぬ患者が呻吟して居り
病室の手届かぬところに塵埃はうず高く
風の日の患者は真黒くなる

ある日主任は一人で
博士のようにおうように目礼もせぬ患者に
返礼をして
「どうですか」
ときいて廻る
主任の好き嫌いは甚しく
好意ある患者には笑顔もていとも親しく
嫌いな患者はどんな苦痛を訴えても
「少し我慢が足らんですよ」と
きめつけられる
主任の当直は患者を不眠にさせ
あわれな附添は息子を退所させると
おびやかされる





底本:「今野大力作品集」新日本出版社
   1995(平成7)年6月30日初版
入力:坂本真一
校正:雪森
2015年1月6日作成
青空文庫作成ファイル:
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