今野大力




もったいない事である
肺患者の残した
実に多量の食物は惜し気もなく捨てられる
鮭の照焼や筍やうどふきのうま煮なんか
多くの人々にとって
大した御馳走なんだのに
一椀の飯さえ思うように喰えぬ人々が見たら
おおめまいしてしまいそうな
食物の山山

近所の豚がこの滅多に人間さえ食べないものを
うんと腹一杯たべてコロコロに肥っている
豚が肥えて肉屋に並べられても
それが何とか西洋料理支那料理になっても
豚の食う程のものすら喰えぬ人間に
なんでそれを一口食べられようか

もったいないことである
貧乏な患者に附添う老爺は
自分の患者のたべないものを
こっそりかくしておく
そしてあとで
自分がそれを喰べる
一日四十五銭の附添食費を浮ばせるために

だが、若しこれが、病院の誰かに発見されたら
何といって叱られるか
何といっておどかされるか
恐怖におののき食べる老爺は毎日下痢をやっている。

五・二〇





底本:「今野大力作品集」新日本出版社
   1995(平成7)年6月30日初版
入力:坂本真一
校正:雪森
2015年3月8日作成
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