おじさんの うち
小川未明
あちらの 森の ほうで、ふくろうが なきました。さむい 風が ふいて、ほしの ひかりは ふるようです。ぼくの おじさんの うちは、もっと もっと、とおい ところでした。
町を はなれて、どこか さびしい のはらを、でんしゃの はしる 音が ゴウゴウと きこえます。夜が ふけて、あたりが しんとしました。
けれど、ぼくの おじさんの うちは、もっと もっと、とおい ところでした。
夕日が 赤く 西へ しずんで、くもの いろが うつくしい 花びらのように、空を いろどります。そんな とき、ぼくは みちの 上に たって、ぼんやりと おじさんの うちを おもいだすのでした。
「いまごろ たけちゃんは どうして いるだろうか。」
と。
たけちゃんは ぼくと なかの いい、いとこでした。おじさんの うちへ いくには きしゃに のって、いくつも トンネルを とおり、山を こし、また 大きな 川に かかる てっきょうを わたり、二キロばかり あるかなければ なりません。
ある 年、ぼくが 秋の すえに いくと、にわに さざんかや きくの 花が さいて いました。はちは すでに いなく なったけれど、あぶが どこからか 花に とんで きて、金いろの はねを ならしました。また、ゆずの 木に まっかな みが なって いるのも、ぼくには めずらしいのでした。
「たけちゃん、あれは なんと いう とりだろうね。」
と、うめもどきへ きて、じゅくした みを たべ、いい こえで さえずる とりを さすと、
「あれ、しらないのかい、めじろだよ。まだ ほかにも いろんな とりが くるよ。」
と、たけちゃんは いいました。
おじさんは、ぼくが もちを すきなのを しって いて、さっそく もちを ついて くださいました。また おばさんは とろろじるを つくって くださいました。
おじさんの うちには ジョンと いう いぬと、ミイと いう ねこが います。どちらも、りこうでした。ジョンは 耳が たれて いたし、ミイの けいろは みけでした。ぼくが たけちゃんと うらの 山へ のぼると、ジョンも ついて きました。
がけには はや、赤い つばきの 花や、かわいい すみれが さいて いました。そこから、南の ほうを のぞむと、むらさきいろの 海が 目の まえに みえました。
たけちゃんは、大きく なったら とうきょうへ いくけれど、それまで いなかの 子で いると いいました。ぼくは いつも、いく ときは うれしいが、かえりに みんなと わかれるのが、たまらなく かなしいのでした。
このごろ、しきりと ぼくは、おじさんの うちを おもいだします。
底本:「定本小川未明童話全集 16」講談社
1978(昭和53)年2月10日第1刷発行
1982(昭和57)年9月10日第5刷発行
底本の親本:「みどり色の時計」新子供社
1950(昭和25)年4月5日
初出:「子どもクラブ」
1948(昭和23)年2月
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:笹平健一
2024年9月21日作成
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