二つの運命

小川未明




 かぜそうな空模様そらもようでありました。一ぴきのせみが、ちいさなこちょうにあいました。
「なんだかおそろしいような空模様そらもようですね。今夜こんやはあれるかもしれません。はやうちかえりましょう。」と、せみはいいました。
 正直しょうじきなこちょうは、そら見上みあげて、
「ほんとうにくらくなりました。あんなにくもゆきがはようございます。はやいえかえりましょう。」とこたえました。
 そこで、ふたりは、かぜかれながらそらんできましたが、ちいさなこちょうは、おくれがちなので、せみはもどかしくおもいました。
「こちょうさん、あなたのおうちはどこですか。」とききました。
わたしうちは、あちらの花圃はなばたけです。あすこにはあねいもうともきてっています。」とこたえました。
「あんなたよりのない花圃はなばたけなんですか、今夜こんや大風おおかぜをどうして、あんなところでふせぐことができますか。」と、せみはあきれたようなかおつきをしていいました。
 こちょうは、またそら見上みあげました。ますますものすごくそら景色けしきはなっていくばかりです。
「あなたのおうちは、どこですか。」と、こちょうはせみにたずねました。
わたしうちですか。それはおおきなです。もうすこしいくと、そのえるはずです。こんもりとしげっていて、かぜあめが、めったにさらすものではありません。どんな大風おおかぜいても、それは安全あんぜんなものです。わたしたちには、とてもあなたのようなおぼつかない生活せいかつはできないのです。」と、せみは得意とくいになってこたえました。
 あちらには、くろいこんもりとしたおおきなえ、こちらには、きれいなはなのたくさんいている花圃はなばたけえました。二人ふたりは、わかれなければなりませんでした。
「そんならこちょうさん、今夜こんやをおをつけなさいまし。また、ふたりが無事ぶじでしたら、おにかかりましょう。」と、せみはいいました。
「あなたも、どうぞご機嫌きげんよう。わたしは、あなたの幸福こうふくかみさまにいのっています。」と、こちょうはいいました。そして、みぎひだりかれていきました。
「ほんとうに、あのあわれなこちょうに、ふたたびあわれるだろうか。」と、せみはみちすがらかんがえました。
 はたして、その暴風雨ぼうふううといったら、たとえようのないほど、ものすごかったのであります。せみは、大木たいぼくまっていましたが、いくたびとされようとして、びっくりしたかしれません。そして、ろくろくねむることすらできなかったのです。しげったえだあいだから、あめちてきました。大波おおなみせるように、またみずあわだつように、おとをたててさわぎました。せみは不安ふあんきているような気持きもちはしなかったのです。
「かわいそうに、この暴風雨あらしで、あのこちょうはんでしまったろう。」と、せみは、おそろしいうちにも、こちょうのことをおもしていました。
 翌日よくじつあめがはれ、かぜむと、せみは花圃はなばたけほうへこちょうのようすをようとんでいきました。そのとき、ちょうどかれは、こちょうにあいました。
「ご機嫌きげんよう。」と、こちょうは、せみにこえをかけました。せみは意外いがいおもったようなかおつきをして、
昨夜ゆうべは、なんともありませんでしたか。」と、たずねました。
「たいへんな暴風雨あらしでございましたね、みんなはってふるえていました。わたしはどうなることかと心配しんぱいしましたが、それでもみんなは無事ぶじでございました。おさまがられたので、このとおり元気げんきになりました。」と、ちいさなこちょうはいさんでいいました。
 せみは、こころうちでこちょうを不憫ふびんおもいました。昨夜ゆうべは、さいわいにたすかったが、このつぎの暴風雨あらしのときには、きっとはなり、こちょうはんでしまうだろう。それにづかないとはかわいそうなものだとおもいました。
「こちょうさん、だんだんあきちかづいてきました。みんながかんがえなければならなくなりました。」と、せみはいいながらも、自分じぶんだけは、あのおおきなのしげったなかかくしていれば、さむくなったって、そんなにおそろしいこともないだろうとおもっていたのです。
わたしは、さむくなることをかんがえるとぶるいします。わたしのすみかにしています、あのやさしいはなのことをかんがえるとわたしは、られるようにかんじます。」と、こちょうはおそろしさにふるわしていいました。
「おたがいに、こうして達者たっしゃでいましたら、またおにかかります。いまのうちに、うんとあなたはったり、おどったりなさいまし。」と、せみは、こちょうをかわいそうにおもって、こういって、なぐさめまして、いずくへともなくってしまいました。
 にまし、かぜつよくなって、いままでみなみからいたものが、西にしからき、きたからくようになると、とおい、たかやまゆきうええてくるとみえて、かぜは、つめたく、さむくなりました。こちょうは心配しんぱいげにえたのであります。
 元気げんきよくいているせみのこえほそっていきました。このなかきゅうにこんなにわりましたので、ふたりは、もう、たがいにあって物語ものがたりをするようなこともなかったのです。
 それは、みんなの虫類むしるいにとって、このうえもないおそろしいしもったのことです。けると、あたりはおともなくしずまりかえって、くさはみんなしろくしおれていました。そして、すべてのむしがたいてい、よるあいだんでしまったらしいのです。
 そのおおきなしたには、自分じぶんだけはのころうと空想くうそうしたせみが死骸しがいになってうえちていました。そして、はや、ちいさなありどもが、どこからかその死骸しがいをかぎつけてきていました。
 花圃はなばたけにいってみると、無残むざんにもはなかしらにつけてかげもなかったけれど、まだちいさなこちょうはかれていました。こちょうとはな最後さいごまでたすって、運命うんめいをまかせていたのです。はなまったこちょうはやぶれたはねをかすかにうごかして、いまにも太陽たいようのぼるのをっているのでした。





底本:「定本小川未明童話全集 2」講談社
   1976(昭和51)年12月10日第1刷
   1982(昭和57)年9月10日第7刷
※表題は底本では、「二つの運命うんめい」となっています。
入力:ぷろぼの青空工作員チーム入力班
校正:江村秀之
2013年11月5日作成
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