釣りの
道具を、しらべようとして、
信一は、
物置小舎の
中へ
入って、あちらこちら、かきまわしているうちに、あきかんの
中に、
紙につつんだものが、
入っているのを
見つけ
出しました。
「なんだろうか。」
頭を、かしげながら、ほこりに、よごれた
紙を、あけてみると、べいごまが、六つばかり
入っていました。
信一は、
急になつかしいものを、
見いだしたようにしばらくそれに
見入っていました。そのはずです。
一昨年の
春あたりまで、べいごまが、はやって、これを
持って
原っぱへ、いったものです。それが、べいのやりとりをするのは、よくないというので、お
父さんからも、
先生からも、とめられて、ついみんなが、やめてしまったが、ただ
記念にしようと
思って、これだけすてずに、
紙に
包んで、しまっておいたことを、
思い
出しました。
「やはり、こまはおもしろいなあ。」
お
天気はいいし、
子供たちのあそんでいる
声が、きこえるし、もう
信一は、じっとして、
家にいることが、できなかったのです。べいごまを、ふところへ
入れると、
赤土の
原っぱをさして、
出かけていきました。
原っぱには、
武ちゃんや、
善ちゃんや、
勇ちゃんたちが、あそんでいました。
信一は、ふところから、べいを
取り
出して、
土の
上で、まわしてみました。これを
見つけると、
善吉が、
遠くからかけてきました。
「
信ちゃん、なにしてんだい。」と、さけびました。
「なんでもない、ただ、まわしてみたんだよ。」と
信一は、べいをひろい
上げて、また
紙の
中へ、
入れました。
「
君、べいごま?」
「うん、そうだよ。」
「いくつ、
持っているの?」
「六つしかない。」
善吉は、あんなに、たくさん
持っていたのに、どこへやったのかと、いわぬばかりの
顔つきをして、
信一を
見ました。
「あんなにあったのを、どうしたんだい。」
「みんな
川へすててしまった。」
「おしいことをしたね。」
「だって、お
父さんが、すてろといったから。」
善吉は、
自分も
同じようなめに、あったことを、
思い
出していました。
「
君は?」と、こんどは、
信一がたずねました。
「ぼくは、いま十
個持っているよ。あとは、ごみ
箱へ、すててしまったのさ。」
善吉が、こう
答えると、
信一は、
目をまるくして、
「いまなら、くず
屋さんにやると、いいんだね。ごみ
箱の
中へ、すてたりして、おしいなあ。」と、いいました。
「ぼくも、十
個かくしておいたのを、
持ってこようか。」と、
善吉は、いいました。
「あ、
持っておいでよ。」
このとき、あちらから、
勇二と
武夫が、
「なにしているの。」と、
口々に、わめきながら、やはり、かけてきました。
「べいごま。」
「ぼくも
持っているよ。」
「いくつ?」
「ぼくは、十五
個ばかり。」と、
武夫が、いいました。
「おお、たくさんあるんだな。」と、みんなが、
感心しました。
「
勇ちゃんは、
持っていないの。」
「
僕は、十
個ばかり。」と、
勇二が
答えました。
「なんだ、みんな、
持っているんだな。じゃ、ここへ
持ってきて、まわしっこしない?」と、
善吉がいいました。
「しようよ。ただやるだけなら、いいんだろう。やったり、とったりして、かけなけりゃね。」と、
勇二が、いいました。
「ほんとうは、それでは、おもしろくないんだがな。」と、
武夫がいいました。
「だめ、
見つかったら、しかられるから。」
「さあ、
早くみんな、
家へいって、
持っておいでよ。」と、
信一が、いいました。
「オーライ。」と、
子供たちは、
元気よく、いっさんに、
原っぱから、かけ
出して、きえてしまいました。
まっさきかけて、つっこめば
なんともろいぞ、敵の陣
馬よいななけ、かちどきだ
信一は、うたいながら、しきりに、べいをまわして、しばらく、しなかった、
手ならしをしていました。
すると、このとき、ぴかりと、
自分の
顔を、あかるくてらしたものがあります。とんぼでも
飛んできて、さわったのでないかと、
顔をなでてみました。そして、べいのまわるのを
見ていると、また、ぴかりとしました。
「なんだろう?」
信一は、
頭が
上げて、
原っぱを
見まわしました。はじめ、だれもいないと、
思ったのに、あちらに、
材木のつんである
上で、
女の
子が、あそんでいました。
よく
見ると、かね
子さんと、
光子ちゃんらしいのです。そして、ぴかりとしたのは、だれか、コンパクトに、ついているかがみで、
日をてりかえして、
自分に、いたずらを、したのです。
信一が、じっと
見ていると、
二人は、くすくす、
笑っていました。
「
知っているよ。」と、
信一が、その
方へ
走っていきました。
「
私たち、なんにもしないわ、おままごとしていたのよ。」と、かね
子さんがいいました。
「コンパクトのかがみで、やったんだい。」
「ほほほ。」
「
信ちゃん、そこにいるの。」と、まっ
先にかけてきたのは、
善吉でありました。つづいて、
武夫に、
勇二が、
手にこまをにぎってかけてきました。
「ああ、ござが、ないなあ。」
「だれか、だいと、ござを、
持ってくると、いいんだね。」
「だいは、いらないけれど、ござがなくては、できないよ。」
こまは
土の
上では、よくまわらぬからです。
勇二は、
足に
力をいれて、
赤土の
上をトン、トン、と、ふんでいました。かたくして、そこで、こまをまわそうというのです。
「
土の
上では、だめだよ、だれか、
家にござを
持っていない。」と、
信一が、いいました。そこへ、また、あちらから
一人の
少年がかけてきました。
「
小山が、きた。」
小山は、かね
子さんの
兄さんです。
「べいをするのかい。」と、
小山が、ききました。
「ござがなくて、こまって、いるんだよ。だれか、ござを、さがしてこないかな。」と、
勇二が、いいました。
「
私、
家へいって、
持ってきてあげるわ。」と、かね
子さんが、いいました。
「ばか、
家にござなんか、ないじゃないか。」と、
小山は、かね
子さんをにらみました。
十日ばかり
前のことでした。
新緑がすがすがしいしいの
木の
下で、たたみやが、しごとをしているのを、かね
子さんは、
立って
見ていました。いつか
赤いインキをこぼして、お
父さんにしかられてすぐインキけしでふいたけれど、どうしても、そのあとがとれなかった
茶の
間のたたみも、
新しい
青い
草のかおりのする
表にかえられました。
もうこれから、
毎日あのよごれた、たたみを
見なくてすむのであります。そんなことを
思って
見ていると、おもしろいように、ほうちょうの
刃が
入ります。するするとござが
切れていきます。そのあとを
太い
針が、すいすいとぬって、じょうぶな
糸を
通していきます。
半畳のところへくると、
半分だけござが
残りました。かね
子さんは
内へかけこんで、
「お
母さん、
新しい
半分のござが
残ったの、どうするの?」と、ききました。
「しまっておけば、
入用のことがありますよ。」
「ねえお
母さん、
私にちょうだいよ。」
「なんにするんですか。」
「
私、おままごとのとき、しくんですの。」
「そんなら、
大きいのがいいでしょう。」
「
私、
古いのはいや、
新しいのがいいの。」
「あげてもいいですよ。」
かね
子さんは、
喜んで、
半分のござをもらって、
物置の
中へしまっておきました。
いま
善ちゃんや、
勇ちゃんや、
信ちゃんたちが、べいごまをするのに、ござがなくなってこまっているのを
見て、しまっておいたござを、
思い
出したのです。それでかしてあげましょうかと、いったのでした。
「ばか。」と、
兄さんにしかられて、かね
子さんは
顔を
赤くしました。けれど、
自分のものを、かしてやって、しかられるわけはないので、
「
物置にあるわよ。」と、かね
子さんはいいました。
「あれは、ぼくんだい。」と、
小山は、
妹をにらみました。
「いいえ、あれは、
私のよ。」
「ぼくが、
手工をするのに、お
母さんからもらったんだい。」
友だちは、
二人の
方を
見ていましたが、
「
小山くん、かしてね。」と、
信一が、いいました。けれど、
小山はだまっていました。
「ねえ、
辰雄くん、いいだろう。」と、
善吉がいいました。
「ぼく、べいを
持っていないから、つまんないもの。」と、
小山が
答えました。
「ござをかしてくれれば、一つあげるよ。」と、
勇二が、いいました。
小山は、
急に、たのしそうな
顔色になりました。
「ほんとうかい。」と、
小山は、かけだしました。
「だれが、うそをいうもんかね。」と、
武夫と
勇二は、
顔を
見あって、にっこり
笑いました。
小山は、ござをかかえて、もどってきました。このとき、かね
子さんは、
「
光子さん、あっちへいって、じゅずだまを
取りましょうよ。」と、いいました。
草むらの
中には、つゆくさがむらさきの
花を
咲かせていました。へびいちごの
赤い
実が、じゅくしていました。あちらでは
男の
子たちが、べいにむちゅうになっています。
「ござが
新しいから、
気持ちがいいね。」
「
勇ちゃんの
角は
強いなあ、
辰ちゃんの一つしかないべいがすっとんでしまった。」と、
善ちゃんが
笑いました。
小山は、しょげてしまいました。せっかく、
勇ちゃんがくれたのに、また
勇ちゃんに
取られてしまったからです。
「ぼくが、一つあげよう。」と、こんどは、
武夫が一つこまを
小山にやりました。
「やりとりしっこなしなんだろう。」
「うそっこでは、つまんないや。」
「わかると、
先生にしかられるよ。」
「ああ、いちばんあとで、みんなかえそうや。」
みんなで、そんなことをいっていると、
「ぼく、もうかえろう。」と、
小山がいいました。
「かえるの? もっとあそんでおいでよ。」
「
勉強しないと、お
母さんにしかられるもの。」
小山は、しいてあるござを
取りかかりました。
「
辰ちゃん、かしておきよ。すんだら
持っていくから。」と、
武夫がいいました。
「よごすと、
手工のとき、こまるもの。」
「そんな、いじわるをいうもんでないよ。」
「ほんとうだい。ござがなければ、べいができないじゃないか。」と、
勇二が、おこり
出しました。
小山は、こういわれると、ござにかけた
手をひっこめました。
「
辰ちゃん、べいを一つあげよう、これは、ほんとうに、
君にあげるのだよ。」と、
善吉が、こまをやって、
小山のきげんを、なおそうとしました。
「さあ、みんなでやろう。
辰ちゃん、もうすこしあそんでいたって、いいだろう。」
こういいながら、
信一は、ブーンとうなりをたて、こまをござの
上へ
投げ
入れました。こまは
元気よくまわりました。そこへ
善吉も、
勇二も、
武夫もいっしょにこまを
投げ
入れました。
こまは、たがいにふれ
合って、ぱっぱっと
火花を
散らしています。ややおくれて、
辰雄ももらったこまを
投げ
入れました。
辰雄のこまもすごいいきおいを
出してまわっていたが、けっきょく
武夫のこまが、どれもこれも、はじきとばして
天下を
取りました。また、
小山は、こまを一つも
持たなくなったのです。そのさびしそうなようすを
見て、
信一は、
「
辰ちゃんに、一つあげよう。」と、いって、ひらたい、ぴかぴか
光ったのをやりました。
「おお、そのべたをやるの。」と、
勇二が、
目をまるくしました。
「かしてあげたのさ。」と、
信一は
答えた。そうきくと、なんと
思ったのか、
「いらない。」と、いって、
辰夫は
[#「辰夫は」はママ]、そのこまを
信一の
手に
返しました。
「どうして。」と、
信一は
小山の
顔をふしぎそうにのぞきこみました。
「ぼく、もうかえるんだよ。」
「ほんとうに、これ、
君にあげるよ。」
「ぼく、もうかえるんだ。」
小山は、こういって、また、ござを
取りにかかりました。
このとき、じっと
小山のすることを
見ていた
善吉が、
「いじわるのけちんぼめ。」と、いって、
小山のござを、
自分のはいていたくつで、ふみにじりました。
「
何するんだ。」と、
小山は、
善吉を、おしたおそうとしました。ひょろひょろとなった
善吉は、
「なにを。」と、
小山に、とびついていきました。
「おい、けんかは、およしよ。」と、
信一が、いいました。
「いじわるをするから、けんかになるんだ。」と、みんなが
小山の
顔を
見ました。
「ぼくのござだもの、かってじゃないか。」と、
小山は、
顔を
赤くしながらいいました。
「そのかわり、べいをやったろう。」
「こんなもの、ほしくはないよ。」と、
小山は、一つの
手に
持っていたべいを、なげすてました。
「
急に
勉強するなんて、いわなくていいね。」と、
武ちゃんが、いいました。
「
勉強のことなんかいうのは、てんとり
虫のいうことだ。」
「いらんおせわだよ、だれかみたいに、ランドセルなんか、もらわないからいいよ。」
「なんだと。」
武ちゃんは、はずかしめられたので、
小山のござをめりめりと
引きさきました。
「やあい、いいきみだ。」と、
勇ちゃんが、
手をたたきました。
小山は、しくしくと
泣いて、かえりかけました。
「いいか、おぼえておれ。」と、
小山は、
泣きながら、こちらをふりかえりました。
「いいとも、あそんでなんかやらないから。」と、
善ちゃんが、
答えました。
「
石をなげてやろうか。」と、
武ちゃんが、
足もとの
石をひろいました。
「およしよ。」と、
信ちゃんがとめました。
兄のいじめられたのを
知ると、かね
子さんが
走ってきました。
「なんで、みんなして
兄さんをいじめるの。」
「なまいきだからさ。」
「かしたござをかえしておくれ。」
「そこにあるの
持っておゆきよ。」
「こんなやぶれたのでないのをかえしてよ。あす
学校へいったら、
先生にいうから。」
「いくらでもおいいよ。」と、
武ちゃんが、おこって、たたきにかかると、かね
子さんは、
逃げていきました。
「けんかなんかして、つまらないなあ。」と、
善ちゃんが、ポケットからボールをだして、
空へ
向かって
投げ
上げました。
「ボールをしようか。」
そんなことをいっているところへ、
鳥打帽をかぶって、
足にゲートルをまいた
男が、ステッキをついて、
原っぱをみんなのいる
方へ、
歩いてきました。
「あっ、いつかきた
紙しばいのおじさんじゃあない?」
「そうだ、おじさんだ。」
「おじさあん。」と、みんなが、さけびました。
「おうい。」と、おじさんが、
笑いました。
「どうしたの、おじさん、しばらくこなかったね。」
「ああ、
商売がえをして、このごろは、お
話をして
学校をまわっているのだ。」と、おじさんは
草のはえたところへ、こしをおろしました。
「なにか、おもしろいお
話はないか。」と、おじさんが、みんなにききました。
「おもしろい
話って、どんな
話?」と、
信ちゃんが、いいました。
「なんでも、
君たちが
見た
話さ。」
「おじさん、してあげようか。」と、
善ちゃんが、いいました。
友だちが、みんな
善ちゃんの
顔を
見ました。
「きのう、ぼくプールへいったんだよ。そして、
泳いでいると、どこかの
子が、
小さな
弟と
妹をつれてきたのさ。そして、うきぶくろにつかまって、
泳ぎなさいといったのだよ。けれど、その
小さな
弟も
妹も
水にはいるのが、はじめてとみえて、おそろしがってはいらないのだ。
しかたがなく
兄さんひとりプールへ
入って
泳いだのさ。そうすると、
小さな
弟と
妹が、おせんべいをたべながら、
兄さんの
泳いでいく
方へついて、プールの
岸をぐるぐるまわっているのさ。ぼく、これを
見て、おかしくてしようがなかった。だって、おせんべいをたべながらついて
走るんだぜ。」
「は、は、は。」と、おじさんが、
笑いました。おじさんが、おかしそうに
笑ったので、みんなが、いっしょに
笑いました。
「なるほどな。」と、おじさんがいいました。
「さあ、こんど、おじさんの
番だ。」
「おれは、こないだ、
北の
方へ
旅行をしてきたが、いなかの
子は、みんな
非常時なのでよくはたらいているぞ。
学校からかえると、
山へいって、たき
木をせおってくるものや、
畠へ
出てくわつみの
手だすけをするものや、また、くわの
葉のはいったざるをかかえたり、せおったりして、
家へはこんだりする。そうかと
思うと
子守をしながら
本を
読んでいるものもいる。
町の
子供たちのように、あそんでばかりいないよ。」
「ひどいな、おじさん、ぼくたちだって
親のおてつだいをしているものが、いるんだぜ。」
「そうか、それは、
感心なこった。」
「まだ、おもしろい
話はないの。」
「それから
樺太までいったよ。」
「
樺太? たいへん
寒いところまでいったんだね。」と、
子供たちは、あの
北のはしにつき
出て、
青い
海の
色にとりまかれた、ほそ
長い
島を
思い
出しました。
「ツンドラ
地帯って、
沼地みたいな、こけばかりはえているところがある。そこへ
火がつくと、なかなかきえない。
何年ということなく、
燐の
火のようなのが
下からもえ
上がる。
また、
樺太には、
人間の
手のはいらない
大きな
森や
林がある。それに
火がつくと、それこそたいへんだ。どこまでもえるか、わからないからな。そんなとき、どうするかというに、
火のもえていく
何十メートルか
先の
林を
切りはらって、あきちをつくるのだ。そして、
火事のある
森の
片方のはしへ
火をつけるのだ。すると、あちらからもえてくる
火と、こちらからもえていく
火とだんだん
近づいて、どこかで
出あうだろう。そのときは、どうだと
思う。ドーンという
大きな
音がして、
火のはしらが
空へ
立つのだ。そして、それで
火がきえてしまうのだ。なぜって、
両方からの
火で、
空気があつくなって、まん
中の
空気がなくなるからだ。」
「ほんとにおもしろい
話だな。おじさんは、その
火事を
見たの?」
「いや、きいた
話さ。おじさんが
見たのは、ある
村で、
馬が
出征するので、
駅にりっぱなアーチが
立ち、
小学生が、
手に、
手に、はたをふりながら、
見送りにいくのだった。どこも、
非常時で、
緊張しているぞ。」
原っぱのはしの
方に、
小さな
森がありました。いろいろの
木がしげっていて、
風が
吹くと、
葉がきらきらと
波のように、かがやきました。ひるすこしすぎる
時分、「カチ、カチ。」という
拍子木の
音が、その
方からきこえました。
紙芝居のおじさんが、
子供たちを
呼んでいるのです。
原っぱで、ボールをなげているもの、とんぼを
追いかけているものが、
一人、
二人と、その
方へかけていって、
森の
中へ
集まりました。
森の
中には、
小さなお
稲荷さまのほこらがたっています。そのほこらのとりいの
前は、あちらの
町へつづく、ひろい
道になっていました。おじさんは、とりいのところへ
自転車をおいて、みんなのくるのをまっていました。
光ちゃんととみ
子さんは、
石のさくによりかかっていました。
信一も、
勇二も、ほかの
子供たちの
中へまじって、ぼんやりと
立っていました。
ちょうど、そこは、すずしい
日かげになっていて、
頭の
上では、せみがジイジイとないています。やがて、「
突撃兵」という、おじさんのお
話が、はじまりました。
「ある
日、
召集令が、
忠一のもとへまいりました。
彼は、
手に
持つ
仕事道具をなげすててすぐに
立ちあがった。
『
妹よ、あとをよろしくたのんだ。』
『お
父さん、きょうは、ご
気分は、いかがですか?』
兄のいなくなった
後は、かよわい
女の
身ながら、
妹は、はたらいて、よく
父親の
看護をしていました。
『
長い
間、よくめんどうをみてくれたぞ。しかし、もう
私もいくときがきたんだ。ただ
生きているうちに、せがれのてがらをきかずにいくのが、ざんねんだ。』
『お
父さん、そんな
心ぼそいことをおっしゃっては、いけません。』
『いや、それよりかおまえは、お
父さんがなくなったら
一人になってしまう。おまえも
日本の
女だ。なんなりと、
自分の
力でできることをして
日本のためにつくすんだぞ。』
『お
父さん、よくわかりました。いま
日本の
人は、
男でも
女でも、
年よりでも
子供でも、
一人のこらず、
力をあわせて、
立ちあがらなければならぬときがきたんです。
私は、
女ながら、つねにその
覚悟を
持っています。』
『ああ、それで
安心した。』
これが、
父親のわかれのことばでした。
話かわって、こちらは、
戦場であります。
敵は、
手ごわくわが
軍の
前進をさまたげている。
忠一の
部隊は、クリークをへだてて、その
敵と
向かいあっていました。
あすの
夜明けに、
敵のトーチカをくだいてしまえという
命令がくだった。
忠一をはじめ一
命を、
天皇陛下にささげた
勇士たちは、
故郷へ、これがさいごの
手紙を
書いてねむりにつきました。
その
夜中のこと、
忠一一
等兵は
目をひらくと、
国防婦人会の
白い
服をきた
妹が
立っている。おお、どうしてこんなところへきたかと、おどろいた。
『お
兄さんに、
知らせにまいりました。』
『なにっ、お
父さんが、なくなられたか。それで、おわかれに、なんとおっしゃられた?』
『はい。』と、
妹がなみだぐみながら、
『せがれのてがらを、この
世できかずにいくのがざんねんだと、おっしゃいました。』
忠一一
等兵は、がばとはね
起きました。
同時に
目がさめたのであります。
『お
父さん、ゆるしてください。じきに
私もおそばへまいります。』」
おじさんが、ここまで
話したときに
善吉と
武夫が、
走ってきて、
「
信ちゃん、
吉川先生がきたから、
早くおいでよ。」と、いって、ほこらのうしろの
方へかくれようとしました。おどろいて、
信一と
勇二は、その
後を
追ったのです。
紙芝居のおじさんは、
何ごとがおこったのかと、
思ったのでしょう。
「どうしたのだ、どうしたのだ。」と、ききました。
「
学校の
先生が、きたんだよ。」
「なに、
先生が。ちっともわるいことは、ないじゃないか。」と、おじさんはいばりました。
学校の
先生が、七、八
人、
上級の
生徒をつれて
交通整理の
見学にとおったのです。
先生たちが、いってしまうと、
信一も
勇二も
善吉も
武夫も
顔を
見せました。
「みんな、どうしたの?」と、おじさんがいいました。
「ぼくたち、いまとりいの
前で、べいをしているのを
見つかったんだよ。」
「なぜここへきて、
話をきかなかったの? そんなことをするから、
先生が、こわいのだよ。」と、おじさんは
笑いました。
「
小山くんが、
先生に、ぼくたちのことをいいつけたんだ。だから、
先生が、ぼくたちのそばまできて、のぞこうとしたんだ。」
「あした、
学校へいくとしかられるよ。」と、
善吉はしょげてしまいました。
「
小山くん、ひきょうだね。こないだのしかえしをしたんだ。」と、
信一は、いいました。
「ほんとうに、ひきょうだな。」
「おじさん、このお
話、
後はどうなったの?」と、ほかの
小さな
子供が、ききました。
「このあとのお
話は、またあす。これで、きょうはおしまい。」
子供たちは、
思い
思いに、ちってしまいました。
「おじさんは、
前にきた、
紙芝居のおじさんと、お
友だちだってね。」と、
信一がいいました。
「ああ、
友だちさ、ぼくらは、みなが、いい
人になって、
日本の
国が、ますます
強くなるようにと、
紙芝居をして
歩いているんだ。」と、おじさんが
答えました。
「じゃ、おじさんは、ほんとうのあめ
屋さんじゃないんだね。」と、
善吉は、おじさんの
顔を、ふしぎそうに
見ました。
「あめも
売るから、ほんとうのあめ
屋さ。だってお
話ばかりでは、きいてくれないだろう。」
「ぼく、お
話だけでも、きくよ。」
「じゃ、あしたから、あめを
持ってくるのをよそうかな。」
「そして、お
金をとらないの。」
「ほら、ごらん。みなは、お
話より、あめのほうがいいのだ。」
「お
話もきいて、あめも、もらいたいのだよ。」
「ぼく、お
話だけでもいいな。」
「だれだ、えらいぞ。は、は、は。」と、おじさんは
笑いました。
翌日、
学校のかえりに、
善吉と
武夫の
二人は、
吉川先生からのこされました。
「きっと、
善ちゃん、べいごまのことだよ。」と、
武夫がいいました。
「ああ、それにきまっているさ。だが、なんで、べいをしていけないんだろうね。」と、
善吉は、まどの
外のかきの
木を
見上げていました。
秋になってから、
日の
光が、
夏よりもかえって
強いようです。一つ、一つ、さすように
葉の
上にかがやいていました。
「かきがなっているね、
武ちゃん、これはしぶいのだろう。」
「あまいのかもしれない。ここから、あの
枝へは、うつれないかね。」
「とびつけば、とどくけど、
落ちたらたいへんだ。」
二人は、二
階のまどから、かきの
木を
見ながらいろいろ
考えつづけていました。そして、
早く
家へかえって、あそびたいなと
思ったのです。それだけでなく、お
母さんや、お
姉さんが、しんぱいしていられるだろうと
思うと、こうしていることが、くるしかったのです。
「
先生、
早くこないかな。」
「
忘れたんだろう。かえろうか、
武ちゃん。」
このとき、ろうかを
歩いてくる、くつ
音がしたのでした。
二人は、
急におぎょうぎをよくしていました。
先生は、
教壇のいすにこしを
下ろして、
「こっちへおいで。」と、
善吉と
武夫の
二人は
前へ
呼ばれました。
「きのうは、
家へかえってから、なにをしてあそんでいたね。」と、
先生は
二人の
顔をごらんになりました。
善吉は、
顔を
上げて、
「まりをなげたり、べいをしていました。」と、すなおに
答えました。
「べいをしては、いけないというのでなかったかな。」
善吉は、
先生にそういわれると、だまってうつむきました。
「
君は、どう
思うね。」と、
先生は、こんどは
武夫に
向かって、おききになりました。
「よくないと
思います。」と、
武夫は
答えました。
「わるいと
思うものを、なぜやったのだ。」
先生の
顔は、しだいにおそろしくなりました。
「しまいに
勝ったべいを、みんな
返せばいいと
思いました。」と、
善吉が、いいました。
先生は、しばらくだまって、
善吉のいうことをきいていられましたが、
「
君たちは、わるいことをして、
後でそれを
返せばいいと
思うのかね。」と、おっしゃいました。
「
先生こまをまわすことは、わるいことですか。」と、
武夫が、こんど
先生の
顔を
見ながら、ふしぎそうにたずねたのです。
先生は、ちょっと
頭をかしげて、すぐには、
返答をなさいませんでしたが、しばらくしてから、
「こまをまわすことを、いけないというのではない。
勝ったり、
負けたりするのに、
品物をかけてやることを、いけないというのだ。べいなら、その
負けたこまを、
勝ったものが
取るというふうに、
勝負の
後が、
品物のやりとりになるからいけないというのだ。」
「
先生そんなら、ただ、おたがいがこまをまわして、
勝負をするぶんなら、いいのですか。」
「ものをかけたりしなければ、わるいことはない、みんなが、ただ一つぎりでな。ぼくも、
子供の
時分は、こまをまわすのが
大すきだった。」
「
先生も、べいをなさったのですか?」と、
二人の
子供は、おどろいた
顔をしました。
「いや、ぼくの
子供の
時分には、べいごまなどというようなものは
見なかった。もっと
大形の
木ごまか、
鉄胴のはまったこまだった。
鉄胴のこまには、
木ごまは、どうしてもかなわなかったものだ。そして、こまの
合戦は、それは、さかんなものだった。」
吉川先生は、
自分の
子供の
時分を
思い
出して、いまのようにものをかけずに、ただ
勝負をしただけで、それでもみんなが、
満足したという
話をなさいました。
「
木ごまは、
鉄胴にかかると、よく
真二つにわれたものだ。そのわれるのが、またゆかいだった。しかし、つばきの
木でつくった
木ごまは、たいへんかたくて、なかなかわれぬばかりでなく、うまく
火花をちらして、ぶつかって、どぶの
中へ
鉄胴をはねとばしてしまうことが、あったものだ。」
「
先生、おもしろいですね。」
「おもしろいが、べいなんか、もうよしたまえ。このごろは、みんなでいっしょにたのしんで、そして、
勝ち
負けをきめるようなおもしろいあそびが、たくさんあるじゃないか。」と、
先生は、おっしゃいました。この
時分には、
先生のお
顔は、いつものやさしいお
顔になっていました。
「
先生よくわかりました。」と、
善吉が、いいました。
「わかったか。」
「わかりました。けれど
先生につげ
口するものなんか、もっとひきょうだと
思います。」と、
武夫が、いいました。
「つげ
口されるようなことをしなければいいのだ。では、もうかえるがいい。」
吉川先生は、
立ち
上がると、さっさと、ろうかの
方へ
歩いていかれました。
「
黒めがねの
紙しばいのおじさんは、ぼく、この
話をしたら、
辰ちゃんは、
自分がけんかができないので、
先生にいうなんてひきょうだといったよ。」と、
善吉がいいました。
「おじさんは、
先生をよく
知っているといったね。」
「ああ、おじさんも、
日本の
子供は、そんとか、とくとかいうことなんか、
考えてはいけない。
正しいことをしなければならぬといった。」
二人は、
階段を
下りて、
話しながら
校門の
外へ
出たのでありました。
「
善ちゃん、あの
犬をごらんよ。」
武夫のゆびさした
方を
見ると、
白い
色の
犬が、まりをくわえて
主人の
後についていきました。ある
家の
門のところに、
茶色の
犬がはらばいになっていたが、この
犬を
見つけると、
急におきあがって、ほえはじめました。二ひきの
犬のあいだが、だんだん
近づきました。しかし、まりをくわえた
犬は、
知らぬ
顔をして、わき
見もせずに
主人についていくと、
茶色の
犬はいまにもとびつこうとしたのでありました。
赤土の
原には、だれもあそんでいませんでした。
茶色の
犬をつれた
男の
人は、ボールを
出すと、
力いっぱい、これを
遠くへ
向かって
投げました。ボールは、
青い
空へ
上がって、それから
下へ
落ちました。
「よし。」と、いうと、
犬は、かけ
出していきました。
「おじさん、
犬の
名は、なんというの。」と、
武夫が
聞きました。
「ジョンです。あれで、まじりけのないシェパードではありませんよ。」と、おじさんは、
答えました。
「いい
犬ですね。」と、
善吉が、
感心しました。ジョンは、ボールをくわえてきました。
「
訓練ひとつですね、いい
犬にするには、なかなかほねがおれます。」
ジョンは、ボールを
主人の
前へおこうとすると、
「こら!」と、おじさんはしかって、
手に
持っているむちでジョンをたたこうとしました。ジョンは、すぐ
気がついて、
右から
左へぐるりと、おじさんの
足もとをまわって、ボールをおきました。「よし。」と、おじさんは、
犬の
頭をなでてやりました。それから、おじさんは、
犬をそこに
待たしておいて、
自分だけ、あちらへかけていきました。やがて、おじさんの
姿は、
草むらのしげった
中へ、かくれてしまいました。じっと、そっちを
見ながら、すわっていたジョンは、
主人の
姿を
見えなくなると、さびしくなったのか、クン、クン、といって、おじさんをこいしがりました。
善吉も、
武夫も、
忠実な
犬が、かわいくなりました。
おじさんは、ちがった
方角から、
姿をあらわして、もどってきました。
「よし。」と、
命令すると、ジョンは、すぐに
主人のいった
足あとをさがして、ボールを
取りにいきました。
「おじさん、まりをかくしてきたの?」
「
土へうめてきたが、ちょっと
見つからないでしょう。」と、いって、おじさんは、
笑っていました。
いつまでたっても、ジョンは、かえってきませんでした。
見つからないのです。そのうちに、ジョンは、しおしおとして、なにもくわえずにもどってきました。これを
見ると、おじさんは、こわい
顔をして、
犬をにらみました。そして、
手を
上げて、
「だめ!」と、どなりました。ジョンは、また、さがしに、あちらへ
走っていきました。
「かわいそうだな、
見つからないんだよ。」と、
武夫は、
犬に
同情しました。
そのとき、
少年が、きっきの
白い
犬をつれてさんぽにやってきました。そして、みんなのいるところへきました。
「ポインターのかわりですね。」と、おじさんは、
白い
犬の
頭をなでました。
犬は、おとなしくしていました。おじさんは、よく
犬の
種類を
知っています。また、どの
犬もかわいがりました。
犬もまた、かわいがる
人をよく
知っているようです。
ジョンは、やっとボールを
見つけて、うれしそうに、くわえて
走ってきました。おじさんも、
喜んで、ジョンのそばへくるのを
待って、
犬が、ぐるりとまわって、
前へボールをおくと、だくようにして
頭をなでてやりました。
「おりこうですね。」と
少年が、これを
見て、いいました。
「ふせ!」と、おじさんが、いうと、ジョンは、
地の
上へはらばいになりました。
「
伏進!」
ジョンは、はらばいになりながら
進みました。これを
見ていた
武夫は、
善吉に
向かって、
「
戦争にいって、
敵に
見つからないようにして、
進むんだね。」と、ささやきました。
白い
犬も、おとなしくして、ジョンのするのを
見ていました。すると、
少年は、
「ごらんよ、おまえも、あんなことできるかい。」と、
自分のほおを、
犬の
顔におしつけました。おじさんは、
見て、
笑っていました。
「なにもおしえないのですか。」
「この
犬は、ぼうきれを
投げると、くわえてくるぐらいのものです。」
「その
犬は、
猟犬ですね。」
「だから、にわとりや、ねこを
見ると、
追いかけて、しかたがないんですよ。」と、
少年は、いいました。そのうちに、
少年は、
犬をつれて、あちらへいってしまいました。
おじさんも、
一とおりの
茶色の
犬の
訓練がすむと、
善吉と
武夫に
向かって、
「さようなら。」と、いって、ジョンをつれて、お
家へかえっていきました。
「ああ、きょうは、かえりがおそくなったね。ぼくお
家へかえって、きっと、おかあさんにしかられるだろう。」と、
武夫は、しんぱいしました。
「
復習があったと、いえばいいだろう。」
善吉は、うそをいって、わるいと
思ったが、そういうことに、きめていました。
「ぼくは、
原っぱで、
犬のおけいこを
見てきたと、いおうかしら。」と、
善吉が、いいました。
「
残されたといわなけりゃ、どっちだっておんなじじゃないか。」
日にまし
涼しくなりました。
原っぱに
立って、だまって
空をみあげながら、
鳴き
声のした
方に
目をそらすと、
黒く
小さく、
群れをなして、
渡り
鳥の
飛んでいくのが
見られました。
ワン、ワン、
犬が、ほえています。その
方を
見ると、いつかおじさんのつれてきた、ジョンでした。
「ジョン、ジョン。」と、
善吉が、
呼びました。ジョンはかけてきました。そばには、
武夫のほかに
信一もいました。
「どこの
犬なの?」
信一が、ききました。
「いつかどこかのおじさんがつれてきた
犬だよ。」と、
武夫は、あたりにおじさんがいないかと
見まわしました。どうしたのか、おじさんの
姿が
見えません。
「ジョン、どうしたんだい? ひとりかい。」と、
善吉が、いうと、ジョンは、
喜んでとびつきました。
「きっと、
道をまぐれたんだよ。」
「ぼくたち、どっかへかくれよう、そうしたら、ジョンは、どうするだろうか。」と、
武夫が、いいました。
「そうだ、いいことがわかった。」
「どんなこと。」
武夫と
信一は、
善吉の
顔を
見ました。
「ジョンが、まりをさがしている
間に、
僕たちはどこかへかくれるのだよ。そうしたらジョンは、どうするだろうかね。」と、
善吉は、いいました。
「どうするだろう? おもしろいな。」と、
信一がいいました。
「お
家へ
帰っていくかもしれないよ。」
「いや、きっと、
僕たちをさがすだろう……。」
「よし、やってみようよ。」
武夫はジョンにまりを
見せてから、
自分は、
向こうのくさむらの
方へ
走っていきました。そして、わからないように、
草の
中へかくしてきました。
武夫は、
息を
切らしてもどると、
「ジョン、まりをさがしておいで。」と、すぐ
命令をしました。ジョンは、かけていきました。
「さあ、この
間にかくれよう、どこがいいかな。」
先に
立って、
走っている
善吉が
叫びました。
「
僕の
家の
物置へいこうよ。」
三
人は、
原っぱを
犬のいった、
反対の
方に
向かって
走りました。
広い
道路のあちらは、すぐ
町になっています。そして、いちばん
近いところに、
善吉の
家がありました。
土管や、じゃりや、セメントなどを、あきなっていました。
物置の
中には、これらの
品物がつまれていました。三
人は、きゅうくつそうに、
体をおしあって、
片すみにかくれて、かわるがわるふし
穴から
原っぱの
方をながめていました。
「どうしたんだろう、こないよ。」
「お
家へかえったんじゃないか?」
とつぜん、のぞいていた
信一が、
「きた、きた、ジョンが、きちがいのようになって、さがしているよ。」
「こっちへこない。」
「
足あとをさがしているから。」
「まりは、どうした?」
「くわえている。」
「かわいそうだから、
出てやろうか。」と、
善吉がいいました。
しかし、まもなくジョンは、
小舎のところまでやってきました。そして、まりを
下へおいてさも
悲しげに、
鳴き
出しました。
「ジョン。」と、このとき、三
人は、
先をあらそって、
物置からとび
出しました。
「ふだに
番地が
書いてあるから、これからつれていってやろう。」と、
信一は、ジョンの
頭をなでました。
庭に、
梅もどきの
実が
赤くなって、その
下に、さざんかの
咲いている
家がありました。そこが、ジョンのお
家でした。
三
人は、げんかんに
立つと、ジョンが
尾をふって、ワン、ワンと
喜んで
鳴きだしました。しょうじ
戸をあけて
出てきた、おばさんは、
犬と
子供がいるので、
見てびっくりしました。三
人が、まよい
子になった、ジョンをつれてきたことを
話すと、
「まあ、まあ、それは、ありがとうございます。じつは、いなくなったのでしんぱいして、みんなが、さがしに
出ているのですよ。いつもつないでおくのですが、
朝、くさりをといてやったら、いなくなってしまったのです。」と、おばさんは、おれいをいいました。
武夫は、ジョンをくさりにつないでから、
「さようなら。」と、いいました。
三
人は、いいあわしたようにジョンの
方をふり
向きながら、
門を
出ようとすると、ジョンは、ついていこうとして、くさりを
鳴らしてほえました。
「ぼっちゃん。
待っていてください。」と、おばさんが、あわてて
奥から
出てきました。そして、げたをはいて、
紙に
包んだものをみんなのところへ
持ってきました。
「これは、ほんのおだちんですよ。あめか、おかしでも
買って、わけてください。」と、おばさんは、
信一の
手に
渡そうとしました。
「いいえ、そんなものいりません。」と、
信一は、
手を
引っこめました。
「そんなこというものでありません、さあ
取ってください。」と、こんどおばさんは、
善吉に
渡そうとしました。
「おかしなんか
買うとしかられます。」と、
善吉も、
手を
引っこめました。
「じゃ、えんぴつを
買ってわけてください。」と、おばさんは、むりに
武夫の
手ににぎらせました。
武夫は、どうしたらいいかと
思ったが、おばさんが、これほどいってくれるのを、ことわるのはわるいと
思って、いただいて
外へ
出ました。
「
困ったなあ、これどうしたらいいだろう。」と、
武夫は
二人にそうだんしました。
「じゃ、えんぴつを
買ってわけようよ。」と
信一が、
答えました。
「
武ちゃん、
君、あずかっておいでよ。」と、
善吉がいって、三
人は、
原っぱへもどってきました。もう
西の
方の
空が、
赤くなりかけていました。
「あっ、
紙しばいのおじさんがきている。」
三
人は、
子供たちの
集まっている
方へかけ
出しました。そこには、
小山も、かね
子も、
光子も、とみ
子もきていました。
「ね、
黒めがねのおじさんが、
支那へいくんだって。」と、三
人の
顔を
見ると、
小山はいいました。
「ほんとう?
黒めがねのおじさんが、
支那へいくの。」と、
武夫が、おじさんにききました。
「ほんとうだとも、こんど
宣撫班になって
支那へいくのだ。」と、
紙しばいのおじさんは、
答えました。
黒めがねのおじさんは、いつかこの
原で、
樺太へ
旅行をしたときの
話をしてくれました。
「
宣撫班って、
支那人のせわをしてあげるの。」と、とみ
子さんがたずねました。
「ああ、そうだ。そして、
支那の
子供におもしろいお
話をきかせてやるのさ。どんなに
喜ぶだろうな。」
「どんなお
話?」
「そのお
話が、あのおじさんのことだから、
日本の
子供のことさ。きっと
君たちのお
話をして、
日本の
子供は、みんなしょうじきで、やさしくて、いい
子ばかりだということだろう。」と、おじさんは、
笑いました。
「そうかなあ、
僕たち、あのおじさんに、
旗を
送ろうか。」
「そうだ。ジョンのお
家からもらったお
金で、
旗を
買おう。」
「
僕も、お
金を
出すよ。」と、
小山が、いいました。
赤土の
原っぱには、
赤々として、
夕日がうつっていました。